(18) 一人でいる事を特別寂しいと思った事はなかった。ないはずだった。 「 おっーす、北川」 「 北川君、おはよう!」 学校へ行けば友達がいた。教室に入れば皆真っ先に挨拶をくれる。勉強はそれほど得意ではないし運動神経もイマイチだけれど、それを心底悲嘆した事はない。毎日仲間たちとそれなりに楽しい話をして、それなりの日々を送る。そんな「どこにでもいる平凡な高校生」でいられる事に満足していた。 そう、友之は自身で思っていた。 「 どうしたの北川君。何か今日元気なくない?」 「 え…そうかな」 席に着いた途端そう話しかけてきたクラスメイトの橋本真貴に、友之は曖昧な返事をした。誰にでも明るく親切な橋本は自他共に認める気配り上手だ。そんな彼女はクラスの学級委員長だった。 「 ううん、今日っていうより最近か。何かさー、暗いっていうか。テンション低め」 橋本は自分の発言に友之が言葉を濁して誤魔化そうとしている事を素早く察知し、強い口調で続けてきた。 「 真面目に何かあったの? 具合悪いとか?」 「 そんな事ないよ」 心配そうにして顔を覗きこんでくる橋本にますます困りながら、友之は口元だけで笑みを作った。彼女のお節介は時にありがたいものだけれど、時にうざったく感じてしまうのも事実だ。そんな風に思ってしまうと、後でひどい自己嫌悪に陥ったりもするのだけれど。 窓際の一番後ろの席は現在友之の特等席だった。学期のはじめに行う席替えでくじ引きの結果引き当てた幸運だったが、その席になってからというもの、確かに友之は少しだけ「変わった」。仲間たちと他愛ない会話を楽しんでいた休み時間も、一人その席に留まって頬杖をつき、窓の外に目をやる事が多くなっていたのだ。 「 別に…何てことはないよ」 「 そーお? とてもそうは見えないけど。まあ、でもさ。なーも考えないでバカなエロ話ばっかしてる男子よりは、そういうのポイント高いかもよ?」 「 え…そういうのって?」 言われた意味が分からずに友之が不思議そうに首をかしげると、橋本はにっと白い歯を見せて笑った。 「 だからあ、そういう風に物憂げっていうのかな。何か寂しそうに一人窓の外を見てるとかっての。そういうの私好きなんだよね。ああもうほっとけないっ!みたいな」 「 はあ…」 「 坂本みたいなアホ男は論外としてさ、何でもソツなく出来ちゃう完璧男とかも私はあんまりタイプじゃないなあ。何ていうか儚い美少年みたいなやつ。そういうのがいいのよね」 「 ……美少年じゃないし」 「 え? あっはは、まあねえ。でも、ふっとした時ものすっごい美少年に見える時あるよ、北川君って。特にここ最近。ホント何かあったんじゃないのー? あ、好きな子ができたとか!」 「 ……もういいよ」 さすがに辟易してきて友之は嫌そうにそっぽを向いたが、それで橋本が動じた様子は微塵もなかった。朝のHRを告げるチャイムはまだ鳴らない。これは担任が教室に現れるまで話し続けるかもしれないと友之は思った。 橋本に指摘されるまでもなく、友之は自分の「異変」には気がついていた。 いつものように笑えない。いつものように無理ができない。自身でも不思議だったけれど、今まで何なくこなせていた事がまるで夢だったかのように、それは難しく困難な事になってしまったのだ。 「 ……何なんだろ」 橋本の話し声を遠くで聞きながら、友之は限りなく小さな声でぽつりとそう言葉を漏らした。 物心つく前から、友之は母と2人きりの生活をずっと続けていた。母はとても優しい人で、近所や職場でも評判の「人格者」だった。いつも仕事仕事で家にはいない事が多かったが、理不尽な事で息子である友之を叱った事は1度もなかったし、他所の母親のように「勉強しろ」とか「家の手伝いをしろ」とかいった小うるさい事を言う人でもなかった。また母は職場である自然食品を扱った弁当屋に出勤する前、いつも友之の為に手の込んだ食事を作ってくれたし、洗濯や掃除、その他諸々の家事一切も全て一人でこなしていた。勿論友之が進んで手伝いをする事もあったが、そうすると母はこれ以上ないくらいに恐縮し、感謝した。そうして、それと共にいつでも「ごめんね」と言った。 成長するにつれ、友之はそんな苦労性の母を自然不憫に思うようになった。 お母さん、僕なら大丈夫だから。仕事、頑張りなよ。 お母さん、自分ばっかり無理しちゃ駄目だよ。僕もお店少しは手伝うから。 お母さん、部活に入るのは止めたよ。その分、勉強とバイトを頑張るからさ。 別段、自分を押し殺して「良い息子」を演じているつもりはなかったが、気づけば友之はいつでも母の良いように負担を掛けないようにと、過剰に気を遣っているところがあった。その性分はいつしか学校生活でも如何なく発揮されるようになり、いつでも誰かの言い分を尊重して自分は一歩引くようなところを見せるようになった。 けれど、自分自身でも気づいていなかったのだ。それが「無理してやっている」事だなんて。 「 どうしてお前はそんな風に我慢ばっかりするんだよ」 いつだったか、中学時代からの親友である沢海拡にそう問い詰められた事があったが、その時も友之には何を言われているのかよく分からなかった。無理なんかしていない、我慢なんかしていないと沢海に言ってみても、相手は全く信用しない。お前が心配だ、そんなんだから放っておけないなどと同級生に対してはあまりに不自然と思われるような言動をされて、正直腹を立てた事もあった。 それでも、今なら分かる。 「 は…っ」 友之は窓にぼんやりと映る自分の顔を眺めながらそっとため息をついた。 母の再婚話がこんなにも自分を動揺させるなど、友之は思いもしなかった。 「 ああ、君が友之君か。よろしく。北川光一郎です」 「 あ…はい」 自分よりもずっと背の高い相手に向かってぺこんと頭を下げると、目の前の青年は実に愛想の良い笑みを向けてきた。母の再婚相手には既に離婚した女性との間に2人の子どもがいて、そのうちの一人がこの光一郎だった。その時、2人は偶然駅前で顔をあわせたのだが、向こうは最初友之の事が分からなかった。友之が光一郎の姿を認めて思わず「あっ」と声を漏らした事で、2人は面と向かって話をする機会を得たわけだ。 「 よく俺のこと分かったね。親戚の集まりか何かで顔合わせた事あったかな」 「 あ、いえ…」 別に再婚話が出なくとも友之はずっと以前から光一郎の事を知っていた。彼は自覚がないかもしれないが、北川光一郎は地元でも有名な「天才」だったから。 「 何かまたあのバカ親父が暴走したみたいで…。君のお母さん、迷惑被ってないかな? 大丈夫?」 「 え? 迷惑って…?」 友之が訊くと光一郎はあっさりと答えた。 「 本当に再婚したいと思ってるのかってこと」 「 ……どうしてそんな事?」 光一郎のどことなく嘲りの篭ったような笑みに友之が心内で激しく動揺していると、相手はすぐにその空気を察したようだ。素早く元の人好きのする顔になるとかぶりを振った。 「 ああ、ごめん。別に平気ならそれでいいんだ。ただ本当に急な話だっただろう。そりゃ、随分前から親しくはしてたみたいだけど。俺たちが何も聞かされていなかったところを見ると、君たちもそうなのかなと思ってさ…。まあ、結婚は当人同士の問題だから俺たちがどうこう口挟める問題でもないけど」 完璧に隠そうとしているはずなのに、節々に冷たい光が宿る。友之はそんな光一郎の視線にどきりとした。 その光一郎は実際に友之のことを見詰めているのかいないのか、平淡な口調で続けた。 「 だから親父たちにも『俺には関係ない事だから好きにやってくれ』って言っておいたよ。そもそも俺はもうあの家を出ている身だしね」 「 ………」 「 友之君?」 「 あっ…」 「 ……どうかした」 「 い、いえっ」 慌てて首を横に振り、友之は「何でもないです」と焦ったように言葉を継いだ。 どこかで「こんな人だったのか」というような感想が頭の上に浮かんでいた。 昔から野球が好きで、近くの河川敷グラウンドに足を運んでは、野球や三角ベースをする同級生、上級生の姿を追っていた。早く帰って家の手伝いをしなければという思いから、友之がその輪に加わる事はなかったが、その羨む風景の中にはいつもこの光一郎がいた。別段偉ぶっているわけでもないのに常に仲間たちの中心にいた光一郎は、どうしても存在感があって目立っていた。頻繁に試合を観に来るらしい妹の面倒もよく見ていて、近所でも有名な「優しいお兄さん」。勉強もできる、野球もうまい。友之にとってはまさに理想の人でもあったのだ。 それが実際に目の前でこうして言葉を交わしてみると、何だか想像と違う。 「 あの…」 「 ん?」 だからだろうか、思わず唇を開いて友之は訊いていた。 「 光一郎さんは…この話に反対なんですか?」 「 この話?」 「 あの…だから、うちの母と…光一郎さんのお父さんとの再婚…」 「 え。だからどうでもいいって言っただろ?」 「 ……そうじゃなくて」 その答えでは、母に対して発した自分の台詞と「全く同じもの」になってしまう。それを不服に思う資格など本来どこにもないのだが、それでもこの時の友之は光一郎のその答えに不満だった。 「 どっちでもいいとかじゃなくて…。どっちかって言われたら…どっちなんですか?」 「 再婚に賛成か反対か? ……そうだな。賛成だな」 「 えっ…。どうして?」 「 質問が多いな」 迷惑そうな顔でもなかったが、苦笑しているその隅に面倒そうな様子があるのを友之は瞬間察知し赤面した。元々人見知りの強い方なのに、何だってこんな風に初対面の人間に食い下がってしまっているのか、友之自身よく分からなかった。光一郎が「誰にでも親切で怒らない人」という評判を聞いていたからか。否、それとも…。 「 あのな、友之君」 その光一郎は友之を人がよく通る切符売り場の傍から改札横の壁まで引っ張っていくと先を続けた。 「 弟になるかもしれない奴に嘘ついても仕方ないから言うけど、俺はあの家が嫌いなんだよ。親父や妹の相手にはほとほと疲れてる」 「 え…?」 「 だから正直、2人の意識が君たち親子に向いてくれてる今の状況がありがたい。俺にはね。けど、あの家に入る君たちの事を考えると、ちょっとは躊躇いがあるよ。悪いって思う」 「 何で…」 「 友之君は自分のお母さんに幸せでいて欲しいって思う?」 「 あ、当たり前です!」 突然何を訊くのだろうと思いながら友之がきっぱりとそう答えると、光一郎はすうっと目を細めた後、困惑したような笑みを向けた。 「 だったらお母さんにちゃんと聞いた方がいいよ。本当にうちの親父の事が好きなら俺としては是非一緒になって欲しいけど、無理してるようなら再婚なんかしなくてもいいから」 「 ………」 「 だから『どっちでもいい』って事」 「 ……光一郎さんは」 「 え?」 「 光一郎さんは、お父さんや妹さんとはあまり話さないんですか」 「 話さないよ」 「 どうして」 「 苦手だから」 「 どうして」 立て続けに訊ねる友之に光一郎は多少面食らったようになりながらも、ふっと口元から笑みを零した。可笑しくて笑ったのではない、その場の空気を祓い落とす為なのだろう事が友之にはすぐ分かった。 自分も困った時はよく「それ」をするから。 「 ……さあ、どうしてかな」 光一郎が言った。 「 元々そういう人間なんだろ。どこか冷めてるんだよ。それじゃマズイとは思うから何とか折り合いはつけてやってるけどね。…はは、何でこんな話してんだろうな? 友之君が話しやすいからかな」 「 ………」 「 意外だって顔してるな」 「 あっ…」 「 俺は思っていた通りだよ。母親想いの孝行息子だって夕実から聞いてる」 「 どう…」 また質問しそうになったので友之が思わず口を噤むと、今度は光一郎は心底楽しそうに笑った。 「 家族になるかもしれない相手の事は誰だって気になるものだろ」 光一郎のその言葉に友之は再び自分の胸に陰が差すのを感じた。 「 ねえ、人の話いてる!? 北川君ってば!」 「 えっ」 驚いて顔を上げると、橋本が席の前でぶうと頬を膨らませていじけていた。 「 もう〜。折角面白い話して北川君を和ませてあげようとしてるのにっ」 「 ご、ごめん」 まだ喋っていたのか。 橋本には決して口にできない不遜な考えを抱きながら友之が口だけで謝ると、相手はすぐに機嫌を直したようになって前のめりになり続けた。 「 だからさ。面白いよね。北川君は信じる? もう1つの世界。そこにいるもう1人の自分」 「 もう1人の自分?」 友之が鸚鵡返しに聞き返すと、橋本は勢い良く頷いた。 「 そう。誰にでもある人生の分岐点。あの時は《こっちの道》を選んじゃったけど、もし《あっちの道》を選んでいたら自分はどうなっていたであろうか!? そういう風に思う事あるでしょ?」 「 え…」 「 何? ないの? 私はあるよっ。すっごくある。それだけで自分の人生は勿論、生き方、性格、何でもかんでも全部変化しちゃうと思うんだ。たとえばさ、私が一番行きたかった桜乃森女子高に受かってたら、こんなガラッパチみたいな性格じゃなくてお嬢様お嬢様したおしとやかな性格になってて、友達もそれ系ばっかだったかも! けど、現実はこのガッコで《女番長》とかってバカにされる毎日。はあ」 「 ………」 「 でも…へへ、もしあの時高校受かってこっちの学校来なかったら…。私たち、絶対知り合ってなかったわけだよね!」 「 …うん」 「 つまりは、自分の道が変わると相手の道にも自然に変化が訪れるって事よね。それってすっごく不思議。それにロマンチックだよねえ!」 「 ………」 両手を広げ大袈裟なオーバーアクションまでしてみせる橋本を友之はぽかんとした顔で見つめた。 そんな事、考えた事もない。考えても仕方のない事だ。 けれど橋本に指摘され、友之はその時初めて考えた。もし、自分にはじめから母以外の家族がいたらどうだっただろう。今まで母に本当の父親の事をまともに尋ねた事などなかった。何となくそれをする事は一生懸命自分を育ててくれている母に悪いような気がしたし、実際2人だけの生活でも友之は満足していたのだ。満足していた。 けれど、もし。 もし物心つく前に自分に母以外の家族がいたら。本当の父親ではなかったとしても、母が既に再婚していて、父という名の人がいて。 もしかして兄弟までいたとしたら。 「 ………」 一体自分はどんな生活を送って、どんな人間になっていたのだろうか。親友の沢海にも「我慢ばかりする心配な奴」などと言われずに済んだかもしれない。父を頼り、光一郎のような兄を慕い、まだ良くは知らないけれど夕実という明るい姉と仲良く話をしたりして。母にも生活に余裕が出来て、今よりずっと疲れずにいられて。 「こんな自分」でなくて良いかもしれないと友之は思った。 「 まーただんまりしてる。北川君」 橋本が茶化しながらも、心配そうな目でこちらを窺ってきた。 「 平気だから」 友之は慌てて視線を逸らしたが、見え透いている気がした。橋本にももう「そんな事を考えても仕方がない」とは言えない。実際自分も考えてしまったから。 そうして、結局そんな事を考えてしまうのは今の自分に不満があるからではないのかと友之は思った。今まで不満がないと思っていたのは、そう思い込もうとしていただけなのではないだろうか、と。 それに気がついた時、友之は高校生になってから初めて当てのない寄り道をした。本当はいつでも一人きりは寂しいと思っていたくせに、一人きりの家でじっと母を待っていた自分。そのくせ母とはまともな会話をする事なく、いつでも「大丈夫だから」としか答えなかった自分。母の再婚に複雑なものを感じているくせに、一方で家族というものに憧れを持ち、光一郎のあの冷めた目に失望してしまった自分。そんな自分全てに反発したい気持ちがあった。 ごちゃごちゃとする心を振り払いたかった。知らない何処かへ行きたかった。だから友之は電車を下りて駅を出た後、横に見えたバス停から今にも発車しそうな一台に飛び乗った。 ××××× 「 降りそうだな」 「 ………」 目的の停留所でバスを降りた友之と光一郎は今にも雨が降ってきそうなどんよりとした曇り空を同時に見上げた。 「 傘持ってる?」 何気ない口調の光一郎に友之は黙って首を横に振った。隣の空気はいつものものだ。バスの中で何処となく張り詰めたような、あの雰囲気は今はもうこの光一郎から感じ取れない。自分が怖がるといけないと思って感情を押し留めたのだろうと友之は依然として空を見上げる光一郎の横顔をそっと見やった。 「 何処かでちょっと休憩するか」 「 え…」 「 ……顔色悪いから」 「 あ…大……」 大丈夫と言おうとしたものの、どことなく鋭い視線で見下ろされて友之はその声を途中で消してしまった。困ったように俯くと、すぐに上から深いため息が下りて来た。 「 そんな顔しなくてもいいだろ」 「 ………」 「 ただ…休むかって言っただけだ。嫌なら嫌で、別にいい」 「 ………」 「 行くんだろ」 「 ………」 「 おい」 「 あっ」 強くはないけれどたしなめるように呼ばれ、友之は焦って声を上げた。怒っているようではないけれど、光一郎の無表情が友之には恐ろしい。それでも何とか頷くと、友之は無理に光一郎から視線を逸らして道路を挟んで見えている緑園墓地の方を見た。 平日のこんな時間だ。おまけに天気もぐずついているせいか、人の姿は見えない。そういえばあの時も光一郎とここへ来た時、周囲に人の姿は見えなかった気がする。そう、あの時もちょうど月曜日ではなかっただろうか。 「 ……行、かなきゃ」 横の光一郎に言うでもなく、友之はふらりと前へ踏み出した。 「 危ない!」 けれどそんな友之の腕を光一郎ががっちりと掴んだ。驚いて友之がはっと我に返ると、背後から光一郎の怒った声と、激しいクラクションを鳴らしながら物凄いスピードで走り去る赤いスポーツカーが友之の髪の毛をざっとさらった。 「 バカか!」 そして光一郎の再度怒鳴る声。友之がびくつくのも構わず自分の元にまで引き寄せると光一郎は声を荒げた。 「 突然道路に飛び出す奴があるか! 夢遊病者みたいに何なんだ!? お前が墓に入る気かよ!」 「 ……っ」 あまりの言いように友之がすっかり固まって何も言えずにいると、光一郎は依然怒りを湛えた表情のままさっと左右を見渡した。それから律儀に脇の横断歩道まで友之を連れて行くと、目的の墓地入口まで掴んだその手を離さなかった。 「 あの…」 「 ………」 殆ど泣きべそをかいているような友之の声にようやく光一郎は握っていた手を離した。それから気まずそうに横を向き、低い声を漏らす。 「 何を探したいのか知らないけど、焦ったって墓は逃げないだろ。その前に怪我でもしたらどうするんだ」 「 ご、ごめんなさ…」 「 別に俺に謝らなくてもいい」 「 ………」 「 ……だからその顔やめろよ」 すっかり憔悴したようになって光一郎は肩を落とした。ぐしゃりと髪の毛をかき乱し、はあと疲れたように息を漏らす。友之はそんな光一郎の仕草に緊張していた身体を緩め、ああ困った時の光一郎の顔だなどとぼんやり思った。 「 コウ兄…。やっぱり同じコウ兄だ…」 「 え?」 だからそのままその思いを口にしたのだが、当然の事ながら光一郎は不審な声を上げた。 「 何? 同じって何だよ」 「 あ…はじめ…全然違うと思ってたから…。でも、同じだなって」 「 ………」 「 あっ…」 また通じない話をしてしまった。友之が焦ると案の定光一郎は静かな目をして言った。 「 本当に…分からない事ばっかり言う奴だな」 「 ………」 「 ……俺はやっぱり逆に見えるよ」 「 え…」 友之が驚いて顔を向けると、光一郎は苦い笑みを零した。 「 初めて会った時、しっかり者に見えたって言っただろ? ……でも今のお前見てると、ただ単にしっかり者の息子を演じてただけなのかなんて思っちまうな」 「 あ…こっちの僕のことか…」 「 は?」 「 あ、何でも…。でもその僕は、きっと本当にしっかり者だから…っ」 「 ふっ…。ったく、何なんだ」 友之の発言に光一郎が素で笑みを閃かせた。友之はそんな光一郎を物珍しそうに眺めたが、「こちらの世界の友之」が自分のせいで評判を落としてしまうのは避けなければならないと思ったから必死だった。 所詮「同じ自分」とはいっても世界が違えばそれは「別の人間」だ。生活環境が違えば性格もその者の持つ雰囲気とて変わるに違いない。世界の違う2人の光一郎を「同じ」だと感じた友之がそう思うなど甚だ矛盾であると言えたが、それでも友之はこちらの世界の友之が持つ「頑張り屋でしっかり者」というイメージを崩したくなかった。それは情けない自分もそうありたいという、一握りの願望も込められていたから。 僕は全然、頑張り屋なんかじゃない。 「 え?」 その時、不意に誰かの声が頭に直接響いてきて、友之はぎょっとした。 「 ? どうかしたか?」 「 ………」 光一郎が尋ねてきたが、友之は動けなかった。悲しそうな、押し殺したようなその声に胸が詰まった。耳を澄ましてもう一度その声が聞こえないかと辺りに気を配ってみたが、なかなか声は聞こえない。 けれど友之が諦めてため息をついた瞬間、また「その声」は聞こえた。 「 あ…あっち!」 「 あ、おい…! と…友之…!?」 光一郎の制止の声にも構わず、友之は石階段を一段飛ばしで上って行った。それは自然行ってみようと思っていた母の墓石がある辺りだったが、この時はそんな事はまるで意識していなかった。 ただその静かな、それでいて深く傷ついているような言葉が友之の耳に木霊していた。 声は言っていた。 僕はしっかり者なんかじゃない、と。 |
To be continued… |
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