(12)



  一緒にアラキへ行かないかという中原らの誘いに友之は何度も頭を下げて断ると、1人河原を後にした。中原は明らかに様子のおかしい友之に「具合が悪いのか」、「家まで送るか」と言った優しい言葉を掛けてくれたが、友之が何度も大丈夫だという風にかぶりを振ると、深いため息と共に「じゃあ気をつけて帰れよ」と言ってくれた。「明日も良かったらまた覗きに来い」という一言も添えて。
  一方、そんな2人のやり取りを見ていた数馬はといえば、頑固に一人で帰ると言い張る友之に対し何事か言いたそうな顔をしていたものの、結局は何も言ってこなかった。普段の彼ならばどうだっただろう、やはり友之を無視したか、それとも「キミ一人じゃ心配だからボクも一緒に行く」と強引に押し切ったか…そんな事を考えたけれど、友之はすぐにその思いを打ち消すと、その弱気な心を叱咤して家路へと急いだ。
  これくらいの時間なら、もうそろそろ母が帰っているかもしれないと思ったから。





  基本的に友之は母と「2人だけ」で過ごした記憶というものが極端に少ないのだが、実際本当に互いの触れ合う機会がなかったのかというと、決してそんな事はない。ただそういった「優しく居心地の良い時間」は、イコール「夕実に申し訳ない」という罪悪の気持ちに苛まれる事が多かったから、母の死後、友之はそういった思い出を殆ど全て胸の奥底に眠らせてしまったのだった。
  否、或いは完全に消してしまった。
「 本当はもっと甘えたかったよな」
  後に友之の頭を優しく撫でながら、「そうなってしまったのも半分は自分のせいだ」と言ったのは光一郎だった。光一郎は壊れ掛けている家族を何とか修復しようとしている母の涼子や、その度中をかき乱そうとしている夕実を見ながら、いつもただ「面倒だと思っていた」と友之に言った。
「 俺は勝手なあの親父と一緒で、結局自分の事しか考えていなかった。いつか出て行ってやる、こんな家には関わりたくないってそればかり思ってたし…夕実のヒステリックに付き合うのも、ほとほとウンザリしてた。だから面倒な事全部お母さんに押し付けて…最低だな」
  それにお前にも、と光一郎は言った。
「 小さい頃からお前はお母さんを夕実に取られて、言いたい事も言わせてもらえなかったよな。それを知ってたのに知らないフリしてた。夕実と一緒に俺を避けるお前のこと、イラついてばかりいた。……悪かった」
  2人で暮らすようになってから初めて聞けた、それは光一郎の本音の一部だった。いつの頃からかは分からないが、友之たちの家族は共に暮らしてはいても心は見事にバラバラで、いつしか物理的にも共に過ごす時間が減っていった。父や光一郎は早々にそんな家族に見切りをつけていたし、癇癪もちの夕実は弟の友之をいつも自分の傍に縛りつけては、意味もなく怒っている事が多かった。
  けれど母はそんな家族の仲を何とかしようと1人で奮闘していたのだ。
「 どうしてあの人は親父なんかと結婚したんだろうな」
  その時、光一郎は友之を引き寄せ抱きしめながら心底不思議そうに言ったものだ。
「 1度も訊いた事なかった。俺には関係ないと思っていたし、どうでもいいと思っていたんだ。いつも寂しそうに笑ってたお母さんのことも、心細そうにしてたお前のことも…。もしあの頃に戻れたら、俺はもう絶対お前たちにあんな想いはさせない…」

  けど、今更だよな。やっぱり勝手だよな。

「 コウ…」
  母の涼子のような顔をして苦く笑う光一郎に、友之はただ小さく呼びかける事しかできなかった。光一郎はそんな友之を改めて優しく抱きしめると、深く息を吐いてもう一度「ごめんな…」と呟いた。
  あの時、光一郎に「何も謝る事などない」と何故言えなかったのか。





  河川敷で中原らと別れた友之は、しかし今度は母の店どころか自宅のアパートへも帰る事が出来なくなっていた。
「 何で…」
  恐怖よりも茫然が先にきた。これはもうただ事ではない。いや、元々がこの状況、この異世界に迷いこんでしまっている事自体が既に尋常ではないのだが、いよいよ友之は自らの足場を失い途方に暮れた。
  道を間違っているのかと思い、何度も確かめつつ通りの特徴ある建物を確認しながら歩き直したし、実際周囲の風景は全く見知らぬものというわけではなく、どこもそれなりに見覚えがあると感じられるものだった。
  …にも関わらず帰りつけないのだ。アパートそれ自体が友之の視界から消えたとしか思えなかった。
「 ……誰かに」
  道を訊ねてみようか。そうも考えたが、住所を記した生徒手帳が手元にあった通学時とは違い、今現在の友之は自らの家を指し示せる物を何も持っていなかった。アパートの名前すら記憶の欠片も残ってはいない。今更ながらそんな自分の注意力のなさにため息をつきつつ、友之は日の暮れた往来でがっくりと肩を落とした。夕暮れ時、人々はそれぞれ自らの家路へ向かい足を速めている。朝の通学時の喧騒とした雰囲気も嫌いだけれど、こうやって自分の居場所へ戻って行く人々の様子を認めるのも、これはこれで心細いものなのだなと、友之は初めて思い知った。
  まだ陽は完全に落ちていない。それなのにこの視界の暗さはどうだろう。
「 迷子?」
  その時、背後からとんと肩を叩かれた事で友之はびくんと身体を硬直させた。
「 …ッ!」
「 はっ。怖がらせちゃった?」
「 しゅ…」
  現れたのは修司だった。
  ジーンズに薄手のジャケットを羽織った格好の修司は、片手で持った黒いボストンバックを肩に掲げ、茫然とする友之のことを見下ろしていた。
  友之は驚いた顔から、やがて修司の持つそのバッグへと視線を落とした。見覚えのある物だった。修司はいつもそれに愛用のカメラを入れていた。
「 どうした。俺が突然現れたから驚いた?」
「 ………」
「 でも俺はずっと君を見てたよ。後、つけてた」
「 え…?」
  言われた事に反射的に声を返すと、目の前の修司はすうと眼を細めニヤリと笑った。いつもの優しい雰囲気を持った修司とはやはりどこか違う。友之はこれまた無意識に一歩後退した。
  修司はそんな友之の態度にまた小さく笑んだ。
「 そりゃ、後つけてたなんて聞かされたら誰だって引くよな? ごめんね。けど、てっきり店に来るのかと思ったらあっさりあいつらと別れちゃっただろ。あれれと思って、それなら追いかけなくちゃなあとここまでついてきたわけ。声を掛けなかったのは、まあ迷ってたからだな」
「 な…にを?」
  掠れた声で聞き返すと、修司はちらと周囲の様子を見やりながら、何でもない事のように言った。
「 誰でもいいから縋りたいって顔してた奴が、誰にも何も言わないで行く場所ってのはさ、何処なのか気になったんだよ。家とは反対方向歩いてってどんどん遠ざかってくし」
「 え……」
「 そのくせやっぱり迷子みたいな、どうしようもないって顔して立ち尽くすし。まったく、何処へ行こうとしてたのかな、人間不信のワンコ…友之クンは」
「 ………」
  修司はどうやら友之が中原や数馬らとした会話を聞いていたようだ。全く気づかなかった、そう思いながらそれでも友之は硬くなった身体をただぎりぎりと無理に動かし、修司から距離を取った。
  そうしてふと、改めて辺りを見回し唖然とした。
「 ……!?」

  一体何処だ、ここは。

「 な…」
  愕然とする友之に気づかず修司が言った。
「 こういう所に1人でいるとホント危ないよ? 明るい時は楽しい遊び場だけど、暗くなると変態オジサンや荒んだ少年たちしか来ないんだから、こういう場所は」
「 ………」
  いつの間にか通りに人の気配もなくなっていた。割と大きい公道沿いというだけあって交通量はそれなりだったが、友之たちが立っているその場所は、なるほど修司の言う通り、暗くなってから好んで行くような人間はあまりいないだろうと思われた。
  そこは友之自身もよく知っている町の水源地だった。鬱蒼と茂る森への入口でもあった。
「 ………」
「 おい、聞いてるか?」
  ただ驚きで声の出せない友之に、いよいよ修司が不審な声を出して呼びかけてきた。友之が何となくその声の方へ顔を向けると、相手は呆れたような顔をして深く息をついた。
「 どうした、そんな…怖いもんでも見たような顔して。地元なら知ってるだろ、ここも? もっとガキの時分なんかは遊びに来たりもしたんじゃないのか」
  その問いに対し殆ど機械的に頷くと、修司は自身も相槌を打ってからその道に一歩踏み込んで、今はもう奥の見えなくなってきている暗い木々の向こうに視線を向けた。
「 だろう。俺もそう。よく光一郎や正人とも来たな…。その頃はここももうちょっと広くてこんな風に道は舗装されてなかったけど、川には出入り自由で釣りなんかも出来たし…割といい昼寝の場所でもあったな」
「 ここ……」
「 ん?」
  ようやく声を出した友之に修司が振り返った。暗くてその表情がよく見えない。友之はそんなぼやけた目を片手でごしごしとこすりながら、修司に向かって唇を開いた。
「 ど…どうやって…来たのか…」
「 は?」
「 分からない…」
「 分からない? 何が?」
  要領を得ない友之に修司がイラついたように多少大きめの声をあげた。それは或いは、通りを行く車の走行音に負けないよう上げた声だったのかもしれないが、友之はそれだけで胸が締め付けられる思いがして、慌てて口を閉じ俯いてしまった。修司が傍にいてくれた事は嬉しかったけれど、やはり「こちら側」の修司は怖いと思った。
「 友之君」
  しかし修司はそんな狼狽する友之をうまく逃がしてくれる事はなかった。真っ直ぐに近づくとがっしとその頭をわしづかみにして無理に友之に顔を上げさせた。修司がこんな風に強引な所作をするなど初めての事だった。
「 ちゃんとこっち見ろ。すぐ下向くのやめろ。俺はそういうのが嫌いなんだよ」
「 あ…」
「 そうやって怯えるのもやめろ。固まるな。いいか、お前がここへ来たんだ。誰に頼まれたわけでもない。お前がだ。分かるか、友之?」
「 ……わ、わか」
「 あ?」
「 分か、らない…」
  事実だから仕方がない。
  友之はわなわなと震えながら、途端にキツイ眼をしてこちらを見据える修司に何とかそれだけを言った。本当に分からないのだ。自分は母に会いたくて、母を捜していて、だから家へ帰ろうと思った。けれども家が分からなくなってしまって、どうする事もできなくて、確か見知った町の通りで立ち尽くしていたはずなのだ。
  それなのに知らない間にここにいた。
  知らない間に修司が背後に立っていたのだ。
「 修兄は…どうして、いるの…?」
「 ………」
  意図せず涙声になってしまったが、ここで泣くわけにはいかない。またどんな顔で修司に軽蔑されるかと思うと、それだけは意地でもできなかった。すうっと息を吸い込むと、友之はぐっと歯を食いしばってじっと修司の事を見上げた。やはり視界はぼやけてしまっていたが、それでも視線は逸らさず相手を見やった。
「 ……さっき言っただろ。お前の後つけて来たんだよ」
  そんな友之に修司がようやく声を返した。それから思い出したように、友之を押さえつけるようにしていた片手をぱっと離す。自らの頭に置かれていたその重い手が離れた事で友之はほっと息を吐いたが、修司はそんな相手の様子をじっと見やった後、はあとため息をついた。
「 ……ちっ」
「 あっ!」
  そうして修司は、先刻までしていた自分のその乱暴な行為を誤魔化すように、友之の黒髪を何度もかき回すようにして撫で付けた。
「 修兄…?」
「 とんでもないね…」
「 え…?」
「 ………」
  問い返す友之に修司は答えなかった。別段誰に向けて言った台詞でもなかったからだろう。
「 本当に分からないコだね」
  そして修司は続けた。
「 フラフラと歩き回ってあっちこっちよろめいて。まったくいつ車にひかれるかと思ってたぜ。それか、ロクでもないのにとっ捕まってホテル連れ込まれたりってのもあり得ると思ってた」
「 ………」
「 それはそれで笑えたかも」
「 ………」
  笑えたかもと言いつつ、修司の目はちっとも笑っていなかった。黙り込んだままの蒼白の友之を品定めするように見つめ、それから手にしていたカバンをもう一度肩に担ぎ直す。
  ああ、自分の知っている修司の所作と同じだと友之は思った。
「 光一郎は」
  すると突然修司が、そんな風に思ってぼんやりしていた友之に気まずそうな顔で言った。
「 何に対しても冷めたところは俺と似てると思ってた。あいつも俺も人に優しくするなんてこと、簡単に出来る。けど、根っこはどっちも酷い奴だから」
「 ………」
「 でもあいつは俺より世渡りうまいだろ。そこはムカつくなと思ってたわけだ。ズルくて嫌な奴ってとこか」
「 コウ兄は、そんな…!」
  咄嗟に反論しようとすると、修司はそれを目だけで制して自分が続けた。
「 あいつと比べたら俺の方がまだ真っ当な生き方してるぜ。面倒くさくはない奴だから、一緒にはいたけどさ。……俺はあいつが嫌いだったんだよ」
「 そんなわけない…っ」
「 前もそんな事言ったな。お前がどう思おうが、俺はあいつにむかついてたよ」
「 そんなの違う…!」
  友之は頑として首を振り、2人の仲を自ら悪く言う修司に対し否定の言葉を紡いだ。この世界に来て何が一番ショックだったかと言って、それは光一郎と修司の仲が本当の世界に比べると少し、いやかなりの距離を持っているらしいという事だった。友之にとって2人はとても大切な存在だ。その2人が共に分かり合えている関係でいる事は何より嬉しく誇らしい事なのに。
  だから友之は自分が立たされているこの不可解な境遇は受け入れられても、その事だけは絶対に認めたくないと思っていた。
  徐々に赤い陽が消えていく通りからあちこち外灯が点き始める。それを視界の隅に入れながら、しかし友之は半ば縋るような思いでただ修司の事を見つめていた。
「 あのな」
  そんな友之に修司が言った。
「 むかついてたって言っただろ? 過去形。今はむかついてない。不思議なくらい…何か、イラついてた事とかも全部消えた」
  修司はそう言ってから、自分でも訳が分からないという風に困惑したような笑みを浮かべた。これも珍しい表情だった。
「 最近おかしいだろ、あいつ。友之。友之クンが現れてから。友之クンが傍で絡むようになってから」
「 え…」
  修司が言いながら再び友之の髪の毛に触れてきた。友之はそれでびくりと肩を揺らしてしまったものの、今度は逃げずに留まれた。
「 いい加減この町にも飽きてきてたからな…。そろそろ真面目にどっか行こうと思ってた矢先だよ。光一郎も正人君も、カノジョの裕子ちゃんだってさ。あいつらそれなりに面白くて好きなんだけど、同時に嫌いだったんだわ。俺は。……これが俺の本音だよ。どいつもこいつも…ウソばっかりだろ」
「 修兄…?」
「 ホント、どうしようもないだろ。―ああ、これ俺も含めて、な?」
「 ………」
  修司のどこか自棄になったような、そんな言い方に友之は忘れかけていた恐怖を思い起こして再度不安そうな目を向けた。
「 おっと」
  すると修司はすかさずそんな友之の表情に気づき、ぱっと元の明るい顔に戻って「心配するな」という風に再びよしよしとその頭を撫でてきた。
  そして言った。
「 そんな泣きそうな顔しないでいいよ。それも友之クンとこうやって知り合う前までの話だよ。今はちょっと違う…かな。君のことで翻弄しているあいつとか…まあ他の奴もだな。ああいうの見てたら、もうちょっと付き合ってもいいかって気になってきたから。友之クンを好きなあいつは、割とイイ奴だから」
「 ………」
「 何だろうね。今まで親友だと思ってたんだぜ? よく分かっているつもりだった。けど、本当はあいつのほんのちょっとの部分にしか気づいていなかったんだな、俺は」
「 ………」
「 どうした? これでも不満?」
  機嫌を取るような修司の言い方に何となく逆らいたいような、そんな今までにない感情に駆られながら、友之は自身でも分かる暗い声で言った。
「 コウ兄のこと…どうして、今まで嫌いだったの…」
「 あぁ嫌いってのは言い過ぎだったな。嫌いじゃないよ。時々むかついてたってだけ」
「 どうして?」
「 時々むかつくくらい、友達同士だってあるものでしょ」
「 でも…」
  2人は仲良しなのだ。そう言いたくて、けれども友之は口篭った。
「 はは…」
  すると修司ははあと軽く息を吐いた後、友之の頬をさっと撫で、そして言った。
「 たぶん、大事な何かが欠けてたんだろ。だからホンモノになりきれてなかった」
「 ……?」
「 きっと友之クンもそうだったんじゃないかな。大事な何かが欠けていた。だから人間不信の犬ころなんて呼ばれてたんだよ」
  修司は笑った後、「いよいよ暗くなってきたな」と空を見上げた。
「 そろそろ帰る? 何か友之クンの事可愛く思えてきたし、このまま誘拐してあげてもいいんだけど。そんな事したら君の未来のお兄さんにも…あ、そうそう、お母さんにも怒られちゃうだろうから。家まで送ってあげるよ。こんなサービス、滅多にしないぜ?」
「 ………」
「 どうした」
「 あの…」
「 んー?」
「 修兄は…どうして僕の後をついてきたの」
「 あれ…言ってなかったっけ」
  修司はそんな事はどうでも良いじゃないかというような顔をしつつ、ふっと笑ってあっさりとその答えをくれた。
「 俺もコウ君と同じ。自分の失くしているものを見つけたかったから」
「 ………」
「 だから君の後つけた。それだけ」
  修司がくれたその言葉は以前も聞いた事があると友之は思った。
  修司はいつも「トモ大好き」、「トモ愛してる」といった気恥ずかしいと思う台詞を惜しみなくくれる人物だったが、それが他の人間に対してもそうかと言えば決してそんな事はないと裕子は言っていた。

『 修司が優しいのはね、トモちゃんとコウちゃんだけなんだよ。私なんか…』

  そう言って裕子は決まって寂しそうな不服そうな、そして最後には怒り心頭の表情になってフンと大きく鼻を鳴らした。修司は恋人の裕子にさえどこか素っ気無く、そして距離を取っていた。いつもいつも、強力なバリアーを張っていた。
  その修司の結界が解かれるのは北川兄弟に対してだけなのだと、裕子は折に触れ言っていた。

『 俺は人間として必要な、大事な何かが欠けてんの。でもトモ見てると、それが埋まってく感じする。コウ君にしてもそう』

  そして当の修司も笑いながら言っていた。

『 でもコウ君の場合は条件つきな。俺がコウ君好きなのは、トモの事を好きで大事にしてるコウ君だから。トモ好きでない光一郎なんてむかつくだけだろ』

  そうしてそう言った修司に対し友之が「分からない」という風になって首をかしげると、その言葉を吐いた修司は何でもない事だろというような顔で続けた。

『 トモのいない光一郎なんて、つまんない《ただのイイ男》ってだけじゃん。そんなの興味ないよ。俺は―』

  お前たちがお前たちでいるから、好きなんだ。

  そう言ってくれた修司の気持ちを、恐らく自分は半分も理解しきれいていないと友之は自身で分かっていた。けれど、その言葉をくれた修司の事は本当に心底嬉しかった。
  だから今。
  友之は修司のその言葉を暗がりの中でぽっとともったマッチの火みたいに感じた。温かかった。
「 あ、あとね」
  しかし、そんな気持ちでいる友之に、修司がふと思い出したようになって言った。
「 後つけた理由はもう一個あるよ。君がもし今日光一郎を頼っても、あいつ家にいないから。友之クンの可愛い顔がみるみる困ったさんになるところが見たかったってのもある」
「 え?」
「 あいつ真面目に怖いぜ。ほら、昨日から何か君とは前からの知り合いみたいに感じるような事言ってただろ。マジで訳分からんけど、急に墓地に行くとか言い出すし。『お母さんはどうして生きているんだ』とか不気味な事言い出すし…ははっ。確かあいつの母親って再婚してまだぴんぴんしているはずなのにさ?」
「 え……」
「 ホント変な奴。まあそれ見てたのも笑えたけど」
「 ………」
「 友之クン? どうした?」
「 …コ、コウ兄…?」
  それは昨夜も感じたことだった。
  光一郎の記憶が「本来のもの」と重なっている?
「 コウ…」
  どくんどくんと高鳴る鼓動を感じながら、友之は恐怖と混乱とで倒れそうになった。
「 お、おい」
  慌てて修司が抱きとめてくれたものの、友之はがくがくと震える膝を抑えようとしながら、今度こそ本当に家に帰らなければと思った。光一郎が「墓地」へ向かったというその修司の言葉が、何かどうしようもない胸騒ぎを覚えさせた。
  母に会いたい。母は生きているのだから、この世界では。
  だから。
「 修兄…」
「 ん?」
「 僕、帰りたい…」
「 はあ?」
「 家に…お母さんの、ところ…!」
「 ……はあ。まあ、だから送るけど」
「 早く…!」
「 こ、こら暴れるなって!」
  修司の腕の中でじたばたともがきながら、友之は逸る気持ちのまま叫んだ。
「 お母さんの…!」
  何故だかは分からない。


  もう、時間がないような気がした。



To be continued…



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