(10) 恐ろしいほどに暗く静かな夜の闇の中で、友之はそろりと上体を起こした。そして苦しそうに自分から目を逸らしている沢海の姿をじっと見つめた。身体はまだ熱を帯びたままだった。 「 拡……」 そっと呼ぶと、ようやく沢海は友之の方へと視線を向けた。そうして怯えていた友之の表情が徐々に落ち着いてきたあたりになり、ようやく沢海は口を開いた。 「 気づかなかっただろう……」 「 え?」 友之が聞き返すと、沢海はすぐに後を続けた。 「 俺がお前の事が好きだって事…」 「 好き……?」 「 そうだよ……」 「 …………」 友之が何と応えて良いか分からずに再び黙りこくると、沢海はまた居た堪れない感情を呼び起こされたのか、ぐっと唇を噛んで俯いた。そうして何事か言いた気な顔を一瞬だけ閃かせた後、しかし沢海は言葉は出さずに不意に腕を伸ばすと、友之の身体をぐいと引き寄せて力強く抱きしめてきた。 「 は…ッ!」 その突然の所作に友之が慌てて声を出そうとすると、沢海はより一層の力でその声を掻き消してしまった。 「 嫌がるな…嫌がるなよ……」 「 ひろ……」 「 頼むから…嫌がらないで……」 「 …………」 その悲痛な声は友之の胸に重くのしかかってきた。友之は沈黙した。 「 お前の嫌がる事したくない…。でも……」 「 ひ…」 「 でも、このままじゃ…俺……」 沢海はそうつぶやいた後そっと身体を離し、ゆっくりとした動作で友之の頬をそっと撫でた。未だそこに留まっていた友之の涙を拭う為だった。 「 駄目なんだ、俺…頭おかしくなるくらい…お前が好きで……」 そして沢海は茫然としたまま視線を自分に向ける友之の唇を自らの指の腹でなぞり、そのままそこに唇を押し当てた。 「 ……ッ!」 びくりと肩を揺らしてそれに逆らおうとした時にはもう遅かった。 友之は身体を抱かれて押さえつけられたまま沢海に確実に唇を取られ重ねられて、動きを封じられていた。生暖かい感触が唇から全身に広がっていく。こんな風に沢海に口付けをされる事など今まで考えた事もなかった。 それなのに。 「 我慢できなかった…。友之が俺じゃない誰かと話しているの」 何も発せられない友之に唇を離してきた時沢海が言った。その思いつめたような声に、やはり友之は反応を返す事ができなかった。ズボンを取られ、下半身を剥き出しにされたまま、友之はそう言う沢海と面と向かって座っていた。じくじくとした熱は依然続いたままで、どうして良いか分からない。そしてそれは恐らく沢海も同じなのだろう。微かに身体を震わせて、やがて堪えきれなくなったように再び友之に触れてきた。 「 友之……」 「 ひろ……」 沢海に呼ばれ、無意識に応えようとした時、不意に露になっていた太腿を撫でられて友之は絶句した。それでも先刻のように泣く事も出来なくて、友之は沢海にただ良いように触られ続けた。 いつしか身体も再び押し倒されていた。 「 ん…ッ!」 「 はぁ…友之…友之…っ」 徐々に興奮したようになっていく沢海の息遣いに、友之はただ怖くて眼をつむった。再度性器を愛撫されて身体中が熱くなっていく。微かな抵抗として身体をよじったものの、ただたくしあげられた寝間着の布が顎に当たっただけだった。そうして露になった胸を沢海に何度となくキスされ、そして乳首に舌を這わされた。 「 もう…もう、俺……っ」 うわ言のようにつぶやく沢海の切羽詰まったような声が遠くの方で聞こえたような気がした。友之が薄っすらと目を開くと、すぐ傍には沢海のやはり泣き出しそうな顔がぼんやりと見えた。 「 ごめん、ごめんな、友之……!」 そうして沢海は小さな声でそれだけ言って、そそり立つ自らのものを友之の尻の部分に当ててきた。友之がはっとして声をあげようとしたが、それは沢海の手によって遮られた。 「 ん、ん…!」 思うように息も継げない中、興奮しきって怒張した沢海の性器がただ強引に剥き出しの自分の中に入りたがっているのが見えた。恐ろしくて悲鳴を上げたいのに、けれどできない。友之は目を見開いたまま、ただいやいやと首を横に振った。 それでも沢海は止まらなかった。いつもの柔らかい優しい微笑はどこにもなかった。ただぎらついた眼だけが妙に光って見えた。 「 ひっ、ひぐ…ッ!」 「 く…友…」 恐怖で喉の奥から声を漏らす友之に、けれど沢海は眉をひそめて困惑した表情を見せた。石のようになって硬直する友之に、沢海は思うように自分の熱を与える事ができなかった。 「 少しだけ…我慢していて…友之」 そこで沢海はがちがちになっている友之の両足を無理に開かせると、そのまま持ち上げてそれを自分の肩に乗せた。そうしてそれによって露になった友之の深奥に再度自らのものを押し当てた。 「 ……ッ!!」 突然そこに当てられたその熱い温度に、友之はびくびくと痙攣したようになって背中を浮かせた。 「 ん、んーッ!」 「 う…ッ、く…友、之…ッ」 沢海自身も苦痛の声を上げた。これでもまだ思ったようにうまくいかない、それでも友之の中に熱を発したくて沢海は顔を歪めた。 「 はぁ…ッ」 「 や…あ、あぁ…!」 「 友之…ッ!」 「 ひぁッ…ん…!」 妙な感覚が背中を通じて頭の先まで走り、友之も声にならない声をあげた。もう沢海の拘束の手は離されていたから、大声をあげようと思えばできた。…が、この期に及んでも助けを呼ぶ声は出なかった。 「や、や…ぁ…ッ!」 消え入りそうな、微かな抵抗の声だけが部屋の天井に向かって少しだけ漏れた。 そして友之は他の誰にでもなく、自分を犯そうとする沢海自身に助けを求めるように、彼の背中に腕を回した。 |
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ぼんやりとした意識の中で気がついた時は、既に明るい日差しが閉じられたカーテンの隙間から部屋の中に差し込んできていた。 「 …………」 目覚めた当初は記憶も曖昧で、自分が何処で何をしているのかもよく分からなかった。それでも徐々に蘇る昨夜の記憶に、友之ははっとするとがばりと身体を起こして辺りを見渡した。 沢海はいない。 「 う……」 何となく身体にだるさを感じたものの、軋む感じはしなかったので、友之はそのまま掛け布団を掴むともう一度部屋の中をぐるりと見やった。よくよく見ると自分が今乗っているこの布団は、昨夜のものではなかった。少なくとも、シーツは新しい物に替えられているようだったし、無理に脱ぎ捨てられた寝間着もなくなっていた。自分の知らない間に沢海が全部片したのだろうと友之はまずそれだけを何となく思った。 「 …………」 セックス、という言葉くらいは、如何な友之でも知っていた。元々他人の温もりを求める方法を知らない友之にとって、「そういう事」を考える機会など皆無だった。高校ニ年生という年頃ならそういった方向に興味がいっても良さそうなものなのに、これまでの友之にはまるで無縁の、関係のない事柄だったのだ。 それでも、昨夜の沢海が自分のことを性交渉の対象として求めてきた事くらいは分かった。同じ性の自分に沢海は身体の繋がりを求めてきた。 そして、好きだと。 好き。 そういった事の意味も、友之はまた考えた事がなかった。誰かを特別に想ったり期待したりするのはもう嫌だった。仮にそんな相手を見つけて、兄のように遠くに行かれたら? そう考えると怖かったから。 「 拡……」 何となく呼んでみてから友之は俯き、裸の身体にかけられた布団の先を握り締めた。 そして沢海を想った。 うまく身体を繋げる事ができずに、ムキになったように何度も自分の身体を貪り続けていた沢海の事を。 「 北川君?」 「 !!」 その時、扉の外から管理人の柴田の声が聞こえた。 「 北川君、具合悪いそうだけど。大丈夫?」 「 ……!!」 今柴田が入って来たらどうしよう。こんな姿は見られたくない。けれど、声を出す事もできない。 友之はただ困惑し動揺して、それでも身体を動かす事もできなくて、ただ強張った顔で扉の向こうを見やった。 「 今日はゆっくり休むといいけど…。起きてる? ご飯くらいは食べる?」 「 い…」 柴田はコンコンと何度かドアを叩き、外から友之の反応を伺おうとしてきた。ただ幸い、無理に部屋に押し入ろうとはしてこない。柴田はただ扉の向こう側で友之の反応を待っているようだった。 「 へ、平気……です」 だから何とか声を出して友之はそう言った。…が、果たしてこんな声でドアの向こうの相手に届いたかどうかは、甚だ疑問だった。 「 平気だって」 けれどその時、扉の向こうでもう1人の別な声がそう言うのが聞こえた。 暁。 「 え? そんな事北川君言った? よく聞こえたわね」 「 俺、地獄耳だから」 柴田と暁がそう話しているのが聞こえる。友之は息を潜めてそんな2人の会話を聞いていた。 「 じゃあ北川君。一応お昼になったらもう一度来るけど、ご飯いるようならいつでもおいでね」 「 柴田さん、過保護」 「 どうでもいいけど、暁君は何でこんな時間にまだここにいるのよ。早く学校行った行った」 一先ず友之の声を聞けて安心したのか、そう言って叱咤するう柴田の声とそれを軽くかわす暁の気配は、やがて遠ざかって行った。友之はひとまずほうと息を吐いてから、いつの間にか激しくなっていた心臓の動悸を確かめる為にそっと自らの手を胸に当てた。 見られなくて良かった。こんな、裸の自分を。小さな自分を。 「 ………平気………」 柴田に向かって言った言葉を、友之はもう一度掠れた声でつぶやいてみた。 瞬時、再び昨夜の泣き出しそうな沢海の顔が思い返された。 好きだ。 虚ろな友之の思考の中に、沢海拡という存在が確かに形を為して現れてきた。 |
To be continued… |