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雪也も護も、この剣涼一という男に怒られる謂れは全くない。
2人が部屋の中で何をしていようと、たとえベッドの上で寄り添いあうようにして座っていたとしても、それは2人の自由意思だ。どちらかが一方的に迫られ拘束されているというわけでもなし、涼一の常軌を逸した行動―ドアをぶち壊さん程の勢いで叩き喚き散らす―は、オーナー藤堂に叱責されて然りというものだった。
「何してたんだよ、雪ッ!」
けれど、そんな理屈がこの涼一に通るわけもないのだ。
「な、何って…」
ドアを開けた雪也に向かって、涼一は開口一番そう怒鳴りちらした。そうしてすぐさま途惑う雪也を押し退け部屋に入ると、ベッドに腰を下ろしている護に殺気立った眼を向ける。
「そこで何してたんだよっ!」
「何と言われても」
しかし、こんな切迫した空気の中でにこにことした笑みを向けている護もどことなく人が悪い。それで余計に目の前の青年をムキにさせてしまっていると分かっているはずなのに、わざとそんな態度で接しているようにも見える。
しかしそんな護と彼を睨む涼一、その背後でオロオロする雪也に割って入ってきたのは、先ほどから涼一をどやしつけていたオーナーの藤堂だった。
「何してるじゃねえっ、この大バカ野郎が! おかしいのはテメーだろう!?」
普段は「おしとやかなレディの言動」を心がけている藤堂だが、この時の口汚さと言ったらなかった。傍にいた雪也がびくりと肩を揺らして壁際に移動するのにも構わず、藤堂は尚も顔を真っ赤にさせながら憮然としている涼一に更なる雷を落とした。
「テメエって奴ァ、どれだけみっともねえ事してるか少しは自覚しろッ。お呼びじゃねえんだよ!」
「煩ェ!」
「煩ェのはどっちだ!」
藤堂は更にぴしゃりと言い放ち、ゼエゼエと荒く息をついた後、ようやく声のトーンを落とした。
「……いいかい」
既に化粧がボロボロに乱れてしまっている。よほど階下で白熱した舌戦を繰り広げていたのだろう。元々汗かきの太めの身体が余計に汗にまみれている。
「アンタにこの2人の時間を邪魔する権利なんかないんだよ。本当に雪也が大事なら、少しは雪也の気持ちも考えてやんな」
「雪の気持ち?」
むっとして、どことなく投げ遣りに言葉を返す涼一に藤堂は言った。
「ああそうさ…。雪也はここにいる護先生と一緒にいる時が一番幸せで一番落ち着くんだよ。だから、その大切な時間を少しでも多く作ってあげるのが思いやりってもんだろ」
「ふん…」
「何だその態度は!」
「オーナー」
また激昂しそうな藤堂に苦笑して、遂に護が言葉を挟んだ。
「あんまり興奮するとまた血圧上がりますよ」
「だってねえ!」
「雪も困ってます。……今日は帰りますよ」
「え……」
そう言って立ち上がった護に雪也は思わず落胆の声を漏らした。
それに逸早く気づいた涼一はぎっと護を睨みつけるとその前に立ちはだかった。
「待てよ」
「何?」
「ムカつくんだよ。自分ひとり涼しい顔して、結局一番雪の気持ちかき乱してんのはお前だろ?」
「俺が…? どうして」
「つ、剣…?」
たちまちギクリとして雪也は一歩前へ歩み寄った。
まさか。いや、そんなわけはない。
「剣、やめ…」
雪也は唇を震わせながら涼一の背中を縋るように見詰めた。今にも自分の護への気持ちを暴露してしまいそうな涼一に、雪也はただ慌てていた。
「あんた、雪のこと弟みたいに想ってるって言ったよな!」
そんな雪也の様子には構う風もなく涼一はずばずばと言葉を切った。
「じゃあ恋愛感情はないんだよな! 雪を『そういう風』には見てないんだろ、あんた?」
「え…?」
「この…バカ涼一があッ!!」
「痛ェっ!!」
途端、藤堂が自分の履いていた靴を涼一の後頭部目掛け投げつけ、それをもろに喰らった涼一は突然の痛みに声を上げた。
「テ…テメエ! このクソジジイ、何すんだよ!」
「黙れこのクソガキがっ! あ〜も〜一体どこまでドアホなんだいっ!」
「ふざ…俺のどこが―!」
けれど涼一は髪を振り乱して叫ぶ藤堂に自分も言い返そうと口を開きかけ、ぴたりとそれを止めてしまった。
「あ……」
「………」
藤堂の端に立つ雪也の顔が。
「ゆ…」
涼一は雪也を呼ぼうとし、けれどそれすらできなくてその場で固まった。
「………」
雪也はそんな涼一の姿をぼうっとした視界の隅で留めてはいたものの、実際もう何も言えなかった。
涼一に詰問された時の護の表情。
あれは。
「雪」
「……っ!」
けれどその護は蒼白の雪也にさっと歩み寄ると、心配そうな瞳を燻らせて言った。
「雪、少し休んだ方がいいな。顔色が悪い」
「平…」
「平気じゃないよ。俺も悪かった。あんまり涼一君の反応が面白いから、つい悪ふざけが過ぎたよ」
「この…!」
その言葉に再び突っかかろうとする涼一を目だけで制し、護はもう一度自分を見つめる雪也を顧みると優しく笑んだ。そっと前髪に触れてくるその手はやはり優しく温かかった。
「雪。もう大丈夫と言っても、何もかも急に動く事ないんだ。だから…いつでも呼べよ。雪が俺を必要とする時はいつでも、何をおいても雪の所へ行くからな」
「………」
雪也はただ顔を熱くしたまま何も言う事ができなかった。頷く事もできなかった。
本当は好きだと言ってしまいたかった。
俺は貴方に恋愛感情を持っているんです。貴方は俺にそういう感情を持っていますかと、自身でも訊いてみたかった。
けれど雪也はもう護の顔を見上げる事もできなかった。
驚いたようなあの目を見てしまった後では、もう。
告白してしまえば今の弟の地位すら捨ててしまう事になる。それは、それだけは絶対に嫌だ。

「あんな奴のどこがいいんだよ…!」

護が去った後、吐き捨てるように言った涼一の言葉が雪也の耳にじんと響いた。



To be continued…


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