(12) 今日は雪也とデートの日だ。 雪也の方がどう思っているかは知らないが、少なくとも涼一の中で、これはれっきとした「デート」だった。 けれどせっかくのドライブも雨でお流れ。目的地の先にある見晴らし台へ昇る予定もあったから、この計画は晴れている日に実行しようという事になったのである。 2人はそのまま涼一のマンションへ向かった。 「俺、映画ってあんまり好きじゃないんだよな」 昔は涼一も勉強の合間などに息抜きと称して1人で映画館に行ったりした事もあった…が、雪也と知り合ってからはめっきり興味が薄らいだ。当たり前の話だが映画を観始めると大体2時間は黙っていなければならない。折角雪也と一緒にいるのに何も会話できないというのはつまらない。勿体ないと思う。だから涼一はあまり、というか雪也を映画館に誘ったことが一度もなかった。 ただ反対に雪也は履歴書の趣味欄に「映画観賞」と書くくらい、映画を観るのが好きなようだった。雨でドライブの計画が流れた事を残念だと言ったものの、帰りの道中で借りたレンタルビデオを嬉しそうに胸に抱え、雪也は「早く観よう」などと珍しく弾んだ声で涼一に言った。 だから涼一もつい自宅での映画鑑賞会にOKを出してしまったのだが。 「それ、話題作なわけ?」 「ううん。俺が好きなんだ」 「へえ……」 珍しく「これがいい」などと自己主張するものだから、言われるままに雪也の望みのビデオを借りたが、正直タイトルからいっても涼一にはその映画が面白そうだとはとても思う事ができなかった。 「まあいいや。雪がそれがいいなら。暗くして観る?」 「え? うん。そういうの、好きだ」 電気を消してブラウン管から発せられる光だけが部屋を照らすと、そこはちょっとしたミニシアターに変身した。雪也はソファに座らずその下のカーペットに腰をおろした。ちょうど真正面にテレビが見える位置だ。それで涼一もそんな雪也の隣にさり気なく座り込んだ。 (すっげ、見入ってる…) 涼一は映画そっちのけで、熱心に画面へ目を向ける雪也の横顔をじっと観察した。 (このアングル…好きだな……) 雪也の横顔が好きだった。人と目を合わせるのが苦手な雪也は、涼一と面と向かう形をとってもなかなか視線を合わせてくれない。だから涼一は自然、雪也が気づいていない角度で相手を眺める事が多くなっていた。 「好きだな……」 部屋が暗いせいもあっただろう。そのいつもの風景を誰にも邪魔されずに見られたせいでもあっただろう。 涼一は無意識のうちにそう言っていた。自分で気づいていなかった。 「え…?」 しかし声を出した涼一に雪也が反応を返した。不思議そうな視線がすっとやってきて涼一はぽかんとした。 「何だ?」 「え…今、剣何か言ったかなって…」 「あ、俺、声に出していた?」 自分自身間の抜けた声で訊き返してしまったが、雪也が「分からない」と小首をかしげたので、本当に声に出したかどうかの確証は持てなかった。 それでも、ここでこの会話をやめて雪也がまた映画を観てしまうのは何だか嫌だと涼一は思った。 「好きだなって言ったの」 だから今度ははっきりと意識して口にしてみた。 画面に映るストーリーは互いの顔を見合っている2人には構わずどんどん進んでいっている。 「好きって…?」 オウム返しのように雪也がその言葉を繰り返した。 「だから、好きだなって」 「好き…」 「そう」 茫然としている雪也が何だかひどくじれったくて、けれど愛しくて、涼一はもう覚悟も何もなくその振ってわいたタイミングに乗っかった。 「俺、雪のこと好きみたいなんだけど」 「好き…」 「うん、そう、好き。愛してるって言った方がいいか?」 「………」 さすがに反応がなかった。 「雪?」 やはりこんないきなりの告白はとんでもなかっただろうか。顔は冷静を保っていたが、涼一は内心でかなり冷たい汗をかいていた。だから逆に沈黙を破ろうと必死に口を動かした。 「びっくりした?」 「………うん」 「でも本当だよ。好きだから」 「俺のことを……」 「うん、そうだよ。好き。はじめは雪のこと親友って思ってたけど、親友とセックスしてみたいとは思わないだろ?」 「え……」 いきなりセックスか。 自分自身に突っ込みを入れてもみたが、実際そう思っている事も事実だった。 あの夜、「確認」と己を納得させて覗いた風呂場。雪也の裸。あの時から、涼一は雪也に触りたくて、抱きたくて仕方なくなっていたのだから。 「雪は俺のことどう思ってる?」 「………剣を」 「そう。好き? 嫌い?」 「……好きだけど」 けど? けど何だよ。 そう思ったけれど、その問いはなかなか表に出す事ができなかった。 「なら両想い? 俺たち」 「……本当に」 「本当だよ」 疑われているのかと思い、多少むっとして言い返す。 しかし雪也から漏れた言葉は全く予想していないものだった。 「本当に、してみたいの……」 「え…?」 「だから……」 雪也の口ごもる様子を見て涼一はやや唖然としたものの、より焦って一旦ごくりと唾を飲み込んだ。だからそれを誤魔化すためにまた声を出した。 「あ、ああセックス? そう雪としてみたい。興味あるんだ、その…雪とするの。あ、俺、男とはないよ? 雪だからしてみたくなるんだと思う。雪が好きだから」 「………」 「なあ……」 いいか? と訊こうとして、けれど涼一はそっと雪也の肩口を掴んでぎくりとした。 「雪…?」 震えている。 「雪?」 「あ……」 二度呼ばれて我に返ったような雪也が慌てて顔を上げた。何だか泣き出しそうな顔をしていて、涼一は不意に胸が痛んだ。 「悪い…やっぱりいきなりで驚いたよな…?」 「あ……そうじゃ、ないけど……」 「でも俺本気だよ。雪といると楽しいし。安心するし。好き…なんだ。本当に」 「……剣」 「な…雪……」 言いながらそっと唇を寄せると雪也が反射的に逃げの体勢を取った。途惑ったが、逆らわれてこのまま引いてしまったら二度と手に入らないような気がした。 「大丈夫だよ、雪」 「つ……」 だから強引に雪也の腕を掴み、もう片方は頬に当ててそのまま雪也の唇に強引な口づけをした。 「ん……」 喉の奥で雪也の声にならない声が漏れて、涼一は興奮した。 いつか勢いでしてしまったキス。あの時の熱が不意に甦ってきたような気がした。夢中で唇を重ね、何度も何度も押し当て、そして押し倒した。 「剣…ッ」 雪也が焦ったように声を漏らしたが、無視してもう一度唇を舐った。雪也が嫌だというように首を振ったが、それでも強引に重ね続けていると、やがて雪也は静かになった。 「……っ」 身体がまだ小刻みに震えていた。怖いのか、初めてなのだろうかと思った。 そうなら良いのに。 「な…雪。そんな怖がるなって…」 「剣…」 怯えたような目がこちらを見つめる。微かに潤んでいるそれに身体中が痺れ、急きたてられるような感覚に襲われた。雪也の服のボタンに手をかけ、ゆっくりと開くと、あの時見た白い肌が目の前で露になった。失望しない。やっぱり失望しなかった。女のような乳房はないけれど、ないのに、どうしてこんなに興奮するのだろうかと思った。 「すごいな…雪って」 「そんな…風に…っ」 「言われたくない?」 訊くと雪也は目をつむったままこくりと頷いた。抵抗はすっかりやめている。それでも涼一に素肌を晒しているのが恥ずかしいのか、これからの事に不安を抱いているのか、やはり雪也は今にも泣き出しそうだった。 テレビからは出演者たちの会話が隆々と流れ続けている。ちらと背後を振り返り涼一はリモコンを掴むとそれを消した。 一気に部屋がしんと静まり返った。 雪也がひゅっと喉の奥で声を漏らしたような気がした。 けれど涼一にはもうそれは聞こえなかった。身体を沈め、雪也の胸に唇を寄せた。 「や…っ」 「大丈夫だから」 何が大丈夫なんだろうか。 また自分の中でそんな風に自嘲しながら、けれど涼一は雪也の身体にキスをし続けた。雪也の顔がみるみる朱に染まっていく。びくびくと身体が揺れて、涼一はゾクリと背筋を震わせた。やや抑えの利かない指先が乱暴に雪也の頬を捉えた。雪也が驚いて目を見開いたところにもう一度深い口づけをした。 「……ッ、んぅ…」 「雪…めちゃくちゃ可愛い…」 「……剣…ッ」 互いの息が触れ合う距離で唇を止めてそう囁くと、雪也が名前を呼んできた。 ぎゅっと腕を掴まれる。シャツを引っ張られ、引き離されそうになった。 「駄目だよ雪」 けれど涼一はそれを無視し、もう一度唇を寄せて雪也のそれに重ね合わせた。苦しそうに眉をひそめる雪也の顔が見えたけれど、もう殆ど気にならなかった。 「好きだ…雪…」 自然と熱っぽい声が漏れた。 「剣……」 すると雪也は薄っすらと目を開き、やがて涼一を掴んでいた自らの手をぽとりとカーペットに落とした。 「は……」 涼一はそんな雪也を見つめ返し、高揚する気持ちを抑えながら少しだけ笑んでみせた。 どくどくとする胸の鼓動はその後もずっと煩く鳴り続けていた。 |
To be continued… |
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