(6)



  藤堂が雪也を「合コンへ連れて行く」と言い出した。

「お前…急に何言ってんだよ」
  その日も雪也は午前の講義を休んでいた。大方何度か話題にも出た我がままな母親とやらに捕まっているのだろう。けれど涼一としては藤堂のバカな考えを自分が雪也より先に知る事ができた点は良かったと思っていた。
  大教室の一角に座していた藤堂は思い切り不機嫌な顔をしている涼一には構わず、太い指先でシャーペンをくるくる回しながら素っ気なく言った。
「お前が何と言おうと俺は誘うからな」
「雪也はそういうのは…」
「煩い。そんなの訊いてみないと分からないだろ。お前だってこの間の相野の言葉にムカついてたじゃないか。要は桐野に女と触れ合う機会をいっぱい作ってやればいいわけだよ」
「………」
「な? それであいつに彼女でもできてみろ。くだらねえ噂なんてあっという間に消えてなくなるさ」
「………」
  涼一はぐらぐらとする胸のむかつきを必死に表に出さないようにしながら、それをはぐらかす為にふいと視線を藤堂から外した。
  それでも居た堪れない妙な気持ちは消えなかった。
  涼一自身分からない。何故こんなにもイラつくのか。けれど藤堂が親切心から言い出したであろう今回のその話に、涼一はどうしても乗る事ができなかった。
「あのな、相手はS女子大のテニスサークルの皆さんだから。俺のなけなしのコネを動員して取り付けたんだ。一応男は俺らの他に大介と藤野を連れて行く。で、5−5な」
「………」
「大介は美由紀に内緒で行くって事だから、お前今回の事、明美とかに言うなよ? あいつそういう事すぐバラすからさあ」
「………」

  横でごちゃごちゃ言う藤堂の話などまるで耳に入らなかった。ただ午後から来るであろう雪也が藤堂のこの誘いにどんな顔をするだろうという、その事ばかりが気になっていた。
  嫌がるに決まっている。断るに決まっている。
「……なあ。雪也が嫌そうにしたら強引に誘うなよ」
  言うと、藤堂はここで回していたペンを机にぼとりと落とし、実に胡散臭そうな顔で横に座る親友をまじまじと見やった。それからしばらくは黙っていたものの、「じゃあ、お前が言えよ」とだけ言った。
「え?」
  訊き返すと藤堂は苦笑した。
「俺、午後の講義お前らと違うの取ってるし。あいつに会ったら言っておいてよ。今週の金曜な。場所は近場の居酒屋だし、金はそんなかからないからって」
「………」
「あ、それから涼一」
  藤堂が不意に口調を変えて涼一を呼んだ。涼一が何も言わずそんな藤堂を見ると、大柄の親友はしっかと言い聞かせるような顔で持っていたペンを親友の鼻先に差し向けた。
「お前、独り占めすんなよ」
「は?」
「ホントは俺、お前は連れて行きたくねえんだから。お前が行くと女全員お前目当てになっちゃうし」
  藤堂はわざとらしく渋面を作ってそう言ってから、やがていつもの笑顔を見せた。
「けど、俺が桐野だけ連れて行くって言ったら、お前キレそうだし」
  その台詞に特に含むものはなかった。けれど藤堂のその言葉は、涼一自身でさえまだ気づいていない、雪也への想いをサラリと突くような鋭い台詞ではあった。藤堂は己がそんな重要な指摘をした事にも気づかずに、後は「あー楽しみー」と能天気につぶやいた。
  涼一の胸のむかつきは、午前中いっぱい続いた。





  午後の最初の講義で涼一はすぐに雪也を見つけた。いつもの通り、教室には早めに入ったのだろう、雪也は後方の窓際の席に座って外の景色を眺めていた。
「……っ」
  そんな雪也の姿を認めると、涼一は何だかもうひどく堪らない気持ちになった。あんな風に独り静かにしているのが好きな雪也が煩い女たちと酒の席を囲むなんて、そんなこと絶対に望むわけがない。
  断るに決まっているのだ。

「あ…」
  その時、雪也が教室の入口からこちらを見つめている涼一の視線に気づき、すぐに笑顔を向けてきた。
「………」
  それで涼一もようやく足を動かし、黙って雪也の隣にどっかと座った。その後、自然に大きなため息が漏れてしまったのだが。
「……? おはよ」
  涼一のその様子に不審な顔をしつつ、雪也が先に挨拶してきた。
  涼一はそんな雪也をちらと見てから「もう昼過ぎだぜ」と素っ気無く返した。

  雪也がゆったりとして笑う。
「そうだね。来るの、また遅くなっちゃったよ」
「またお袋さん?」
「うん、まあ」
  どことなく言いにくそうにしながら、けれど雪也は依然として涼一の態度を気にしているのか、やや首をかしげて先に問い掛けてきた。
「剣…どうかした?」
「……何が?」
「何かいつもと違うようだから」
「………」
  ぐっとなって黙りこくる涼一に雪也は益々不思議そうな顔をしたが、すぐに申し訳なさそうになって口を開いた。
「別に無理に言わなくていいんだけど…」
「……お前こそ、無理にオーケーしなくていいからな」
「え?」
「なあ。嫌なら嫌って言っていいから。藤堂のバカはホントにズレたお節介野郎って言うかさ。頼みもしないのに色々としたがるんだ」
「何の話?」
  涼一のまくしたてるような台詞に困惑しながら雪也が苦笑して言った。
  涼一はそれで観念したように口を開いた。

「合コンだよ、合コン。お前も来ないかってさ」
「合コン…?」
「雪也、そういうのした事ないだろ?」
「う、ん…。だから誘ってくれたの?」
「あいつがやりたいだけだよ! 別に恩義を感じる必要は全くない!」
  涼一が怒鳴るように言うと、何人かの学生がちらりと背後に座る雪也たちに視線を送ってきた。雪也はそれで益々困惑したような顔をしたが、やがてイライラしたような涼一の顔を覗きこむとぽつりと言った。
「いつ?」
「え? 日にち? 今週の金曜って事だけど……」
「分かった」
「え!?」
  あまりにあっさりと頷く雪也に、涼一はまた大きな声を出してしまった。穴が開くほどに雪也を見つめ、それからどんどんと鼓動の早くなる心臓の音を意識しながら焦ったように言葉を継いだ。
「何で? 雪也、そういうの興味あったか?」
「……ううん」
「嫌だろ? なら無理に行こうとしなくても…!」
「そんな事ないよ。俺も一回行ってみたいって思ってたから」
「な…っ」
  思ってもない台詞だった。
  雪也は大学では自分以外の人間とはあまり話さない。普段から周囲の者たちと一歩引いたようにして過ごしている。人見知りが激しいだけで、決して人当たりが悪いわけではないという事は知っていたが、それでも雪也がああいうものに興味があるとは、涼一には到底思えなかった。

「……なあ、藤堂に気を遣っているなら――」
  言いかけると雪也はすぐに首を横に振った。

「そんな事ないよ、本当に。ただ、俺暗いから、雰囲気悪くしちゃわないか、それが心配なんだけど」
「そ、そんなの……」
  問題はそんな事ではなくて。
  雪也が。
「雪也が…行くって言うなら、まあいいけど……」
  良くない。
  行って欲しくない。行かせたくない。
「それじゃあ、藤堂にもそう言っておくな」
  けれど涼一は顔と口調はいつもの通りに何とかそう言う事ができた。心の中は動揺しまくっていたが、何とか。
  けれど。

  雪也が自分以外の人間と話す場を持つのは嫌だと…涼一は、この時はっきりとそう思っていた。



To be continued…



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