指先をその白い肌にゆっくりと滑らせ撫ぜあげていくと、雪也は頑なに目をつむったまま、発しそうになる声を堪えるようにして唇を噛んだ。
「雪…こっち見ろよ」
  それが何だか避けられているようで、涼一は雪也の耳元に唇を近づけるとぺろりとそこを舐めてから催促するように囁いた。
「……ッ」
  雪也がそれにまた無言のままびくんと身体を揺らした。その様子に涼一はぞくりとしつつ、もう既に何度したのか分からない口付けをそんな雪也の唇に落とした。


  (13)



  男とするなど勿論初めてだった。
  一応知識としてやり方くらいは知っていた。しかし実際自分が「それ」をするとは思っていなかったし、たとえここ最近の雪也に対する己の入れ込みようが尋常ではないにしても、こんな風にして急に「その時」がくるとは、涼一自身さすがに予想していなかった。
  それでも多分、いざ「その時」がきたら自分は「それ」ができると。
  まったく普通の行為として、あっさりとそれが…雪也を抱いてしまえるだろうという事が涼一には分かっていた。
「つ…剣…ッ」
「ん……」
  けれど当然、雪也にとっては本当に唐突な出来事だったのだろう。
「俺…俺、どう……あっ、そん…!」
「雪は…余計なこと考えなくていい」
  言い聞かせるように言ってもう一度唇を重ねると、雪也はまたすっかりおとなしくなって、ただそこから逃げるように再びぎゅっと目を閉じた。そんな風に緊張していちいち石のようになってしまう雪也の身体を涼一は優しく愛撫しながら、舐めるようにその自分のものになる裸をじっと観賞した。
  少しでも互いの肌を感じあいたくて晒した自分の身体と、その目の前の白い肌は、確かに同じつくりのものであるはずなのに、まるで違うもののように映って見えた。
「本当…信じらんねえ…」
  どくどくと早まる心臓の鼓動すら心地良く感じ、涼一は雪也の太腿を撫で上げながら、興奮してどうしようもなくなっている自分を落ち着かせようと、一先ずはっと息を吐いた。
  それでも次に出してしまった声はやはりひどく上ずっていたのだが。
「なぁ…俺、何かもう、限界…」
「………っ」
  雪也は応えなかった。ただこれから何が起ころうとしているのか、それだけは理解しているようで、怯えたように唇を戦慄かせている。
「なあ雪…怖いの?」
「……うん」
「俺のこと嫌い?」
  黙ったまま、ただ首は左右に振られた。汗で滲んだせいで額にはりついた前髪をかき上げてやると、ここで雪也はようやくそうした涼一のことを見つめてきた。
「雪……」
  しばらくはじっと見詰め合って、それから涼一は再び雪也に口づけをした。おとなしい。暗に体勢を変えろと促した時も、雪也はこれからの事を承知しているのか、おとなしくそんな涼一に従ってきた。
「クッションさ…っ、腹の下に敷けよ」
「ん……」
  微かに返事があったような気がした。背中を向ける雪也に覆い被さるようにしながら、涼一は今度はその項に唇を寄せた。そして雪也が楽になれるよう、ソファにあったクッションを引き寄せそれを下に敷かせた。
  雪也の背中はすっと透き通るように、やはり白くて綺麗だった。
「雪…なぁ雪……」
  意味もなく呼びかけながら、涼一は雪也に重なった。びくびくと背中が反るように雪也が身体だけで反応を示してくる。そうしてゆっくりと自らのそそり立ったものを雪也の奥に差し込んだ時には、雪也は「くぅ…」という、出来の悪い笛が音を出すような声を微かに漏らしてきた。
「う…、きっつ……」
「ひ…あ、あぁッ!」
  やがて涼一の所作に雪也はいよいよ苦しそうにうめいた。
  涼一自身にもキツかった。挿入始めはぎりぎりと自分を締め付けてくるような雪也のその小さな入口に、さすがに顔が苦痛で歪んだ。
「雪…そんな…力、力、抜けって…!」
「あ…んぅ、ん、うぅ…ッ!」
「雪…!」
「ひ…あぁ、ぁんっ!」
「……ッ!」
  言葉にならない悲鳴と嗚咽を漏らされ、それでも雪也のその声に涼一はいつしか痛みを忘れ興奮した。狭い入口に自分のものを捻じ込むその行為自体に猛烈な快感を感じたのだ。
「ふ、すっげ…雪…ッ」
「はぁッ、んん…! 剣ぃ…ッ」
  痛みを堪え震える雪也。片肘で身体を支え、俯きながらも必死に自分の名前を呼ぶ雪也。ああ、本当にやっているんだなと涼一が実感できたのはその時で、あとはただもう無我夢中だった。
  中に入ってしまった後は更にもっと奥へと。
  もっと奥へ入り込んだ後には、もっと攻めたいと。
  欲求はどんどんエスカレートしていって、まるで雪也を虐め倒す事自体が目的のように、そしてどこまでも欲を求める獣のように、涼一はひたすら自らの腰を動かし続けた。
  それこそバカみたいに何度も何度も雪也の奥を激しく突いた。
「やぁ、あっ、あぁ…ッ。い…剣、痛い…っ!」
「雪、雪、もっと…声、聞かせろよ…!」
「あっ、つっ…やぁ、あぁッ!」
  雪也が助けを求めるようにこちらの名前を呼んでくること、それが堪らなかった。背筋がぞくぞくとしてそのまま行為を止められなかった。何が何だか分からないままに、ただ続けた。
「―――ッ!!」
  そうしていつしか雪也が気を飛ばしてしまっても。
  それにも気づかないくらい、涼一はしばらく雪也の身体を貪り続けた。


  ただ貪欲に。



*



  当然泊まって行くと思われたのに、目覚めた時焦ったように時間を訊いてきた雪也が涼一には不満だった。
「何で? もう真夜中だよ。いいから寝てろって」
「駄目だよ、俺帰らないと…!」
  雪也はいつの間にか涼一のベッドに運ばれていた自分にも途惑っていたようだが、とにかくは今のこの「無断外泊」に対して異常な困惑を感じているようだった。
「母さんが心配していると思うから…帰らないと」
「お袋さんだっていつ帰ってくるか分からないような人じゃん。雪がそんな気にする必要ないと思うけど」
  それに、と付け加えながら涼一は隣にいる雪也の顎先を指にかけると、おもむろに唇へのキスをした。
「あ…っ」
「それに雪、今身体辛いだろ? 寝てた方がいいって」
「だ…大丈夫、だから…」
  先刻の出来事を思い出したからだろう、雪也はたちまち赤面し、慌てたように涼一から視線を逸らした。そういう仕草全部が可愛いと涼一は思った。
「な、雪。雪はもう俺の恋人だよな?」
「え……」
「だろ?」
  ほぼ確信を抱いて訊いた言葉ではあったが、勿論不安もあった。これで口ごもられでもしたらやっていられないなと思いながら、それでも涼一は何とか堪えて大人しく雪也の反応を待った。
  その時間は1時間にも1日にも感じられたのだけれど。
  やがて雪也は相変わらず涼一の方は見ずにぽつりと言った。
「あの…剣が良ければ……」
「ええ…? 良ければって…?」
  その言い方がひどく曖昧で、涼一は一瞬きょとんとして目を丸くした。雪也も自身でこれは駄目だと思ったのだろう、すぐに焦ったように「だから」と付け加え、今度はもう少し大きな声でその言葉をつけ足した。
「だから…剣が、俺なんかで良いのなら……」
「あ、当たり前じゃん!!」
「俺…男だけど……」
「関係ないって! なぁ俺、何か今すごい感動」
  何だか結婚するみたいだな。
  バカバカしい考えが頭をよぎったが、とにかくも涼一はそう言ってくれた雪也がとにかく嬉しくてほぼ反射的に引き寄せ抱きしめた。
「いっ…。つ、剣…!」
「ったくもう、雪は本当、すぐそうやって可愛い言い方するんだからなぁ…!」
「ちょ…剣、きついって…!」
「いいじゃん、なあこれからはもっとたくさんこういう事しよう?」
  有頂天になって涼一は言った。気づくと口がぺらぺらと動いていた。
「なあ、何かさー、俺、男と初めてだったから。俺はすっげえ気持ち良かったけど雪がちゃんと感じてくれてたか心配だよ。雪も良かった?」
「そ、そんなの…っ」
「一応身体は感じてくれてたみたいだけどさ」
「………!」
  からかうように、伺い見るように言ってみると、雪也はただでさえ紅潮していた頬をますます赤くしてすっかり言葉を失ってしまったようだった。
  だから涼一はその時雪也の身体が少しだけ小刻みに震えていた事に気づかなかったし、たとえそれが目に入っていたとしても、その時の調子では、ただ恥ずかしさ故の反応だろうくらいにしか思えなかったに違いなかった。


  だから。


  雪也が浮かれた自分に対して「早く帰らなければ」としつこく言い続けた事も、これからは名前で呼んでくれと頼んで「急にはできない」と返された事も。
  この時の涼一には別段大した問題ではなかった。
  とにかく雪也はもう完全に自分のものになったのだから。
「雪、愛してる。雪は俺だけのものだよな?」
  子供のようにそんな事を何度も訊いて、その度困ったようになりながらもおずおずと頷く雪也がただひたすらに愛しかった。好きだった。

  涼一は雪也に夢中で、ただその恋に夢中で、桐野雪也という人間のことをまだ十分に理解しきれていなかった。




To be continued…



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