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皆の朝食を片付けた後、雪也が1人洗濯機を回していると、いつの間にか背後には涼一が立っていた。
「あ…」
「ここに持ってくればいいの?」
涼一の手には大きな紙袋がぶら下がっていた。中に衣類が入っているのだろう。雪也は頷いた。
「今丁度始めたところなんで…」
「他の奴と一緒に洗うの? それはやめてくんない?」
「え…でも」
言いかけたものの、雪也は口を噤むとこくりと素直に頷いた。
「じゃあそれ預かります」
「………」
雪也が紙袋を受け取り、中を確認している様子を涼一は黙って見つめていた。
年代物の洗濯機だからという事もあるだろう。ゴウンゴウンと重苦しく鳴り響くその機械音は、しかし2人にとってはありがたかった。互いに知らない者同士、気まずい沈黙は決して嬉しいものではなかったから。
しかしやがて涼一は口を開き、言った。
「あんた、いつからここにいんの」
「え…?」
「ここに来たのいつかって訊いてんの」
「……1年前からですけど」
雪也が答えると、涼一は形の良い眉をさっと上げて不審な顔をして見せた。
「1年? そんなに長い間こんな所にいるわけ。そりゃ金もなくなるわけだ」
「………」
「ここに来る前は何してたの」
「……家の手伝い」
「家? 何、家は店でもやってたの?」
そして涼一はまくしたてるように言い、雪也の答えを待たずに続けた。
「それとも本当にただの家事手伝いってやつ? ここのホテルの事も食事から洗濯まで1人でやってるんだろ」
「……慣れたから」
ようやく声を出した雪也に涼一は気をよくして更に口調を早めた。
「買い出しとかはどうしてんの。あんた、外出てるの? あんまりそういう風には見えないけど」
「………」
洗濯機の音が尚も煩く鳴り響く。
雪也は涼一のよく動く唇を眺めながら、この人は何の話がしたいのだろうとぼんやり考えていた。
干渉されるのは嫌なくせに、人の事は聞きたがるのか。
昨夜はそんな様子は見られないと思っていたのに。
「なあ」
「え…?」
はっとして顔を上げると、目の前には思い切りぶすくれた顔があった。
「……何呆けてるんだよ。あんた、人の話聞いてたか?」
「あ…ごめ…」
「ここらへんでメシ食える場所って何処がある?」
「あ…朝食…」
そういえばこの涼一はホテルで食事は摂らないと言っていたっけ。雪也は何処か適当な場所があっただろうかと考えながら、昨夜の夕食のトレイを下げに行かなければなと頭の隅で思った。
「別に高くてもいいから。美味い店教えて」
「え、と…」
「何、知らないの? 1年もいるんだろ、ここに」
「でも、あまり外には出ないから」
出たくないから、ここに来たのだ。
雪也が困ったような顔をすると、涼一は冷めた目で見据えてきながらふいと視線を逸らした。
「なら、ここでいいや」
「……え?」
「腹減ってんだよ。何か作って」
「え、でも…」
「俺、先に行ってるから。早くしてくれよな」
「あの…」
しかし雪也が呼び止めるのも無視して涼一はそれだけ言うとさっさとランドリーから立ち去ってしまった。
「……何なんだ」
後に残された雪也は暫しぽかんとしたままその場に佇んでいた。

その日の朝食はクロワッサンにオムレツ。マッシュポテトにカリカリベーコンとコーンスープ。
デザートは昨夜と同じオレンジだ。

「あんなので大丈夫かな…」
もう一品何か増やした方がいいだろうか。
雪也はぐるぐると回る洗濯機を眺めながらそんな事を考えていた。



To be continued…