(11) 「雪。今度の休みはさ。どこへ行きたい?」 「俺はどこでも…」 「またあ?」 週末が近づくと必ず交わされる会話。涼一は雪也と2人でするこの約束や計画がいつもとても楽しみだった。 自分の気持ちに確信を持ってからは、特に。 「雪は平日バイトめちゃくちゃ入れてるし。休みくらいは1日めいっぱい遊びたいよな」 しつこくしつこく前々から約束を取り付けておかなければ、雪也はバイト先の店長に言われるまま、永遠に仕事を続けてしまいそうなところがある。何の断りもなしに突然仕事を休むバイト学生の代わりを任される事などしょっちゅうだ。だから本当は雪也にアルバイトなどはして欲しくないと涼一は思う。しかもコンビニエンスストアの、しかも深夜のアルバイトなんて。 それでも「自分が好きに使えるお金が欲しいから」と言われてしまうと、もう何も言えなかった。あの母親から小遣いを貰うのが嫌だという雪也の気持ちは、さすがに涼一にもよく分かったから。 「この間は千葉の海まで飛ばしたから、今度は山がいいかな。奥多摩のあたりとか」 「うん」 「この辺りなら見る所も結構あるし。上まで行けば見晴らしもいいだろうしな」 「うん」 大学構内のベンチで雑誌を開きながらそう言う涼一に、雪也は薄っすらと笑んで頷いた。 こうしていつも交わす休日の約束も、その日何をして過ごすかも。 涼一が何を言っても雪也はいつも笑って頷いた。そのあまりの自己主張のなさにはさすがに面食らうところがあったが、それでもここ最近の涼一のテンションはかなり高かった。 雪也と一緒にいられる時が1番楽しい。 車の中で交わす2人きりでの会話が嬉しい。 そのための計画を立てる今が幸せ。 涼一は雪也が好きで好きで仕方なかった。 「じゃあまた雪の家まで迎えに行くから。7時でいい?」 「うん…。でも、剣はそんなに早くて大変じゃないか…?」 「全然っ」 本当はもっと早くに会いに行きたいくらいだった。けれどそうすると雪也が恐縮するのを知っていたからこれでも精一杯我慢していた。 「俺も免許あったらな」 「い! いいよ、雪は免許なんか取らなくても! 俺がいつだって好きな時に乗せてやるから!」 「………」 雪也はいつも自分を迎えに来ては色々な所へ連れて行ってくれる涼一を申し訳なく思っているようで、何度か自分も教習所へ行きたいと言うような事を言った。けれどその言葉が出る度に涼一は強くそれに反対し、「気にするな」を連呼した。 教習所などに通われたら今よりもっと会えなくなるし、そもそも自分の横にももう座ってもらえなくなる。そんな事は絶対に嫌だと涼一は思った。 「……雪」 「え…?」 「………」 「剣?」 呼んだきり何も言わない涼一に雪也が怪訝な顔をした。けれど涼一はそんな雪也を見やるとすぐに笑顔になって「何でもない」と言った。 雪也の名前を呼ぶのが涼一は好きだった。 そうして戸惑い、困る雪也の顔を見るのも。涼一は好きだった。 涼一は完全に雪也に恋していた。 +++ 雪也が同じサークルの相野に何やら話し掛けられているのを涼一が見かけたのは、週末の約束をした日、講義が終わった夕刻の頃のことだった。 「何だ…?」 使用していた資料を図書館に返す為、涼一は一旦雪也から離れていた。それでもいつものベンチで待ち合わせをしていたから、雪也はおとなしくそのキャンパスの一角に腰をおろしていたのだ。 そんな雪也に馴れ馴れしい笑みを送っているらしい相野。 涼一は2人に近づく足を速めた。 不意に胸がざわつき出すのを感じた。 「相野」 「ん…? ああ、涼一か。じゃあ、俺はこれでな。またな、雪也。もうちょっと考えておいてくれよな」 「………」 雪也は困惑したようになって何も応えなかったが、相野は涼一の姿を見るともうそれ以上は言わず、すぐにその場を去って行った。ここ数週間、涼一は相野を露骨に避けており、そんな涼一を相野の方もあまり快く思っていないようだったから、最近はサークルの部室で会っても2人はロクに挨拶も交わしていなかった。無論、涼一としてはそれは実に喜ばしい事だったのだが。 しかし雪也が関わるとなれば話は別だった。 「……あいつ、雪のこと“雪也”なんて呼んでたっけ?」 むっとした。面白くなかった。いつも誰にでも馴れ馴れしい相野だが、以前奴は雪也の事をホモだと言って嘲笑していた。そんな奴が今になって一体雪也に何を言っていたというのだろうか。 「あいつ、何か言ったのか」 「……うん。でも別に大した事ないよ」 「大した事ないなら話せよ」 「………」 涼一の問いに、しかし雪也はすぐに答えようとしなかった。ベンチに腰をおろしたまま、やや困ったように俯いている。涼一はざわついた胸を更に騒がせてじりじりとしながら言葉を出した。 「何だよ、どうしたんだよ雪? 俺に言えないこと?」 「そんな事ないよ」 「ならいいだろ。話せよ」 「………」 「雪!」 「……話しても」 「ん?」 雪也はぽつりと言った後、涼一を恐る恐る見やった。 「話しても怒ったりしない…?」 「何だよそれ……」 「……藤堂が、剣は相野のことをあまり良く思っていないって言っていたから」 「ああ、そうだよ。あいつはある事ない事適当フイて、ホントいい加減な奴だし。だから? あいつ、俺の悪口か何か言ってた?」 「違うよ」 「じゃあ何なんだよ!」 いよいよイライラしてきて、涼一は声を荒げた。思わずはっとして口をつぐんだが、雪也を促すには効き目絶大だったようだ。雪也は驚いたようになりながらも、ぽつりぽつりと口を割った。 「剣、彼女ができたから…。あんまり一緒にいない方がいいって」 「………は?」 何を言っているのだろうか。すぐには意味が分からなかった。 黙っていると雪也は続けた。 「俺が一緒にいると剣は彼女ともなかなか会えなくて困るだろうし…。もし週末剣との予定があるなら、それキャンセルして自分と飲みに行かないかって」 「な…何なんだ、それ……?」 相野が雪也を誘った? 頭が真っ白になって何が何だか分からなかった。ただその場に突っ立っていると、雪也は焦ったように後を継いだ。 「相野、前に俺がホモだって噂流してただろ…? あのことも謝りたいから俺とよく話したいって」 「ふざッ…!」 一体あいつは何を考えているのだろうか。 ただ単に人見知りで他と交流のない雪也に興味が沸いたのか。それともあまりに雪也に固執している自分をからかいたくて間に入ってみたくなったのか。 それとも、自分と同じように。 「……それで雪、何て答えた?」 まさか「分かった」などと言ってはいないだろうか。 雪也は人から頼まれたことを断れない。自分との遊びの誘いだっていつでも何でも「分かった」と従順に頷き笑っている。相野にもあの笑顔を見せたのだろうか。 そんなこと我慢ならない。 「雪……」 「剣、彼女できたって本当…?」 「いるわけないだろ!!」 「……っ!」 あまりの大声に雪也は度肝を抜かれたようで、肩を震わせ身体を後退させた。それから困ったように涼一を見つめる。涼一もそんな雪也を見つめ返した。雪也を怖がらせるのは本意ではなかったが、そんな話をそのままにはしておけなかった。 「俺の普段の行動見て、女がいるように見えるか? あ?」 「ううん…」 俺はお前が好きなんだから、他の女とどうこうなんてあるわけないだろ。 口から今すぐにもその言葉が出そうになって、けれど涼一は何故かそれを言うのを憚って息を飲んだ。 そういえば好きな相手に告白するには、一体どうすれば良かっただろうか。 今までそういう事をした経験がなかった。だから分からなかった。涼一はこの時その事に初めて気がつき、らしくもなく躊躇した。男女の間なら好きだ惚れたの意思の疎通は、普段一緒にいるだけでもある程度互いに伝わるところがあると思う。しかし男同士ならばこちらからはっきり言わなければ相手には分からないのではないだろうか。 ましてや、相手はこの雪也なのだ。 「……俺は週末に雪とデートするのが1番楽しいの」 「剣…?」 雪也がきょとんとして涼一を見上げた。涼一にしてみればこういう風に言えば分かるだろうという気持ちがあった。 一応念のため駄目押しも。 「それが今の俺の1番なんだよ」 「………」 「分かったか、雪?」 「………俺も」 「え」 思わずどきりとして黙りこむと、雪也はやや照れたようになりながら言った。 「俺も、剣と一緒にいるの楽しいよ…。感謝してる」 「感謝って……」 何かが微妙にズレているような気がする。 「………」 雪也の言葉にしっくりいかないものを感じた涼一だったが、それでもようやくふうと大きく息を吐いた。 「とりあえず、あんな奴の言う事いちいち耳にするなよ。誘いも断れよ?」 「断ったよ」 「え……」 あっさりと言った雪也に、涼一は目を丸くした。雪也は苦笑した。 「合コンはもう二度と行かないって言っただろ。しかも相野が約束しているコたち…前に行った人たちなんだ。だから俺に声かけたみたい」 「ああ……」 以前雪也を気に入ってやたらとべたべたしていた女か。 相野も「雪也は自分の知り合い」だとか何とか言って彼女たちとの飲み会をセッティングしたのだろう。おとなしい雪也にあっさり断られてさぞかし意表をつかれたに違いない。ざまあみろだ。 「でも…これでまた噂流れるな」 雪也の言葉に涼一はハッとして視線を移した。どことなく元気のない笑みを漏らしている雪也に自然表情が曇った。 「気にするなよ、そんなの」 「うん…」 「あ、ところであいつ、俺に彼女いるなんて適当言いやがって…!」 ぎりりと歯軋りすると、雪也は再び苦笑した。 「あんまり怒るなよ…。それに、最近みんな言ってるよ」 「はあ…?」 「剣、このところ付き合い悪いから。彼女ができたに決まっているって」 「………」 それは雪也とばかり一緒にいるからなのだが。 雪也自身はその事に気づいているのだろうか。 「剣が怖い顔しているから…何だか言うの緊張した…」 雪也は小さくそう言い、それから首をかしげつつ笑んできた。涼一はそんな雪也を見つめながら、どうしてコイツは無意識にこう可愛い顔をしてくれるのだろうかと、半ば真剣に考え込んでいた。 そうして、これは早いところ「告白」というやつをした方がいいなと思った。 |
To be continued… |
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