( 30 ) 「 あ、友之じゃん!」 駅を出た途端、「あの」素っ頓狂な声が聞こえてきたかと思うと、写真屋からその声の主―由真―が勢いよく飛び出してきた。いつもと違って白いブラウスにチェックのエプロンなどしている。そして何よりも、あの金の髪が少し落ち着いた茶系に変わっていた。 「 やっほー、久しぶり! って言っても、そんなに会ってなかったわけでもないか」 「 ……久しぶりって気がする」 「 あ、ホーント! じゃあやっぱりアタシと同じだね! でもそれって、友之がアタシに会いたかったって証拠じゃない?」 由真は言いながらけらけらと笑い、それから少しだけ短くなった髪の毛に手をやった。 「 ねえ、これどうお? アタシはまあまあ気に入ってるンだけど、友達とかはみんな馬鹿にするんだ。やっぱアタシには金髪が似合うって」 「 別に変じゃないけど」 「 でもアタシもホントは最初嫌だったの! けどさ、ほらあそこで」 由真は言いながら駅前の写真屋―今自分が飛び出てきた所―を指差して屈託のない笑顔を見せた。 「 バイト始めたの! 今週のはじめからだから、まだ全然経ってないんだけどね」 「 バイト……」 「 そ! へへ、お金稼がなきゃって思って! 今までは親に貰って遊んでばっかだったし。専門行くのに、いつまでもそれじゃマズイでしょ!」 「 写真屋なんだ」 「 ふふん、そうだよ。しかも家からこんな遠い所って思ってるでしょ!」 由真は友之の考えを深読みするように上目遣いになってから、両手を腰にやると偉そうに言った。 「 ま、ビンゴ! ここなら荒城さんとも会える機会増えるかもしれないし。何てったって彼の地元だもん。へへっ、アタシって頭イイ! しかもこの店って結構荒城さんも来るらしいし」 「 ………」 「 あ、友之! アタシが荒城さんのこと諦めたはずなのにって思っているでしょ!」 黙りこむ友之に由真はくるくると表情を変えて、少しだけ怒ったフリをしてみせた。 「 もうしつこくはしないけどさ。でも、勝手に想っているくらいならイイじゃない? アタシはずっと修司のこと好きでいたいの! ずっと、自分が納得するまで好きでいるの!」 「 ……自分が」 「 そうよ。友之もさ、いつまでもそんな陰気な面してないで、恋でもして、元気にならなきゃ!」 「 ………」 「 ほーら、すぐに黙り込むー」 由真は指先で友之の額を軽く突付くと、今までで1番堂々とした笑顔を閃かせた。 「 アタシも頑張ってるんだからさ! 友之も頑張らなきゃね!」 友之はそう言った由真をじっと見つめ、それから少しだけ笑って見せた。 家には寄らずに真っ直ぐに裕子の家へ向かうと、まるでそれを待ち構えていたかのように、門の前でその当人が立っていた。 「 修司が、トモ君が来るからって」 裕子は憮然として言った。まさかそのためにずっとここで待っていたのだろうかと友之が心の中で訝っていると、裕子はむっつりとした顔のまま、「そうよ」と素っ気無く答えた。 「 え…?」 「 ずっとここで待っていたの。トモ君が来るなら待っていなきゃって思ったの。私はトモ君を待たせるのが嫌いなの。悪い?」 「 裕子さん……?」 「 なあに?」 裕子はぶっきらぼうに答え、それから長い髪を翻すとくるりと振り返って閉じている玄関のドアを見やると、「いるわよ」とだけ言った。 「 何…?」 友之が不審に思って訊き返すと、裕子は再び友之に振り返ってからきっとした目を見せた。 「 夕実、家に来たの。泊まっているの。まだ寝ているわ、あのコ」 「 ……!」 友之が驚いて目を見開くと、裕子はそんな相手をじっと見据えてから、そっとため息をついた。 「 相変わらず駄々をこねて、怒って甘えて、最後には光一郎が自分を見捨てたって言って泣き喚いてた」 「 ………」 「 何が見捨てられた、よ」 裕子は吐き捨てるように言ってから、先を続けた。 「 でも、私が何を言っても駄目よ。聞きやしないもの。結局、光一郎の言う事しか信じないでしょ、夕実は」 「 ………うん」 「 トモ君だって」 「 え…?」 友之が困ったような顔をすると、裕子は益々いたたまれないような顔をしてから、ぐっと一瞬唇を噛んだ。 「 トモ君も夕実も結局光一郎が一番なんでしょ。それでいつまでも自分だけを見て欲しいって、甘えていたいって駄々こねてる。子供よ、2人とも。恥ずかしいくらいに」 「 ……裕子さん」 「 ずるい。2人は、ずるい。私だって……」 裕子は言いかけて、口をつぐんだ。少しだけ頬を紅潮させ、それから友之に再び視線を向ける。 「 私だって光一郎のこと好きなんだよ、トモ君」 「 うん……」 「 でも、夕実もトモ君のことも……大好きなんだ」 「 ………」 「 仲間外れは嫌だって、ずっと3人でいようねって最初に言ったのは夕実だった。夕実はいつも正人や修司と一緒に行っちゃう光一郎の後を追いかけたくて、でもできなくて、私たちを縛っていたよね。でも…本当は私も、それでいいって思っていたのかもしれない」 3人でいられる時間は、それはそれで自分には大切だったのかもしれない。 裕子は暗にそう示して、一旦沈黙した。友之は裕子の意を決したような強い眼差しに圧倒されて、やはり言葉を出すことができなかった。 どれくらいが経ったのだろう。 実際はそれほどの時間は流れていなかったかもしれない。裕子が言った。 「 今度みんなで修司が写真を撮った場所に行こうって話が出ているんだってね」 「 あ…うん」 「 私は行かない」 「 ………」 「 その代わり…今から行かない?」 「 え?」 「 私たちの遊び場」 「 裕子さ―」 友之が言いかけた瞬間、裕子の背後の扉が開いた。 一昨日見た夕実とは違い…ぼさぼさの頭をそのままにした、腫れぼったい目をした姉の姿がそこにはあった。 「 お兄さん、そっちは家じゃないでしょ。何処行くの?」 由真と別れたすぐ後、自宅から反対方向の裕子の家へ向かう途中、友之はその気さくな声に自然と振り返っていた。 数馬。 「 何となくさあ、今日は家の前で待っていたら会えないような気がしてね」 道路脇のガードレールに寄りかかりながら、数馬は軽く片手を挙げて友之に挨拶をした。今日の数馬は高校の制服に黒い縁の眼鏡をかけていて、友之は一瞬違和感を覚えたが、あの声と口調はいつもの通りで、間違いなく無敵の同年代だなと認識はできた。 「 あ、これかけていると余計頭良く見えるでしょ。学校では実はいつもかけているよ。ナニゲに目も悪いしね」 「 そうなの?」 「 天才にも弱点はあるよ、トモ君」 数馬はさらりと言ってから、「それにしても君の顔見るの久しぶり」などと間の抜けた事を言ってきた。 「 昨日も…一昨日も会った」 友之が珍しく素早く指摘すると、数馬はぶうと頬を膨らませて大袈裟に両肩を上げてため息をついて見せた。 「 ばっかだなあ。それでも昨日なんかすぐに別れたから、あれから10時間以上経っているよ。だから、やっぱり久しぶりなの」 「 そうかな……」 「 そんなことより。何処行くの?」 「 ………」 数馬にはどうせ言わなくても分かっているのではないか。 だからか、友之はすぐに答える気がどうしてもしなかった。 いつもいつも。この目の前の相手は、何もかもを見透かした目をしているから。 「 嫌だなあ、それは誤解だよ」 すると数馬は友之が何も言葉を発していないのに、やはり先取りして言葉を継いできた。 「 言ったでしょう、トモ君。言ってくれなきゃ伝わらないよ。分かるものも分からないしね。だから教えてほしいんだって僕は言っているでしょ」 「 でも数馬は…いつも何でも分かってる」 「 分かってないよ」 数馬はそれでもやはり余裕のある笑みを向けて、ようやく身体を浮かした。それからゆっくりと歩を進め、眼鏡を取ると腰を屈めて距離の縮まった友之の方へと顔を近づけた。 「 俺はね、友之。まだ君のことも、君の好きな人のことも、全然知らない。知らないことだらけなの」 「 え……」 「 聞いちゃった。いや、聞きたくもないのに、中原の馬鹿先輩が勝手に俺に言ってきてんの。かなり頭きたんだけど」 そう言った数馬はまるで頭にきた風ではない、依然として涼しい顔のまま、姿勢を戻すと自分より数段背の低い友之のことを見下ろした。 「 ……でもそれってさ。きっと恋愛の『好き』じゃないよね」 「 ………」 「 友之にはまだ早いって感じするもん。はははっ。それに、あの人も」 「 ……あの人」 「 前言ったよな。あの人は何も持っていないって。でも…あの人は持とうとしていないだけだったんだなあ」 「 数馬?」 「 まあ、いいか。あのね、今日はちょっと顔を見に来ただけ。帰るよ。後つけたりしないから安心して」 「 ………」 「 でもさ。俺は君といつも一緒だからね」 「 数馬……」 「 勝負はこれから、でしょ?」 いつもいつも。 自分を追いかけているようでいて、一人で先にどんどん行ってしまうのは、実はこの数馬の方なのではないだろうかと友之は思った。 裕子を間に挟んで昔の遊び場に3人で向かった時は、もう大分日も傾き始めていた。 「 近い割には、もう全然来てなかったよね」 硬い表情の友之と夕実に対し、裕子は平然とした態度で一人喋り続けていた。 「 でも話には聞いていたのよね。ザリガニとか獲れていた川も、水路みたいにきっちり仕切られて、作られた柵のせいで近寄れないって。それに以前は行けた散歩道なんかも、結構潰されていたりね」 「 でも入口の所は…」 「 変わらないよね」 裕子はつぶやくように言ってきた夕実の言葉を補ってから、ようやく辿り着いた思い出の場所に目を細めた。 地域の水源地として親しまれているそこは、大樹の多い緑の森に囲まれて、これからの季節にもふさわしく、青々とした葉で満たされていた。正に近隣の人々の憩いの場という感じだ。 「 今の時間ならまだ結構犬の散歩とかで歩いている人も多いんじゃないかな。行こう」 裕子は未だに無言の友之と、怪訝な顔をしている夕実の前を歩きながら軽快な口調で2人をその場所の中へと誘った。 「 裕ちゃん」 その時、入口付近まではおとなしく着いてきていた夕実が思い切ったように口を開いた。 「 何で…今更こんな所に連れてきたの」 「 ん?」 「 私は…別に……」 「 来たくなかった?」 裕子が訊くと、夕実はちらりと友之を見てから、気まずい表情を浮かべて頷いた。 「 もう帰ろう。もう昔の場所とは違うでしょ。意味ないよ、こんな所に来たって」 「 ………」 「 実際…思い出に浸っていたってしょうがないし」 「 トモ君。トモ君も帰りたい?」 裕子は夕実の声を振り切るようにして、友之に視線を送った。 「 ………」 友之は改めて3人の居場所であった森の入口を見やった。 周辺の風景は確かに多少変化しているが、古ぼけた看板や散歩道コースの始めに見える大きな木々のアーチは以前のままだ。 ここで自分たちは秘密基地を作ったり、木苺を取って口に入れたり。 「 ………」 夕実に優しくしてもらったのも、怒られて叩かれたのも、思えばここが一番多い場所だったかもしれない。家で面白くない事があって夕実がいじけて外へ飛び出した時も、いつも自分は手を引っ張られるようにしてここへ来た。 そうして、決まって川沿いにある小さな坂を登って。 「 もういいよ。帰ろう」 黙りこくる友之に嫌な過去を思い出したのか、夕実がたまりかねたように再び口を開いた。 「 裕ちゃんは意地悪だよ。こんな所に来たって何もいい思い出なんかないじゃない。私が…私…」 しかし夕実はそれ以上言わず、口をつぐんだ。 友之はそんな夕実を見てから、急に熱に浮かされたようになりながら、ゆっくりとした足取りで裕子の方へと向かって歩き始めた。 「 トモ君。行くの?」 けれど友之はそう訊いてきた裕子の横も通り過ぎると何も答えず、真っ直ぐに森の入口へと向かった。もう2人の姿もおぼろげになってきていた。 『 ここにいようね、トモちゃん』 夕実がそう言って自分を引きとめた場所。 『 死んじゃえ!!』 夕実がそう言って自分を突き落とした場所。 『 帰るぞ』 それから。 それから、光一郎が泣いている自分を迎えにきてくれた場所。 あとは……。 多くの過去が、多くの出来事が、友之の頭の中を今いる風景と共に駆け巡っていった。それは辛くて悲しくて苦しくて。けれどどこか懐かしく、胸の熱くなる情景だった。 友之は後ろから必死に自分に呼びかける裕子にはお構いなしに、砂利道の続く散歩道を迷いなく進んで行った。知っている。この道を覚えていると思う。この道がやがて少しずつ傾斜の急な坂になっていき、そこを登りきると森の外側の風景―神社や川の姿―が見えて。それから…。 「 ………あ」 けれど、簡易な板看板の道しるべと共に続いていた道が途切れた瞬間、友之は思わず声を漏らした。 あの時の場所は、もうなくなっていた。 「 トモ君」 荒く息をつぎながら、裕子と夕実もやってきた。友之が振り返ると、2人の方も幼い頃に見た風景とはまるで違う情景に、やや声を失っていた。 途中で消えた道。板とロープで区切られてしまった、散歩道の行き止まり。 「 昔は…この先にも行けて、そこから色々な景色が見えたのにね」 「 ………川もなくなっちゃったんだね」 四葉のクローバー探しなどもしたように思うが、そんな草地も今はここからは見えない。ロープで区切られた向こう側は、宅地開発の予定でもあるのか、大きなブルドーザーが幾つか見受けられる。一部潰されている場所とはあの辺りなのかとぼんやり思う。 「 そういえば……」 夕実がふっと思い出したような声を出して、行き止まりになってしまった道の向こうを見やって言った。 「 もうずっと前だけど…ここから見える風景が好きで、お母さんを連れてきてあげた時、お母さん、そこがお父さんと初めて遠出した場所に似ているって言ったの」 確かめるように言葉を紡いでいる夕実は、以前の優しかった義母を思い出して懐かしくなったのだろうか、目を細めて先を続けた。 「 それでお母さんが、いつもはお父さんに頼み事なんかしないのに、その時はみんなでその場所へ行きたいって」 「 あ、それが…!」 「 え……?」 友之が不意に声を出してきたことで、夕実は夢から覚めたような顔をした。 「 丘…?」 それでも構わず友之が訊ねると、一瞬夕実は理解できなかったようで怪訝な顔をしたものの、すぐに記憶が蘇ったのか急に明るい顔を見せた。 「 あ、そうそう。 ちょっとした丘陵を登るとその下の街並みが見下ろせる場所があったよね。私はお母さんと下で待っていたから見なかったけど、写真は見たな。コウちゃんが、お父さんと先に登っていったトモちゃんを後から追いかけて」 「 ……コウも?」 父親と登ったことは記憶にあるが、光一郎のことは覚えていない。あの風景を見ていた時、光一郎もあの場にいたのかと友之は何ともなしに考えた。 「 あの日はすっごく楽しかった」 夕実が言った。 しかしそう言った夕実は急に表情を翳らせると友之から視線を逸らし、じっと地面を見やって押し殺したような声を出した。 「 何で忘れてたんだろ、私……」 「 夕実……」 「 何か…何かね、私って嫌なことばっかり忘れないんだ。楽しい事はすぐに忘れちゃう。どうしてかな、覚えていたい良い事だっていっぱいあったはずなのに」 夕実はそう言ってから、苦しそうに息を吐き出した。 「 すぐ忘れちゃうんだ。馬鹿だよね」 「 夕実だけじゃないよ。そういうの」 裕子は姉のように優しくそう言い、今にも泣き出しそうな夕実の背中をぽんぽんと叩いた。友之はそんな夕実をじっと見詰め、急に湧き上がってきた感情のまま、唇を開いた。 「 夕、実……」 「 え………」 今日初めて友之に名前を呼ばれたことで、夕実はぎくりとしたようになって顔を上げた。怯えたような目。どうしてそんな風に自分を見るのかと思いながら、けれど友之は逆にしっかりとした目線のまま夕実に向かった。 「 今度……そこに、行かない?」 「 え……」 「 一緒に、行かない?」 「 ………みんなで行くんでしょ」 「 夕実も……」 「 トモ君……」 裕子が驚いたように声を出したが、友之は夕実の方しか見ていなかった。 夕実は。 「 ………」 夕実はしばらく黙ったまま、けれどゆっくりと首を横に振った。 「 ………」 そして友之の方を見やってから、「私はいいよ」とだけ言った。 「 夕実……」 裕子が辛そうな顔をしたが、夕実は逆にうっすらと笑ってみせて、それから再び友之を見やった。 「 トモちゃん。昨日ね、コウちゃんに言われたんだ」 「 え…?」 「 会いに来てくれたんだ。それでね、一昨日と同じように言われたんだ。私とは一緒に暮らさないって。トモちゃんがいいって言っても自分は嫌だって」 「 夕―」 「 いいんだ。分かっていたんだ。私もいいんだ。……行く所だってね、ないわけじゃないんだ。本当だよ、コウちゃんはそれも分かっていたから」 「 ………」 「 だからトモちゃんは、コウちゃんといればいいよ」 「 夕実……」 「 ごめんね」 夕実は言ってから、はっとなって視線をずらした。 「 あ……」 裕子も驚いたように微かな声をもらし、夕実と同じ方向を見やった。 友之の背後を。 友之がその2人の視線に押されるように振り返ると―。 「 ………コウ」 光一郎が3人の所にやって来ていた。 確かな足取りで向かってくる。いつもの真っ直ぐな、堂々とした視線。 姿。 「 友之」 そして光一郎は開口一番、友之を呼んだ。静かな目のまま。いつもの目のまま。 「 勝手に……寄り道なんかして、何してる」 「 コウ……」 「 光一郎、どうして……?」 裕子がその場にいる相手の存在に信じられなくて問い質すと、光一郎の方はそんな裕子をちらと見てから、次に夕実を見て、最後に友之を見やった。 そして。 「 友之。帰るぞ」 それだけを言って、片手を出してきた。 「 あ……」 呼んでくれてる。 友之は光一郎が差し出したその手に、自然と引き付けられるような感覚を覚えた。無意識のうちにたっと駆け出し、すぐさまその手を取る。けれど急に早くなる鼓動を抑えられず、その後は顔も上げられず、どうして良いものかと困惑してしまった。 それでも。 「 ……そんな不安そうな顔するな」 光一郎がそうつぶやいたかと思うと、ぐいと友之の身体を自分の方へと引き寄せてきた。そして、最早裕子たちには目もくれず、半ば引きずるようにして友之を連れて元きた道を歩き始めた。 「 コ、コウ…っ?」 強く手を引かれ、引っ張られるように今来た道を歩かされる。慌てて後ろを振り返ったけれど、裕子も夕実も呆気にとられ、その場を動かずにいる姿だけが見えた。 そして、やがてそんな2人の姿も段々と遠のいていき―。 「 ど、どうしてここに…?」 戸惑いながら顔を上げる友之に、呼ばれた光一郎は平然としたまま言葉を出した。 「 一緒にいるって言っただろう」 「 え……?」 「 お前のいる所なんてな…すぐに分かるんだよ」 「 コウ……」 友之がもう一度呼ぶと、ここで光一郎は足を止めた。それから友之の髪の毛をくしゃりとかきまぜてから、再び力強く引き寄せてきた。 「 あ……」 友之が押し潰されそうなその力に戸惑い、驚きながら顔を上げると、丁度夕暮れの日差しに照らされて、光一郎の表情がはっきりと見えた。 そこにはやはり、いつもの困ったような顔があったのだけれど。 「 友之」 それでも、光一郎は友之を強く抱きしめると言った。 「 お前が好きだよ」 「 ………コウ」 「 お前は俺といればいい」 「 ……ッ!」 思い出の場所はなくなっても。 綺麗な風景が遠くにしかなくても。 「 分かったか、友之?」 その優しい声は。 『 泣くな』 あの時そう言って、手を握ってくれたあの時と同じもので。 「 うん……」 だから友之はすぐに答えを出せた。 「 うん……」 嬉しくて。少しだけ苦しくて。 けれど。 「 コウと…いる」 自分の声がこんなにはっきりと耳に届いたのは初めてだと友之は思った。 |
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