(3)



  何だか分からないが、思わず声をかけていた。
  違うクラスだし、特に親しく何かを話したわけでもない。はっきり言って、どんな奴なのかも全然知らない。当たり前だ。あいつはまだ転校してきたばかりだし、同じクラスの奴とだって、まだそんなに打ち解けてはいないはずだから。

  なのに、あいつを廊下で見かけた時、思わず声をかけていた。

  あいつがどんな風な顔をして、どんな話をしてくるのか、興味があった。
  けれど当の本人は、俺―蓬莱寺京一―のことなどまるで覚えていないという感じだった。思い切り戸惑った顔をされて。しかも、俺の話など耳に入っていないという顔で。
『 なあ、それよりさ…』
  話題を変えられて。
  いきなり訳もなく旧校舎なんかに興味を示して。本当に分からない奴だと思った。

『 大変なの! 美里ちゃんが旧校舎で行方不明になっちゃって!』

  だから、醍醐たちといつものように近くのラーメン屋にいた時に、アンコの奴が突然そう叫んできた時には。
  真っ先に「行かなきゃならない」と思った。
  そこに、何かが…そして緋勇龍麻も、いると思ったから。





「 おン前ッ! 何考えてんだよっ!」
  京一は、旧校舎を出た瞬間、思わず龍麻に向かってそう叫んでいた。
「 ちょっとちょっと京一、やめなってば」
「 そうだぞ、京一。何をムキになってる?」
「 京一君…?」
「 何いきなり怒鳴ってんのよ」
  その場に居合わせた者たち全員―京一たちのクラスメイ―桜井小蒔、醍醐、美里、そしてB組のアンコが、龍麻に対し怒りを露にしている京一を止めにかかった。
  けれど京一は気が収まらないというようにまだ龍麻にくってかかった。

「 俺はお前に、ここは立ち入り禁止だって言わなかったか!?」
「 言ったよ…」
「 立ち入り禁止ってことは、危ねえってことだろうが! それを、何をのこのこ独りであんな所に潜ってたんだよ!?」
「 いや…地下の方には何があるのかなあって」
  京一の迫力に押されながらも、龍麻が恐る恐る言う。何だか分からないが、この蓬莱寺京一は自分が勝手にあそこに忍びこんだことに我慢がならないらしい。
  自分たちだって、ボロボロの教室に入って何かやっていたくせに。
  龍麻の不満には気づかずに、京一は尚も声を張り上げる。
「 『何があるのかなあ』? 何呑気なこと言ってんだ! お前だってさっき見ただろうが! あそこには、異常に繁殖した人食い蝙蝠やら何やら、とにかく化け物じみたもんがうようよしてんだよ! お前なんかがあんな所に独りで行ったら、あっという間にお陀仏だぞ!?」
「 そういう自分たちだって…」
  やっと思っていたことを口にした龍麻だったが、しかし京一の顔を見てすぐさま後悔した。ますます怒りに燃えたような表情が容易に見てとれたから。
「 俺たちにはこの俺や醍醐、それにこの男女っつー戦力があるだろうが! それにさっき俺たちには―」
「 京一!」
  京一が先ほど自分たちの身体から発せられた不思議な《力》について触れようとした時、すかさず醍醐が止めにかかった。
「 あ……」
「 それ以上言うな」
  まだ、自分たちのこの《力》が何であるか分からない以上、むやみに誰かに言うことは避けよう。先刻、皆でそう話し合ったばかりだった。
  醍醐の言葉に、京一は渋々口を閉ざした。
「 何? あそこで、何かあったの?」
  興味深気に訊ねてくる龍麻に、皆が一斉に沈黙した。
  独り蚊帳の外を感じた龍麻は、一瞬イヤな気持ちに捕らわれたのだが、すぐに気を取り直してそれ以上問いただすのをよした。その代わり、自分があの校舎の地下で様々な異形の物たちと戦ったことも内緒にしておける。
「 はっ! そういえば京一! さっきの『男女』って誰のことだよッ!」
「 あん? うるせーよ、小太郎」
「 だ、誰が小太郎だ〜!」
「 うふふ…もう、二人とも…」
  何とか気分を盛り上げようとしている女の子たちの気持ちを察して、龍麻は早々にここから消えようと踵を返した。
「 お、おい、緋勇! どこ行くんだよ!」
  そんな龍麻に、京一が慌てて声をかける。
「 え? もう遅いから…帰ろうと思って」
「 は、話はまだ終わってねえぞ!」
「 ごめん。今度から気をつける。もう近づかないから」
「 ああ、それがいい。危険なことはするなよ」
「 うん」
  醍醐の優しい言葉にようやく龍麻はほっとしたような笑顔を見せ―。

  その表情に、京一は思わずドキリとした。

( な、何なんだ俺は!)
  けれど当の龍麻の方は、そんな京一の方はもう見ずに去って行ってしまった。
  龍麻がいなくなり、急に辺りが冷たい風に包まれる。
  アンコが何気なくぽつりと言った。
「 何だか危うげなコよねえ、緋勇君って…」
  その言葉に京一がぎくっとしてアンコの方に振り返る。
「 ど、どういう意味だよ?」
「 あら、京一、あんたもそう感じたからこそ、あんなにうるさく言ったんじゃないの? ああいう人って、自分の危険に関してまるで感じる力がないっていうか、まあはっきり言って鈍いっていうか…」
「 う〜ん。緋勇クンには気の毒だけど、ボクもアンコに同感」
「 そうだな。まあ、偶然にしろあいつは俺たちと同じ時刻にあの場にいたのに、どうやら俺たちのような《力》は感じなかったようだし…。そっとしておいてやって、このことを言うのは控えるようにしよう」
「 ……」
「 なあに、葵? 何か気になることでもあるの?」
  親友の何か考えこむような表情に、桜井小蒔が心配そうな顔を見せた。
「 ううん…何でもないわ。そうね、わざわざ彼を危ない目に遭わせることはないものね」
  けれど、美里はすぐさま迷いを振り払うかのようにそう言った。
「 それでいいな京一」
「 ああ…」
  皆の言葉に京一はただ頷いた。いつまでも龍麻の去って行った方向を見やりながら。





  翌日。
「 おっはよー!」
  元気な声と共に龍麻のいるA組に入ってきたのは、アンコこと遠野杏子だった。
「 昨日は散々だったわね。どう? 疲れてない?」
「 うん、別に…」
「 で、あの地下には何かあった? すっごいお宝とか、化け物とか…」
「 …俺はそういうの見つけられない性質だからさ」
  龍麻のあっさりとした返答に、アンコは心底残念そうな顔をする。
「 うーん、確かに君ってばそんな感じ。まあ、そんな何の変哲もない平凡な生活を送るかわいそうな緋勇クンには、私からこれをあげるわ」
  そう言ってアンコが差し出してくれたものは、「真神新聞」と題された、アンコ編集による学校新聞だった。
「 割と好評なのよ。気に入ったら、定期購読してよねッ!」
「 え? お金とるの?」
「 当たり前じゃないッ。これはただの学校新聞じゃないのよ? 校外で起きた猟奇的殺人事件から、政治家の汚職問題まで、何でも取り扱ってんだから! 取材費も馬鹿にならないのよ」
  政治家云々の話はともかく、確かに広告なども入れていて本格的ではある。
  何ともなしにその新聞を手に取っていた龍麻は、けれどその広告に目をやって「あっ」と声を出した。
「 なあに? 何か興味あること書いてあった?」
「 うん。あのさ、この『如月骨董品店』って、何処にあるの?」
「 ええ〜? 記事に興味持ってくれたんじゃないの〜? 何よ、緋勇クンって骨董品に興味があるの?」
「 ま、まあね…」
「 …まあいいわ。でも、骨董品に興味がなくても、その店はなかなか面白いわよ。創業は江戸時代くらいにまで遡る歴史ある老舗らしいし。それに何といっても、そんな店を今現在切り盛りしているのは、私たちと同じ高校生なのよ」
「 へえ」
「 …全然驚かないのね」
「 そ、そんな事ないよっ! それで?」
「 彼の名前は如月翡翠。王蘭学院高校3年4組、茶道部部長。さそり座A型の、身長は173cm、体重が―」
「 あ、あのさ、何でそんなに詳しいの?」
  得意気になってぺらぺらと喋り出すアンコに戸惑って龍麻は間に割って入った。
「 読者が求める情報を収集するのは、記者として当然よ。彼、ファンが多いから」
「 ……」
「 あー! そういえば緋勇クンへの独占インタビューするの、すっかり忘れてたわ! ねえ、今日あたり…」
「 あ、も、もうHR始まるよ。そろそろ戻ったらっ?」
「 そうだぞ、お前、いい加減にしろってー」
  今まで無言を通していた前の席のクラスメイトが龍麻の困った様子を見て助け舟を出してくれた。仕方ないというように去って行くアンコに、龍麻はほっと肩をなでおろす。
「 大変だなあ、モテるってのも」
  男子生徒が心底同情したように言ってくれる。
「 あ、ありがとう、今…」
「 別に気にすんなよ。でもさ、お前ってまだ転校して日も浅いってのに、随分他のクラスの奴とも話してんだな。今朝なんか、部長にえらく質問攻めくらっちまったよ」
「 部長…?」
「 ほら、俺剣道部だって言っただろう? うちの部長、C組の蓬莱寺京一っていうんだけど。あんなナリしてっからいい加減な奴に見られがちだけど、腕は相当立つんだぜ。そんなあいつが、何か妙にお前のこと気にしてさ」
「 何だろう…」
「 危なっかしいから気になるんだとは言ってたけど」
「 なっ…。お、大きなお世話だッ」
「 本人に言ってやれよ」
  困ったように笑って、クラスメイトの男子生徒は前に向き直ってしまった。
  龍麻は昨日、旧校舎で散々自分を叱り付けた、赤い髪の蓬莱寺を思い浮かべた。
  一体、あいつは何だってあんなに怒ったんだろう。おせっかいにも程度ってものがあると思うのだが。
  何にしてもあいつらにはバレないように、今後は気をつけなければ。





「 あれ? おい、緋勇は?」
  放課後、真っ先にやってきたはずなのに、姿の見えないお目当ての人物を思って京一は眉を潜めた。
「 何だよ京一。まさか部長の身で、またサボるつもりだってんじゃねえだろうな」
「 うるせえなー。それより、緋勇はどこだ? もう帰ったのか?」
「 ああ、何か終わってすぐ出てったぜ。あいつ、部活にも入ってないし、外で何かやってんじゃないのかな」
「 何かって、何だよ!」
「 知るかよー。まったく、どうかしてるぜ、お前?」
「 ……」
  部活の友人に指摘されるまでもない。自分はおかしい。それは認める。
  京一はらしくもなくふっとため息をついて、廊下の窓から見える旧校舎に目をやった。それから、あそこに興味を向けていた龍麻の顔も思い浮かべる。
「 何してんだ、俺は…」
  実は、龍麻を花見に誘うつもりだった。
  と、いうか、ただ一緒にだべって酒でも飲んで…。昨日怒鳴ったことも謝って、仲良く話したいと思ったのだ。
  理由は何だっていい。転校してきたばかりだから、歓迎会だとでも言えばいい。違うクラスの人間が歓迎会など不自然といえば不自然だが、誰に何を思われようと、とにかく京一は龍麻と話がしたいと思ったのだ。
「 ったく、どこ行ってんだか…」
  誰にでもなく、京一はそうつぶやいた。そして仕方なく教室に戻ることにした。
  アンコが中央公園で起きた奇怪な事件と、先日の刀剣盗難事件について話があると言っていた。醍醐たちは興味があるようだったが、自分はどうでもいいと出てきてしまったが…この際、何でもいいから腕を奮いたいと思った。





「 へえ、ここか」
  そんな当の緋勇龍麻はといえば…。
  昨日出会った謎の高校生―今はかなり色々な情報をつかんではいるが―如月翡翠が営んでいるという骨董品店に足を運んできていた。
  昨日のことも含めて、あそこのことを色々訊けたら良いと思ってもいた。
「 すいませ〜ん」
  ガララ…と古ぼけたガラス戸を開けて龍麻が中に入ると。
  そこには、何やら龍麻が見たこともない品物がズラリと無造作に並べられていた。多分、これらの配列には意味があるのだろうが、恐らく店主以外の人間には何がどこにあるのか理解できないだろう。
  それだけの量の物がこの狭い空間には置かれているということなのだが。
「 ――ああ、いらっしゃい」
  戸の開く音で気づいたのか、ゆっくりとした動作で当の店主が顔を出してきた。
  姿はあの時に出会った時と同じ、制服のままだ。自分も学校が終わってすぐにここへ来たから、この店主も下校してきたばかりなのかもしれない。
「 あ、あの」
「 何を買うんだ? それとも何か売りに来た?」
  ひどく冷たい言い方だ、と龍麻はまず思った。普通、客にこんなぶっきらぼうな言い方をするだろうか。ややむっとしたものの、そのことを指摘する勇気もなく。
「 あの、覚えてるかな? 昨日会った…」
「 さあ、君には会ったことなどないが」
「 え?」
  そんなはずはない。会ったじゃないか、間違いなく!…けれど、相手の方は―如月翡翠の方は相変わらずの無表情でただじっと龍麻の方を見ていた。
「 君は客なのか、そうじゃないのか」
「 え? そ、それは…」
「 悪いが、客じゃない人間はここには入れないことにしているんだ。何か欲しい物ができたら、また来てくれ」
「 ちょ、ちょっと待って!」
  今にも追い出されそうな勢いに焦って、龍麻は思わず声を大きくした。
「 か、買うから! 何か買うから、もうちょっといてもいいだろ?」
「 ……」
「 お、俺、訊きたいことがあるんだッ、だから―」
  すると、その言葉を聞いた高校生店主は、ふっと口の端をあげて。
「 そんなに慌てるなよ」
  そう言って笑った。



To be continued…



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