―34― 性急な愛撫は逆に雪也の心を凍りつかせる。 「雪っ」 「……ッ」 返事をしようにも涼一の触れてくる箇所全てに悪寒を覚えてしまってそれどころではない。ここ数日あんなに優しく触れてもらっていたのに、だから大丈夫だと思っていたのに、己の性器に触れられ激しく揉み扱かれた時、雪也は恐怖以外の感情を抱く事ができなかった。 だから当然、涼一の望むような反応を返す事はできなくて。 これではいけない、涼一を今度こそ本当に怒らせてしまうと思っているのに身体から力を抜く事ができない。どうして良いか分からずに、雪也は呼吸する事さえ暫し忘れた。ギリギリ苦しくなってようやく息を吐き出す事を繰り返し、嫌な冷や汗がじわりと肌に浮かぶと、それを拭う為ベッドの上で少しだけ身じろいだ。 それが雪也の出来る全てだった。 「俺じゃ…駄目なのか、雪…」 幾ら待っても勃ち上がらない雪也のものを手にしたまま、涼一は上に跨った状態で半ば茫然とした声で呟いた。確かに優しい言葉も、優しいキスも与えなかったかもしれない。それでもここまで拒絶されてしまうとさすがの涼一も怒りを通り越しショックで動きが止まってしまう。 ただ、その失望する感情とは別に、涼一の身体が雪也の身体を欲しているのもまた事実だった。じくじくと昂ぶる涼一のものを意識しながら、雪也はくっと喉の奥で息を詰まらせ、目を開いた。 涼一と目が合った。あまりの情けなさに涙がこみ上げる。 「りょ…いち…」 「嫌か…雪…。そんなに…」 「………」 黙って首を横に振るも、当然の事ながら涼一はまるで納得していないようだった。どことなく冷めた眼がこちらを見下ろしている事に雪也は石のようになっている腕を何とか持ち上げてその手を差し出した。 「大丈夫…だから…」 「………」 「ごめん…こんなで…」 「………」 「続けて…」 勝手な話だ。雪也は今にも泣きそうな笑顔でそう言いつつ、心の中で己を罵倒した。 こんなに嫌がっているくせに涼一に抱いてくれと頼む。それに涼一には何度も好きだと言ってもらっているのに自分は一度としてそんな涼一に「好きだ」と言った事がない。嫌いじゃない、でも好きかどうかは分からない。そんな酷く曖昧な態度で相手に期待だけを持たせて、一体何をやりたいのだろう。 こんなに最低な人間は他にいないかもしれない。 「なあ…雪…」 その時、涼一が不意に改まった口調で言ってきた。 「今お前が何考えてるか知らないよ…。けど、俺が考えてる事教えてやる」 「え?」 突然のその台詞に雪也は怪訝な顔をした。 涼一は皮肉っぽい笑顔を向けると言った。 「何だっていい。むかつくけど…結構傷ついてるけど…でも、それでも雪が俺にやらせてくれるんなら、まあラッキーじゃん?って。そう思ってるんだよ」 「………」 「最低だろ?」 「そん…」 「だからお前は…俺にだけむかついてろ」 「あっ」 涼一はいつの間に用意していたのか、ベッド脇に置いてあったローションを手にするとそれを雪也の深奥にたっぷりと塗りつけた。雪也はその冷たさと気持ち悪さで翻弄されたが、いきなり行為に及ばれるよりは余程助かる事であったし、それよりも何故男と経験のないはずの涼一がそんな風に用意周到なのかと、そちらの方こそが不思議だった。こんなときだというのに。 しかしそんな余計な思いはすぐに消え去った。 「雪…」 「いっ…た…!」 つきんと指を差し込まれ、雪也は思わず声をあげた。その久しぶりの感触にゾワリと身体が震え、けれどシーツを掴んでぐっと耐える。 「痛いか…」 「へ…き…」 「………」 涼一は雪也のその反応を確認しながら、更にその指を奥に入れ、そしてその中をくいとまさぐった。 「ひっ…」 「…狭い…初めてみたいだ、雪…」 「やだ…っ」 「ご! ごめん…!」 このベッドになだれ込む前もそうだった。水嶋に嫉妬し、負の感情を見せた涼一。自分以外の男に抱かれた雪也を許せない。そんな、雪也にとっては拷問にも等しい理不尽な想いをぶつけて傷つけた涼一。けれど涼一自身、それを口にしてはいけない事くらい分かっているのだ。けれど言ってしまった。 「ごめんな、雪…!」 分かっているのにあの男を思い出させる事を言ってしまう自分。 「最低だな…俺…」 涼一の謝罪に雪也は零した涙を必死に拭って更にまた首を振った。そうして早く続けてと言わんばかりにもう一度自分自身身体の力を抜いた。 「雪…」 涼一はそれに応えるように2本、また3本と指の数を増やしていき、雪也の中を丹念にほぐしていった。 「あっ…う…」 ぴくんと身体を揺らすと涼一はようやくほっとしたように「ここか…」と同じところを攻めてきた。雪也はそれでますます身動きが取れなくなり、首を左右に振りながら「う、う…」と嗚咽とも呻き声とも取れぬ声を出し続けた。 「雪…」 やがて涼一が前屈みになって雪也の耳元で囁いてきた。 雪也がそれに呼応するように目を開くと、涼一はちゅっと軽いキスをして言った。 「そろそろ入るからな…」 「あ……」 「雪、本当…力抜いてろよ…?」 「あ、あ…涼一…」 「ん……」 「涼一っ」 「何だよ…。不安なら俺のこと見てろって…」 またじわりと涙を浮かべて自分の名前を呼び出した雪也に、涼一は困惑したようになりながら少しだけ笑って見せた。雪也はそんな涼一をぼんやりと見つめながら、この人の瞳はどうしてこんなに綺麗なのだろうと、そんな事を思った。 「綺麗…」 だから思わずその単語が漏れていた。 「え?」 当然涼一はその言葉を聞きとがめたように一瞬動きを止めたが、しかし本当にもう限界なのだろう、すぐに雪也にもう一度、今度は深く吸い付くような口付けをした後、ゆっくりと己の雄を挿入してきた。 雪也は涼一を見つめたまま、その行為にビクビクと反応した。 「や…あぁッ」 「……っく」 涼一の苦しそうな声が聞こえた。雪也はその声と自分に与えられる痛みを同時に意識しながら、ただ成すすべなく声を上げた。 「あ、やっ、あ、ああぁッ!」 「ゆ、き…!」 「りょッ…んっ、ふ、やあぁッ」 「暴れ…雪、動くな…っ」 「あう…あ、む、無理…!」 ずぶずぶと思ったよりもスムースに入っていったのは最初涼一が塗りこんでくれたローションのお陰だろう。それでもその感触自体が雪也には恐怖で、涼一が幾ら抱きしめてなだめてくれても悲鳴を止める事ができなかった。 「あああっ」 縋るように涼一の首筋に抱きついて力を込める。涼一は応えるように抱き返してくれたが、それでも差し込む方の力も弱まる事がない。一体どこまで行くんだろうという程に、涼一が深く熱く自分の中に押し入ってくるのが分かった。 「怖いっ」 「雪…」 思わず本音が漏れると涼一の声が翳った。 それでも雪也は止められなかった。 「助け…! 涼一、助けて…!」 「ゆ…大丈夫だから、雪っ」 「怖いよ、怖い! あっ、ああっ」 「雪…! 頼むから…!」 悲痛な声がすぐ傍でして、涼一が更に首筋に唇を当ててきた。雪也はそれでようやくはっと我に返り、自分が必死にしがみついている相手がひどく辛そうにしながらも、それでも優しく抱きしめてくれている事に気づいた。 「りょ…涼一…」 「愛してる…」 涼一が言った。 「愛してるんだ、雪…」 「りょ……」 掠れた涙声で呼ぶと涼一はようやく顔を上げ、そっと視線を合わせてきた。ぶれた視界にはっきりと映る、その瞳に雪也は暫し見惚れた。 「………雪」 その様子に気づいたのか、涼一がようやく恐る恐るながら呼びかけてきた。 雪也はそれでまた改めてぱちりと瞬きをし、未だ自分の中に入ったままの涼一を見つめた。 「涼一…」 呼ぶと相手がぴくりと肩を揺らした。同時に中にいる涼一の雄もじわりと熱を帯び大きくなった。 「あっ」 それに反応して雪也が声を上げると、涼一は決まり悪いそうに「ごめん」と言ったものの、再度じっと雪也の事を見つめてきた。 それで雪也はようやくぱっと温かいものに包まれた気持ちになった。 「あ……」 「え?」 「あ、あ…」 だから言わなければと思った。 雪也は涙を溜めたままの瞳で唇を開くとそっと戦慄く唇で言った。 「あ、りがと…涼一…」 「雪…?」 「好、き…」 「え……」 唐突にした告白は涼一にきちんと届いたのだろか。 ぽかんとして今度は自分こそが動けなくなってしまった涼一は、けれどそう言った雪也の視線が自分を見つめている事に気づくと「あ」と声を漏らし、途端にカッと赤面した。 そうしてらしくもないそんな表情を見せた後は、再度強く雪也を抱きしめた。 「もう…絶対離さないからな…!」 その声は勿論困惑の色も含んでいたが、半分以上は天にも昇らん程の喜びに満ちた色だった。 涼一は自分のその台詞に雪也が頷く前に、いよいよ自らの性を雪也に向けて激しく叩きつけ始めたのだった。 |
To be continued… |
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