(4)



  「如月骨董品店」。
  名前通り、骨董品を置いている店。でも、それだけじゃない。
  置いてある品物にしてもそうだが、ここの店主―如月翡翠という人物―が、ただ者ではない。
  いや、ただ単に趣味の悪い冷たい奴という見方もあるが…。





「 ひどくないか? あんな言い方して、からかうなんてさっ」
「 いや、すまない。あまりに予想通りの反応をするから、どうにも面白くてね」
「 …最悪」
  ふてくされてそれだけ言う龍麻に、如月はやんわりと笑むと、側にあった木製の椅子を龍麻に差出して座るように促した。
「 それで? 出会った翌日に来るなんて、僕に何を訊きたいんだ」
「 あ、ああ、そうなんだ。あの旧校舎のことなんだけど…」
「 ああでも、その前に」
  如月は龍麻の言葉を遮って、いやに真摯な目を向けてきた。
「 僕はまだ君の名前も聞いていないよ。人に物を訊ねる時は、まず名乗るのが常識だと思うが」
「 あっ、ご、ごめん」
  正論ではあるのだが、厳しい物言いをする如月に龍麻は思わず身をすくめた。こういう人は苦手だなと思う。
「 俺、緋勇龍麻っていうんだ。字はこう書いて…」
  詳しく説明する龍麻を如月は黙って見やっていたが、龍麻が口を閉ざすと、自分の方も簡単に名前を言った。
「 如月翡翠だ。よろしく、緋勇」
「 うん…」
「 それで? あの旧校舎が何だって?」
  ようやく改まったようになって龍麻の言葉に耳を傾けようとする如月に、龍麻は少しだけ焦ったように俯いた。苦手というのは如月の性格だけではない。
  この真っ直ぐに向けられてくる鋭い視線もだ。
「 あ、えーと…。あの場所、さ。あそこって一体何なの?」
「 何、とは?」
「 え? いや、だから、すっごく奥まで続いているみたいだし、妙な化け物はいっぱいいるし…」
「 緋勇は、何階まで降りたんだ」
「 あ、ああ、とりあえずは5階まで…」
「 独りで?」
「 う、うん。あそこ元々立ち入り禁止だし」
「 何故入ろうと思ったんだ」
「 それは…」
  …おかしい。質問をしていたのは自分であるはずなのに、何だか状況が逆になってしまっている。でも、何故だか逆らうことができない。
「 緋勇、聞いているのか?」
「 えっ! あ、ああごめん。あの、その…」
「 言うべき事ははっきりと言いたまえ。そういうのは、あまり好きじゃない」
「 ……」
  何だか自分が情けなくなってきた、と龍麻は思った。
  別に尋問されるためにここへ来たわけじゃない。それに、人に質問する時はどうこうと言っていたのはこの如月のくせに、お前の方が余程無礼だぞと思う。
  でも、そういう文句は言えないのだが…。
「 …君の持っているその《力》」
  黙りこくった龍麻に、如月が静かに口を開いた。
「 それがどれ程のものか計りかねないまま、こんな事を言うのも何だが」
「 え…?」
  龍麻が顔を上げると、そこにはやや憮然としたような表情の如月がいた。
「 あんな所へ独りで行くのは危険だ。あそこは陰の氣がたまり過ぎている。何故あそこへ行ったのかは知らないが、もしまた行くような事があるのなら、この僕を誘いたまえ」
「 え?」
「 僕も自分のためにあそこへはよく行く。あいつらはなかなか良い物を持っているからね。君もあそこで戦ったのなら分かるだろう?」
「 あ、うん…」
  あれ? あれ? と龍麻は戸惑いながらも何とか首を縦に振った。
  けれど、その心根は見え透いていたのだろう。如月が不快そうな瞳をちらつかせて龍麻を見つめてきた。
「 僕が一緒じゃ嫌かい」
「 そ、そんな事はないんだ、けど…」
「 けど、何だ」
「 ……」
  もしかして。いや、もしかしなくても、こいつは俺のことを心配している?
  きつい物言いはただの性格で、要はあそこは危ないから気をつけないと駄目じゃないかって言ってるだけなのだろうか?
  そんな如月を前に、龍麻は何だか不思議な気持ちに包まれた。
「 緋勇」
「 わっ! あ、ごごごめん」
「 別にどもらなくてもいい。僕が一緒じゃ不服なのかと訊いている」
「 そんな事ない! その、それはすごくありがたいよ」
「 そうか」
  満足そうな顔をする如月を見て、龍麻はほっと肩をなでおろした。それから改めて彼に向き直る。
「 あのさ、それよりも如月は…何で俺の力のことが分かった?」
「 ……」
「 見てないだろう? 普段だって隠してる。なのに、何で…」
「 分からない」
  如月はあっさりと返答して、意外にも困ったような顔をして見せた。
「 緋勇、僕にも分からないんだ。ただ、昨日君を見た時…。初めて会ったような気がしなかった。僕は君の事を知っている…そう思った」
「 会ったって…何処で?」
「 分からない。だが、君が今日来るだろうことも、何となくだが感じていた」
  如月の言葉に戸惑いながら、けれど龍麻は声を出した。
「 じゃあ、さ…如月にも俺みたいな《力》があるの?」
「 ああ…」
「 …いつから?」
「 ここ最近だな」
  素っ気無く答えてから、如月は何気なく自らの前髪をかきあげた。一瞬、その顔がひどく物憂げに見えて、龍麻はズキンと胸が痛むのを感じた。
  しかしそんな龍麻には構わず、如月が新たな言葉を出した。
「 ただこういう《力》を持っているのは、僕たちだけではないようだ」
「 え?」
「 今、この東京に異変が起きようとしている。いや、この街の異変はもう当に始まっている…。それと同時に、今新しい力に目覚め始めている人間が増えているのも事実だ」
「 何で分かるんだ、そんな事…」
「 ああ、簡単さ。うちの武器がよく売れるからね」
「 ……」
「 それも買っていくのは、僕らのような高校生ばかりだ。おかしな話だろ?」
「 …何かアブナイ事件とか起こそうとしてるんじゃない?」
「 商売柄、人間を見る眼にも肥えている自信はあってね」
「 そっか…。すごいね」
「 何がだ」
「 え? いや、何か色々…」
  龍麻はふうとため息をついて、改めて周りの品々を眺めた。古ぼけたように見えていた物が、今はやたらと吸い込まれて…惹きつけられる。
「 何か気に入ったものがあるなら売るが?」
「 でもこういうのって高いんだろ?」
「 まあ、その品に適った分くらいはするさ」
「 友達とかにもまけてくれないの?」
「 友達?」
  怪訝な顔をする如月を見て、龍麻はしまったと思った。それはそうだ。こういうタイプが今日ちょっと話したからといって、またお互いの力のことを話したからといって、すぐに「友達」などという枠でくくるはずがない。

  でも、そうと分かっていても、何だか寂しい。

  龍麻はたまらず椅子を蹴って立ち上がった。
「 今日はありがと。また、来てもいいかな?」
「 ああ、構わない」
「 うん。じゃあ…」
「 緋勇」
「 え?」
  入り口付近にまで行った龍麻を呼び止めて、如月は相変わらずのポーカーフェイスで言った。
「 あそこが何なのかと君は訊いたな。…それは自分の力について本当に理解した時に理解ると思うよ」
「 ……そうかな」
  龍麻はやや首をかしげ、考える風な顔をした。けれどやがて微笑して。
「 うん、でも…。如月、ありがとう」





  すっかり遅くなってしまった。
「 あーあ、まだ荷物全然片してないんだよな」
  龍麻はぽつりと独り言を言って、ふと通りがかった公園に目を留めた。
「 あ、こんな所にこんな公園があったんだ。…桜かあ」
  辺りが暗くなっているので、淡い桃色が一層柔らかく見えて。
  龍麻は思わずそんな公園に足を踏み入れた。そういえばそんな時期なのか、公園は丁度仕事が終わった多くの花見客で賑わっていた。その楽しそうな風景に心が動いた。
  もし郷里にいれば、今頃は自分だって家族や友達と一緒にこうやって花見なんかをしていたはずだ。でもここでは、そんな事を気楽にできる友達もまだいない。

  ちょっと人恋しいな、などと思っていまう。

  その時。
  不意に龍麻は、また妙な違和感を感じてぎくりとした。
  旧校舎から何かを感じた時と同じ、何とも嫌な感覚だ。
「 あっちから…?」
  その空気に誘われるまま、龍麻は公園の奥へと入って行った。
  進めば進む程その嫌な感じはひどくなっていき、心の片方では「行きたくない」と言っている自分もいた。それでも、身体は止まらない。
  いつの間にか、辺りには人影がなくなっていた。
「 怖い…」
  思わずつぶやいた。腕には自信がある。旧校舎に潜った時だって、何だかんだと言って、独りでも十分余力を残したまま、異形の物たちを滅することができた。でも、この気持ちにだけは慣れることができない。
「 できれば…会いたくないけど…」
  でも、会ってしまった。
「 ヒヒヒヒィィィィ!!」
「 ……何、あれ」
  姿は一見普通のサラリーマン風の男だ。けれど、目つきが。気配が。
  完全に人のものではなかった。
「 しかも刀振り回してるし」
  龍麻はぶるりと身体を震わせて、目の前の男を見やった。どうやら、あの刀が。あの男の精神を蝕んでいるらしい。
「 戦闘、か」
  龍麻はいつの間にか自分の周囲を取り囲んでいる化け物たちをぐるりと見回し、拳を振るう構えをとった。





  丁度、それとほぼ同時刻――。
「 ねっ、あっちじゃない? さっき人の叫び声が聞こえたの!」
  桜井が皆を先導してそう叫ぶ。
  アンコに公園で多く発生しているらしいと聞かされた、妖刀による殺人事件について調べようとその場にやってきていた京一たちは、多くの花見客をかきわけながら、奥まった木々の林立する場所へと向かっていた。
  自分たちに何故このような《力》が目覚めたのかは分からなかったが、最近この東京で頻発している不可思議な事件とにどことなく繋がりを感じて、何かあればこうして調べてみようという話になっていたのだ。
  そして、そんな彼らが見たものは―。
「 あれ!? あそこにいるの、緋勇クンじゃない!?」
  最初に龍麻を見つけた桜井が素っ頓狂な声をあげた。
「 な、何っ!?」
  今回のこの事件についてあまり乗り気ではなかった京一が、後からやってきて慌てて桜井が指し示す方向を見やった。
  そこには、確かに緋勇龍麻がいて。
「 …え? 何で、いるの?」
  当人に、逆に質問されてしまった。
  龍麻は京一たちがいきなりその場に現れたことにひどく驚いたらしく、いやにオロオロとした仕草を見せた。
「 お、お前こそ! 一体こんな所で何してんだよッ!」
「 な、何って…」
  見ると、龍麻のすぐ側にある木の根元で、サラリーマン姿の男が深い寝息と共にその場に寝そべっていた。側には博物館で盗まれたと思われる、噂の妖刀が転がっている。
「 た…たまたま通りかかったら、この人が酔っ払っているのか、刀を振り回してて、さ。でも、急にがくんって寝ちゃったんだ」

  あ、あぶなかった…。

  あともう3分、戦いが伸びていれば、自分の《力》のことがバレていたかもしれない。龍麻はしどろもどろにこの場の言い訳をしながら、(あ、焦った〜)などと心の中でつぶやいた。
  …どちらにしても、また怒鳴られてしまうのだが。
「 こっの、馬鹿やろうッ!」
「 わっ!」
  京一のあまりの怒鳴り声に、龍麻は思わず耳を塞いだ。思い切り耳元でそう叫ばれたからというのもあるが、あの旧校舎の時よりも一層怒った顔がやけに恐ろしかったからいうのもある。
「 お前…お前は、何考えてんだっ! 危ないだろうがっ!」
「 しょ、しょうがないだろ、たまたま通りかかったら…」
「 たまたまで、刀振り回した男に襲われて、平気な顔してんな!」
  京一はぜーぜーと息をつきながら龍麻を見、それからその側にいる男の姿にも視線をやった。
  ――こいつは間違いなく、人ならざる《力》によって操られた者だ。
  そしてもう一度改めて龍麻を見る。京一は自分の中の熱が上がるのを感じた。
  一歩間違えれば、確実にこの緋勇龍麻は殺されていた。しかし、当人はそんな状況を今イチ分かっていないようだ。相変わらず飄々として、何事もなかったかのような顔をしている。
「 大体、こんな時間に独りで…ッ! お前みたいな奴は、てめえの真上に危険が迫ってきても、それが頭にぶち当たるまで気づかねーんだから、もっと用心してろっての!」
「 ちょっと京一、何か言い過ぎだよッ」
  さすがに思い余った桜井が京一を止める。続いて、醍醐も。
「 そうだぞ、京一。少し落ち着け」
「 お、落ち着けるか、こいつが―」
「 あ、あのさ!」
  京一の怒りをまともに受けられなくなったのか、龍麻がごまかすような声を発した。
「 でも君たちこそ、こんな所で何してたの?」
「 え?」
  逆に龍麻に問われ、また4人は沈黙してしまった。まさか、この男が実は人ならざる物で、そいつを退治しにきたんだとは言えない。
  自分たちの《力》のことは、一般人のこの緋勇には知られてはならないから。
「 は、花見をしていたんだ。そうだな、桜井?」
  醍醐がウソをつけない顔でそう言った。話を振られて桜井も慌てて後に続いた。
「 あ、ああそうそう! ボク達、みんなで公園の桜見に行こうって。ねっ、そうだよね、京一!」
「 ……」
「 京一ッ!」
  桜井がやや放心状態の京一を肘でつつく。京一ははっとしたようになって、力なく「ああ…」などと答えた。
「 ふーん、花見か。いいね」
  何気なく言った龍麻の言葉に、そんな京一がやっと我に返った。
「 俺も、家に帰る途中にここを通ったらさ。ここの桜が綺麗じゃない? だから思わず入ってきちゃったんだけど。前住んでた所でも、すっごく咲く所があったんだ、だから―」
「 懐かしくなって、寄り道していたのね?」
  美里が優しい微笑と共にそう訊ねる。うん、と龍麻は笑って京一の方を申し訳なさそうに見つめた。
「 また心配かけたみたいだけど…」
「 心配なんかしてねえよ!」
  乱暴な京一の物言いに、龍麻を含めその場の全員が呆れたような顔をして見せた。どうも、この剣士の様子がさっきからおかしい。
  そんな妙な雰囲気を壊したのは龍麻だった。
「 ところでこの人、放っておいていいのかな」
  側でぐうぐうと寝ている中年を龍麻はどうしようという風に見下ろす。桜井が平然と言った。
「 いいんじゃない? この刀さえ戻れば―」
「 え?」
「 桜井!」
  醍醐が慌てたように言い、桜井が焦って口を塞いだ。龍麻は一瞬疑わし気な顔を見せたが、やがて得心したように笑んだ。
「 そうだね、こんな物騒なもの、持たせておかない方がいいね」
  龍麻がそう言ってその刀を手に取ろうとした時―。
「 おい」
  京一が龍麻のその手をつかんだ。
「 何…?」
「 お前はそれに触るな」
  いやに真面目な顔をして京一はそう言うと、自らがすっとその妖刀を手にした。
「 これは俺が警察に届けておくからよ…」
「 あ、ああ、そう?」
  龍麻は(如月に売ろうと思ってたのになあ)などと思いながら、ここは素直に頷いておくことにした。
「 そ、それじゃ俺…もう帰るから」
「 待てよ」
  けれど、去ろうとする龍麻に京一が一言。
「 …送ってく」
  その場にいた全員が、京一を見やった。



To be continued…



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