(5)
何か気まずい…。
はっきり言って、この「蓬莱寺京一」のことが良く分からない。
多分、いや絶対、悪い奴ではないだろう。それは分かる。過分におせっかいで、人の事を面倒見ずにはいられないタイプで、きっと部活ではいい先輩で。
京一の本性をまったく知らない龍麻は、そんな蓬莱寺像を形成して、自分の横を無言で歩くこの赤髪の剣士をちらと盗み見た。
「 あ、ここ…。このアパートの2階なんだ」
「 何だよ、結構いい所に住んでんだな」
「 そ、そう?」
やっぱり、家に上がってもらうべきだろうか。嫌だな、まだそんなに親しいわけでもないのに。でも、ここまで来てもらっておいてさよならもひどいような気もするし。
「 …まあ、受験のために息子一人東京にやるくらいだから、お前の親、金、結構持ってるんだろうな」
「 あ、ああ…」
やっぱりこんな厭味な理由じゃなくて、もっと何か良い言い訳を考えれば良かったと龍麻は思った。今更仕方のないことだけれど…。
「 じゃ、もう平気だな。俺は帰る」
「 えっ!」
すんなりと向こうから言われて、龍麻は意表をつかれた。それで却ってついこんな言葉を出してしまった。
「 せっかくだからさ、良かったら上がってかない?」
「 ……ッ!?」
すると、何故か向こうが思い切り驚いたような、困ったような顔をして龍麻のことを見やってきた。心なしか赤面しているような。
「 …? あ、あのさ、まだ引越しの片付けとか終わってないから、散らかってはいるんだけど」
「 そんな事はいいけどよ。…ホントにいいのか?」
「 い、いいよ」
「 …お前、嫌そうだぞ」
「 な、何言ってんだよっ!」
龍麻は慌てて、上目遣いの京一を半ば引っ張るようにして、自分の部屋へと連れて行った。
「 えっと…蓬莱寺は何飲む? 一応、コーヒーとかお茶とか色々あるけど」
「 京一」
「 え?」
「 あんま苗字で呼ぶ奴いないからよ…。そういう呼び方されると気になるから、名前で呼べよ」
「 あ、ああ、うん」
どうもズレるなあと龍麻は思いながら、所在なげに部屋の一角に腰を下ろした京一をちらと眺めた。そういえばクラスメートのあいつが、この「京一」はひどく腕の立つ奴だと言っていたけれど。
自分とどちらが強いのかと、思ってみる。
「 あのさ、蓬…京一は剣道始めてどれくらいなの?」
「 あ? …そうだな、ガキん時からだから結構長いかな」
「 へえ。割と本格的にやってたんだ」
「 まあな。…そういうお前は、何かやったりすんのか? 見たところ、いかにも勉強しかしてなかったって感じだけど」
「 俺ってそんなにひ弱に見える?」
龍麻の言葉に、京一はあっと思ってあたふたとした。何だかすっかり当たり前のことを忘れていたが、仮にもこいつだって男だ。同じ野郎にここまで言われたら、さすがに傷つくだろう。
台所にいる龍麻に向かって、京一は思わず立ち上がって言い訳のような言葉を出した。
「 あ、あのよ。あんま気にすんなよ? 俺は別に―」
「 ああ、平気。別に気にしないから」
けれど当の龍麻の方はあっさりと京一の言葉をかき消して笑った。
また、その笑顔にドキリとする。
その気持ちをなぎ払うように、京一は勢い良く再びあぐらをかいて座り、その後コーヒーを入れてきた龍麻の顔を見ないようにカップだけに視線を集中させた。けれど。
や、やべー…何か緊張するぜ…。
しかし京一が心の中でそう思った時、不意に龍麻が言葉を切った。
「 …でも、京一の言う通りかもな。俺、確かに自分はそんなに強くないって思うんだ。そういうのって自分で分かるものだろ?」
「 あ? あ、ああ、まあそうだな」
突然、何を言い出すんだろうと京一は顔をしかめた。
「 だからさ、俺ってまだまだなあ…って思う。――ま、弱くもないと思うけどね」
「 あ…?」
そう言った龍麻の眼がいやに不敵なものに見えて。
京一は一瞬声を出すのが遅れた。すると龍麻がすかさずいつものおっとりとした笑みと共に言ってきた。
「 あははっ。だって俺って結構図太いもん。細かいところでダメージ受けやすいんだけど、大概のことは『なるようになる』って思うようにしてるし」
「 あ、ああそういうことか…」
納得したように相槌を打つ京一の前で、龍麻はコーヒーに口をつけた。しんとする空間。
京一は知らぬ間に龍麻に目を奪われていた。
「 あ、あのよ…」
しかし、京一が龍麻に話しかけようとした途端――。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「 誰だろ、こんな時間に」
龍麻が言ってドアの方へと向かって行く。京一は姿の見えない来訪者に苛立ちを感じながらも、俺は今何を言おうとしていたんだろうと自問してみる。
「 どなたですか?」
その時、いやに透き通った声が京一の耳に届いてきた。
「 緋勇…壬生だ」
「 壬生!?」
そして同時に、龍麻の驚いたような声も聞こえてくる。京一は体を伸ばして玄関先の方を見た。
龍麻が開けたドアの向こうには、鋭い眼を有した背の高い高校生がいた。
「 どうしたんだよ…。また何か?」
「 いや…君がここにいるか、と思ってね」
「 何それ」
「 先刻、この先の公園で妖刀を振り回している男がいるという情報が入ったものだから…」
「 え…? それでここまで?」
「 ……こっちに用事もあったし」
「 ……」
龍麻が何とも形容し難い表情をしているのは、京一からは見えなかった。
けれど、向こうの相手―壬生―とは目がばっちり合って。
「 …誰か来ているのかい」
「 え? あ、ああ、うん。学校の友達」
「 そうか…。邪魔をして悪かったね」
「 全然! あー、あのさ…ありがとな」
「 …緋勇」
壬生は龍麻を呼び、少しだけ躊躇したような顔を見せたのだが、やがてメモに何かを書くとそれをすっと渡した。
「 もし僕の力が必要な時はいつでも連絡してくれ」
「 え…? …それも、俺のこと頼んだ人から言われたのか?」
「 いや。僕の意思だ」
壬生ははっきりと言い、それから龍麻が上がっていけばという言葉をやんわりと辞退すると、音もなく去って行った。
「 …誰、あいつ」
リビングに戻ってきた龍麻に京一が問うと、そこには困ったような苦笑したような顔があった。
「 うん…。こっちに来てからの初めての友達…かな」
その物言いに京一は何となくむっとした。面白くないと思った。
何故だかはよく分からないが…。
「 お前のクラスにあんな奴いたっけ」
「 いや、高校は違うよ。実は俺もよくは知らないんだ」
「 何だよ、それ!」
「 知らないけど…俺ってどうも頼りなく見られるみたいだ。京一だってあいつと同じじゃん」
「 お、俺は!」
「 何だよ」
「 …な、何でもねえ…」
京一は口の中でもごもごとつぶやき、それっきり口を閉ざしてしまった。
奇怪な事件はそれからもたて続けに起こった。
鴉が人々を襲う渋谷の事件…。夢魔に誘われて、人々が眠りに落ちてしまう事件…。女性がさらわれ、石にされてしまう事件…。
その度に京一、醍醐、桜井、美里の4人は、事件のあった場所に赴き、その問題を解決しようと奔走した。時には彼ら自身がその事件に巻き込まれてしまう場合もあった。
それでも4人は力を合わせ、自らに宿った《力》を、自分たちの街を護るために使い続けた。
そしてその陰には、いつも緋勇龍麻の存在があった。
「 …そういえばあの唐栖の事件。あれは、君の方が早く現場に辿り着いて、彼を倒したのだったな?」
店の招き猫を磨きながら、如月が素っ気なく言った。
龍麻の方は戦闘に使用できそうなアイテム探しに余念がない。お互いが同じ空間でまったく違うことをしているのだが、何となくその傍らで、今までの事件が話題に上っていた。
季節は夏にさしかかろうとしていた。
様々な事件が重なるにつれ、龍麻も自然に力をつけていっていた。
同時に、相変わらず京一たちに見つからないように旧校舎に潜っては自らのレベルを上げていたのだが、龍麻は当初の約束を律儀に守って、そこへ行く時は必ず如月を誘うことにしていた。
そうこうしているうちに、2人はすっかり知れた仲になっていたのだが。
「 うん、あの時はまた独りで廃屋のビルに上がってたもんだから、京一に怒鳴りちらされた。『またこんな所で何してるんだ!』って」
「 そこまで追求しておいて、君の《力》については何も気づいていないというところが大物だね」
「 う〜ん、バレても困るけど」
勝手に店の商品をいじりだしていた龍麻だったが、如月はそのことよりも、自分の目の前の人物が発した言葉により強く反応した。
「 何故だい。君だってもういい加減気づいているはずだ。これだけ事件現場で鉢合わせするんだからね。彼らも僕らと同じ《力》の持ち主だっていうこと、まさか知らないわけじゃないんだろう?」
「 うん…まあ何となく感じてはいるんだけど」
曖昧な言い方をする龍麻に、如月は怪訝な顔をした。
「 …だったら、何故黙って一人で行動しているんだ。何故、確かめない」
「 訊くの? 『君たちは俺と同じなんですか』って」
「 言い方は君の勝手さ」
「 で、同じだったら、これから一緒に行動して戦う事になるのかな」
「 …嫌なのか?」
「 別に…」
龍麻はすぐにそう答えてから、くるりと振り返って如月を見やった。迷うような、困惑したような瞳がそこにはあった。
けれどしばらくして。
「 あの人たちと仲間になったら…俺、甘えそうだもん」
「 どういう意味だい」
「 まあ、そういう意味だよ」
答えになっていない答え方をして、龍麻は一人で笑った。それから、もちろんそんな答えに納得していない如月の顔を覗きこむ。
「 何ていうかさ…。あの人たちが動く通りに動いちゃいそうな自分が怖い」
「 ……」
「 あの人たちの優しさに合わせてしまいそうな自分が怖い」
「 君自身は優しくないのかい」
「 あれ? 俺のこと優しいって思ってくれてんの、如月は」
龍麻はからかうように笑ってからすぐにそれを引っ込めて、いやに真面目な顔をした。
「 俺、あの人たちみたいないい性格してないよ。だってすごいんだよ、ホント」
「 何が」
「 正義感が」
龍麻はそう言ってから、少しだけ苦しそうな顔を見せた。
「 すごく分かるんだよ。京一たちがこの街がすごく好きで、お互いを大事に思っていて、それを護るために自分の《力》を使っているのがさ。言ってみればあの人たちは、自分が持つ《力》の意味をもう十分理解しているんだ。…俺は全然分からない。何でこんな力、持っているのか」
やや考え込むようにそう言う龍麻を如月は黙って見つめた。その何ともいえない視線に龍麻が慌ててふざけたようにつけ加えた。
「 それに、京一がさ―」
「 蓬莱寺?」
突然出て来た名前に、如月は眉をひそめた。龍麻は気づいていなかったのだが。
「 うん。京一って、ホント俺に対して過保護なんだよね。何か異常なんだ。それは周りの人も言ってるし、俺、すっごい嫌だ。あ、あいつが嫌いっていうわけじゃなくて。何ていうか、俺のこと子供扱いしているところが嬉しいっていえば嬉しいけど、イヤだっていえばイヤっていうか」
「 …訳が分からないね」
「 いや、だからさ。俺は本当はすっごい寂しがりやだから、誰かに構ってもらえるのは嬉しいんだよ。でも、それに甘えていたくはない。だって、俺は俺自身のことを確かめるためにこの街に来たんであって、あの人たちみたいに何かの使命感で戦っているわけでもないから」
「 …なるほどね」
「 そういう点では、如月も京一たちと同じなんだけど」
「 ……?」
龍麻の言葉の意図を測りかねたのか、如月が無言で問い返す表情をした。
「 だってさ、たかだか忍者の末裔ってだけで、独りで東京の街を護ろうとしてるじゃん。俺にはできないよ、そんなこと」
「 …くだらない」
「 何が」
「 どうも君は自分のことがよく分かっていないようだ。言ってみれば、僕は僕の宿星に従って、ただ自らの義務を果たしているだけにすぎない。それに比べて、誰に何を頼まれるでもなく悪霊退治をしているのは君なんだよ。僕に言わせれば、君の方が余程お人よしだ」
「 うーん、そうなのかな。じゃあ、俺のやっていることも、如月と同じように宿星によるものだとしたら?」
「 もしそうなら、それこそ安心というものだ。この世に君のようなお人よしが早々いられても困るからね」
「 何か、誉められているのか馬鹿にされているのか」
「 何を言っているんだ。誉めているに決まっているだろう」
如月は心外だとばかりに龍麻に責めるような瞳を向けた。
その時、ガラ…と戸の開く音がして、がやがやと大勢の人間たちが中に入ってくるのが見えた。
「 あ…そのお人よし集団だ…」
「 龍麻。――いらっしゃい」
龍麻のつぶやきをたしなめて、如月は立ち上がると真神の4人衆を迎えた。
「 やっほー如月クン! って、あれ? もしかしなくても緋勇クン!?」
「 ども」
「 な、な、何!? 緋勇だと!?」
「 あ、京一もいたか。いるよね、そりゃ。このメンバーじゃ」
龍麻があっけらかんとそう言い、驚いているような京一に向かって軽く手をあげて挨拶した。京一は3人をかきわけて真っ先に龍麻の前へ向かうと、始め口をぱくぱくとさせてからまた大きな声を出した。
「 お、お前、何でこんな所にいるんだよ!?」
「 何でって…」
「 『こんな所』とは、ご挨拶だね」
店主の如月がちくりとした物言いをしたが、京一はまったくこたえた様子など見せずに、ただ龍麻に視線をやっていた。
「 俺、こういうの結構興味あるから…言わなかったっけ」
「 知らねーよ!」
「 そういう京一たちこそ、この店にはよく来るの」
「 彼らはうちのお得意さんだよ」
「 へえ…。何買ってくの」
「 如月!」
醍醐が慌てて店主に「喋るな」というような目を向ける。如月はそんな視線を軽くかわすと興味のないような声を出した。
「 龍麻、君は他人の買い物に興味があるのか」
「 ははっ…分かったよ。だからその冷たい視線、やめてくれない?」
「 お、おい、緋勇…」
龍麻と如月の親しそうな雰囲気に、京一がたまらず声をかける。
「 その、お前と如月って…」
「 え?」
「 どういう関係なんだ?」
「 は?」
「 どういうとは、どういう意味だ?」
龍麻と如月にきょとんと問われて、京一は自分が邪な気持ちからとんでもない訊き方をしたことに気づいた。
「 緋勇君、如月君とは随分仲がいいのねって思ったのよね、京一君」
美里がさりげなくそんな京一をフォローした。
「 ああ…仲、いいの?」
龍麻がふざけたようになって如月に問い返した。如月は無言だったが、「君と蓬莱寺ほどじゃないさ」とだけ言った。
その言葉に驚いたのは、2人。
「 な、な、な、何言ってんだ、別に俺は・・・っ!」
かーっと赤面しつつそう叫んだのは京一。
龍麻の方は、ややいぶかしげに如月の顔を見つめただけだったが、そんな相手に如月は知らぬフリをしていた。
「 ま、まあそれはともかく…。如月、いつものやつをいつもの分だけもらえるか」
「 ああ、分かった」
「 あっ、如月君、これかわいいねー」
醍醐と桜井が場の空気を変えようと、わざと品物に視線をやった。
京一は未だもごもごしたままだし、美里はそんな京一を興味深気に見やっているし、龍麻も黙りこむしで、あまり雰囲気は変化しないのだが。
けれど如月が前者の2人に協力するように言葉を出した。桜井が興味を示したものに反応を返したのだ。
「 その櫛はなかなかの逸品だよ。随分見る目があるね」
「 え? エヘヘ…。でもボクみたいなのには、あんまり縁ないよね」
「 そ、そんな事はないぞ。そ、そうだ。良かったら俺が買ってやろう」
「 えっ、醍醐君が? そんな、悪いよッ」
妙な空気の間で、醍醐と桜井がほのぼのとしたオーラを出す。周りは思い切り白けているのだが…。
あくまでもそんな2人の相手をしているのは、商売人の如月だ。
「 しかし醍醐君、大丈夫かい。この品は――このくらいするんだが」
「 !!!」
醍醐が如月の耳打ちに心底仰天したような顔を向ける。櫛の美しさに目がいっている桜井はそれに気づいていない。
「 お、お、お前な…。友人に少しくらいまける気はないのか」
「 友人?」
「 …訊いた俺が馬鹿だった」
醍醐は素っ気無い如月の科白と態度にがっくりし、それならローンで…とか何とか交渉を始めた。
そんな3人とは別次元にいた京一、美里、そして龍麻の方は、相変わらずしーんとした空気の中にいたのだが、やがて美里がその沈黙をさらりと破り捨てた。
「 緋勇君。どう、学校の方にはもう慣れた?」
「 え? ああ…うん、さすがにね。クラスもいい奴ばっかだし…」
「 でも残念だわ。緋勇君が同じクラスだったら、きっと私たち、今頃もっと仲良くなれていたと思うもの」
「 ははは、そうだね。でも、君たち4人の中にはさすがに入りにくいかな」
その龍麻の科白に反応したのは、京一。
「 …何でだよ」
「 え?」
「 何で俺らの中には入りにくいのかって訊いてんだよ」
「 ああ。だって、すっごい仲いいじゃないか。何処へ行くにもいつも一緒だしさ」
「 龍麻は君たちのことが羨ましいそうだ」
いつの間にか如月が来てそう言った。驚いた風の龍麻を尻目に、如月は何事もなかったかのような顔でそれを交わすと、包んだ品物を乱暴に京一に投げて寄越した。
「 望みの品はこれで全部だ」
「 ああ、いつもすまないな、如月」
ローンを組んでもらえて良かったのか悪かったのか、やたらと冷や汗をかいている醍醐が、嬉しそうな桜井を横に、「それじゃ帰るか」と京一と美里に言う。
4人が店を出て行く時、美里が思い出したように振り返って龍麻を見た。
「 そうだわ、緋勇君。今度みんなでどこかへ出かけない?」
「 え?」
「 わっ、いいね! ボクそれ乗った!」
美里の提案に桜井が嬉しそうに同意する。
「 だって私たち、クラスは違うけれど、いつも変わった所で出会うし、きっと縁はとても深いと思うのよ。期末試験が終わった後にでも、みんなで遊びに行きましょうよ」
ね、京一君。美里はそう言って隣の京一に微笑みかけた。けれど京一は変わらずに仏頂面で、黙って出て行ってしまった。
4人がいなくなると、店の中は一気に静まりかえった。
「 …何であんな事言ったわけ」
「 あんな事とは?」
如月はすっとぼけた顔で再び招き猫を磨き始めた。龍麻はそんな如月にむっとしたようになってつっかかった。
「 何で俺があの人たちのことが羨ましいんだよ!」
「 違うかい」
「 あーもう! 違わないけどそういう風に見透かされるとイライラするんだよ!」
思い切り怒りをたたきつけるように言ったのに、当の骨董品店店主は無言のままだった。それで仕方なく、龍麻の方がまた言葉を出すことになる。
「 そりゃ、羨ましいよ…。迷いがないように見える奴らって、やっぱりすごいって思えるし。それに何より良い人たちだし」
「 だったら彼らに自分の《力》のことも話して、仲間に入れてもらうといい」
「 だからさっきも言っただろ、そのことは!」
怒ったように龍麻は言って、それからいきなりトーンダウンをしてぼそぼそと付け加えた。
「 …それに、お前だって誰にも頼らないで独りでやってるじゃん。あいつだってそうだ」
「 あいつ?」
「 前、紹介しただろ。壬生紅葉」
「 ああ…」
「 お前らにできることを俺ができないわけはないだろ。だから」
「 ふっ…」
「 あっ! わ、笑ったな!」
「 馬鹿馬鹿しい」
「 な、何だよ!」
「 …じゃあ、甘えることが嫌いな緋勇龍麻君に、この間の武器及び回復アイテムの清算を今すぐしてもらおうか」
「 ぐっ…。そ、それはあとちょっと待ってって言ったじゃん…」
「 はははっ」
突然、如月が高い声で笑い出した。
びっくりして目を見開く龍麻にいつまでも笑いが止まらないという顔をしていた如月だったが、やがて息を整えると、未だ愉快そうな目をしたままそっと言った。
「 冗談だ。…いらないさ、代金なんて」
そうして如月は、さらりと龍麻の前髪に触れた。
|