―39― かなり急いで後を追いかけたつもりだったが、既に通りに涼一の姿はなかった。 「……っ」 ハアハアと荒く息を継ぎながら細く入り組んだ道を走り、涼一が向かったであろう大通りへ向かう。 それでも涼一の姿は見えなかった。 「何処へ…」 飛行機のチケットを取りに行くと言っていたから、てっきりこちらの中央通りへ出て来ていると思ったのに。そういえばついでに買い物もしてくると話していたっけ。とすると、先にその目的を果たしに行ったのか。 未だ肩で息をしながら、雪也は落胆して俯いた。 涼一を止める事もできず、かと言って仮に止められたとしても何を言っていいか分からない。そんな曖昧さがつまるところ涼一を見失った所以だろうか。 雪也は諦めのため息をつき、そのまま淦へ戻ろうと踵を返した。 しかし。 「……やっと出てきた」 「!」 肩先をぐいと痛いくらいに掴まれて、雪也はそのまま石のように硬直してしまった。 その、目の前に突然現れた男を見て。 「あ……」 「まったく参るぜ…。手間掛けさせてくれたな? 雪也」 男…水嶋は、驚愕する雪也にぎらついた視線を落とすと意地悪い笑みを口元に浮かべた。恐怖で最早逃げる事も叶わない雪也をぐぐっと更に強く掴み、もう一方の手は既に腕をも掴んでいる。 水嶋に触れられている、それだけで雪也の思考はストップしていた。 「お前が1人になって出てくるのをな、ずっと待っていたよ。俺も随分と根気のある真似をしたもんだ。お陰でやっとこ感動の再会ってな。ふふ…。まあ、ともかくここは人目もつくし、俺の泊まっているホテルに行こうか」 「………」 「おい聞いているのか? ったく相変わらずだな」 にやにやと笑いながら水嶋は雪也の尻を叩き、促すように腕を引っ張り歩き出した。雪也はそれだけで足をもつれさせてもんどり打って倒れそうになったが、水嶋はそんな状況もお見通しだったのか、素早く片手で身体を支えてくるとそのまま耳元で囁いた。 「ずっと待ってたんだぜ、雪也。お前がこうして俺の所に飛び込んでくるのをな」 「………」 声が出ない。 助けてと。誰か助けてと叫んで暴れてどうにかして逃げ出したいのに、どうしても口が動かなかった。身体も自分のものではないように硬くなってしまっている。脇の下に水嶋の手が差し込まれて、抱きかかえられるように引きずられるようにしてただ歩く。連れて行かれる。このままではいけないと分かっているのに雪也は駄目だった。 これでは昔と同じだ。ただ言われるがままに、好き勝手されていたあの頃と。 みんな、折角変わったと言ってくれていたのに。 「あのリョウイチ? って奴か。あのイカレ小僧がとにかく邪魔でなあ」 寂れたホテルの一室でシャツのボタンを外しながら、水嶋は雪也をベッドに座らせた後べらべらと口を動かした。昔からお喋りな男だったが、その頃と全く変わっていない。 「初めてお前を迎えに行った時も、最初から感じ悪くてな。おまけに二度目、あそこへ行った時はまた気が違ったみたいに突っかかってきやがって。『雪に近づいたら殺すぞ』だもんなあ。若いってのは、全く罪だね」 「………」 「つまるところ、あのハンサムボーイが雪也のここでの恋人ってところか」 「………」 「相変わらず暗い奴だね」 何も言わない雪也に水嶋は呆れたように肩を竦めた後、さっさとベッドに近づくとどすんとそこにそのまま腰を下ろした。 雪也がびくりと身体を震わせると、水嶋は鼻先だけでくっと笑った。 「会いたかったんだよ、雪也…? お前がいなくなってからっていうもの、あの町はホントにクズになり下がっちまった。何の価値もない、つまらない町にな」 「……か」 「ん? 何だ?」 やっと声を出した雪也が嬉しかったのか、水嶋は目を細めて優しげな声を発した。そっと雪也の髪の毛を梳きながら唇を耳元に近づける。 雪也はそれだけで全身に悪寒を走らせたのだが。 それでも訊きたいという気持ちが勝った。 「か、母さんは…?」 「ん…。あーお前の困ったバアサン? 元気だよ。元気過ぎてどうしようもないくらいだ。ここに来る一月前くらいに完全に別れたんで、その後の事は知らないけどなあ。息子のお前がいなくなったってんで、ますます男遊びに磨きがかかってたな。よくやるよ、あんな年と顔で。ある意味尊敬に値するがね」 「………」 「どうした? やっぱり大好きなママの悪口を言われると堪らないか?」 雪也の泣き出しそうな顔に水嶋は更に嬉しそうな顔で笑うとひゅっと口笛を吹いた。 それから雪也の身体をぎゅっと抱き寄せ、耳元に近づけていた唇を近づける。雪也が逆らえないのを知っているのだろう、そのまま舌先をちろりと出すと雪也の耳の中にそれを差し込んだ。 「……っ!」 雪也がぎくりと身体を揺らすと、水嶋は満足そうに息を吐いた。 「相変わらず可愛いなあ雪也は」 そうしてゆっくりと雪也の身体をベッドに横たわらせると、そのまま上に覆いかぶさりズボン越し、雪也の股間に手を添えた。 「…ぃっ…」 微かに悲鳴を漏らした雪也に水嶋は気づいていない。やや陶酔したような顔で舌なめずりをする。 そうして性急に自らのシャツを脱ぎ捨て、上半身を晒すと再度雪也に覆いかぶさり近づいて言った。 「まったく寂しかった。雪也のいない時間はまったく退屈だった。可愛い女の子も男の子もたくさん見てきたが、お前程の奴はいない。どうして逃げ出したりしたんだ? あんなに可愛がってやったじゃないか。そんなにあのババアに義理立てする必要なんかないじゃないか」 「………」 「俺たちは愛し合っていただろう? あのババアがくだらない事しなきゃあ、お前は今も俺の傍にいたんだよな? そうだろう、雪也?」 「………」 雪也には水嶋の吐いている単語の意味が理解できなかった。 何をぶつぶつ言っているのか分からない。ただ怖い。この男はある日突然自分と母親の生活に押し入ってきて、母親の愛情を好い様に独り占めした後、何を思ったのか自分の事まで求め始めた。嫌だ、やめてくれと懇願しても何を言っても無駄だった。母親がいない間に何度となく身体を割り開かれ無理に抱かれて、これは俺とお前の罪だと言って母親に助けを求める道も塞いでしまった。 もっとも、母はその事実を知った時、息子である雪也を助けてはくれなかったけれど。 「なあ雪也…。迎えに来たんだ。一緒に新しい生活を送ろう? お前もいつまでもこんな寂れた町にいても仕方ないだろう?」 水嶋は何の反応も示さない雪也にしきりに優しい言葉を吐いていた。 そうして何度となく雪也の唇に舐るようなキスをして、吸い付くように上唇を何度も吸った。やがて雪也ががくがくと震えてそれに拒絶反応を返し始めても、水嶋は全く構う風もなかった。舌を差し込み雪也のそれを絡め取ると更にしつこく深い口付けを続け、そうして唇だけでなく喉元や首筋にも執拗なキスを繰り返した。 その間も両の手は雪也の股間や胸をまさぐり続けている。 「ひっ…」 しゃくりあげるような声が喉の奥でやっと漏れた。 水嶋は雪也のシャツの中に一旦は手を差し込んだが、それももどかしく感じたのかすぐに無理やり脱がしにかかり、そうして露になった雪也の素肌を見ると興奮したように鼻を鳴らした。 「相変わらず滑らかだね」 感嘆の声を漏らした後、水嶋は捕らえた獲物を貪欲に喰らうかのように唇を寄せ、雪也の素肌にむしゃぶりついた。 「ふ…ふふ…」 水嶋は雪也の仄かに桃色がかかった乳首を嬉しそうに舐め、そして歯を立てた。それに雪也が何の反応も示さないと分かると、今度は怒ったように強く噛み付きもした。 「いぁ…ッ…」 「声出そうよ…。なあ雪也…? 折角久しぶりなんだ」 ハアハアと息を吐きながら水嶋は雪也のズボンのジッパーに手を掛けた。そして下着越し、雪也のものに触れて強く揉み扱き、再度興奮したように喉を鳴らす。 いずれも雪也にはその姿は見えていなかったけれど。 しかし、次に言った水嶋の言葉で雪也はハッと我に返った。 「可愛い…本当に可愛いねえ、雪也君は…」 「……っ!」 まるで火花が散ったようだった。 可愛いねえ、雪也君? その時、石のように硬かった雪也の身体が、心臓の鼓動がどくんと突き動かされるように浪打だった。 「い……」 嫌だ。 その言葉が口の端に、脳裏に過ぎった。何をしているのだ、逃げなくては。もう嫌だ。あんな惨めな思いはもう絶対、二度とごめんだ。 そう、この男を殺してでもこの場を。 「……っ」 雪也はガンガンと響き渡る脳内のざわめきと共に、あらん限りの力を込めて拳を振り上げた。 |
To be continued… |
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