数馬君ちへ2度めのお泊り! |
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前回遊びに来た時も、数馬の家は所謂一般的な家庭と比べれば大豪邸というイメージが強かった。友之の事を表で一斉に出迎えた使用人たち然り、庭に数馬の祖父が住めるような離れがある事然り。また邸内でも屋敷の主が趣味で作らせたという地下の書庫、広い長テーブルのあるシャンデリア付きのリビングに高い天井、そして友之も利用させてもらった来客用の浴室など。 何かもが「数馬の家はお金持ち」と想像させるに十分のものだった。 「 ………」 そして今度はまた新しい驚きだ。数馬の家に泊まるのなら、眠る場所はきっと前回同様数馬の部屋だろうと思っていたのに、使用人のヨシノに連れて来られた場所は明らかに賓客用の大部屋だった。 ( あ、あれ…テレビで見た事ある…) 天幕つきの豪奢なベッドを見つめながら友之は心の中だけでそう呟いた。周囲に置いてある調度品も触るのが恐ろしい程に高価そうな物ばかり。変だ変だと思っていたけれど、一体何故彼らは自分に対してこのように過度な待遇を施そうとするのだろうか。 うちの家族はみんな変だから。 数馬は確かにそう言っていたけれど、実際友之もちらとそう思ってしまっているのだけれど、とにかく落ち着かない。友之は背後で何やらウキウキと自分にさせる着替えを用意し始めたヨシノのことを、どことなく怯えた面持ちでもって振り返り見た。 ―3― 「 まあこんなにたくさん…。お店にあった物全部注文したの?」 「 まさか。さすがにホールは頼みませんでしたよ。クッキーとかチョコレートとか、袋詰めしてあるお菓子なんかも」 「 でもカットケーキは全種類あるんじゃないの、これ?」 「興味がない」と言いつつ、和衛は誰よりも身を乗り出して和樹が買ってきたケーキの箱を覗きこみ、生唾を飲んだ。何箱にも敷き詰められた色とりどりのケーキはどれもこれもとても美味しそうだ。甘い物が好きだなどと言えばまた子ども扱いされるだろうからと、和衛は普段ケーキだデザートだにがっつく事は意図的に避ける。それで次兄の数馬にはいつもわざとらしく「和衛さんはケーキ嫌いなんだよねえ?」なんて言われながら1番大きいショートケーキを持っていってしまわれるのだけれど、今日はその無理をして嘘をつく相手がいないから楽だ。ちなみに和衛の甘い物好きはこの母や和樹にもとっくにバレている。 目を輝かせケーキを眺める和衛を見やりながら和樹が言った。 「 友之君に何でも好きなの選んでいいよって言ったんだけどね。すっかり遠慮しちゃって黙り込んじゃったから、結局昂馬さんの言いつけ通り、ここからここまで全部下さいってほぼ全部買ってきちゃったんだよ」 「 そうなの」 「 昂馬さん…。何なのかしら、孫の私にだってケーキなんか買ってくれた試しないのに!」 「 お前はケーキが嫌いという事になってるだろ」 「 きっ…! そ、そうよ、嫌いなのよ。嫌いだけど、くれるって言うなら食べてあげてもいい」 「 ふ…」 「 何よ!」 「 いいや、別に」 和樹はしらっとかわしてからもう一度自分も箱の中のケーキを眺め、それから思い出したようにすうっと窓の方へ視線をやった。 離れからの内線は鳴らない。 「 …ちょっと行ってきます」 それでもそう言って部屋を出ようとする和樹に和衛が不思議そうに呼び止めた。 「 昂馬さんの所? でも呼ばれていないのに入れるの?」 「 まあ…たぶん」 「 それならそこのケーキ、1箱持っていきなさいな。昂馬さんはどれが良いのかしら?」 「 あ、こっちのは駄目よ。このレアチーズケーキは私が食べるんだから!」 「 和衛さん。お行儀が悪いわよ」 「 早いもの勝ちでしょ!」 「 ふ…」 妹のきっとしてケーキの箱を死守しようとするような構えに和樹はそっと笑んでから、とりあえず一番手前にあったケーキの箱を取って部屋を出た。 「 あれ」 丁度その時、ヨシノに連れられてこちらに向かってくる友之が見え、和樹は目を見張った。 「 友之君。凄く可愛いね、それ」 「 え…その…」 「 ラムの特注品です。実は旦那様に言われてから半月前に注文していた品で」 「 へえ。さすがヨシノさん」 「 あ、ありがとうございますっ」 おとなしいヨシノが珍しく興奮している。和樹はそんな使用人を面白そうに眺めた後、改めてその隣に並ぶ少年を見やった。 普段着とは言いつつも、その着慣れない素材に途惑っているようだ。友之は襟元にだけワンポイントの入った清楚な感じの白の長袖シャツに腕を通し、ブラウンのコットンチェックパンツを履いていた。一見簡素な格好だけれど、いやに品が良く見える。その服の素材が素晴らしいのは勿論だろうけれど、やはりそれを着る相手に品が良いからだろうと和樹は素直な感想を抱いた。 「 しかし本当、見れば見るほど良いところのお坊ちゃんって感じだね」 「 え…?」 「 はい! テーマは箱入り息子です」 「 ええ…っ?」 ヨシノの思わず飛び出た言葉に和樹は今度こそ噴き出した後、はたと思い立ったようになって友之の肩を叩いた。 「 あ、それじゃあ、ちょっと友之君。悪いんだけど、一緒に来てくれる? 母と和衛は放っておいていいから、とりあえずその姿を祖父に見せてあげて」 「 え」 「 きっとそういう孫の姿に飢えていると思う、あの人。別にそんなの望んでないって顔して、実はそういうのに弱いから。たぶん」 「 和樹様、これから昂馬様の所へ?」 「 うん」 「 でしたら本日の夕食はどちらでお召し上がりになるのか訊ねて頂いても宜しいでしょうか」 「 うん、勿論いいよ。あ…でも、そうだね。そうだな…」 ヨシノの言葉に和樹は暫し考えた風になった後、友之を見下ろしてにこりと笑った。 「 それ、友之君に訊いてもらった方がいいかもしれない。…友之君、頼める?」 ××××× 離れの扉はすぐに開いた。 「 俺はここで待つよ」 和樹はそう言って友之に自分が持っていたケーキの箱を渡し、「靴は脱がなくていいからね」と、いつぞや数馬が言った事と同じような注意をした。 「 お邪魔します…」 友之が中に入ると、家の中は前回来た時とは若干趣が変わっていた。 相変わらず雑多な感じで、通路のそこら中に訳の分からない物が置いてあるのだが、一応人が通れるだけのスペースは確保してあるようだ。靴で上がりこんでも良いのだろうかという程に、大して危険そうな物も落ちてはいない。 「 ………」 きょろきょろと辺りを見回しながら、友之はまた随分な時間を掛けて奥の部屋の扉をノックした。一目見てドアが開いているのは分かったが、勿論無断で入るわけにはいかなかった。 「 おう」 低いながらも、その声はすぐに返ってきた。 あの時の昂馬の声だ。 「 失礼します…」 掠れたような声で友之がそう言い中へ入ると、果たして部屋の中の住人はちょうどお茶の準備をしているところだった。友之には背を向けて、何やら理科室で見かけるような透明のメモリが入った器…ビーカーにこぽこぽと湯気の立つ液体を注いでいる。 コーヒーのようだった。 「 あの…」 「 来たな。ケーキは?」 「 あ…あります、ここに…っ」 友之は慌てて傍に近づくと、回り込んで昂馬の目の前に和樹から渡された箱を差し出した。机の上に置きたかったが、如何せんそこは色々と散らかっている。コーヒーの入ったビーカーだけでなく、ガスバーナーに三脚、それに幾つかの試験管。あとは実際、湯を沸かしたのはこちらでだろうか、小さなポットもあった。 あとはまた何かの設計図のような、それでいて染みだらけの書類が何枚も散らばっていた。 「 それは適当にどかしてここへ置くといい」 「 はい」 昂馬が顎で友之の手にした箱を示した。友之はすぐに頷くと言う通りにし、それからまたまじまじ古ぼけた机の上の物を見つめた。昂馬の机は窓際にもう1つあって、以前会った時はそちらに座ってこの机は利用していなかったようなのに、今見る感じでは主な居住場所はどうやらこちらのようだった。気紛れでその都度場所を変えるのだろう。 「 珍しいか?」 あまりに友之が熱心に机の物を見ていたからだろう、昂馬が訊いた。 背もたれのある椅子ではなく、小さな丸椅子にかくしゃくとして腰をおろしている昂馬は、友之の方に立派なデスク用の椅子を勧めた。 友之が恐縮しながら素直にそこへ座ると昂馬は言った。 「 うちの奴らは性格が悪いからな。今日のこと、数馬は知らないそうだな」 「 あ…」 「 あんたも今日まで知らなかったとか」 「 数馬に…どうして僕が来る事を…?」 「 知らないな。きっと連中はあいつの驚く顔が見たいんだろう」 「 ………?」 「 勿論、ただ単にあんたの顔が見たかった、あんたと多く接したかったからという理由もあるんだろうが」 友之の反応など期待していないのか、昂馬は手元のビーカーに掌を当ててそれの温度を確かめながら続けた。 「 とにかくあいつらは我がままだし性格が悪い」 「 ………」 別段悪意のある感じでもなかったが、その台詞には友之は無意識のうちに眉をひそめてしまった。純粋に彼らの悪口は聞きたくなかった。 それにしても一体幾つなのか見当もつかない。昂馬は数馬たちの祖父というよりは、むしろ父親と言っても疑いようのない風貌をしていた。またその表情と同じくらい口調もしっかりしているし、まだまだ現役でいけるだろうに。 「 納得いかないという顔をしているな」 「 あ……」 それに昂馬はやはり数馬の祖父だ。彼はこちらの考えも鋭く読める人物のようだった。 「 数馬はあんたに親切かい」 「 は…はい。……とても」 友之がしっかりと頷くと、昂馬はふっと微かに口元を緩めたが、すぐにまた真面目な顔に戻ると「他は?」と訊いた。 「 え?」 「 あいつらはどうだ。とりあえず和衛は分かりやすいから良いが、数成あたりの言う事は真に受けるな。あいつは時々相手が気づかないようなさり気ない意地悪をするからな」 「 そんなこと…」 「 和樹はいい奴だが、自分は香坂の小間使いだからなんて言うところは、やはり性格が悪い」 「 あの…っ。あの、みんな…親切、です…」 「 そうか?」 必死にやっとこの言葉を継いだ友之に、昂馬は感銘するでも驚くでもなくあっさりと返した。まるで友之がそう言う風に返す事を読んでいた風だった。 勿論、友之はそんな事に気づきもしなかったが。 「 こ…こんな風に、とも…友達の家族の方にまで、招待してもらって…。良くしてもらって…」 「 利用されてるだけかもしれんよ」 「 そ…っ。でも、よく分からないけど、もしそうだったとしても…別に、いい…」 「 別にいい?」 昂馬が目を見開きじっと友之を見据えると、友之の方は咄嗟に俯き赤面した。自分でも何が言いたいのかよく分からなくなっていた。 「 僕も何か…返したいから」 「 ……何を」 「 嬉しい気持ちにさせてもらったから…」 「 ………」 相手が自分の事をどんな風に思いどんな風に接してくるのか、それはいつでもとても怖い事だった。けれども友之には数馬や昂馬のように相手を鋭く見据え、考えを読むなんて芸当はできないし、実際そんな事をしようとは思わない。ただ目の前に人がいて、その人がこちらを向いて自分に笑い掛けてくれる。声を掛けてくれる。その事実こそが友之には重要であり、嬉しい事なのだ。 ましてや昂馬がどう言おうが、真実がどうだろうが、実際和樹たち香坂家の人たちは自分にとても親切ではないか。友之自身がそう感じるのだ。 「 ケーキはどれがいい」 突然、昂馬が口調を変えてそんな事を訊いてきた。 え、と呟いて友之が顔を上げると、昂馬の先刻まであったどことなく試すような雰囲気は取り払われ、あの初めて会った時の飄々とした不思議な空気のみがそこにはあった。 「 ケーキだよ。好きなのを選んできたんだろう」 友之が唖然としていると尚も昂馬はそう言った。 「 あの…どれも美味しそうだから選べなかったです…」 だから友之もようやく慌てたようになりながら恐る恐るそう返した。 「 ふ…」 すると昂馬はにやりと笑い、今までにない穏やかな様子になるとしみじみと言った。 「 ……そう言うと思ったよ」 「 性格の悪い小間使いですみません」 その時、背後の扉がギギイと開いて、外から和樹がやってきた。 友之はそれで驚きびくりとしたが、ドアに背中を向けている昂馬の方は特に驚いた感じはなかった。 「 僕たち家族の性格が悪いのは昂馬さんの血を継いでいるからですよ」 和樹が言った。 「 いつも昂馬さん自身がそう言ってるじゃないですか。僕たちに非はないって。……そこまでちゃんと言っておかないと、友之君に変に誤解されちゃいますよ」 「 今日の和樹はよく喋るな」 「 ご機嫌なので」 「 ……フン」 昂馬が不快そうに鼻を鳴らした後眉をひそめたのは、目の前に座る友之にしか見えなかった。 「 あ…あの」 「 ん…」 そんな昂馬に友之ははたと思い出したようになって口を開いた。和樹の顔を見て頼まれていた事を思い出したのだ。 幸い昂馬はすぐに反応を返してくれたので友之も先の言葉を出しやすかった。 「 あの、今日の夕食はどちらで摂られますか…?」 「 ………」 「 一緒に…できますよね…?」 「 ……和樹」 友之の問いかけには答えず、昂馬はくるりと反転し孫である和樹を振り返った。和樹はにこにことして「ヨシノが訊いてきてくれって言ったんですよ」としか答えなかった。 「 ………」 友之がその様子を心配気に見守っていると、昂馬もその気配を感じ取ったのだろう、ふっと小さく嘆息すると背中を向けたままながら実に不本意そうにぼそりと言った。 「 考えておく」 離れを出た時、和樹は依然として笑いをかみ殺すような表情をしながら友之に「このこと、後で数馬が知ったらどんな顔するかな」と言った。 「 ……?」 友之は何と返したら良いか困惑し、ただ首をかしげた。和樹が何を面白がっているのかがよく分からなかった。 ただ、よくは分からないが、昂馬も一緒に夕食を摂ってくれるのならとても嬉しい事なのにと、ただそれだけを思った。 |
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【つづく】 |