ガンバレ沢海君! |
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―前編― 「 と、友之…。もう一度確認するけど、数馬の奴は本当に来ないのか?」 自分でもしつこいだろうというツッコミがなかったわけではないが、沢海はついもう一度だけと目の前に座ってジュースを飲む友之に尋ねていた。今日は両親がいない。そして、その1人で過ごすはずのこの家には今友之がいる。小さなバッグを肩から掛けた友之を玄関先で見つけた時は、まだ日も明るいというのにその場で思いっきり抱きしめたくなってしまった沢海である。 「 うん、来られなくなったって言ってた…。昔からの友達がSOSで、どうしても助けに行ってあげないといけないって…」 「 何だそれ…」 そう、しかしこの楽しいプランには当初「香坂数馬」という邪魔者のオマケもついてくるはずだったのだ。数馬は何かというと友之を構い、あの嘲笑を浮かべては人を翻弄する腹立たしい奴だ。だから友之がうちに来るのはとても嬉しいけれど、数馬が来る事に関してだけは気が重かった。 それなのにその数馬が来ないとは! 「 数馬、凄く人気あるよね」 友之が言った。 はっとして沢海が顔を上げると、友之はストローを口につけてジュースを飲みながらどことなく嬉しそうな顔をしていた。自分にとってはあんなに煩わしい存在・数馬だけれど、どうやら友之の方は違うらしい。何でもこなし、飄々としながらも大勢に好かれている数馬を尊敬している風ですらある。 沢海の胸はちりちりと燻った。 「 拡と同じだ…」 「 え?」 するとそんな沢海に友之は突然そんな事を言った。にこりと笑うその控え目な笑みにどきりとしていると、友之は自身も見つめられて途惑ったのか、どことなく恥ずかしそうに俯いて続けた。 「 ひ、拡も、皆に人気あるし…。頼られてるから…」 「 友之…」 たとえ世界中の人間に嫌われていても、友之にだけ好かれていれば自分はきっとこの上もなく幸福に違いない。そんな事を思いながら沢海はリビングでくつろぐ友之のことをただじっと観察してしまった。 ヤバイ。 ( こうしている間にもまた抱きしめたくなってるし…) 玄関の所で一回、そして今また一回だ。明日の朝が来るまでに一体どれだけの理性を総動員させればいいのだろうかと、沢海はぼっと熱くなる身体を必死に抑えた。 そもそも、沢海に同性を好む性癖はない。巷にはいくらでも所謂「美少年」だの「美青年」だのがテレビや雑誌で取り上げられているが、そんな彼らをいいなと思った事は1度もないし、正直傍にそういう事を言う人間がいたとしたら嫌悪を感じる方だった。以前は確かにそうだったのだ。昔から決められた枠からはみ出る事には抵抗を感じるタイプで、それに対し疑問を抱く事もなかった。それで十分自分は満ち足りた生活を送れていたのだ。だから世間からはみ出るような、世間から見て「異常だ」と思えるような事を自分が好んでする事など、めったな事では起きないだろうと思っていたのである。 その「めったな事」が、今は起きてしまっているわけであるが。 「 わっ…。またはみ出しちゃった…」 「 ………」 餃子の皮に不器用な手つきで具を入れていく友之を沢海は黙って見つめた。夕飯はピザでも取るからと言った息子に対し、「親がいない時くらいちゃんと料理をしなさい」とご丁寧に食材をズラリと揃えて行ってくれた両親は、こう言っては何だが自宅にいる時でも息子の沢海に食事の支度をさせる事がままあった。かと言って沢海は自分の料理の腕にそれほどの自信があるわけでもなかったから、友之に自炊を告げるのは正直気が重かった。 ところが友之は嬉々として言ったのだ。自分も一緒に作りたいと。 「 かっ…形も、こんなだよ…」 「 いいよ、包めてればいいんだから」 「 つ、包めてもいないけど…」 台所に一緒に立っていると何だか家族みたいに思えて沢海はまたどぎまぎしてしまった。必死な様子で餃子作りに勤しむ友之が可愛い。うまく出来たと思った時は笑い、失敗したと思うと表情を曇らせる。以前はこんな風に感情を見せたりしなかった。そんな過去を思うと今も少し胸が痛むけれど、それでもこうして自分の隣に立って一緒にいてくれる友之を嬉しいと沢海は思う。 「 出来た…」 用意した具を全て使いきり、大皿に後は焼くだけの餃子をズラリと並べて友之が満足そうに呟いた。 そうして次は何をするのかと子犬のような目を瞬かせる。この日、3度目の「ぎゅっとしたい」瞬間だった。 「 後は俺がやるからいいよ。友之は休んでて」 「 え…。でも何かしたい」 「 したいって言われても、あと…うーん。あ、じゃあ風呂沸かしてきて? 掃除はもうしてあるからさ」 「 沸かすのって…?」 「 あそこのボタン押すだけ」 「 ……拡」 そんなの簡単過ぎる、むしろ一瞬で終わるじゃないかと言いた気な友之が可笑しくて沢海は思わず噴き出した。 「 だ、だって友之はお客さんじゃないか。お客さんにそんな働かせるわけにはいかないよ」 「 ……友達の家に泊まる時ってお客さん?」 「 う…。ああ、そういえばそういうのを求めてるんだったか…」 友之に聞こえないくらいの声で呟いた後、沢海は数馬が言っていた言葉を思い出した。先日数馬の自宅へ「初めてのお泊り」を敢行した友之は、何にしろその「友達の家へ遊びに行く=泊まる」というシチュエーション自体にひどく感動したらしい。夜を徹して友達と一緒に様々な事を語り明かす、というのは定番として、その他にもゲームだの家の中の探索だの、普段学校では出来ないような事をたくさんする、たくさん一緒に楽しむということに喜びを感じているようなのだ。 そんな当たり前の事を。 「 でもさ、友之あとは本当にもうする事ないんだ。夕飯も他のおかずは何だかんだ言って母さんが作っていってくれたし。あの人、俺が1人の時は何もやらないのに、友之が来るっていうとこれだもんな」 「 ………」 「 何?」 「 う、ううん…。拡のお母さん、思い出してた。この頃あまり会ってなかったし」 「 ……そうか。あの人も友之に会いたがってたよ。今度また話してやって」 「 うん」 「 ………」 また控え目に小さく笑う友之を沢海は複雑な面持ちで見やった。もしかすると自分の母親の事を思い出したのかもしれない。バカな事を言ってしまったと後悔した。 「 拡…?」 「 えっ」 「 どうかした…?」 心配そうに覗き込む友之に沢海は慌てた。友之は他人に無頓着なようで、ひゅっとした時にこんな表情を見せる事がある。それだけでこちらの心臓はひどく高鳴ってしまうというのに。 誤魔化すように沢海は明るい声を発した。 「 いや、何でもないよ。じゃ、じゃあさ、友之。風呂のスイッチ入れたら皿とか出すの手伝って。うちのすぐ沸くから、そうしている間にその後すぐ入れるからさ」 「 お風呂?」 「 うん。夕飯前に入ったらさっぱりするだろ」 「 ………」 黙りこむ友之に沢海は首をかしげた。 「 ? どうかしたか?」 「 えっ…。あの、一緒には入らないの…?」 「 …………は?」 友之の台詞を耳に入れ、脳内で理解し声を発するまでに随分な時間を要してしまった。 沢海がぽかんとした顔をしていると友之は聞こえなかったと思ったのか先ほどよりも大きな声で言った。 「 お風呂、拡は一緒に入らないの?」 「 えええええええ!?」 「 !!」 家全体を揺るがす程の沢海の大絶叫に友之はびっくりして仰け反った。いや、驚いたのは恐らく友之だけではない。キッチンの棚に収まっていた食器たちは勿論、リビングに飾られていた花や壁掛けもぐらぐらと揺れたように見える。普段は理性的な住人がこんな奇声を発するなど、きっと家の物たちも聞いた事がなかったに違いない。 「 あ、あの…拡…?」 「 と、と、友之…」 怯えたように1、2歩後退した友之に沢海は一気に喉の渇きを覚えた。努めて冷静さを装おうとするがうまくいかない。きっと顔も真っ赤だ。 「 そ、その…何で、そんな事…?」 「 え…だって…数馬が…」 「 !! ま、まさかっ!? まさか数馬ん家では一緒に入ったとか!?」 「 ひっ…」 だっと友之に近づいて沢海は友之の両肩をがくがくと揺らした。 「 そ、そうなのか友之!? 数馬とは一緒に入ったのか!? 数馬が友達とは一緒に風呂に入るもんだとか何とかお前に言ったのか!?」 「 う、うん…」 「 あ、あのやろ〜!!!」 「 男同士は一緒に背中流し合ったりするって」 「 ……殺す。もう絶対にアイツは殺す。それが世界平和の為だろう!!」←危険 「 でも、出来なかったから」 「 え?」 友之のその声に沢海は作っていた拳をぴたりと止めた。 友之は半ばつまらなそうにぽつりと言った。 「 数馬の家の人たちが皆で反対したんだ…。一緒に、入るの…駄目だって。それで、結局1人で入ったんだけど…数馬の家のはすごく大きくて王様が入るみたいだった…」 「 か、金持ちだって言うもんな、あいつの家…」 そんな事より数馬のファミリーありがとう!と心の中で唱えながら、沢海は半ば茫然とした状態で友之の肩を掴んだままその場に立ち尽くしていた。 すると友之の「友達と一緒に風呂に入る」野望というのは、そのまま自分の家に持ち越されているというわけだ。 そして今ここにはそれを反対(邪魔)するような人間は誰1人いない。 「 拡…? 本当は違うの…? 一緒に入るのは嫌…?」 「 と、友之はいいのか?」 「 うん」 「 ………」 「 拡は?」 「 お、俺は…」 この時、沢海は数馬にどんなに罵られようがバカにされようが構うものかと思った。 沢海は言った。 「 俺は構わないよ…」 |
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【つづく】 |