ガンバレ沢海君! |
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―中編― 物凄く悪い事をしているような気がして、沢海はまともに友之の方を見ていられない。 「 拡…? どうかした?」 「 な、何でもないよ…っ」 必死に平静な声を出そうとしているのだが声が上ずってしまう。恐る恐る振り返ってみると、友之はもう上着を脱いで上半身裸になっていた。 「 ……ッ!」 咄嗟に後ろを向いたが、脳裏には焼きついてしまう。 友之の白く透き通るような細い腕に。 背中。 「 あ、あのさ、友之…」 やっぱり別々に入ろう、そう言おうと思った瞬間、しかし沢海は友之が下ろすジッパーの音を聞いてしまい、またしても固まった。後ろを向いていても分かる。友之がズボンを脱ぐ時の衣擦れの音。嫌でもいろいろと想像してしまう。 「 拡、入らないの…?」 その時、後ろから友之の不思議そうな声が聞こえた。ちっとも服を脱ごうとしない沢海を不審に思ったのだろう。しかし沢海自身すら理解不能な曖昧な返答に、友之は勝手に納得すると「先、入ってる」と言ってガララと浴室の扉を引いた。 「 ………」 ピシャンと再び戸の閉まる音を確認してから、沢海はようやく息を吐いて振り返った。 ガラス向こうに友之の影が映っている。当たり前だが全裸だ。片手にタオルを持っているのが見える。シャワーの蛇口を捻ろうとしているのが見える。 「 何やってんだ俺…」 がっくりと肩を落として沢海は項垂れた。下心見え見えの自分が我ながら猛烈に恥ずかしい。友之は何も意識していないだろう。当たり前だ、本来が男同士だし、何より友之は自分の事を「友達」だと思っているのだ。仲良しの友達は一緒に風呂に入って背中を流し合う。そしてそれこそが男同士の友情をより深める好機だと考えている。 「 拡…」 「 なっ!?」 その時、悶々としている沢海に友之が浴室内から声を掛けてきた。既にシャワーからお湯の出ている音がザーザーと響き渡っている。友之の声も見事に反響していた。 「 ど、どうした…っ!?」 「 あ、熱いんだ…。お湯…」 「 えっ」 「 ちょっとだけ…熱っ」 「 友之っ」 その声に沢海はピキンと迷いの糸を断ち切った。 急いで浴室に入り、浴槽の傍に取り付けられている温度調節のボタンを押した。自分が設定した温度とかなり変わってしまっている。友之がいじったのだろうか、そう思っていると背後から「あ、これちょうどいい…」というほっとした声が返ってきた。 「 ……っ」 ぎくりとして振り返ると、友之がシャワーを片手にこちらを見ていた。 「 拡、ありがとう…」 「 ………」 「 拡?」 「 えっ…。あ、い、いや…」 一体いつ腰にタオルを巻いたんだろう。いや、そんな事はこの際いい。むしろ良かったというべきじゃないか?そんな事を咄嗟に考えるなんて自分は何て浅はかでいやらしい奴なんだ。 「 あの、拡……」 「 ったく俺は…」 「 拡」 「 え!?」 ぐるぐると考え込んでいる沢海に友之が珍しく声を大きくして呼んだ。はっとして沢海が顔を上げると、友之は困ったような顔をしながら服を指差して言った。 「 ぬ、濡れちゃったよ…」 「 あ、ああ…」 「 早く入ろ…?」 弾け飛ぶシャワーの湯滴によって未だ身に着けたままのシャツがじわりと濡れ広がっている。沢海はそんな自分の惨状を見やってから、ただ機械的に頷いた。 「 拡の背中、洗う」 やっと自分と同じ姿になって浴室にやってきた沢海を友之は嬉しそうに迎えた。そうしてきっとさっきからずっとやりたいと思っていたのだろう、備え付けのスポンジに石鹸をたっぷりつけて、友之は早く座ってくれと言わんばかりの顔で沢海を見た。 その時沢海は「こんな顔を見せられて断れる人間がいるなら是非出てきて欲しい」と真剣に思った。 「 友之…」 「 ん」 友之にせっせせっせと背中を洗われながら沢海は言った。 「 こういうの嬉しい?」 「 うん…っ」 「 何で?」 「 え…? えっと…やった事、ないし…」 「 ………」 「 修学旅行とかも行った事ないし…」 「 行かなくて良かった…」 「 え?」 「 いや! 何でもない!」 ぶんぶんとかぶりを振って、沢海はちらと自らの分身を見下ろした。先ほどから何度心内でも冷たい汗をかいている事か。友之に身体を洗ってもらっていて、その友之は自分の後ろで裸でいる(タオルは巻いているが)。はっきり言って今この状況を我慢できている自分は相当に偉いと思う。 ……しかしもしこの興奮したモノを友之に見られでもしたら、さすがに立ち直れない。 「 拡、前も洗う?」 「 えっ!!」 また大声を出してしまい、沢海は慌てて口を押さえた。思いのほか響き渡る浴室内では、間抜けな自分の声が耳をつんざいて居た堪れない。 しかし友之の方は何とも思っていないのだろうか。やや困ったように首をかしげる。 「 背中を流し合うのって…そういうのって、本当に背中だけなの…?」 「 は……?」 「 ちゃんと全部洗わないとだよね?」 「 ……そ、そうだけど、俺は平気。あとは自分でやるから」 「 ………」 「 ……あのな、そこでそんな残念そうな顔するなよ……」 じわじわと身体が熱くなる。かなり限界だった。沢海はがばりと立ち上がると、背中を向けたまま友之に大声で言った。 「 と、友之!!」 声を張り上げていないと、すぐに自分の息子は欲求を露にしてしまいそうだった。一時も油断できない。 「 今度は俺が洗うから。友之が座れよ?」 「 うんっ」 「 ………」 かなり嬉しそうだ。実は自分も洗ってもらいたかったらしい。そう、この「男同士の背中流し」は流し流されてようやくその意味を成すのだから。 「 し、白いな…」 すらりと真っ直ぐに伸ばされたその背筋に沢海はゾクリと身体を震わせた。シャワーで濡れた髪の毛から、細い首筋、そしてその背中。ごくりと喉を鳴らすと、それが思いのほか大きく外に漏れたような気がして、沢海はまた慌てた。 「 い、痛かったら言ってな…?」 「 うん」 「 ………」 努めて丁寧に沢海は友之の肌をなぞるような感じで洗っていった。こんなに綺麗なのだから絶対に傷をつけたくない。壊れぬように、色がつかないように、大事に大事に撫でてあげたい。…一方でこの「聖域」をめちゃくちゃに破壊したらどうなるのだろうという悪魔の囁きがないでもないが、この時の沢海は確実に友之に対し慈しみの心で向かっていた。 だから無心で始めたその作業に裏はないはずだった。たぶん。 「 友之、腕上げて」 「 ん…」 素直に万歳する友之が猛烈に可愛かった。脇の下を丁寧に洗い、それに乗じて触れていた腕もまた同じように洗う。すっと石鹸の匂いが鼻先を掠めた。 「 友之の腕って本当筋肉とかついてないよな…」 「 ………」 別段悪気があって言ったわけではない。むしろそうでなくて良かったという意味で言ったのだ。 しかし友之は面白くなかったらしい。くるりと振り返って沢海の腹筋をじっと見つめた。 「 ど、どうした…?」 「 どうやったら…そんな風になれる?」 「 え?」 友之が言っているのは沢海の、スポーツをやっている高校生男子なら誰でも少なからず割れているであろう腹直筋の事を言っているらしかった。 「 いいな…」 「 いや、別に…」 俺はお前のその滑らかな割れてない腹の方がイイ!!と力いっぱい叫びたい沢海は、この日4回目の抱きつきたい衝動に駆られた。(ちなみに、先刻背中を流していた時は後ろから押し倒したいの衝動なので抱きつきたいにはカウントされない) 「 そ、そんな事さ、気にするなよ。こんなの個人差だよきっと。友之も野球やって鍛えてるしさ、そのうち身長だって伸びるし、今よりもっと力ついたら変わるよ」 「 ………うん」 「 ………」 変わって欲しくない。断然今のままがいい。スポンジを手にしたまま沢海はそんな事を思い、自然ぎゅっと握ったそこから白い泡をぼたぼたとタイルに落とした。 「 と、友之…」 「 え?」 「 ………」 「 拡、どうしたの…?」 「 な、何でもない! ほら、後は自分で洗えよ。俺も洗うから」 「 うん」 「 ……っ」 わざとらしく後ろを向いて沢海は自分の身体をごしごしと洗った。今、一体何を言って何をしそうになってしまったのだろう。全く心臓に悪い。早く上がろう、湯船になんか一瞬浸かればいいだろう。 「辛抱なんかしなくていいだろ」としきりに訴えるムスコを諌めながら沢海はわざと関係ない事を頭に思い浮かべ、必死にこの時をやり過ごそうとした。 「 ………」 しかし、真の難関は実はこの後にあったのだ。 「 あ、ごめん…」 「 ………」 殆ど石化状態である。そもそも2人で一緒のタイミングで身体を洗ったのがまずかった。 「 拡、きつくない?」 「 ………き、だよ」 「 え?」 「 平気だから…」 全然平気じゃない。心の中で絶叫しているが、この状況が嬉しくないわけではないのだ。ただ、どうして良いか分からないだけで。 沢海の家の浴槽は一般家庭にあるものとそれほどの差はないが、建築家の父親が自ら設計したという家の要所要所には、リビング・キッチンからバスルームに至るまで、その利便性を追求する事は勿論、見た目の良さも考慮した工夫が成されていた。 つまり、浴室の広さを誇張する為、浴槽を普段は感じない程度に小さくしていたようなのだ。 「 ……気持ちいい……」 ちょうどよい湯船にご満悦の友之は満足そうにそんな事を言って息を吐いているが、その友之を後ろから抱きかかえる格好でその身体に触れている沢海はたまったものではない。 「 ……っ」 はじめ、何とも考えなしに浴槽に足を入れ「いつもの体勢」で横向きになった沢海は、その後入ってきた友之に「あっ」となった。さすがに沢海の目の前で前を晒しながら中に入る事には抵抗を感じたようで、友之は後ろを向きながらそのまま沢海の身体に密着するように背中を向けた。咄嗟に足を引いた沢海だったが、友之が入る瞬間にはもうばっちり見てしまった。 友之のぺろんとした柔らかそうなお尻を。 「 あ、あのさ、友之…」 それだけで既に鼻血、卒倒ものだったが、無自覚の小悪魔はそれだけでは済まなかった。半ばふざけたように沢海に背中をつけてきて寄りかかり、やや顔を沈めるようにして湯と戯れ始めたのだ。 「 ………」 ばちゃばちゃと湯を指で弾いている友之は子どものようだった。確かに同じ年なのだろうが、こうやって無防備な姿などを見ていると本当にこいつは自分のことを何も分かっていないのだなと思う。 その事には妙な腹立たしさを覚えてしまう。 「 と……」 だからこれくらいやっても許されるのではないか? 沢海は自らを正当化させるためにそんな事を心の中で思った。 「 友之…」 「 え? あっ…」 友之が驚いたように声をあげた。それはそうだろう。沢海が後ろから両手を回し、胸に触れてきたのだから。 「 ひ、拡…?」 「 ……もっと寄りかかる?」 「 あ…うん」 そういう事なのかと納得したような友之がより身体を沢海の方にもたれかけてきた。ずくんと股間が熱を打ったが、努めて冷静さを装おうと沢海は何度も息を吐きながら友之を支えるフリをしつつ友之の胸を指でまさぐった。ちょこんと浮き出ている突起を探り当てると、もうそこには迷いもなく指を絡ませた。 「 やっ…? ひ、ひろっ…?」 今度は相当驚いたようだ。友之は沢海のその所作にびくんとして、途惑ったように振り返った。 「 ………」 けれど当の沢海にはもうそんな友之の顔もボンヤリとしか見えない。構わずに胸の飾りを指で弄ぶと、友之の方はいよいよ身体をむずむずと動かし始めた。 「 ひろ…っ。やめ…!」 「 気持ち良くない?」 「 えっ…あッ!」 「 ほら。可愛い声出ただろ? ここ、触ると感じたりするだろ?」 「 やっ…な、何、こ…あっ…」 今度はぐりぐりとその乳首を刺激してやると、友之は余計に身体を震わせて逆らう所作をしてみせた。沢海が離さないと知ると小さな抗議の声も漏らす。 「 拡、痛いよ…っ」 「 ん…」 「 痛い、嫌だ…っ」 「 ……じゃあ痛くないようにしてあげる」 「 ひろっ」 沢海は両方で胸をいじるのをやめ、項に吸い付くようなキスをした後、友之の股間に手を伸ばした。 「 ひっ」 それはすぐに見つかった。思った通りの小ぶりのそれに沢海は思わず笑みを零した。 「 可愛い…友之の…」 「 拡っ」 「 ほら、感じていいよ、友之…?」 「 や、や、ひぃっ…」 小さく呻くような声を出して友之はボチャンと逆らっていた手を湯船に沈めた。ゆるゆるとした抵抗にもならない抵抗で沢海の手を自分から引き剥がそうとする。 「 友之、放したら友之がきっと困るんだよ…?」 「 やぁッ…。拡、何っ? 何これ…っ?」 「 気持ちいいだろ?」 「 ひぁっ…。あ、あ、あ…! や、やだ、やぁーッ!!」 「 わっ」 バシャリと湯船が暴れて沢海は一瞬目を瞑った。油断して身体を引いたその時、友之が泣きそうな顔で立ち上がり、湯船から出るのが見えた。 「 友之っ」 「 うっ…!」 「 友之!」 慌てて呼び止めたが、当然の事ながら友之は止まらない。だっと扉を引くと、裸のまま着替えも持たずに浴室から飛び出て行ってしまった。 「 …さ…い、あく…」 友之が逃げ出した瞬間は慌てて自分も浴槽から立ち上がったものの、沢海の股間ももう限界だった。 じんじんと痛みすら感じるその状態をゆっくりと見下ろして沢海は頭を抱えた。 「 最悪……」 そしてもう一度その単語を吐く。 今日は折角友之が泊まりに来てくれた夜なのに、とんでもない事になってしまった。 |
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【つづく】 |