性少年の恋
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―1― 光次が母親である澄子から、「実はあんたには血の繋がった兄さんと姉さんがいる」と聞かされたのは中学3年の冬。仕事の都合で海外へ行くと言った両親に「俺は行かないよ。高城でサッカーやるんだから」と突っぱねた数日後の事だ。 「いきなり何言ってんの?」 またくだらない冗談だろうと光次はハナで笑い飛ばし、両足に挟んでいたサッカーボールを戯れ両の手に向かって蹴り上げた。……がしかし、普段はいい加減でおちゃらけ気味の母親がそんな息子に対して真面目な顔を一向崩さないものだから、光次も「何だよ本当かよ」とすぐに悟った。もともと母はバツイチだと言っていたし、その過去をどうこうと問い質した事はないが、その時に子どもを産んでいたとしても思えば何ら不思議はない。 ない、のだけれど。 「本当に? 母さん、3人も子ども産んでたの?」 本来ならばもっと他に訊く事があるのだろうが、光次の口から真っ先に出た言葉はそれだった。彼女は呆れる程の仕事人間で、光次など一人息子だというのに物心ついた頃から母親としてまともに接してもらった記憶がまるでない。その代わり父からは大層可愛がってもらったが、母の方は夫がそうやって息子を愛すれば愛するほど、自分は無関心になって光次から距離を置くような感があった。だから光次の方としても、別に自分が嫌われているとか全く愛されてないとか感じるわけではないのだけれど、「俺の母親って普通の親よりちょっとドライだよな」と思っていたし、そんな母を嫌いではないけれど特別に好きでもなく、「まあ子育てに向いていない性格の人だ」と、自分も「ドライ」に考えたりしていた。 「母さんってさ、子どもあんまり好きそうじゃないよね」 だから正直にそう言ってみたのだが、母はそこで案の定嫌そうな顔をして見せた。 「何それ」 「別に。3人も産んでたなんて、何か意外だと思っただけ」 「あんたね…」 ただ、そんな息子の感想に澄子の方も嫌そうではあるのだが別段傷ついた風でもなかった。言われて当然という気持ちもあったのだろう。ソファでサッカーボールをいじり、自分の方をちっとも見ない息子を慣れたように傍から見下ろす。 その晩は光次の父親は仕事で帰りが遅く、リビングには澄子と光次の二人しかいなかった。 「母さんの趣味は子どもを産むことよ」 ソファに座る事はせず、澄子は堂々とそう言った。 光次はそんな母に今度こそ嘲るような笑みを浮かべた。 「またバカなこと言っちゃって」 「マジよ。実はもう一人くらい産んでもいいと思ってるくらいだけどね。でも今はお父さんと仕事を大事にしたいから。それに、産むのはいいけど、子育ての仕方には問題あるみたいだし、私」 「あれ、自覚あったの?」 「一応」 ふんと鼻を鳴らして偉そうに答える母に光次は思い切り破顔した。全くどちらが子どもか分かったものではない。こっちには子どもの頃から全然甘えさせてくれなかったくせに、自分はこうやってさり気なく「甘えて」くるのだから。 まあ母親だろうが誰だろうが、頼られるってのは悪くはないけどね? 「それで? 兄貴と姉貴がいたら何なの?」 光次が最初に挙がった話題に戻すと、母は間髪入れず口を開いた。 「会ってみたい?」 「ええ…?」 「あんたの兄さんよ。父親は違うけど、母親は同じ。れっきとした血の繋がった兄弟」 「う〜ん」 今さらなあ、というのが光次の率直な感想である。 自分も既に分別のつく中学三年生だが、すると「兄」という向こうは当然もっと年上なわけだ。そんな大人な他人同然の人間と顔つきあわせて「はい、貴方たちは血の繋がった兄弟なのよ」などと言われても、どうにも面食らってしまう。 「どっちでもいいよ」 「何よ。どっちか言ってよ」 「大体、何で急にそんな話してきてんの?」 鬱陶しそうに言う息子に澄子はここで初めて焦れたような顔を見せた。お前こそ一体どういう反応だと、それに大変不満を持っているという風だった。 「あんたね、何でそんな普通でいられるわけ? お母さんたちがタイへ行っちゃったら、あんた日本で一人ぼっちなのよ。身寄りも何もいないわけよ。遠い親戚はどっかにいるけど、特に大した付き合いもしてないし。あんたを頼める人がいないの」 「別に平気だよ。今の時代、海外なんて一日以内で移動できちゃうじゃん。電話もあるし」 「………」 「それにさ」 サッカーボールをぽんぽんと何度か両手で浮かしながら、光次は本当に何でもないように答えた。 「俺、実は寮生活楽しみなんだよね。この間、見学行ったら部屋も凄く綺麗だったし。寮母さんも良い人だったし、ご飯もサイコー美味しかったしね!」 「図々しい。食べてきたの?」 呆れたようにため息をつく母に、光次は平然と「母さんのご飯より美味かったよ」と遠慮なく言い切った。 「あとさ、相部屋とかも楽しそうだし。……それになにより、俺、早いとこあそこでサッカーやりたい」 「………」 母の澄子は未だ不服そうだ。光次はそんな母の態度を本当に珍しいと思いながら、そんな彼女をフォローする意味も込めて思い直したように一部言い直した。 「あー、でもさ。姉貴の方にはちょっと会ってみたいかもね。美人で優しいお姉さんとかだったら嬉しいじゃん!」 「……夕実は」 「ん?」 「行方不明だから会えないのよね」 「……は?」 「でも、兄貴は健在だから。ねえ、兄貴の方には会ってみない?」 「ちょっ…。それより、姉貴の方が行方不明って何なの?」 「兄貴の方はね、あれ本当に我ながら良いのを産んだなあと思ってるのよね。これがまあ凄い男前になっちゃって。会う度、こいつは私の息子じゃなくてホント涼子さんの子なんだなとかしみじみ思っちゃうわけだけどね。いやでも、だからこそ私も図々しくあんたの事も頼んだりできたのかもだけど…」 「ちょっと! 俺が訊いてるのは姉貴の方なんだけど!」 光次はぶつぶつと話を進める母親に途惑いながら声を上げた。 しかし母は行方不明とやらの姉のことはついぞ光次には話さなかった。そしてその後もさんざ独り言を言いまくった挙句、「会いたくないならいいわよ。でも、これ連絡先」と無理矢理くちゃくちゃになった白いメモ用紙を押し付けてきた。 「………」 そこには「北川光一郎」という名前と共に、恐らくは彼の現在の住所だろう、どこぞのアパート名と電話番号が汚い字で殴り書きされていた。 「気が向いて会いたくなったら言って。顔合わせさせるから」 「……向こうは何だって?」 「別に、何も」 母はあっさりと答えた後、しかし直後少しだけ困ったような顔をした。 「まあ顔では模範生っぽくいつでもどうぞって風だったけど。たぶん、あんまり関わりたくないって思ってると思う」 「な…! なら、俺だって――」 「ああ、違う違う」 光次がむっとしたように口を開きかけるのを母は片手をひらひらさせると突然踵を返した。そうして夕飯の洗い物が途中だったのかさっさと台所へ向かうと、依然不満気な光次には振り返らずに続けた。 「別にあんたに会いたくないとかそういうんじゃなくて。友之君の事を考えてるんだと思う。突然、本当の弟がいたって分かったら、友之君がどうなるかって心配してるんでしょ。高校にあがって随分落ち着いてきたみたいだし」 「は、はあ…?」 訳が分からず光次が母の背中を追い続けていると、母の方はやはり振り返ろうとはせずにそのまま水道の蛇口を捻ってばしゃばしゃと乱暴に無駄に多い皿や茶碗をを洗い始めた。その背中はいつもの陽気なものとは違い、どこか気落ちしている風でもあった。 普段あまり母と関わる機会もない光次だ。これまでならたとえこんな母の姿を認めたとしても無理に突っ込んで訊いたりはしなかっただろう。けれどこの時は突然話題に上がった「兄」と「姉」の存在、それに曰くありげな「友之」という単語が気になって、光次も黙っている事が出来なかった。 「何なの? そこで話が切れたら気になるじゃん」 「……光一郎君の弟」 「え?」 水音で掻き消された声を光次が聞き返すと、母はここでぴたりと動きを止め、やがて蛇口の水もキュッと止めた。 そして急に振り返るとその位置からソファに座ったままの光次に言った。 「今、光一郎君は実家を離れて弟の友之君と二人暮らしをしてるのよ。…でも、弟と言っても友之君は光一郎君のお父さん…つまり私の前の旦那って事だけどね、その人の再婚相手の連れ子なのよ。だから光一郎君とは血が繋がってない」 「ふうん?」 「だから、あんたは光一郎君とは半分でも血が繋がってて紛れも無く兄弟だけど、友之君は違うってこと」 「だから?」 「だから? だから……つまり、友之君にとってあんたは相当ショックな存在って事よ!!」 「はあ…?」 今イチ意味が分かりかねると思い、光次は露骨に眉をひそめた。何だか頭がこんがらがってしまいそうな話だが、それにしても母の言い分はおかしいと思った。確かに「血」の問題でいえば、光一郎にとって継母の連れ子である友之は全くの赤の他人という事になるだろう。しかし、実際に「赤の他人」は自分の方であり、たとえ母親が同じだからと言っても光一郎と友之二人の兄弟の絆には敵わないだろう。長年家族として共に暮らしてきたのは向こうだ。光一郎に訊けば分かる。どちらか一方の弟としか暮らせないとしたら、どちらを選ぶ?と。そう問えば、光一郎はまず間違いなく、その友之の方を自分の弟として選択するだろう。 そして光次は自分が光一郎から選ばれなかったとしても全く構わない。だって光一郎という人は自分にとって他人なのだから。 そんな感情しか持ち合わせていない人間相手に、何故その見知らぬ友之は「相当なショック」を受けるのだろう。 「友之君は光一郎君のお父さんとは折り合いが悪いのよ」 訝しんでるような息子に母は再びリビングにやって来ると言った。 「まあ、あの唯我独尊な男を父親に持った子どもは不憫だよ。光次、あんたはあんなに優しいお父さんが本当のお父さんで良かったと思わなくちゃ」 「はあ…。まあ、お父さんは良いお父さんだよね」 「お父さんはって何よ!」 いちいち引っかかるわねえこの子は、と毒づいたものの、母は再びしゅんとなるとため息をついた。今日の母はどうにもらしくなく情緒不安定らしい。 「…とにかくね。そんなだから、友之君にとって光一郎君っていうのはたった一人頼れる大事な大事なお兄さんなの。光一郎君だってそんな友之君を大事にしてるし。そんな中、あんたみたいのが突然湧いて出てきたら、そりゃあ一大事なの。分かった?」 「あのねえ…人を害虫か何かみたいに」 光次はあきれ返ったような顔をした後、手にしていたボールを再び両足へ運んだ。何故か不快な気持ちは消え去っていたが、そんな話を聞かされて面白いと感じるわけもない。 「なら余計いいよ。光一郎さんとは会わなくてもさ。邪魔なホンモノの弟は姿を現さないようにするし」 「………あんたの事だからそう言うと思った」 「ん?」 「だから友之君のことは言わないでいようと思った」 「は……変なの。じゃ、何で話したの?」 「何となく流れでそうなっちゃったの!」 あー!とがりがり髪の毛をかきむしり、光次の母・澄子はどこか苛立ったような顔を見せた。 けれど間もなく落ち着くと、彼女はやはりいつもとはどこか違った感じできょとんとしている光次をまじまじと見やった。 「でも、確かに友之君はあんたとは関係ないかもだけど。私にも関係ないかもだけど。……でも、あの子の話を間接的にでも聞いてると、何か責任を感じる」 「は?」 「だからあんたみたいな底抜けに明るくて何も考えてないようなサッカーバカがね、あの子たちの中に入っていくのはある意味いいかもって思う」 「……それって誉めてんの?」 やや引きつりながら笑う光次に母はやはり一緒には笑わなかった。再びくるりと背を向けると、さっきからまるで進まない皿洗いをしにキッチンへと戻って行く。家事が苦手で洗い物なども光次の父親が代行する事が殆どだが、「タイへ行ったら家事は任せて」と宣言しているだけに、今は何とか頑張ってこなそうとしているようだった。 「ねえ」 そんな母の背中を眺めながら光次は何となく訊いた。 「それで、その兄弟って年幾つ?」 「光一郎君は大学2年。友之君は高校1年だから15歳かな」 「イッコしか違わないんだ」 「そうね」 「ふうん」 実に久々な母子の会話はそこでぷっつりと途絶えた。光次はその後見たかったサッカー番組に熱中し始めたし、母は母で自室に篭もって何かしているようだった。いつもと変わらない。同じ空間にいても、二人は大抵各々好きな事をして過ごすのだ。 しかし、あの場では気のない返事しかしなかった光次が「光一郎と会ってみたいかも」と言い出したのはそのすぐ翌日の事だ。 単純な好奇心。……ただそれだけだったと思う。母のどこか物憂げな背中が何となく引っかかったし、母の会話から「普通」の兄弟らしからぬ北川光一郎と友之という二人に興味を抱いた。本当に邪魔だと思われているのなら、一度見てそれきりにすれば良いだろうとも思ったし。 けれどもそんな些細な興味で光一郎と実際に会った光次は、それにより己の運命を実に大きく変える事となった。 母は光次の心変わりを殊の外喜び、その時は光一郎の前でも妙にはしゃいでいたし、光次は光次でやはりそれなりに感動した。光一郎は想像以上に尊敬に足る「理想の兄貴」で、こんな人と突然「知り合い」になれただなんて、素直にラッキーだと思った。確かにその相手からはどこか「お前と会ってたらまずいんだよな」という空気は感じたのだが、それは光次が人一倍他人に対して敏感だったから気づいただけで、実際面と向かった光一郎は文句なく優しく気遣いの出来る人だった。いっぺんで好きになった。別に両親のいないこれからの生活を不安に思う事もなかったが、それでもやはり「いつでも頼ってくれていいから」と言ってくれた光一郎の存在をありがたいと思った。 しかし、それよりも何よりも――。 光次の中で本当に「ラッキー」な出来事は、実はその光一郎の弟―友之―と出会い、知り合えた事にあった。自分の運命が変わったと思わせる出会いは、正にそこにこそあったのだ。 「友之君、こっち!」 「あ…」 慌てて駆けてくるその姿に光次は待っていた時以上に目を輝かせてぶんぶんと大きく手を振った。 今日は絶対に失敗していないはず。何度も何度も辺りを警戒し、ここへ来る迄実に細心の注意を払ってきたのだ。問題は友之の方が大丈夫だったかだが…。 「ご、ごめん…待った?」 「全然っ。大丈夫! 友之君こそ、大丈夫だった?」 「え…?」 「誰にもつけられてない!?」 「つ……?」 きょろきょろと周囲を見渡す光次に友之の方は不思議顔だ。軽く小首をかしげて見せ、何となく光次に倣って自分も背後を見たりしている。まだ軽く息をついているが、それよりも光次の挙動不審っぷりが気になったのだろう。 「ふー。誰もいないみたいだね」 「……光次君?」 そんな友之にしかし光次は至って真剣だ。 「だって!」 おもむろに友之の両手をぎゅっと握ると、光次は過去の忌々しい出来事を反芻するように頬を膨らませた。 「この間だって俺は友之君と二人だけで遊びたかったのに、藤咲先輩がいつの間にか勝手についてきてさっ。その前の時は数馬先輩だろっ。もう本当、友之君は人気者だから…!」 「そ、そんな事ないよ…?」 「そんな事あるの!」 途惑う友之の手をさらにぎゅうぎゅうと握りしめた後、光次はようやっと気持ちを新たにしたようににこっと笑った。 「でも、今日こそは本当に大丈夫みたい。紛れもなく二人だけで遊べるね!」 「う、うん…?」 「よっしゃー!!」 今日はカラリと晴れた気持ちの良い日曜日。 光次はこの日の為に何週間も前から藤咲や数馬の動向をさり気なく調べ、光一郎にも念には念を押して「この事は誰にも絶対に言わないように」と繰り返してきた。光一郎はそんな実弟に半ば呆れ気味で、誰に他言もしなかった代わりに「暗くなる前には帰れよ」などと小学生の子を持つ親のような事は言っていた。光次としてはそんな光一郎を「ウザイ」と思わないでもなかったが、この場合「兄」を敵に回すと後々面倒な事になるので、そこは大人しく従うつもりだった。 しかし、それでも少なくとも夕方までは友之とは二人っきりだ。 友之には公言していないが、光次にとってこれはれっきとした「デート」だった。友之をたくさん楽しませたいと思った。 光次が初めて友之と会ったのは、高城学園裏のグラウンドだ。その時は小学生チームにサッカーを教えている最中だった。 そこで友之とほんの僅か言葉を交わした時、光次はそのとても自分より年上とは思えない不安そうな瞳に最初はただ「可哀想な子だな」と思った。光一郎の口から友之について詳しい話を聞く事はなかったが、後にまた母の澄子からは彼が姉の夕実と何らか「確執」があったらしい事、色々な不幸が重なって暫く学校へ行っていなかった時期がある事も聞いていた。 だから友之の悲しげな不安そうな瞳にもすぐに察しがついた。あの頼りがいのある光一郎という兄に、この子は心から依存しているのだなと。だから身も知らぬ自分にわざわざこうして会いに来たのだなと。 母が「友之君にとってあんたの存在はショックなの」と言われた意味が直接心に響いて分かったと思った。ただ友之の顔を見ただけで光次は分かってしまったし、そしてそんな友之を「可哀想な子」と思ってしまった。 俺にとっては別に、兄貴なんてどうでもいいのに。 光一郎という人間が身内と知って光次が嬉しいと感じた事は間違いがない。けれどもだからと言ってその友之という今まで光一郎の弟の座にいた人を押し退けてまで「本当の弟」を主張したいという願望は光次の中には存在していなかった。もともと家族というものに対しては母親同様冷めた考えの持ち主である。だから友之が何をどう思っているのか知らないが、「心配なら貴方たちにはそんなに近づかないから安心して」と。そういう気持ちだったのだ。こんな心配そうな目を向けられたらそれは尚更そう思う、と。 もっとも、その気持ちも今ではすっかり翻して、こうして暇さえあれば友之に纏わりついている光次なのだが。 そう。 光一郎ではなく、友之の方に。 「あのさあ、友之君は星とか好き?」 「星?」 元気良く訊ねる光次に友之は首をかしげた。興味あるもないも今まで考えた事はないという風だった。 「ここからちょっと電車乗った先に科学館みたいなのがあるんだけどさ。入場料タダの割に面白いの。ゲーセンみたいだよ。そんでね、その中にプラネタリウムもあるんだ」 「プラネタリウム…」 「そう。あ! でも、科学館なんて子どもみたいで嫌かな…?」 少なくとも本物のゲームセンターに行くよりは良いだろうと思って言ってみたのだが。 光次は今日友之を何処へ連れて行くかで随分と悩んだ。映画やサッカー、野球は観に行った事があるけれど、友之は自分同様割に好奇心旺盛で、色々なものを見たり触ったりするのが好きなようだ。かといって遊園地のような大きなレジャーパークには気後れしそうなところがあり、ちょうど良い所はないかなとさんざん思案していた。 それで出した結論が近場の無料科学館だったわけだが。 「その近くにさ、美味しいアイス屋さんとかボートに乗れる公園とかもあって面白いんだよ。どうかなあ? 嫌?」 「ううん…っ」 心配そうな視線を向ける光次に友之は慌てて首を振った。握られた手もそのままに、友之は小さな口をゆっくりと開くとぽつりと返した。 「行ってみたい…」 「ホント?」 「うん…あの。そういうの、行った事なかったし」 「………うんっ。じゃあ行こっ!」 「あ…」 これくらいなら良いだろうと、光次は更にぎゅっと友之の手を強く握り直した。友之はそれに思い切り面食らった声を上げたが、努めてさらりとした笑顔でそれを交わす。手は離さない。 「そこねー、ははは、やっぱ最近のお子様には人気ないのか、いっつもガラガラなんだー。すっげー面白いのに。そのうち潰れるかもしんない」 「そう…なの?」 「でも本当、星は綺麗だよ!」 こちらを覗きこむ友之に光次はにこりと笑って見せた。 天然で元気。 友之の前ではそういうキャラクターでいくと決めていた。藤咲などはそんな光次の決意に対して「あんた、もともとそんなキャラじゃない」と言ってバカ笑いしていたが、光次は自分ではあまりそういう風には思っていなかった。 ただ、友之の前ではそうしていた方が「お得だな」と。 「その後はさー、美味しい物食べに行って、で、その後は……」 一人でぺらぺらと口を動かす光次に友之はうんうんと必死に頷いている。光次は自分よりも年下だから自分があわせなければとでも思っているのだろうか。そういうところも「お得だな」と思いながら、光次は心の中でドキドキする気持ちそのままに、友之を握った手が汗をかいてしまわないかと、そんな事がふと心配になった。 |
To be continued… |
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