第17話 不機嫌な魔術師

  西の祠。
「 すっごい…。幾ら近いからってモンスターに全然会わないで着いちゃうなんて」
  正直、独りで街を出て平原を歩く事に相当な恐怖を感じていた龍麻である。
  何事もなく無事に目的地へ着けた事でほっと肩を撫で下ろす。
「 ここ…何だろ……」
  銀の祠という名前の割に、それらしきものは何もない。
  あるのは、巨大な石でできた小さな四角い家のような物が一つ。
  傍には大きな木が一本だけどっしりとそびえ立っている。
「 サイコロみたいな家だ…」
  正方形のそれには同じく正方形の窓が一つ。といってもガラス戸が張ってあるわけでもなく、もう少し近づけば中は丸見えだろう。
  しかし龍麻が傍へ寄ってそこから様子を伺おうとすると、急にキンとした声が響いた。
「 行儀の悪い。きちんと入口の扉を開けてお入りなさい」
「 わ…っ」
  突然の事に面食らった龍麻は思い切り仰け反って窓から身体を離した。
「 扉って…」
  きょろきょろと見渡して、龍麻は窓の隣の1面に石の扉があるのを見つけた。
「 お、お邪魔します…」
  その石をゴゴン…と重い音をさせながら前へ押すと、それはいともあっさりと開いて龍麻を中へとすんなり通した。
「 わ……」
  石のサイコロの家の中は、割と広かった。
  中は外の見た目と違って柔らかく温かい感じがする。
  感触の良い絹地が壁を覆い、床にはふかふかのカーペットが敷いてある。
  周囲には本棚と机、それに何やら意味不明の大きな壺がごろごろ置いてあったが、雑然とした雰囲気は感じられない。
  そう、まるでここは。
「 魔法使いの部屋みたいだ」
  以前、親友の比嘉が読み聞かせをしてくれた魔術師の家が確かこんな感じだった。
「 そうですよ」
  すると不意に龍麻の目の前にすらりとした体型の人物がふっと姿を現した。
「 わあ!」
  驚いて龍麻がまた仰け反ると、しかしその背後には既に大きな寄り掛け椅子が設置されていた。
  龍麻はぼすんとその椅子に身体をうずめた。
「 ………?」
「 貴方が緋勇龍麻さんですか……」
  突然現れたその魔術師は、黒い髪を背中まで垂らした涼しげな顔をした美形であった。
  法衣を纏った威厳のある姿。
  龍麻はただ唖然として目の前の人物を見つめた。
「 王から話は聞いています。この国に掛けられた呪いを…ひいては世界の呪いを解く勇者だとか」
「 あの……」
「 ……ふん、しかし自分が呪いにかかっている事にも気づかない未熟者が、果たして本当に我らを導く勇者足りえるのかどうか…」
「 え……」
  眉をつりあげそんな事を言う魔術師を、龍麻はぽかんとして見つめた。
  魔術師はそんな龍麻には構わずに続けた。
「 私は忙しいのです。この国の結界を乱す輩を追い払わねばならないし、そもそもこの国に呪いを掛けた者の行方も追わねばならない。その上貴方のお守では…如何な私でも身がもたないというもの」
「 べ…別に、身も知らぬ貴方なんかに何も頼んでないよ…っ」
  あまりの言いようにさすがの龍麻も口を尖らせた。
  相手は全く動じていなかったが。
「 御門晴明」
「 え」
「 私の名前です。これで見も知らぬ者ではなくなりましたね」
「 …………」
「 さて、緋勇龍麻さん」
  御門は龍麻の名前を呼んでから言った。
「 貴方には我が国にくだらぬ呪いを掛けて街を混乱に陥れようとしていた子供2人を退治してきてもらいます」
「 な、何…?」
「 彼らと彼らを操っているジルという者はここより北へ行った先のローゼンクロイツ城にいます。ナマイキにも今まで結界を張って姿を隠していたようですが…この間貴方が1人奴らの仲間を引き入れたでしょう? それで力が弱まったのか、奴らのいる場所を特定する事ができました」
「 ローゼンクロイツ城…」
「 芙蓉をつけます。私は忙しい」
  御門はきっぱりと言ってから指をぱちんと鳴らした。
「 宜しくお願い致します、龍麻様」
「 あ…さっきの」
  するとふっと、港で会った芙蓉という女性が現れ、龍麻にぺこりと礼をした。
  御門は言った。
「 貴方がこの仕事をきちんとこなす事ができたなら…私も貴方のお守をする事を前向きに考えてみましょう」
「 ……偉そうな人だな」
「 何か言いましたか」
「 うん。俺…別に貴方になんか仲間になって欲しいって思わないですから…っ」
「 そうですか。それは結構」
  御門はふっと目を細めて笑った後、またぱちんと指を鳴らした。
  すると龍麻の手には銀のペンダントがすとんとおさまった。
  龍麻がきょとんとして御門を見ると、その秋月で1番と高名な魔術師はふいと視線を逸らし素っ気無く言った。
「 それから、龍麻さん。貴方に掛かっているその呪いは実に厄介だ。仲間を連れていないのは正解ですよ。恐らくそのままでは芙蓉以外の者は皆ダメージを受ける…」
「 え……それってどういう……」
「 私が解いてあげても良いが、まだ私は貴方を勇者と認めていませんのでね。無駄な魔力は消費したくないので。時間があれば教会にでも行きなさい」
「 ま、街には行けないよ…。俺、皆から隠れてるんだから」
「 ならば2人で行くしかないでしょうね」
  御門の冷淡な態度に龍麻は沈黙した。
「 ジルはあれでまあまあ手強い相手ですから。一応気を付けて行ってらっしゃい」
  そして御門はそう言った後、またぱちんと指を鳴らすとすっと部屋から姿を消してしまった。
「 ………」
  残された龍麻はしばし椅子に座って固まっていたが、傍にいる芙蓉を見てからぽつりと言った。
「 キミのご主人様っていつもああ不機嫌なの…?」
  こうして龍麻は芙蓉と共に、更に西にあるというローゼンクロイツ城を目指す事になってしまった。
  果たしてレベル11で勝てるのかどうか…。



  芙蓉が仲間になった!
  龍麻は銀のペンダントを手に入れた!これは装備していると魔法のダメージを軽減する!

  《現在の龍麻…Lv11/HP75/MP40/GOLD5291》
  《状態異常…龍麻は「嫉妬の炎」という呪いにかかっている!! この呪いに掛かると、戦闘中、人間の仲間には常に炎のダメージが与えられてしまう!! この呪いは教会か、レベルの高い魔法使いにしか解く事ができない!! 龍麻はこの呪いの存在に気がついた!!》


【つづく。】
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