土曜日。
  目が覚めた時、友之はほとんど反射的に「あぁもう学校へ行く時間かな」と思った。不登校時代は朝を迎えるのが辛く、陽の光が疎ましかった。頭では学校へ行こう、行かなくてはと思っているのに、夜が明けると身体が鉛のように重くなって動かない。また胸の辺りは黒く淀んでモヤモヤとしていて、何か考えようとすると吐き気がした。だから何もかもが嫌だった。
「 学校…」
  けれど高校に入ってからは…否、光一郎と気持ちを通わせ安定してきてからは、その毎日の憂鬱な「決まり」も、友之は素直に実行できるようになっていた。
  だからこの時も友之は目を覚ましてまず「学校へ行く時間かな」と思えたわけだ。
「 ………」
  外にある陽光が既にカーテンを閉め切った部屋の中にまで充満している。そろそろ起き上がらなければ、きっともうすぐ朝ご飯だ。あぁでも、もうちょっとと横になっていれば、食事の支度を済ませた光一郎が「いい加減に起きろ」と呼びに来てくれるはずだ。それが、その声が嬉しいから、わざと起きないでいる朝もある。今朝だってそれをやってもいいのではないだろうか。
  そう、普段だったら光一郎が――。
「 …ぁ…っ」
  そこまで思ったところで、しかし友之は慌ててその意識を蹴散らし飛び起きた。
  違う、何を寝ぼけているのだ。自分が今いるこの場所は違う。光一郎と暮らしていた世界ではなくて、母が。
  母が生きている世界なのだ、ここは。
「 ……母さん?」
  しかし起き上がって居間を覗いた先、そこに母の姿はなかった。
  代わりにテーブルの上には、「オニオングラタンスープを作ったから温めて食べるように」という走り書きメモと、そのスープを盛る用の皿とスプーンが用意されていた。朝食など昨晩母の同僚である「牧村さん」が買っておいてくれた惣菜パンやヨーグルトだけで事足りるというのに、何とマメな人なのだろう。
  そしてそのメモの終わりには「やっぱりお店が心配だから少しだけ覗きに行ってきます」という言葉が添えられていた。
  それから「昨夜はごめんね」の一言も。
  友之は思わずため息をついた。
  手にしたメモをはらりと落とし、何故か気まずい思いで皿が置いてあるテーブルからも目を逸らした。
  母が無理を押して仕事へ行ってしまった事も、昨夜気まずいままに話を終えて互いに無言のまま休んでしまった事も、そしてその事をこうやって先に謝られてしまった事も、友之にとっては何もかもが嫌だった。憂鬱だった。何故母は謝るのか。昨晩、酷い事を言ったのは自分の方ではないか。母は悪くない。それなのに、どうして。…そんな思いが友之の胸の中をぐるぐるとかき乱した。
  ふと前方の壁掛け時計を見上げると既に昼を回っていた。直後友之は今日が学校のない土曜日だという事に気づいたのだが、どちらにしろこんな気持ちでは登校しても勉強など手につかないに違いなかった。



  (11)



  パンをかじりスープを口につけながら、友之はぼんやりと窓の外の喧騒に耳を傾けていた。
  テレビをつける気はしなかったし、だからと言って外へ出るのも億劫だった。母の店へ行ってみようか、そんな事も思ったが行った所で昨日の今日だ…どんな顔で何を言えば良いのだと、臆病な自分の身体は友之自身を責め立てるだけでぴくとも動こうとしなかった。
  晴れた休日、外では子どものはしゃぎ声に混じってリサイクルショップの車が廃品を回収しますというアナウンスを大音量で流していた。壊れたビデオデッキやCDプレイヤー、スクーター等も無料で引き取ると言っている。友之はその辺り一帯に響き渡る音を何となく耳に入れながら、自分の家には本当に無駄な物がないなとぼんやり思った。
「 ……?」
  その瞬間、友之ははっとした。
「 ……ない」
  物がない。
  このアパートには本当に物が少ない。
「 え…?」
  改めて部屋を見回し、友之は急に不安な気持ちがした。
  光一郎との2人暮らしの部屋とて、基本的にはそう大した物はない。元々友之は引越しの時に着の身着のままで光一郎の所へ転がり込んだし、当の光一郎自身が家具やら何やらに気を遣う方ではなく、必要な物だけあればいいと最低限の買い物しかしない人物だったから。
  しかし、それでもあの部屋は2人の生活必需品だけで徐々に狭くなったし、それ以外にも光一郎が古本屋で漁ってきた小難しい本やら、修司が友之の為にくれた写真を収めたアルバムなどが過ぎる程にあった。けれどそれらがあったからこそ、2人の部屋は生活臭の漂うものになったとも言えた。
  それがどうだろう。この家にはそういった「物」があまりに少ないのだ。
「 アルバム…」
  何となく呟いて、友之は狭い居間の周りを四つん這いのままぐるりと移動し、テレビの回りから部屋の中の唯一の収納庫でもあるサイドボードまでを見渡し、その周辺を探ってみた。しかし大小大きさの異なる三段引き出しの中に入っていたのは、母が昨日仕事で出していた帳簿や伝票の類を収めたファイル、それに文房具箱や裁縫セットといった細々としたものだけだった。
  その後友之は半ば逸る気持ちで押入れのある寝室も覗いて見たが、自分と母がこの部屋で確かに暮らしていた「証」となるような物は見つける事ができなかった。
「 何で…?」
  途端に心臓の動悸が激しくなった。
  引越したのか。元々生まれたのはこの家ではなくて、何らかの事情で昔の物は一切合財なくなってしまった。だからこの家には物が少なくて人の気配というものが薄いのだろうか。
  そう、別に不思議な事はない。アルバムくらいなくたって。
  写真くらいなくたって。
「 母さん…」
  それでも母を呼んでみると、友之の胸は一気にザザンと波打った。そしてそう思うともう家を飛び出していた。
  母がいる店へ行こうと思った。「シオン」へ。





「 あのねえ、今週は席替えが超楽しみ! 先生は学期が終わるまでやらないって言ってたんだけど、学級会で多数決やってやる事になったの。アキちゃんがヤザキ君の隣が嫌だから皆にネマワシしたんだよ」
「 ええ、それじゃあそのヤザキ君がかわいそうじゃん」
  河川敷のグラウンドが見渡せる勾配のある草地で、ダンボールを敷いた小学校低学年くらいの女の子とその父親がのんびりとした口調でそんな会話をしていた。女の子は父親にクラスの中の人間関係を嬉々として話しており、それは傍から聞いてみてもなかなかに複雑なものだったが、父親はふんふんと頷きながら時折自分なりの感想も交え、うまく娘の話を聞いてやっていた。
「 ………」
  友之はその親子とやや離れた場所に立った状態で、視線は同じく河川敷のグラウンドで野球の練習をしている中原たちを見つめていた。遠くからだが彼らの青いユニフォーム姿は、自身でも普段から着ている物だからよく分かる。この世界では土曜日が彼らの練習日なのだろうかと思いながら、友之は聴覚は先ほどの親子にやりながらも、視覚は真っ直ぐに中原らの姿を追っていた。
  あれから、一体どれくらい歩いたのだろう。
  心細い気持ちのまま急いで家を出て「シオン」を目指したのに、母の店は何処にもなかった。ないはずはない、恐らくは自分が道に迷って見つけられずにいるだけだろうと思う。けれどあの弁当屋は数日前に母に連れて行ってもらった場所だし、その帰りにこの河原沿いを2人で歩いた記憶も割に鮮明なのだ。それなのに一体どこをどう間違えれば迷子になどなるのだろうと、友之は自分自身を訝しく思った。
  所在無い気持ちのまま何往復目かの河原を歩いていた時、中原たちの存在に気がついた。きっと今日は午前か、または昼からずっとここにいたに違いない。中原の威勢の良い声や村さんの温和な掛け声が耳に懐かしくて友之はまた泣きたくなった。
  それでもそこへ近づきたいとは思わなかった。
  触れるのが怖かったから。

  それなのに。

「 どうしたの、そんな泣きそうな顔してさ」
  突然掛けられた声にびくりとして顔を向けると、そこには数馬が立っていた。
「 よっ」
「 ………」
  軽く挨拶してくる数馬に友之は何とも答えることが出来なかった。何だか久しぶりだ。確か数馬とは初めてこちらの世界へ来た日、学校へ向かう途中で会ったのだった。数馬は友之の事などまるで関心がない、知らないという風で、それでいて沢海とは仲が良さそうだった。
  数馬がひどく遠い所にいるように思えた。
「 トモ君、無視かよ。性格悪いねえ」
  その「他人同然の」香坂数馬は、ぼうとして何も答えない友之を鼻で軽く笑った後、自分もふいと視線を河川敷グラウンドへと落とした。そうしてほぼ同時、こちらに気づいたような中原に軽く手を挙げ、友之の背中をどんと押す。
  中原がそれを見て微かに頷くのを友之は見た。
「 何…?」
  途惑ったように訊くと、数馬は得意気な顔をして笑った。
「 ほら、この間チームに入りたいなら言っておいてあげようかって言ったでしょ? で、よく気のつくボクは早速中原先輩に電話で話通しておいてあげたってわけ。普段は活動するの日曜だけなんだけど、明日試合だから今日は集まれる奴だけで練習してんだって。だから興味あるなら連れて来いって言われてたんだけど。いやあ、うまくいったもんだ」
「 え?」
「 トモ君家電話したら誰も出ないし。キミ、携帯とか持ってないでしょ? 連絡取れないし先輩に駄目だったって言おうと思ったらキミがまんまとここにいるしさ。まあキミ、結構練習見に来てたらしいから? もしかしているかなとも思ったんだけど」
「 なに……なに…?」
  事態が飲み込めずにもごもごと口元を動かす友之に、数馬は眉を上げると少しだけ気分を害したような顔をした。そして途端面倒臭そうな顔になるとくるりと背を向け「ばいばい」と手を振った。
「 まあいいや。とりあえず話しておいてあげたんだから感謝してよね。じゃボクは帰るから」
「 か、数馬ッ…!?」
  突然自分の前から去ろうとする数馬に友之が驚いて声を上げると、数馬の方は友之のその声にこそ驚いたようになり、慌てて振り返ってきた。
「 何さ? 突然そんな縋るような声出しちゃって」
「 ………」
「 ……それに。その親に捨てられたような目するのやめてくんない? 捨て犬?」
  数馬は唇の端を僅かに上げて嫌味たらしい口調で言った。しかし友之の方としてはそれどころではない。数馬がいる。ここにいるのは「他人」の数馬だけれど、それでもその数馬が自分の為に何かをしてくれた、それは間違いない。
  それが分かったら、友之はもう瞬間的に声を出していた。助けて欲しかったから。
「 ……参ったなあ。何なのさ、キミ?」
  すると案の定数馬はすたすたと戻って来て友之の事をすっと見下ろしてきてくれた。それはひどく冷めた眼ではあったが、いつも何だかんだと助けてくれる時の顔だった。
「 あ、あの…」
  しかし友之は口を開こうとして、はたと黙り込んだ。
  何を言えばいいのだろう。
  訳の分からない世界に紛れこんでしまったのだ、と? ここは自分がいた世界ではなくて皆知らない人ばかりで。でもあちらの世界では自分たちは友人で。あの野球チームでも一緒だから、普段の練習帰りにはアラキでジュースやコーラを飲んだりして。
  楽しいんだ、と。
  そんな話をすればいいのだろうか。
「 ………」
  言えるわけがない。
  友之は項垂れた。
「 ……拡君が言ってたよ。友之が最近元気ないって」
  すると代わりに数馬が言った。友之の傍にどっかと腰を下ろすと、両手を地面につき、両足は思いきり伸ばした格好で友之を見上げる。それからさわさわと流れる風に身を任せ、数馬は気持ち良さそうに目を細めた。
「 あの人さあ、マジでうざくない? 高校で初めて会った時、この天才数馬君と並んで主席入学を果たした逸材とか言うからちょっと注目してあげたら、てんでつまんないの。真面目で無難で、うちの兄貴みたいで嫌いなんだよね、あーいうの。…ただ一個面白い事と言ったら、中学の時にできた親友の話する時。弱味見つけたって感じで面白かったね」
「 ………」
「 キミキミ、キミのこと」
  数馬はちらと立ち尽くしたままの友之を見て笑った。
「 あの人さあ、ウザイけど幸せもんだよ、ホント。たかが北川友之だけど、夢中になれるもんあるじゃん。今日は友之があの話題で笑った、この話題で困ってた、とか。マジでそんな会話してんだよ学校で。まあこっちがわざと聞き出してんだけど、あれは本当アブナイ。絶対。それが最近はシューンとしちゃってさあ、『友之がおかしい、友之が元気ない』だって。……元気ないの?」
「 ………」
「 元気ないの、トモ君?」
「 ………」
  数馬の質問に友之が無言でいると、数馬はよりキツイ声になって言った。
「 あのさあ、だんまりはイラつくから! 頼むよホント。声出さないと帰るよボク?」
「 い…っ」
「 ん?」
「 嫌だ…!」
「 ………」
「 数馬と…話してたい…っ」
「 ………」
  友之がようやくそう言うと、数馬は多少意表をつかれたように目を見開いた。そして暫し黙り込んだ後、ぐしゃりと髪の毛をかき回しそっと息を吐いた。
「 ……何か調子狂うな? キミ、そういう人だったんだ?」
「 …ど…どういう人…?」
  訊くと数馬は途端意地の悪い顔になって友之を指差した。
「 どういうって。こういう人。人におねだりするのがうまくて、放っておけなくて。そういうとこホントむかつくんだけど、でも踊らされてもいいかって思わせちゃうところ。魔性のキミ?」
「 ……数馬は」
「 ん?」
「 こっちでも…数馬、だね…」
「 はあ? 何言ってんの?」
「 あっ…」
  何となく口に出してしまった言葉にはっとすると、数馬は途端不審な顔をして友之を問い質した。友之がそれに焦ってただ首を振っていると、数馬は何かを探るような顔をした後、ふいと空へ視線を戻した。
  最初にやったように、風に身を任せるような、そんな仕草。
「 何言ってんのか全然分かんない。数馬は、数馬。当たり前じゃん、俺は俺」
「 え」
「 ボクは、ボク」
  数馬はにっと笑ってから友之を真っ直ぐに見やった。
「 ボクってよく相手や場所によって人が違うって言われるけど、実際どうなの、そんな事言う奴の方がどうかって思うよ。その場所によって態度や何かが多少変わったって、俺は俺なの。何も変わりはないの。どこへ行ってもね、それは絶対変わらない」
「 ……絶対?」
「 そうだよ? そんな事が分からない?」
「 も、もし…っ」
  友之は数馬の台詞につい叫んでいた。
「 でも、もし…っ。元の場所では傍にいた人がこっちでは…いなくなってて…。元の場所ではいなかった人が、こっちの世界にはいてっ。自分の、自分の生活や…人生が、違っていたとしたら…?」
「 ……?」
「 それでも、自分は…自分のまま、変わらない?」
「 ………」
「 相手も、変わらない…?」
「 ………」
  友之のたどたどしい言葉に数馬はすぐには答えなかった。すうっと目を細め、眉間に皺を寄せて友之のことをじっと見据えるだけだ。相手から与えられた謎掛けのような言葉の意味を解読しようとするかのような、そんな真摯な表情を数馬はしていた。
  友之はその間をとても長いもののように感じた。
「 たとえばさ」
  数馬が口を開いた。
「 おい、お前ら」
  しかしその時、グラウンドから坂を上ってきた中原がやって来た。
  帽子を取りながら汗を拭うその姿は、随分と前から練習に励んでいたのだろう様子を伺わせる。
  金髪の髪をかきまぜながら中原は友之の前にまで来て言った。
「 来たな、友之」
「 あ…」
  中原の声で友之は夢から覚めたような思いがして何度か目を瞬かせた。その後すぐに数馬を見たが、数馬はもう先刻の会話など忘れたような顔をしていた。
  そんな2人に構わず中原が言った。
「 コイツに聞いたぜ? お前、やっぱうちのチーム入りたいと思ってたんだって? お前んとこの高校、野球部ないんだったもんな。よしよし、思いっきりしごいてやるから楽しみにしてろ」
「 あー…ちがうちがう」
「 あ? 何が違うんだよ?」
  横から声を挟んだ数馬に中原が憮然とした。数馬は両足を伸ばして座り込んだ姿勢のまま、長年の先輩を見上げて手を振った。
「 ボクが連れてきたんじゃないんだ。今日この人がここに来たのは偶然だよ。トモ君、まだ入るのはっきり決めてないみたいだし。ね?」
「 あ…」
「 はあ? そうなのか? だってお前…」
「 この人、今そんな娯楽やってる暇ないみたいよ?」
「 何だよそれ」
  数馬のにやにやした言いように中原は「また始まった」というような顔で機嫌を悪くしている。友之はそんな2人の間に挟まれるようにしてオロオロとしたものの、数馬が分かったようにそう言ってくれたのは少しだけ嬉しかった。確かに今はチームに加入して野球を楽しんでいる場合ではないし、大体そんな心の余裕もない。
「 でもお前、前からずっとうちの練習見てたよな?」
「 え?」
  しかし中原のその言葉に友之は驚いて顔を上げた。中原の方はそんな友之を見て「気づいてないわけないだろ?」とやや苦笑したような目を向けた。
「 まあ、俺らのチームだけ見てたわけでもないんだろうけどよ。しょっちゅうぼーっとした顔でここらへんに突っ立ってたじゃねえの。お前が中坊の頃は結構何回か声も掛けただろ? もっと近くで見ていいぜってさ。裕子や夕実の奴も試合観に来ててお前が来てるの知ってたけど、俺だって知ってたんだぜ?」
「 ……見てた?」
「 ああ。けどよ、何か近づいてこねえの。人間不信の猫みてえ」
「 えー?」
  中原のこの言葉に素早く反応したのは数馬だった。教師に向かって挙手するように高く片手を上げて言う。
「 ボクはトモ君は犬だと思うけどなあ。猫じゃーないでしょ」
「 ああ? まぁ何だっていいぜ。じゃあ人間不信の犬ころだ。昔、ひどい目にでも遭ったのかねえ?」
「 ………」
「 遭うわけないよ。この人んち、優しいお母さんと2人暮らしだもん。ボクとこみたいに荒んだ家庭環境じゃないから」
  ねえトモ君?…そう問いかけてきた数馬に、しかし友之はまたうまい返事が出来なかった。
  だから友之は足首の辺りを数馬に靴のつま先でコツンと蹴られた。
「 こーら、友之」
  そしてその数馬が言った。
「 ねえ、キミがどんな風に変わったのか知らないけどさ。周りがどう見えるのかも分からないけど。とりあえず今日のボクはキミって人を認識したから。それで良くない?」
「 え…」
「 おい、何の話してんだ?」
  友之と中原のきょとんとした様子に構わず、数馬は尚も涼しい顔で答えた。
「 今のキミ、ボクは結構好きだよ」
「 ………」
「 …お前はまたアブナイ事言ってんじゃねえって」
「 好きを好きと言って何が悪いのさ」
「 お前が言うと洒落になんねえんだって」
  苦虫を噛み潰したような顔の中原に、飄々とした数馬。
「 ………」
  その後も延々と無益な言い争いをする2人を見やりながら、友之は日の落ちかけた河川敷に立ったまま、不意に鼻の奥がツンとするのを感じた。
  この空気、匂い。
  以前と同じだ。自分がいるべきあの世界、同じ世界のものだと、そう思った。

  『 キミがキミでいるなら、ボクはキミに気づくよ。』

  ホンモノの数馬がそう言ってくれたような気がした。



To be continued…



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