宴のあとで…


「な、なななな……っ」
  雪也は涼一の強引な所作にはもう慣れている。
  だからこの夜とて、たとえ涼一が多少理不尽な事を言ったり(※たとえばお前は絶対俺と一緒のところに就職するんだからなとか言われても)、いつものように押し倒して身動きを取れないようにされたり(※しかもその上から「もし逃げたら…」と脅迫まがいの事を言われても)、そんな事には、いい加減そろそろ耐性が出来ているわけで。
「りょ、りょりょりょ涼一…!!」
  だからこんな風にみっともなくうろたえたり冷や汗を掻いて無理に逃げ出そうとしたりなど、雪也は本来なら絶対にしないはずなのだ。
「何だよ雪! 逃げるなよー!」
「わ、わあっ!」
  けれど雪也は今現在、ベッドの上で涼一とまさに格闘中であった。既に上は脱がされて、今はズボンを取られるか取られないかというところだが、そういった事もいつまでも「脱ぐ、脱がない」とかやっている間こそが恥ずかしいので、いつもなら涼一のされるがままに大人しく剥かれて抱かれて、そのままイタしておしまいになる。
「嫌だ涼一っ! ちょっと離してっ!」
「離したらこのままベッドから出てくつもりだろうが! 絶対離すか!」
  訂正、雪也は戦おうとはしていない。格闘中ではなく、「逃亡中」だ。
  そう、雪也は自分のズボンを無理やり引き摺り下ろそうとしている涼一から何とか逃れようと四つん這いになった格好でじたじたとベッドでもがいていた。後ろから涼一に身体を押さえつけられている為、それも無駄な抵抗にしかなっていないのだが。
  先刻まではまだ割といいムードだったのではないかと思う。
  雪也は涼一に大学卒業後の進路をバッサリと斬られた事には唖然としたし、まだまだ話し合いの余地がある事を知ったが、一方で涼一が「お前は俺と来る事が決まっているんだから」と当然のように言った事に対しては、やはり素直に嬉しいと感じていた。涼一はいつでも自分を求めてくれる、必要としてくれる。その雪也の安心感は、恐らくは涼一も含め周囲の誰もが根本から理解していない。それでも雪也が涼一に依存し始めている事は間違いなかった。涼一にしてみれば「こんなのがお前の依存!? 俺には全然分からない、もっと頼れ!」というところなのだろうが。
  それはともかくとして、だから雪也は先刻の涼一の言葉には心密かに胸を熱くしていたし、涼一は涼一でこの夜はただ「雪也といちゃいちゃする」事しか念頭になかった為、いつもより穏やかで優しく、抱こうと引き寄せた手の力にも雪也への気遣いがよく見られた。
「雪っ! 雪は俺が嫌いなのかっ!?」
「そういう問題じゃ、ないっ」
  それなのに。
  今、2人はベッドの上で揉めている。雪也も涼一の荒れた様子にさすがにむっときて声を荒げているし、涼一はそれよりも更に怒った顔、だ。
  その原因もくだらないと言えばくだらないのだが……。
「俺からは逃げられないって言っただろう!? いい加減そういう態度だと、マジで強引に犯っちまうぞ、雪!」
「そ、そんな事…! そもそも、りょ、涼一が悪いんじゃないかっ」
「俺のどこが悪いんだ!? 雪は綺麗だなって誉めただけだろ!?」
「ち、違う! お、俺の…その…! とにかく俺はそんなの嫌なんだからっ」
「何で!? 俺、器用なんだから大丈夫だって! 大体、俺が雪に怪我させるような真似すると思うか!?」
「だから、そういう問題じゃないんだってっっ」
「あぁー煩ェっ!」
「!!」
  力では涼一が上だ。身長も涼一の方が高いから、上から抑え付けられると完全に雪也は身動きが取れなくなる。これまでは膝をついてじたばたと逃げる体勢を取っていたが、いよいよ頭にきたような涼一に全体重を乗せられて、雪也はぺしゃりと潰れた蛙のようにベッド上でうつ伏せにされた。
「うぐっ」
「よおし…。やっと静かになったか…」
「りょ、涼一が乗ってるからじゃないか…!」
「雪が逃げようとするからだ」
  フンと悪びれもせずに涼一は雪也に身体を重ねたまま、戒めるようにこめかみの辺りに吸い付くようなキスをした。雪也がそれすらも嫌がろうとすると、またまたむっと子どものようにむくれ、涼一はぴたぴたと雪也の頬を軽く叩いた。
「あのなあ、雪。別に俺はどうしても雪が嫌だって言うなら、無理強いなんかしようと思わない。けど、お前のそのあからさまな拒絶にむかつくの」
「………」
  涼一は言い含めるように発しつつ、それでも雪也からはどこうとせずに上体だけ起こすと偉そうに腕を組んだ。
  征服する者とされる者、その図…という感じである。
  涼一は苦しそうに呻く雪也に気づいていない様子で、先刻の「争い」の原因について唇を尖らせた。
「雪はあれかな、本当基本臆病なんだな。たかだかあそこの毛を剃ってやりたいって言っただけでこんなキレるなんてさ」
「き、き…」
「あん?」
「キレてないっ。ぎょっとしただけだよ!」
「何で」
「何でじゃないっ。そんなの、急に言われたら誰だって引くっ」
「そんな事ないだろー」
  自分の下で文句を言う雪也に未だ憮然としたまま、涼一はおもむろに雪也の尻をぺしりと叩いた。それからどこのエロおやじだという風に、雪也の尻の形を確かめるようにして衣地の上からゆっくりと撫で回し始める。
「りょ…っ。ちょ、何してるんだよ…!」
「んー。痴漢」
「ち……」
「はーあ、全く雪は色々煩いよ。恋人同士だったら、こういうHな事はもっといっぱいやるもんだろ。折角2人っきりなんだし」
  そう言いながら涼一は一旦身体を浮かすと、長い間押し潰されてぐったりきている雪也をいい事に、そのままずるりと脱がしかけていたズボンを下着ごと取り去ってしまった。
「あっ…」
  突然素肌を晒された事に雪也は思わず声を出したが、後ろで痛いほどに感じる涼一の視線に抗議をしようとした時には、もうそこに触れられ先の言葉を失ってしまった。
「ひっ…」
「雪の、柔らかいんだよな」
  涼一はしみじみと感動したように言った後、今度は直接その感触を確かめるというように雪也の尻を撫で回した。そうして既にもう傍に用意だけはしていたのだろう、普段使っているローションの小瓶を捻って中を開けると、たらたらと雪也の秘所に向けて垂らし始める。
「……っ」
「最近さ」
  その液体と一緒に自らの指を差し入れながら涼一が呟いた。
「色んな奴が何だかんだって邪魔するから、雪と全然やれなかったじゃん。溜まって死ぬかと思った」
「………」
「何か言えよ、雪」
「……ぅっ」
  「何かって何だよ」とは頭の中で思っただけで、実際は声に出来なかった。涼一に奥をまさぐられてそれどころではない。
  確かにここ最近、雪也は涼一の誘いを反故にする事が多かった。母の帰りが早かったし、ちょくちょく学校をサボる寛兎がどういうタイミングか、「今日は涼一と一緒にいられるかな」という日に限って「寂しい」とか何とか言って甘えてきたから。
  雪也はその度、涼一の怒りに晒されながら、つい寛兎の面倒を見てしまっていた。涼一をないがしろにしているのではなく、涼一は何だかんだ言っても分かってくれるだろうという、それこそ甘えのようなものが雪也の中にはあったから。
「なあ。雪は寂しくなかった? 俺とやれなくて」
「あっ…りょっ…」
  訊かれながらもぐいと強引に指を突き立てられて雪也は声をあげた。涼一にはもう雪也が感じる場所など分かり過ぎる程に分かっているのだろう。いちいちピンポイントをついて雪也の反応を探ってくる。本当は問いの答えなどどうでも良いのかもしれない。ただ涼一も雪也に甘えたいだけなのだ。
「雪…」
「んっ、あ、あぁ…っ」
  身体を屈めて涼一が雪也の頬に唇を寄せてきた。そうして、片手を潜りこませ、うつ伏せになって隠れている雪也の性器を握りこんでくる。尻への刺激が失われ「あっ」と思ったのも束の間、そうして前をまさぐられ、雪也はただ喘ぐしかなかった。
「いっ、あ、はぁ、あッ…」
「気持ちいい? 雪?」
  涼一自身はまだシャツすら脱いでいない。それをずるいと雪也は意識の底の底の方でぼんやりと思ったが、もうそれを指摘している余裕はなかった。自分が身体を寝かせているせいで涼一の手も自由に動かない。今はそれこそをどうにかしたくて、雪也は身体をずらし、横向きになった。
「ふ…」
  涼一はそれを満足そうに見やるといよいよ激しく雪也のものを扱き、そうして耳元でそっと囁いた。
「雪も見てみなよ。雪の…ほら、もう出そう。雪のって汁まで可愛いんだもん、堪んないよ」
「あ、嫌…」
「嫌じゃないでしょ? あぁ…でも、やっぱり見ると剃りたくなるなあ」
「!」
  ぎょっとして雪也が目を見開きちらと後ろへ視線をやると、背後には同じように横になっている涼一の顔が映った。その目は真っ直ぐに雪也の性器へと向かれ…そうして指先はさり気なく雪也の…成人男性にしては淡く薄すぎる陰毛に触れられていた。
「りょっ…やめ…」
「んー。大丈夫、今何も持ってないじゃん。雪の許可が得られたら、やる時はちゃんと風呂場でやるから。ね、それなら安心」
「あ、安心、じゃ…!」
「そうやって逆らうともう触ってあげないぜ?」
  涼一は意地悪くそう言いながらようやく片手で自らのシャツのボタンをむしり取り、上半身だけ裸になった。それからまた体勢を上に戻し、雪也の身体もごろんと仰向けにしてじっとした視線を落とす。
「なあ雪」
  そうして涼一はひたすらぼんやりと、けれど心の中ではしきりに焦っている雪也の瞳を見つめながらにやりと笑った。
「言って、雪も。俺のことずっと欲しかったって」
「え……」
「ずっとご無沙汰で、寂しかったって」
  言いながら涼一は中途半端に刺激し昂ぶらせるだけ昂ぶらせた前は放置し、雪也の両足を無理にこじ開けた。そうして自分のズボンの前を寛げると既に十分昂ぶっている己のものを誇示しながら愛しげに雪也の内股に唇を寄せた。
「あっ…」
「白くて好き。ここも。柔らかくて好き」
「りょっ…」
  言いながら涼一はキスを続け、それでも雪也の性器には触れずに再び後ろへ指を突き立てた。
「いぁっ…」
  突然のそれに痛みを訴えたが涼一は構わず、自らも限界なのか己の雄には先刻のローションを掛けて何度か扱いただけで、もう雪也の中へとそれを無理に突き立てた。
「あぁッ、…あ、く、ひんぅっ…!」
「やっぱ…きつい、ね」
  雪也の両足を広げたまま更に上へと押し曲げて、涼一は雪也の尻を自分の元へ引き寄せるようにして更に己の棒を押し進め、腰を使った。雪也もそれで無意識のうちに自分の中へ入ってこようとする涼一のものをきゅっと締め付けた。それだけで殆ど窒息寸前だったが。
「ん、ん…っ。い、痛…」
「あとちょっとだから…。雪、息。息、吐いて」
「あっ、あっ…涼っ…」
  手を差し出したが涼一は遥か彼方にいるように思えた。膝を曲げて足を掲げている格好のせいで真正面にいる涼一を認識する事すら苦しい。それでもずんずんと涼一が腰を進め動かしてくるのは分かった。それにあわせ、雪也も段々と息を整えて奥に広がる熱に声をあげた。
「んっ…あッ…ぁん…」
「雪…っ」
「あっ…」
  涼一の興奮したような嬉しそうな声を聞いただけで雪也の途中で放っておかれた性器もぐんと勢いを出し始めた。何度目かの涼一とのセックス以降、自分が後ろだけでイけると知った時、雪也はこっそり落ち込んだ。自分がどうしようもなく淫乱でセックス好きの駄目な奴に思えたのだ。……そんな事を考えてしまったと知られたら涼一にはきっと怒られるだろうと分かっていたのに、どうしてもその思いは拭えなかった。
「あっ…涼一!」
  それでも雪也は涼一に求めてもらうことはやはり好きだった。自分とて涼一と一緒にいられなかったここ何日か、平気だなどとは思っていないのだ、と。
  本当はこうして部屋を用意してくれていたこと、求めてくれたことが嬉しかったのだと。
「涼…涼一っ」
  雪也はそれを告げたかった。涼一が強要してきた台詞そのままを言うのは、照れ臭くて嫌だったけれど。
「雪…っ」
  涼一が激しく律動しながら雪也を呼んだ。雪也はそれに呼応するように自分もまた涼一の名を呼んだ。
「あッ、あ、涼…ひ、ぁッ」
  たぶん、これだけでも伝わるだろうと。
  そんな自分勝手な満足に耽りながら、雪也は涼一がひたすらに攻めてくるその動きを甘んじて受け入れ、そして間もなく自分も達した。





「やるのも好きだけど、こうしていっぱい触るのも好きだな」
  こんなのはまだ第1Rなんだからなと前置きした上で、涼一はベッドの上で既にぐったりしている雪也に先ほどの「痴漢行為」を再開していた。涼一は共に横になりながら雪也の胸に固執し、雪也が嫌だと言っているのにその突起に唇を寄せて噛んだり舐めたりを繰り返している。指での悪戯も合間合間に繰り返す。
「もう…ちょっ…そこばっかりは…痛っ」
「じゃあ舐める」
「それだとくすぐったい!」
「もう〜そこは駄目、あそこは駄目って、雪は注文が多いなあ」
「あ、あのね…」
  半ば呆れながらも、それでも結局は雪也も涼一の好きにさせてしまう。
  涼一のそちこちに移るキスを受けながら、雪也はまだまだ元気そうな恋人に苦笑するよりなかった。
「なあ雪」
  そしてそんなワガママ放題の恋人は今度は雪也の内股のあたりに手をやりながら、まだ未練たらしく言った。
「どうしても剃るの駄目?」
「駄目」
「じゃ、半分だけ」
「もっとやだよ!」
「だよな。やっぱやるなら全部つるつるにするのがいいよなー。あー雪のつるつる見てみたいよー。絶対可愛いのにさあ」
「しつこいよ涼一」
「………」
「あ……」
  突然の沈黙にまたむっとしてしまったのかと思い雪也がはっとすると、涼一は案の定少しだけぶうたれた顔を見せていた。
  しかしそのままだんまりを決める気はないらしい。涼一はフンと鼻を鳴らし、言った。
「俺がしつこいお陰で俺たち恋人になれた」
「え?」
「だから俺は、俺のこの性格を絶対やめない」
「………」
  ちゅっと鼻先にキスを落とされて雪也は口を噤んだ。けれど今はそのキスよりもじわじわとくる涼一の言葉に惑わされ、雪也はすぐ傍にある恋人の顔をじっと見やった。
「な?」
  すると涼一はにやりとして言った。
「しつこい俺は好きだろ?」
「………」
「な? 雪」
「………うん」
  あまりにも確信に満ちた顔でそう言われたので。
  そしてそれがもっともな事だと思ったので。
「そうだね」
  雪也もうんと頷き、そっと笑った。
「じゃ、そういうわけで雪のあそこを剃…」
「それは駄目っ!」
「何でだよっ! くそーっ、これじゃさっきと永遠ループだぞー!!」
  涼一が悔しそうな顔で自分の身体をぎゅっと抱きしめるのに、雪也は思わず笑ってしまった。
  こんな涼一が大好きだ。ずっと傍にいたいと思った。
「でも…」
  そう、けれどそれはそれ、これはこれだ。雪也は涼一の拘束を大人しく受け入れながらも、「剃る」のだけは絶対に折れないからな…!と、固く思うのだった。




《完》




前編へ





…何だかしょーもないお話になってますが///少しでも2人のいちゃらぶが伝われば幸いです。
そしてこのような企画話で2人の卒業後の進路ネタが出てしまいました。
もしいつか錆の続編をやる事になった時、この話にはまた触れたいと思います。