第16話 東か西か

  人気の少ない、港の見えるベンチに腰を下ろして龍麻は深くため息をついた。
「 はあ……」
  父の強引な一言がはじまりだった。
  流されるように村を出て、京一や他の仲間たちに助けられながら何とか辿り着いた秋月王国。
  龍麻の冒険はそこで終わるはずだった。少なくとも龍麻自身はそう信じていた。
  それなのに。
「 俺なんかが勇者のわけないよ。こんな弱いし、優柔不断だし」
  何故か共に旅立とうと名乗りをあげてくれる多くの仲間たち。
  そもそも、彼らに対して何もしてあげられていない自分に、何故彼らがこんなにも親切にしてくれるのかが分からない。
  王様が「勇者」だと言うからだろうか。
  世界を救うためだろうか。
「 うーん……」
  ベンチにころんと横になり、龍麻は1人唸った。
  何にしても、旅立って。東に向かって。
  何処かの洞窟にあるという《勇者の証》を取りに行かねばならないらしい。
  そして、その為の仲間を4人選ばなければならないらしい。
「 危険だし……それに…選ぶ、なんて……」
「 きゃっ!」
「 わっ!?」
  その時、ベンチで横になっている龍麻に突然真正面から少女が叫んですっ転んできた。
「 いっ…!」
「 ご、ごめんなさい…! 大丈夫ですか!?」
「 ………あのね(汗)」
  少女はえへへと言いながらすぐに立ち上がり、申し訳なさそうに龍麻を見やった。
「 私、おっちょこちょいだから。ちょっとつまずいてしまいました」
「 比良坂さん。ここ、何も障害物ないと思うんだけど…」
「 龍麻さん、隣座りますね!」
「 聞いてないし…(汗)」
  仕方なくむくりと上体を起こす龍麻に、またしても突然わいて出た歌う踊り子・比良坂紗夜は、嬉しそうな顔をして自らもベンチにちょこんと腰をおろした。
「 それで龍麻さん。連れて行くパーティは決まったんですか?」
「 ……ううん。まだ……」
「 別に最大4人選ぶ必要なんかないんですよ? もう確実に決まっている人だけでも発表したらどうです?」
「 うふふ、そうよ龍麻。私とマリィはもう決まっているわよね?」
「 み、美里!?」
「 うふふふふ…悩む龍麻もとっても素敵だわ…」
  ぎょっとする龍麻に、美里はいつものやんわりとした笑みを浮かべ平然としている。
  比良坂とは逆の位置から龍麻の隣をゲットしているあたり、隙がないといったところか。
「 こらー、葵! またキミは勝手にひーちゃんに近づいてー!!」
  するとベンチの背後の茂みから桜井が大きな声を出して飛び出してきた。
  どうやらずっと龍麻の後をつけてきていたらしい。
「 あーごほん。お前たち、龍麻は1人になって考え事をしたいと言っていたんだぞ? こんな風に邪魔をしては駄目だろう」
「 そういうアンタもな!」
  桜井と同じ茂みからそれぞれそう言って現れたのは、醍醐と雨紋である。
「 やーん、舞子、ダーリンから離れたくなーい!!」
「 なになに、何か面白い事でもやってるのー!?」
「 ………みんな」
  更に前方からだっとの如く登場したのは、ナースの高見沢と何故か情報屋の遠野である。
  そしてみんながぎゃあぎゃあとお互いに言い合いを始めたところで、最後に京一がやって来て言った。
「 お前ら! いい加減にしろよ! ひーちゃんを1人にしてやれよ!!」


全員「 ならお前も来るな!!」


  ……その光景に、龍麻はまた深くため息をついた。
  桜井が逸早くびくりとして、心配そうに龍麻の顔を覗きこんだ。
「 あ、あの…? ひーちゃん、何かごめんね? ボクたちちょっとうるさすぎた?」
「 おい、龍麻サンが困ってるゼ。皆、ここは一旦引こうぜ?」
「 そうよ、みんな。龍麻を1人にしてあげて」
「 葵! キミも来るの!」
「 あら…だって。マリィ」
「 マリィ、龍麻パパと一緒にイル!」
( ずるいな…子供作戦かよ……)←全員の心の声
「 龍麻パパ、マリィ、一緒にいてもいい?」
「 …………」
  けれど龍麻は自分の腕に縋るマリィに少しだけ微笑みかけたものの、やがてその手を優しく解くときっぱりと言った。


「 ごめん。俺、本当に1人になりたいんだ」


  こうして仲間たちは仕方なく龍麻をその場に残すと、今度こそ各々の宿屋へと引き返して行った。


+++


「 よし、決めた!」
  一体どれだけの間、龍麻はベンチに座っていたのだろう。
  沈む夕陽に照らされて、揺れる波間も真っ赤に染まっている。港で賑わっていた人の姿もそろそろまばらになろうかという頃。
「 ……1人で行こう」
  龍麻は意を決したようにそうつぶやいた。
  元々が1人で始めた旅である。
  皆の気持ちは嬉しいが、果たして自分は本当に王様が言うような「勇者」として何かをしてきたであろうか。全部京一や美里たちに任せてレベル上げをしていただけではないか。
  そんなのは、きっと間違っている!
「 そうだ! 俺、まずは1人で頑張ってみよう! これくらいの使命、1人でできなくちゃ本当の勇者と言えるわけないもんな!」
  龍麻は立ち上がり、夕陽に向かって握りこぶしを作るとそう声をあげた。


  龍麻は勇者としての《自覚》を持った!!
  龍麻はレベルが上がった!!(チャラララッチャッチャッチャ〜!!)
  龍麻はホイミを覚えた!!(遅ッ)


「 そうと決まったら…皆に見つからないうちに町を出よう!」
  しかし龍麻がそう言った時である。
「 緋勇龍麻様でございますか?」
「 え……?」
  どこから現れたのだろうか。
  突然龍麻にそう声をかけてきた人物がいた。
  妖艶な雰囲気を持った女性である。
「 貴方は…?」
「 芙蓉と申します、龍麻様」
  女性は表情もなくそう言った。そして深く一礼すると、彼女は言った。
「 ご主人様がお待ちです。この街より西方にある《銀の祠》までお越し下さいますよう」
「 え、え? 何…? ご、ご主人様って…?」
「 龍麻様、これを」
  龍麻の問いには答えず、芙蓉と名乗った女性は龍麻に一枚の羊皮紙を渡した。
  龍麻は世界地図を手に入れた!!
「 祠の位置はそこにも記されております故…。何卒、お急ぎ下さいますよう…」
「 ちょ、ちょっと待ってよ。俺、これから行かなくちゃいけない所が…」
  しかし龍麻が言いかけた時には、もう芙蓉の姿はなかった。
「 ………人間じゃないみたい」
  半ば茫然とそうつぶやいた龍麻は、しかし貰った地図を開いてしばしそれに目を落とした後、ふうとため息をついた。よくは分からないが、誰かが待っているらしい。それも早急に。
「 ………」
  自分が姿を消し、東に向かっていないと分かったら皆はどう思うだろうか。
「 勇者になるのが怖くて逃げたって思われるかもな…」
  けれど、それならそれで。
「 まあ、いいか……」
  龍麻はまたそう独りごちた後、西へ向かうべく歩き出した。
  たった1人で。



  龍麻は旅の仲間候補、芙蓉と知り合った!

  《現在の龍麻…Lv11/HP75/MP40/GOLD5291》
  《状態異常…龍麻は「嫉妬の炎」という呪いにかかった!! しかし龍麻はこの呪いの存在にまだ気づいていない!! この呪いは教会か、レベルの高い魔法使いにしか解く事ができない!!》


【つづく。】
15へ17へ