第11話 龍麻はひーちゃん

  龍麻たちが秋月王国(旧名アキツキー王国)にたどり着いた翌日。
  街は朝から様々な騒ぎで少々混乱していた。
「 隣の鍛冶屋から火が出たぞ!」
「 斜向かいの食堂の主人が自分の料理で食中毒になった!」
「 子供たちが次々と腹痛を訴えている!」
  あちこちから聞こえてくる不穏な声。
  火事の消火に駆けずり回る人、体調を崩した人々に大わらわな医者。そんな家族の看病に当たる人々。
  いつもは平和な街に悪い事がいっぺんに起きている。
「 何だか街の人たち、浮き足立っているみたい」
  桜井がざわついている通りの様子を眺めながら不安そうに言った。
「 うむ。不幸が一度にたくさん訪れると、人というのは嫌でも不吉なことを想像してしまうしな」
  醍醐も神妙な顔つきでそう言った。
「 でも龍麻は心配しなくても大丈夫よ? 私が護ってあげるから」
  しかし美里はいつもと変わらない感じだ。
「 ははは…」
  龍麻はそんな美里に苦笑い。
「 お。あそこあそこ! 俺が行った所!」
  その時、先頭を行っていた京一が声を上げた。それに龍麻もはっとする。
「 あ! あれがこの街の教会…」
  不穏な街の様子が気にはなっていたものの、龍麻は朝早くから仲間たちと連れ立って浜離宮にある教会を目指していた。
  目的は勿論、自分にかかっているという呪いを解除する為である。
  本屋で知り合った壬生に1日は呪いを抑える魔法をかけてもらったものの、その有効期限も今日の夕刻まで。いつまでも金銭感覚が鈍いままでは困る。
「 でっかいなあ」
「 な。やっぱ大国にある教会は違うよな」
  京一も龍麻の感嘆の声に同意し、それから入口の扉を開いた。
  ギイィと大きな音と共に重い扉は大きく開かれ、龍麻たちは中の礼拝堂へと足を踏み入れた。
「 あれ…? 誰もいない…?」
「 ん…ヘンだな。昨日は温和そうな爺さん神父と、おっとり系の婆さんシスターがいたんだけどな」
  京一は不審の声でそう言ってから、辺りをきょろきょろと見回した。
  桜井が口を開く。
「 今日、あちこちで怪我人や病人が出てるから、神父さんたちも街の人の看病に出ちゃってるんじゃない?」
「 そうね。そう考えるのが自然かもね」
「 うん…そっか」
  しかし龍麻が桜井や美里のその言葉に納得して、頷いた時。
「 何か御用ですカ?」
「 え…っ!」
  一体いつからそこにいたのだろう。
  誰もいなかったはずの礼拝堂の一番奥、パイプオルガンが設置されている場所に、1人の少女が佇んでいた。
  シスターの格好をしている。見習いだろうか。
「 あ…あれ…。えっと、キミは、ここの…?」
「 何か御用ですカ?」
  無機的な声で少女は再度言った。
  風もないのに、少女の綺麗な金髪がさらりと揺れた。しかし瞳は翳ったままで、どことなく焦点があっていない。
  龍麻は怪訝に思いながらも、一歩前進して少女に近づいた。
「 あの、俺、自分にかかっている呪いを解いてもらおうと思って来たんだけど」
「 ノロイ……」
「 そ、そう。キミ、解ける?」
「 名前を教えて下サイ」
「 え?」
「 貴方の名前を教えて下サイ」
  機械的に出されているような、無感情な声だ。
  龍麻は一瞬、躊躇した。
  けれど尚も少女は言った。
「 名前ヲ言いなサイ」
「 あ…お、俺……」
「 ひーちゃん」
  その時、京一が突然背後からそう言って龍麻を呼んだ。
  え、となって龍麻が驚いて振り返ると、京一は目を細めて前方の少女を見ていた。
「 こいつの名前はひーちゃんだ。で、お前の名前は何ていう?」
「 ………ヒーチャン」
「 そうだ」
「 お、おい、京ー」
「 なあ。お前、昨日はいなかったよな。爺さん神父と婆さんシスターはどうした? お前、全然似てないけど孫なのか?」
「 ヒーチャン……」
「 ひーちゃん、危ないから下がって」
  その時、美里までもがそう言って龍麻を呼んだ。
  龍麻はその声で咄嗟に一歩退いた。
  瞬間、代わりに京一が剣を振りかざして前に踏み出した!

「 ヒーチャンに呪いヲー!!!」
「 !!?」

  不意に、少女の目が青白く光り、かと思った瞬間、赤黒い炎が全身から燃え上がった。
「 名前ヲ奪イ、その者を捕らえル! 名前ヲ私の物にスルー!!」
  少女の攻撃!!
  少女は京一には構わず、呪縛の魔法を龍麻に放った!!
「 な…っ!?」
  突然のことに龍麻は避けられない!!
  龍麻に呪縛の魔法が当たった!!
「 ……え?」
  しかし、龍麻はダメージを受けない!!
「 ナ…ナニ…!?」
「 あだ名じゃ呪いは効かないようだな!!」
  京一の攻撃!!
「 キャー!!」
  少女は70のダメージを受けた!!
  少女の周りに発生していた炎が消滅した!!
「 どいて、ひーちゃん」
  美里の攻撃!!
  美里は少女に戒めの魔法をかけた!!
「 アア…アアア……!」
「 うふふふふ……私のひーちゃんから名前を取ろうなんて悪い子…。お仕置きね」
  少女は100のダメージを受けた!!
  少女を倒した!!
  50の経験地を獲得、1ゴールドを手に入れた!!
  炎の指輪を手に入れた!!
  戦闘終了。





「 ワタシ……」
  しばらくして目を覚ました少女に、龍麻は傍に屈みこんで心配そうに声をかけた。
「 大丈夫?」
「 ひーちゃん、お人よしだなあ。ひーちゃんを狙ってた敵だよ? その子」
  桜井が呆れたように言う。
  美里がその背後から目を細めて笑う。
「 でもこの子。多分、悪気はないわ」
「 ワタシ…ワタシ、名前が欲しかったノ……」
  少女は俯いてそう言った。
  龍麻が首をかしげると、少女は悲しそうな目をして続けた。
「 ワタシ…生まれた時から名前…ナカッタ。ワタシ…この炎の《力》を使っテ、名前のある人、名前のある物に呪いをかけなサイ言われタ…。そしたら、名前くれる言われたカラ……」
「 誰にだ?」
  京一の質問に少女はぐっと唇を噛んだ。
「 ………」
「 言えないのか?」
「 ワタシ…孤児…。捨てられタラ、また1人ぼっち」
「 それじゃ私が面倒みてあげる」
  すると美里があっさりと少女に言った。
「「「「え!?」」」」
  これにはその場にいる全員がぎょっとして一斉に美里を見やったが、当の美里は平然としている。
「 貴女1人くらい私が面倒見てあげるわ。それにそんな《力》があるのにくだらない事に使うのはおやめなさい。ね、龍麻? この子に名前をつけてあげて」
「 え? お、俺…?」
「 ええ、そうよ。龍麻が名づけ親で私が育ての親。うふふ、何だか家族みたいv」
「 あ、葵……(汗)」
「 う、うーむ」
  桜井と醍醐が苦い顔をし、京一があんぐりとしている間に、美里は構わず少女に屈みこんで言った。
「 さあ、それじゃあ不安な事はなくなったわね? 名前を名乗った者たちに呪いをかけるよう、貴女に言った愚か者は誰なの」
「 ……ジル様」
「 ジル…? 知らないわねえ」
「 ジル様はココにはイナイ…。ここには、イワンとトニーと来たノ…。皆で手分けして呪いをかけるの…」
「 名前を取られるとその人はどうなっちゃうの?」
  龍麻が少女に訊くと、少女は不意に背後を振り返って聖母像のある場所を指し示した。
  すると少女の指先から仄かに光の魔法が漏れ、彼女が示した先に2人の人物が急にぼうっと浮かび上がった。
「 あ! 昨日いた爺さん神父と婆さんシスターだよ!」
  京一が驚いて叫び、彼らの元へ駆け寄る。
  様子を伺って、京一はほっと安堵の息を漏らした。
「 寝てるだけだ」
「 呪いはその人の持っている《力》で効力が違ウ…。元々ワタシの《力》が呪いをかけるのに向いていないというのもあるケド…。その人たちは眠りの呪いにかかっタ。あとはお腹が痛くなったり、お仕事失敗しちゃったり…。それくらい…」
「 でも力の弱い人間にはもっとひどい災難が降りかかるわけだね。それじゃあ、後の2人もとっつかまえなきゃ!」
  桜井が言った。醍醐も頷く。
  龍麻もそんな2人に頷いて応えながら再度少女を見やった。
「 この国の名前にも呪いをかけたの?」
「 知らナイ…。イワンもトニーもワタシも…そんな大きなものに呪いはかけられないカラ…」
「 …………」
「 とりあえず、お前がかけた呪いだけでも解けよ」
  京一が倒れている神父とシスターを見ながら少女に言った。
「 …………」
「 何だ?」
  しかし動こうとしない少女に、京一が不審の声をあげた。
  少女はちらちらと龍麻を見た後、ぽつりと言った。
「 まだワタシ…名前貰ってナイ…」
「 え?」
「 名前くれないト、呪い解かナイ」
「 おいコラ、ガキ…!」
「 龍麻。この子に可愛い名前をつけてあげて」
「 え? 本当に俺でいいの…? じゃ、じゃあ……」
  龍麻は女の子の名前をつけるのなんて初めてだ、と思いながら、頭にぱっと浮かんだ名前を口にした。
「 じゃあ…マリィ」
「 …………」
「 だ、駄目かな…?」
「 とっても可愛い名前ね。ね、マリィ?」
  美里がにこりと笑って言う。
  少女はしばらく考え込んでいたが、不意にぽっと頬を赤らめて龍麻の手をぎゅっと握った。
「 マリィ…嬉シイ…」
  そして。
「 あ…!」
  その瞬間、少女の身体から無数の光が放出し、その幾筋かは外へ、そして2本の光は傍に倒れている神父とシスターにそれぞれ注がれた。
「 うぅ…おや、私は…?」
「 はぁ…ま、まあ、私ったら、こんな所で寝たりして…」
  教会の神父とシスターが起き上がった!
  龍麻たちは、マリィが街の人々にかけていた呪いを全て解除した!!
  マリィが仲間に加わった!!
「 おや…貴方たちは…?」
  よろりと立ち上がって不思議そうな顔をする神父に、皆を代表して桜井が元気良く言った。
「 えーっと! ひーちゃんにかかってる呪いを解いてもらいに来ましたー!!」


+++


  教会から外に出ると、ざわついていた街の様子が気のせいか少し和らいでいるように見えた。
「 でもまだ2人のガキがうろついてんだろ? さっさと倒して街を元に戻そうぜ、龍麻?」
  京一が元気良く言った。
  龍麻も「うん」と頷き、それからやや考えあぐねた末言った。
「 京一…もう、さっきみたいには呼んでくれないの?」
「 は……?」
「 い、嫌ならいいけど…っ」
「 龍麻。私も呼んであげましょうか?」
  美里がさり気なくアピールしたが、しかし龍麻には聞こなかった模様。(結構ひどい)
「 えーと…さっきちょっと驚いたけど、何か嬉しかったんだ」
「 ……ひーちゃん」
「 えっ」
「 ……って、あらたまって言うと照れんじゃねえかよ!」
「 ボクは照れないよー! ひーちゃんひーちゃんひーちゃーん!!」
「 た、龍麻…。悪いが俺はそれはちょっと…呼べそうもないな…(照)」←1人で勝手に照れる醍醐
「 龍麻、私は呼べるわよ? 呼んで欲しい?」
「 そういえば京一は何でマリィが名前に呪いをかけるって分かったんだ?」
  美里を無視して龍麻が訊いた。(ますますひどい)
  すると京一は「ん?」と言った後、何でもないことのように答えた。
「 この街で容易に名乗るなってのは昨日街を歩いてる時に聞いた話だったし、それに俺は昨日ここに来てあの神父たちに会ってたからな。いきなりマリィがいたら怪しいって思うのがフツーだろ?」
「 そうかなあ…。京一ってホント凄いな!」
「 そ、そうか…? へ、へへへ…」
「「「しら〜」」」(醍醐、桜井、やや殺気立つ美里の反応)
「 はーそれにしても呪いも解いてもらったし! そのトニーだかイワンだかを探す前にメシ行かない?」
「 あ、行こう行こう! ボクねー昨日ひ−ちゃんたちが行ったっていう中華料理屋がいいー!」
「 あ、俺もそれ賛成! マリィもそれでいい?」
「 マリィも行っていいの?」
「 当たり前でしょ? マリィは私と龍麻の可愛い子供ですもの…うふふ」←めげない人
「 それじゃ、メシとするか!」
「「「「「おー!!!」」」」」
  こうして龍麻はまたまた自分で何もしないうちに1つの事件を解決したのであった。
  秋月王の謁見の日まで、あと1日――。



  龍麻は旅の仲間、マリィと知り合った!
  龍麻は炎の指輪を手に入れた!
  《現在の龍麻…Lv10/HP65/MP35/GOLD5291》
  《状態異常:龍麻は教会で「金銭感覚ゼロ」の呪いを解いた!》


【つづく。】
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