(3)



  講義で顔をあわせ、迷いもなく真っ直ぐに隣の席に座って声を掛けた時、案の定向こうは途惑ったような顔を見せた。涼一と入学式の前に言葉を交わした事など、すっかり忘れているようだ。それは寂しくもあり、多少腹立たしく感じるところでもあったが、無理もない、向こうはあの時ずっと下を向いていたのだし、と思って涼一は無理にあの時の事は考えないようにした。

  雪也は付き合えば付き合うほど「ハマる」と思える相手だった。

  いつも困ったようにして何とか返してくる言葉も。
  ぽつりぽつりとゆっくり紡ぎ出される話し方も。
  物憂げに時々ふっと息を漏らす表情も。
  綺麗だなと涼一は思った。
「雪也」
  すぐに名前で呼ぶようになった。名前で呼ぶと親密度が増したような気がしたし、向こうは相変わらず涼一の事を「剣」としか呼んでくれなかったが、従来の人見知りが幸いしてか、涼一以外の友人を持ってはいないようだった。
  だから。

  きっとこの大学で自分ほどこの桐野雪也に近い存在はいないだろうと涼一は思っていた。それが何だか誇らしくもあった。
「なー雪也。お前、週末暇?」
  珍しく藤堂らがいないキャンパスの一角で、日当たりの良いベンチに腰を下ろしている時に涼一は言った。はじめは自分も隣に座っていたが、何となく相手の顔を真正面から見たくて、涼一はわざわざ立ち上がってから雪也の目の前に立ってそう言った。
「どっか遊び行かない? 俺、週末はどっか行かないと気が済まないっていうか」
「どこかって…?」
「まあどこでもいいよ。雪也が行きたい所あるならそこでもいいし」
「サークル活動は?」
  遠慮がちに訊く雪也に、涼一は少しだけ苦笑した。先日殆ど無理やりに雪也も自分のいるサークルに加入させたのだが、そのテニス同好会は一応週末に近くのコートを借りて練習する事になっていた。雪也はテニスには興味がないからと控えめに断ってきたのだが、それでも涼一は強引に雪也を皆の所へ連れて行って、そのまま入会届の名前を書かせてしまったのだ。
  そんなサークルでも一応活動日を気にしている真面目な雪也が涼一は可笑しかった。
「別にいいよ、毎週真面目に出なくたって。どうせ同好会なんだし」
「そうなんだ」
「そうだよ。それにそっちより、今週末は雪也とどっか行った方が楽しいかなって思うんだから」
「俺、別にどこでもいいよ」
  雪也はそう言ってから、気を遣ったように少しだけ笑って見せた。
  知り合って、「友人」になってまだそれほど経ってはいないが、涼一は雪也を遊びに誘って断られた事が一度もなかった。迷惑そうではあるけれど、外交的な自分に途惑ってはいるようだけれど、きっと満更でもないのだろうと、涼一はこと雪也に関しては良い方に解釈する事にしていた。
  でなければ、また迷ってしまうから。
「ふーん。ま、どこでもいいなら俺が決めるな」
  そして涼一はそう言ってから、まじまじと雪也の顔を覗きこんだ。
「何…?」
「んー……」
  最近は、困ったからと言って俯かなくなったと思う。
  それが嬉しかった。だからめいっぱい笑って見せた。
「俺さ、前雪也に髪染めないのって訊いたけど。やっぱ雪也は黒い方がいいな」
「え?」
「そう思うよ」
「そ、そうか…な……」
  突然そんな風に言われて雪也はまた途惑って先の言葉を見失ったようになっていた。けれど、涼一としては雪也の返答を期待していたわけではないから、黙り込んだ相手には別段何とも思わなかった。
  けれど、どうしてか。
「つ、剣……?」
  無意識に、涼一は雪也の髪の毛に触れてみていた。
「何……?」
「え? ……ああ、何でもない。サラサラしてていいなーってさ」
  訊かれて涼一はすぐにそう答え、何でもない事のように笑ってから出していた手を引っ込めた。
  それでもどうしてか内心ではどきりとしていた。


  何故なのだろうか。
  雪也にもっと触ってみたいと思っていた。 



To be continued…



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