エピローグ



  日曜日―。
「 誰だよ、雨男はよ! これで二週連続雨じゃねェか!!」
「 ああ、やだやだ。バットが振り回せないってだけで怒鳴りちらすストレス男は」
「 何だとこのば数馬!!」
「 悪いけど、ボクのこの頭の良さは全国模試でも―」
「 うるせェ、黙れ!!」
  いつもと同じようにバッティングセンター「アラキ」に集まった中原ら草野球チームのメンバーは、先週に引き続いての雨のせいでせっかくのゲーム予定を再びお流れにしてしまっていた。それで今は仕方なくこうして「ミーティング」兼、ただのだべり会を催しているわけなのだが。
  マスターが出す各人それぞれの飲み物はもう大分前に空になってしまっていた。それでもやはり常連にしてみればこの狭い空間も居心地がいいのか、友之以外はボックスに入って球を打つわけでもなく、それぞれがのんびりと世間話などに花を咲かせている。
「 で、マスター。あんたン所の放浪息子は、今日はどうしたの?」
「 放浪息子は急用だとかでどっか行っちゃったよ」
「 あのヤロウ…」
  中原が思い切りむっとしたようにつぶやくと、何事か数馬が思い出したようにカウンターの席を叩いた。
「 そういえば今日、試合の後何処か遊びに行くんじゃなかったですか? 綺麗な夜景が見られるって言うから、ボク楽しみにしてたのに。荒城さんいないなら、これもお流れ?」
「 さあな」
「 なーんだ。じゃ、トモ君とデートでもしてこよっかな」
「 殺すぞ、テメエ」
「 ……そういえば今日は光一郎さんは?」
  ヤケ気味にぷかぷかと煙草をふかしまくる中原を無視して数馬が訊くと、マスターは「バイトでしょ」とだけ言ってから、にこにことして必死にバットを振っている友之の方を見やった。
「 あ、でもトモのこと迎えには来るって言っていたから。数馬が勝手に連れて行っちゃったらどうなるか、ねえ?」
「 ボクはぜーんぜん平気だけど。お兄さんなんか怖くないし」
「 俺がさせねえ」
  中原が煙草を灰皿にぐりぐりと押し付けてから数馬と不当な言い合いを始める。と、不意にドアの鐘が鳴って裕子が現れた。
「 こんにちは」
「 おお、裕子ちゃん」
  マスターが嬉しそうに笑うと、裕子はにっこりと微笑み返してから、中原らがいるカウンター席には近づかず、熱心に練習をしている友之に声をかけた。
「 トモ君! どうせ今日はゲームないんでしょ! これからご飯食べに行かない?」
「 え…?」
  コインが切れてバットを置いた友之は、背後のネット越しからそう言って笑う裕子に戸惑った視線を向けた。
「 いいじゃない、ね? 行こう! さあさあ決まり決まり! 行こう行こう!」
「 おい、裕子。光一郎が来るって言ってたぞ」
「 知っているわよ。だから後で携帯ででも私たちの場所教えればいいじゃない。ねえ、トモ君」
「 あ……でもコウは……」
「 いいから行くのよ!!」
  裕子はそう言って半ば強引に友之の腕を引っ張ると、明らかに不満気な顔をしている数馬に舌を出してみせてから、ふんと鼻を鳴らした。
「 ……裕子さん?」
  友之がそんな強引な幼馴染に二の句が継げられずにいると、裕子はふふんと実に楽しそうに笑って見せた。
「 もうすぐ夏よねえ」
「 え?」
「 今度夕実と3人でどっか遊びに行こうか! たまにはいいじゃない、光一郎を仲間外れにしてやろ!」
「 裕子さん?」
  友之がきょとんとしていると、裕子はいたずら小僧のような幼い表情を閃かせてから、高い声で笑った。
「 修司の奴も! 何よ、自分ばっかり好きな所に行っちゃって。今日もあれよ、突然何処か行っちゃっているでしょ」
「 え? でも修兄、夕方までには戻ってくるって……」
「 だったら尚更、あいつが帰ってくる前に行こう!」
「 裕子さん…」
「 私もね。待っているばかりは嫌だから。変わらないとね、トモ君と一緒に」
  その裕子の言葉に、友之は困惑の色を消した。
  あの水源地で別れた日から、裕子は自分には特に何も言わなかったのに。
「 ……変わるの?」
「 そう」
「 ………」
「 ね」
「 ………うん」
  ここでようやく友之がはっきりと返事をして、少し笑って見せると。
  裕子の長い黒髪は、彼女の笑顔と共に雨の日の薄暗い景色の中でとても綺麗に輝いた。





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