(9)




  3人が旧校舎から出て来た時は、辺りはもうすっかり夜になっていた。
「 すごかったな。こんなにいっぺんに奥まで行ったの初めてだよ」
「 ………」
「 ………」
「 今まで如月と壬生としか来たことなかったから、面白かった。いきなりアレできたじゃん、包囲陣! びっくりした」
「 おい、緋勇…」
「 えへへ、アイテムもいっぱい取ったしさ」
「 おい、緋勇!」
「 ん? 何?」
  京一と醍醐両方に呼ばれて、初めて龍麻は意識を2人に向けた。
  呆れたような、疲弊したような顔が声の分だけそこにあった。
「 お、お前むちゃくちゃ強いじゃねえか…」
「 う、うむ。緋勇…お前のその《力》は…」
「 みんなと一緒かな」
  さらりと龍麻は答えて、それから改まって言う。
「 俺、さ。みんなの仲間に入れてもらいたいんだけど…だめかな?」
「 そ、それは―」
「 この《力》のせいなのか何なのか、変な事に巻き込まれること多いし…。せっかく同じ学校に同じ《力》を持つ者同士がいるのにさ。別行動っていうのも変でしょ」
「 ひ、緋勇、それにしてもだな―」
「 いい! いいに決まってる!」
  醍醐が口を出そうとする前に、京一が親友を押しのけて声を張り上げた。始めこそあっけにとられはしたものの、「仲間にしてほしい」と言ってきた龍麻に、すべての疑問が吹っ飛んでいた。
「 最高だぜ、緋勇が仲間になるなんてよ! 言うことなし! だろ、醍醐!?」
「 あ、ああ、それはもちろんだ。お前のような者が俺たちに協力してくれるのなら、これほど心強いことはないしな」
「 ホント? 良かった」
  龍麻はにっこりと笑ってから、京一を見た。
「 京一もすごく強いんだな」
「 え? わ、わはは! そうだろそうだろ、俺は強いだろ!」
「 俺より弱いけど」
「 !!」
  いたずらっぽい笑みを向けて龍麻は京一にそう言った。
  言われた方の京一はその言葉にかなりの打撃を受けたようだったが、そこは立ち直りも早かった。
「 ば、馬鹿、俺の実力はあんなもんじゃねーぞ! あの程度の奴ら、ちょっとは手加減してやんねーとかわいそうだろうが」
「 ふ〜ん」
「 あ、てめ! 信じてねえな! よし、今からもっかい潜りに行くぞ! 今度こそ俺の実力見せてやっからよ!」
「 きょ、京一、また行くのか?」
  呆れたように言う醍醐に京一はやる気満々だ。
「 ったりめーだろ、緋勇に俺の本当の力を見せてやんだよ、な? 行くだろ、緋勇!」
「 ……」
  笑顔を絶やさないままだったが、龍麻は京一をじっと見つめて思わず黙りこくった。そんな龍麻の様子に京一も気になって動きを止める。
「 …? おい、どうかしたか?」
「 …ううん、別に。けど、何かすごく懐かしい感じがする」
「 あ?」
「 お前のそういうテンション。何だかすごく気持ちいい。俺、お前に会ったことある。ずっと昔にさ」
「 な、何言い出すんだよ」
「 ……」
  龍麻の科白に京一は戸惑ったように身体をのけぞらせたが、醍醐の方は興味深気にそんな龍麻を見つめた。
「 何だろう…。すっごい嬉しいよ。こんな事なら、変な意地張んないで早く言えば良かったかな…」
「 そ、そうだ! お前、何だって自分の力のこと隠してたんだよ」
「 お前らだって隠してただろ」
「 お、俺らはな―」
「 いいよ。俺のこと心配して、だろ。あ、でも京一」
  ここで龍麻は思い出したように言葉を一度切ってからあっさりと言った。
「 言っとくけど、俺はお前の相棒にはなれても、恋人にはなれないからな」
「 なっ…!」
「 だって俺、全然そんな風に見れないもん、お前のこと」
  龍麻はぽんぽんと京一の肩を叩くとおかしそうに笑った。
「 …今から決め付けることねーじゃんか」
  龍麻の言葉に、醍醐の方はどことなくほっとしたような面持ちで笑った。
「 おい、京一、男なら潔くあきらめろ。いいじゃないか、緋勇が俺たちの仲間になると言っているんだから」
「 いーやーだ!」
  けれど京一の方はまるでだだっこのようになって親友である醍醐のことを睨みつけた。
「 おい、緋勇! 俺たちの仲間になるってことは! これからはずっと一緒にいるってことだよな? 帰るのも一緒、メシ食うのも一緒、遊びに行くのも一緒だぞ!」
「 ええ? ちょ、ちょっと…」
  苦笑する龍麻に、京一はやけに得意気だ。
「 そうやってりゃ、お前、いつかぜってー俺のこと好きになるって」
  そして自信満々になって、京一はそう言いのけた。
「 お前は、ぜってー俺に惚れるって」
  その言い様が何だかとても温かくて。思わず笑みがこぼれた。
「 ずっと一緒にいるの?」
「 そ!」
  京一はそう言って、今度は龍麻の肩をぽんぽんと叩いた。
  そんな2人を、醍醐は保護者のような目で呆れたように眺めるのだった。



  4人の中にいるのは、心地良かった。

  龍麻が京一たちと行動を共にするようになってからも、戦いが止むということはなく、実際は日々が過ぎるにつれて、それは激しいものとなっていった。
  時には龍麻自身が自らの《力》のために、事件に巻き込まれてしまうこともあった。それはつらくて苦しくて…仲間がいるからといってどうにかなるようなものでは決してなかった。
  だが、少なくともその中で、龍麻の中で処理しきれない事があると察してくれる人間が増えたのは事実だった。
  龍麻は自らの《力》を、仲間たちのために使った。仲間たちもそれに然りだった。
  各人それぞれの《力》は、自分と同じようでいて異質。そして、異なるようでいて、どこか似ていた。
  だから。

  4人といれば、安全だった。

  本当は最初からこうなるべきだったんだ。
  みんなと一緒にいられれば、寂しくない。自分を呼ぶ声が誰か分からなくても、不安にならない。怖くない。
  独りきりで悩むこともない。
  それに。

  あいつに…頼ることも、依存する必要もない。





「 よお、ひーちゃん! ラーメン食って帰ろうぜッ!」
  夏休みもあとわずかに控えた頃だった。放課後、いつものように京一が龍麻のクラスにやってきて意気揚揚と言った。
「 また?」
「 へへへ。いいじゃんかよッ! 今日も一日ご苦労さんってな。うまいもんでも食って、また明日に備えて十分体力を補強してだな」
「 何が『ご苦労さん』よ。あんたはどうせまたずーっと寝てたんでしょ」
「 げっ、アンコ!」
  神出鬼没の新聞部部長・遠野アンコが、京一と並んで龍麻の席の前を陣取ると、京一はいかにも嫌そうな顔をした。
「 あ! いたいた! ひーちゃん、帰ろー!」
  続いて、小蒔に美里葵、醍醐もA組にぞろぞろと入ってくる。
「 な、な、な、何なんだよ、お前らはー! 散れ散れーッ! 俺とひーちゃんはこれから2人でラーメンを食いにだなー」
「 あら、私たちも行ってはいけない?」
「 うっ…」
  美里の何ともいえないオーラに京一が口ごもった。けれどもその話にアンコが割って入ってきた。
「 ね、ちょっと待って。ラーメンより美味しいネタを持ってんのよ、私は! 聞きたくない?」
「 はあ? どうせまた妙な事件に首つっこんでんだろー?」
「 まあ、その通りね」
「 興味ねーよッ! お前が持ってくる話、ろくなもんがねぇからな」
「 何よー! 私のおかげで、あんた達がこの街に巣食う悪の正体に近づけて、結果的にこの東京を護れているんでしょ! 司令塔の私をないがしろにする気?」
「 だ・れ・が司令塔だよ。えらそうに」
「 まあまあ2人共。何だかんだ言って、遠野の情報収集力はあなどれん。ここは話を聞くとしよう」
  醍醐が間に入ってリーダーシップを発揮したので、京一はしぶしぶ黙り込んだ。
「 さっすが醍醐君! まずはこの雑誌記事を読んで」
  アンコが持ってきた記事は2つあった。一つは港区でここ最近頻繁に起きている失踪事件。そしてもう一つは、小さなものではあったが、同じ港区で「魚人」なるものを目撃したという証言が相次いでいるといった、あやしげな内容のものだった。アンコは2つの記事の簡単な紹介をした後、この2つの事象には必ず繋がりがあるはずだと主張した。
「 確かに、そこには人ならざるものの存在を感じるな…。俺たちの《力》が必要とされそうな事件だ」
「 でも何なの、そっちの記事に出てる魚人って? 魚の顔した人間ってこと?」
「 まあ、そうでしょうね」
  小蒔の質問に、アンコはメモに魚人の絵を描いてみせたりした。
「 けど魚なら、何で海とかに出ねぇんだよ」
  すっとぼけたことを京一が言ったが、アンコはびしりと指をさして楽しそうに言った。
「 そこよ! この事件は、常に『水』と関係があると思うの! この魚人といい、失踪した人たちが消えた場所といい…」
「 どういうことだ?」
  醍醐が問い返すと、アンコは両手を腰に当てて得意気に言った。
「 消えた人たちには皆、共通点があるわ。即ち、いずれの人も港区にある芝プール周辺で姿を消しているというところよ。水の近くで起きた事件と魚人…。どう? 接点がありそうでしょ?」
「 ちょっと強引じゃねえか」
「 じゃあ、あんたには何か考えがあるっての!?」
「 い、いや別に…」
「 とにかく。明日にでも、その芝プールに行ってみないか?」
  醍醐が建設的な意見を唱えたことで、京一とアンコは再び押し黙ることになった。
  美里がおっとりと言う。
「 そうね。私もそれがいいと思うわ。ついでに、みんなで泳ぎに行かない?」
「 へ?」
  京一を始め、醍醐もあとの女子2名も、美里のその能天気な意見に一瞬あっけにとられた。
「 み、美里、それは―」
「 あら、醍醐君。やっぱり中へ入って調べた方がいいと思うのよ。違うかしら」
「 い、いやまあ…それはそうだが」
「 じゃあ決まりね」
  にっこりと笑って美里は一人すましていた。京一は複雑な面持ちをしていたが、ふと、ずっとだんまりの龍麻に気がついた。
「 おい、ひーちゃん、どうかしたか?」
「 えっ…」
「 何かぼーっとしてるからさ」
「 別に…」
「 龍麻もプール、行くわよね?」
  美里の言葉に龍麻は再び「え?」と、事態を飲み込めないような顔をしたのだが、すぐに「うん」と小さく頷いた。


  結局、その後全員でラーメンを食べに行くことになり、龍麻はあとの5人と一緒に校舎を出た。
  ざわりと夕刻の風が吹き抜けて、龍麻の髪を触っていく。
  校門の前まで来て、龍麻は思わず立ち止まってどこを見るでもなく振り返った。
  風が自分の髪をなでていく度に、あの感触を思い出す。
  自分の前髪に優しく触れてきた、あの長い指を―。

  水――か。
  あいつは、どうしているだろう。
  ここしばらく立ち寄っていなかった。行けなかった。
  顔を見たくないと言ったのは自分だから。実際、許せなく思うところは多々あるような気もしていた。
  けれど、嫌でも思い出してしまう。あいつの眼を、声を。


「 おーい、ひーちゃん、どしたー?」
  京一の明るい声が前方で響いた。皆が龍麻のことを待っていた。
「 うん」
  龍麻は急いで彼らの後を追おうとし、足を一歩前へ踏み出した。

  が――その刹那。

『 緋勇… 』
  誰かの声が聞こえた。
  そして、いきなり視界が真っ暗になったかと思うや否や、足元がみるみる崩れて体の均衡がとれなくなっていくのを龍麻は感じた。
「 な…に…?」

『 緋勇、龍麻――。《黄龍の器》よ――』

  今度はよりはっきりと聞こえた。
  自分の名前を呼ぶ、「あの声」が。
「 ど、どこだ…?」
『 …我が見えぬのか』
  声はどこか落胆するような、そして一方で嘲笑するな声を発した。
  何も見えない。ただ、闇が広がっている。
「 ……」
  声を出すのも不安になってきて、龍麻は押し黙った。見えないまでも眼をこらし、漆黒に慣れようと意識を視神経に集中させる。すると、前方にぼんやりとだが、人影が浮き出てくるのが分かった。
  男だ。声からもそれは想像がついたが、今徐々に見え始めたそれは、背の高い、がっしりとした体型を龍麻の視界に映し出していた。
「 あなたが…俺を呼んだ人?」
『 ………』
  声の主と思われるその「人影」は、まるで龍麻のことを値踏みするような感じで、じっとこちらを見据えてきていた。その視線は、ひどく厳かで、そしてひどく…黒いものに感じられた。
「 どうなんだ…? 俺を呼んだのは、あなたなのか?」
『 惰弱な……』
  声は言った。
「 え…?」
『 お前が《陽の器》だと…。思念にまみれ、純粋な力を持たぬお前などが』
「 な、にを言ってるんだ…?」
『 緋勇よ。お前は力がほしくはないか。絶対の力だ』
「 力…」
『 そうだ。何もかもを凌駕する絶対的なものをだ。そして、この荒ぶれた乱れた世を作り変える』
「 ……言っている意味がよく分からない。あなたは、何者なんだ」
『 我は柳生――。支配する者』
  声の主「柳生」は、そう言って不敵に笑った。段々と龍麻の視界がはっきりとしてくる。
  紅い。
  柳生の人影は黒い闇から赤い色を浮き出させ、まるで血に塗れた悪鬼のようだった。
『 そして緋勇よ―。お前は、敗れる者だ』
「 ……」
『 己の宿命を呪え。この時代に我という存在がいたことを憎むがいい。だが、忘れるな―。お前は独りだ。くだらぬ者どもを引き連れたとしても――』
  柳生は龍麻のそばに歩みよってきた。動くことができない。
『 我の下に跪き、己の中途な力に失望する心は…誰のものにもならぬ。お前だけのものだ』
「 あなたは…」
  言いかけて龍麻は息を飲んだ。目の前の男は龍麻の目の前に立つと、すっと自らの手を差し出し、何かを…《力》を発しようとした。
  危険。瞬時に、そう感じた。
「 やめろっ!」
  龍麻は叫び、そうして無意識のうちに、内から《力》を放出していた。





  気がついた時に初めて見えたものは、真っ白な天井だった。
  ぼんやりとしている。けれど、その後にくっきりと自分の目に飛び込んできた者がいた。あの影と同じ赤い髪…。でも、こいつは違う。いつも不敵な笑みを浮かべて、自信に満ちた――。
「 ひーちゃん! 気がついたのか!?」
  京一。
  呼ぼうと思ったが声が出なかった。見知らぬ場所、ベッドで横になっている自分のことが段々と理解できてくる。
「 大丈夫か? 俺が判るか? ひーちゃん! 龍麻!」
  最後の声はよりはっきりと龍麻の耳を刺激した。意識を外へと集中させ、目の前の友人を凝視する。けれど、どうも変だ。いつもの京一の顔じゃない。こんな表情は初めて見た。
  不安の色を前面に出した、苦しそうな顔。
「 京一……」
  俺がこいつをこんな顔にさせているのだろうか。そう思った。俺は何をやっているんだ? 声が聞こえて、それで―。
「 動くな! まだ寝てろ! 心配すんな、何も心配すんな! とにかく休め。な?」
「 何で…俺…」
「 覚えてないか? お前、学校の表門の所で突然倒れたんだ。その後、丸一日こうやって眠ったままだったんだぜ」
「 そう…なのか…」
「 何かあったのか? それとも、どっか痛むところでもあるか? ここの医者が言うには、何か強烈な心的ショックがあったんだろうってことだったけどよ…」
「 ……大丈夫」
  ゆっくりとそれだけ言い、自信はなかったが笑んで見せた。とにかく京一のこんな顔は見たくないと思ったから。
「 みんなは…?」
「 ああ、さっきまでいたんだけどな。かなり遅い時間になっちまったし、醍醐が2人を送っていった。美里たちも残るって言ったんだけどな。へへ、ここの医者におん出されたんだ」
  龍麻の目覚めにほっとしたのか、京一は徐々に饒舌になっていった。
「 ここは俺の師匠の知り合いがやってる病院なんだ。まあ、ちょっと変わった医者だけど…腕は確かだから安心しろ。それに眠ってる間に治療受けちまえば、何されたかなんてどうせ判らないんだからな」
「 何、それ…」
「 い、いや! 大丈夫、そんな気にすんな!」
  ごまかすように京一は声を張り上げてから、また一人でへへへと笑った。
  それから、急に改まったようになって言葉を出した。
「 その…すまなかったな。俺、お前のこと護るなんて偉そうなこと言っといて、お前がこんなんなったのに、何もできねえでよ…」
「 …何、言ってんだよ」
「 いや、何も言うな! 何があったのかは判らねえけど、お前が苦しそうにしてんのに、俺はこうやって見てることしかできなかった。そんな自分が…すげえ、情けなくてな」
「 俺こそごめん。そんな心配かけて…」
  心底そう思って龍麻は上体を起こした。慌てた京一がそれを制しようとしたのだが、龍麻は片手を軽く上げてそれを遮った。
  京一と視界を同じにして、龍麻は思い出すように言葉を出した。
「 俺、『声』を聞いてたんだ」
「 声…?」
「 うん。いや、正確に言うと姿も見た。本当にぼんやりとだけど。そいつが言ったんだ。『お前は独りだ』って」
「 何だそれ…」
「 俺がずっと思ってたことをそいつはずばりと言ったんだ。どんなに仲間を作っても、俺自身のこの中途な力を嘆くのは、無力を感じる心は、俺だけのものだって…。俺は敗れる者だって…」
「 お、おい、何言ってんだよ!」
「 大丈夫。俺、大丈夫だから」
  焦ったような京一の声を遮って龍麻は薄く笑った。
「 ずっと会いたかった、知りたかった『声』の主だったけど…。実際出会ってしまったら、見てしまったら…正直怖かった。敵わないと思った…。でも、俺はその一方でこうなることを待っていたんだ。ずっと待ってた。だから不安だけど…声の主に会えて良かったとも思ってる」
「 ……」
「 俺の話、訳分からないんだろ」
「 う…いや、その……」
「 いいんだよ、分からなくて。その方が京一らしい」
「 お、おいちょっと待て!」
「 …京一がそばにいてくれて嬉しかったよ。同じ赤い存在なのに、あいつとは全然違う、お前は」
「 こら、待てって!」
  京一は龍麻を無理やり黙らせようと声を大にした。
「 勝手に一人で納得してんじゃねー! 俺にも分かるようにちゃんと説明しろ! 何なんだ、その『声の主』って奴は! そいつは俺らの敵なのか? 鬼道衆の一味なのか?」
「 違うよ…。いやはっきりとは分からないけど。でも違うって感じた」
「 でもお前のことを狙っている奴なんだな? じゃあ俺らの敵ってことなんだな?」
「 ……違うよ」
「 違うってどういうことだ? とにかくあの時のお前にショックを与えてこんな目に遭わせたのはそいつだろう!? 寝ている間もずっと苦しそうにしてた、その原因もそいつなんだろう!? だったらそいつは俺たちの敵だ! そうだろうが!」
「 京一…」
「 何だか分からねえが、そいつはお前が独りだって言ったのか!? それが一番気にくわねえ! お前には俺らが…俺がいるだろうが! 何シカトしてんだっ」
「 ……」
「 何だか知らねえ間にお前の前にだけ現れやがって! いいか、龍麻! 今度そいつが来やがったらすぐに俺を呼べ! そんな奴はこの俺がぶっ倒してやるからよ!」
「 うん…」
「 絶対だぞ!」
「 うん」
  龍麻の相槌に、京一はようやく気がすんだようになって息を吐いた。
  いつもの京一だった。
  いつでも自分のことを心配して、ハラハラして怒っている。今は自分の《力》のことだって十分知っているはずなのに、その態度はちっとも変わらない。

  …あいつもあの時あそこにいたら、こんな風に心配してくれるんだろうか。

  ふっと浮かんだそんな考えに、龍麻は心の中だけで自らを卑下するように笑った。
「 龍麻」
「 え…?」
  その時、京一の声が聞こえて。
  はっとして我に返ったところを、抱きすくめられた。
「 きょ、京一…?」
「 そんな顔してんなよ…」
  京一が言った。
「 俺がここにいんのに…。違うとこに行ってんなよ」
「 ……」
「 なあ龍麻。…怖いか?」
「 え?」
「 さっき言ってたろ。怖かったって。…今も怖いか」
「 今は…大丈夫だよ」
「 隠すなよ」
  京一は命令するように、諭すようにそう言った。
「 もし怖くなったら…俺には、全部話せよ。不安なことも、嫌だって思ったことも、全部」
「 京一…」
「 強がるのも結構だけどよ。愚痴ったっていいんだ。弱音吐いたっていいんだ。俺はそのためにお前のそばにいるんだ。だから…独りで考えこんでんじゃねえぞ」
「 うん…」
「 約束だぞ」
  京一の龍麻を抱きしめる腕に力がこもった。ひどく温かい気持ちがした。
「 うん…」
  龍麻はぎゅっと目をつむって、その安全な場所に甘んじた。



To be continued…



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