第23話 とりあえず、帰還 

  龍麻たちがローゼンクロイツ城を出ると、外はもうすっかり明るくなっていた。
「 ふわあ…徹夜しちゃったね」
「 眠いんならこの俺の腕を貸してやるぜ、先生?」
「 村雨」
  あくびする龍麻に言い寄る村雨、そしてそれを戒める芙蓉。
  そんな3人を壬生は黙って見ていたが、やがて龍麻の元に歩み寄ると言った。
「 龍麻。それじゃ、僕はここで失礼するよ」
「 えっ」
  龍麻が驚いて壬生を見上げた。
  壬生は少しだけ笑ってみせ、後を続けた。
「 楽しかった。龍麻と一緒に戦えて。……ありがとう」
「 み、壬生…? これから何処へ行くんだ?」
「 ………」
「 もう会えないのか?」
「 ……言っただろ。僕は呪われた身だって。僕とは関わらない方がいいんだ」
「 な、何でそんな事…!」
  焦る龍麻に、壬生は不意に握り締めていた自らの左手を広げた。
「 ……?」
  そこには赤黒い小さな痣があった。その形は何かの生き物のようにも見えた。
「 これ…?」
「 僕は黒竜の呪いにかかっている」
「 何それ…?」
「 ……殺戮者の象徴だよ」
「 ???」
「 だから僕は…せめてもの慰みにこうやって人々の呪いを解いて歩いている。そんな事、何の解決にもなりはしないのにね」
「 壬生??」
  意味を掴めずに首をかしげる龍麻に、けれど壬生はそれ以上の事は何も言わなかった。
  ただ龍麻の頬をそっと撫でると。
「 さよなら龍麻。……また」
  そう言って、壬生はそのまま草原の向こうへと消えて行ってしまった。
  龍麻は壬生を引き止める事ができなかった。
  何故だかそうしてはいけない気がしたから。
「 よくやった先生。今無理に引きとめようとしたら…あいつは、2度と先生の仲間にはならなかったろうよ」
  壬生を見送る龍麻の背後で、村雨がぽつりとそんな事を言った。

  壬生がパーティから離れた!!


+++


  西の祠。
「 フン、随分長い事かかりましたね」
  くたくたの龍麻に何の労いの言葉もなく、魔術師・御門は無機的な顔のままそう言った。
「 おまけに私の式神を随分使役したようだ。ボロボロではないですか」
「 ご、ごめん…。芙蓉さん、確かにいっぱい傷ついちゃって…俺のせいで…」
  御門の言葉にしょんぼりする龍麻。
  すると芙蓉が焦ったように龍麻の前に進み出て主である御門に言った。
「 晴明様。龍麻様は何も悪くはございません。全てはこの芙蓉の未熟さ故」
「 ……ほう?」
「 この芙蓉、晴明様により龍麻さまをお守りするよう仰せつかっていたにも関わらず、何のお力添えもできませんでした。申し訳ございません」
「 な、何言ってんだよ芙蓉さん! 芙蓉さんはすっごくよくやってくれたよ!」
「 おいおい先生、俺には何もなしかい?」
  すると3人の様子を背後から1人、面白そうに眺めていた村雨が声をかけた。
  それからギロリと自分に鋭い視線を向けてくる御門ににやりと笑ってみせる。
「 まァ、何はともあれ事件は解決したしな。先生はよく頑張ったぜ? 俺が保証するよ。先生は良い勇者になる」
「 ふん、お前の保証などない方がマシですね」
  御門はぴしゃしりと言ってから、さっさっと蝿でも払うように手にしていた扇子を振った。
「 どうでもいいが、村雨、お前の仕事は終わりました。さっさと城へお帰りなさい。マサキをいつまで独りにしておくつもりです」
「 お前だろーが、俺を駆り出したのはよ」
「 え?」
  龍麻が村雨のその言葉に素早く反応すると、不敵のギャンブラーはくくっと低く笑って御門を顎でしゃくった。
「 コイツは見た目通り、相当な意地っ張りだからな。先生たちだけじゃ、あのジルには敵わないって分かっていやがったくせに、テメエが言い出した手前自分で出て行けねーときたもんだ。そこで俺の登場ってわけさ」
「 ………そ、そうなの?」
「 おっと、勿論、俺だって先生が心配だったから一緒に行くのに即行でOKしたんだぜ? そこんとこ誤解しないでくれよ」
「 で、でも…御門…さん。どうもありがとう…」
  龍麻が素直に礼を言い、ぺこりと頭を下げると。
「 ………フン」
  御門の全身ごつごつとしたような硬いオーラがふっと消えるのを龍麻は感じた。
  もっとも彼の口のキツさは依然変わらなかったが。
「 それにしても龍麻さん。貴方もマサキに買われている勇者にしては、責任感がなさすぎますね」
「 え…?」
「 貴方はマサキから東の洞窟へ行って《勇者の証》を取りに行くよう、言われていたのでしょう? 何を油を売っているのです」
「 ………へ?」
  ぽっかーんとする龍麻。その背後の村雨は笑いをこらえるようにして小さく肩を震わせている。
  芙蓉は主の台詞に困惑気味だ。
  そしてその当の主…御門は、3人の態度になどまるで構わず、己の発言に何の疑問も感じていないようで、平然と後を続けた。
「 己のレベルも弁えず、無防備な状態でローゼンクロイツ城へ乗り込む無謀さ、無鉄砲さ。無知さ。やるべき事を放置して貴方はここで一体何をしているのです。こうしている間にも他の者たちは続々と東の洞窟へ向かっているのですよ? まったく…」
「 だ、だって御門さんが俺にローゼンクロイツ攻略を…」
「 お黙りなさい」
  問答無用で御門はそう言い、ぴしゃんと開いていた扇を閉じた。
  それから村雨に再度ギロリと視線を向ける。
  村雨はやれやれと肩をすぼめた。
「 先生、どうやら俺はここまでのようだ。あばよ、また俺と組みたくなったらルイダンの酒場へ来てくれな」
「 村雨…」
「 お、何だ、そんな心細そうな顔して。安心しろよ、この御門って奴は、石頭だが別に先生を取って食いやしないから」
「 村雨」
「 へ、分かった、分かったよ。じゃあな、先生」

  村雨がパーティから離脱した!!

「 ……龍麻さん」
「 はいっ?」
「 さすがに今から東の洞窟へ行く体力はないでしょう。今夜一晩は町へ戻り、英気を養いなさい。ですが、明日は必ず東の洞窟へ赴くように。分かりましたね」
「 あ、う、うん……」
「 何ですか、そのはっきりしない返事は。何か問題がありますか」
「 あ、いや…。ところで御門さんは…」
  結局何をしている人なのだろう?
  人をいいようにこき使っている割には、結局何だか仲間にもなってくれない感じだし、東の洞窟にも一緒に行く気はないようだ。
  ただの冷たい魔術師じゃないか。
「 龍麻さん」
「 はっ!!」
  御門の射抜くような鋭い声に龍麻は一瞬で背筋を伸ばした。
  氷の視線を寄越す魔術師は、勿論そんな事で心を揺さぶられたりはしなかったが。
「 貴方の考えている事は分かりやすすぎます。勇者として、それではいけません。もっと警戒し、己の感情を読まれぬよう、うまくコントロールなさい」
「 そ、そんな事言ったって…」
「 それに言ったでしょう? 私は忙しいのです。我が国に呪いをかけている、ジルなどよりもより強大な敵を探る為、毎日忙しい。貴方のお相手をするのは、貴方がもっともっと強くなって、私やマサキに本当に認められなければ」
「 …………分かった」
  別に認めてもらわなくてもいいや。
「 龍麻さん」
「 わっ!!」
「 ……それから、芙蓉は好きに使いなさい。洞窟へも一緒に連れて行きますか?」
「 えっ…でも……」
「 芙蓉は私の代わりです。どうやら、貴方の傍が気に入ったようだ」
「 そ、そのような事…晴明様…っ」
  主の思惑有り気な口調に芙蓉は焦ったような顔を見せた。何だか随分人間ぽい雰囲気を漂わせている。
  けれどそんな芙蓉と御門を交互に見て、龍麻は笑って首を振った。
「 でも、せっかくだけど芙蓉さん。東の洞窟は俺1人で行くって決めているから大丈夫だよ」
「 は…?」
「 ほう1人で? 大丈夫なのですか?」
  御門のバカにしたような言葉に龍麻はべーと舌を出した。
「 フン、大丈夫だよ! 俺は皆に迷惑かけないで頑張るって決めたんだから」
「 ほう、今回の戦いで散々皆に迷惑をかけておいて?」
「 うっ」
「 晴明様…っ!」
「 …ふふ」
  ぐっと詰まる龍麻、尚途惑う芙蓉に、御門がこの時初めて笑った。
  それはひどく柔らかいもののように見えたのだが。
「……まあ、1人でやるならやりなさい。お手並み拝見といきますよ」
  不機嫌な魔術師は、そう言った時にはもうすっかり元の仏頂面に戻ってしまっていた。

  芙蓉がパーティから離れた!!
  龍麻は1人になった!!


+++


  秋月国、城下町。浜離宮入口―。
「 あ……」
  くたくたに疲れた龍麻が足を引きずるように町の入口にまで到達すると、そこには。
「 京一……」
「 ………」
  大きな鉄の門の前には、腕を組んでそこに寄りかかった格好のままこちらを見ている京一の姿があった。龍麻が呼んでも何の反応も示さない。
  無表情だ。
  龍麻はぎくりとして駆け寄ろうとした足を止めた。
「 きょ、京一……」
  怒っている。
  やはり怒っているようだと思った。当然だ。何も言わずにいきなり消えて、一晩戻って来なかったのだから。他の仲間たちも皆心配しているに違いない。幾ら自分1人で行こうと思ったからと言って、あまりに勝手な行動だったと龍麻は京一の顔を見て今更ながらに反省した。
「 あの…京一、俺……」
「 ボロボロじゃねえかよ…」
  俯き、口ごもる龍麻に京一がようやっと言った。
「 え……?」
「 ……勝手にこんなんなりやがって」
「 きょ……」
  けれど龍麻が戸窓って京一を呼ぼうとした瞬間。
「 京一…っ?」
  京一はすっと門から背中を浮かすとそのままズンズンと歩み寄り、龍麻のことをぐいと引き寄せ抱きしめてきた。
「 ……ったく、バカ」
「 ば…そん…な事言わなくたって…」
「 俺がどんだけ心配したか分かんねーだろ?」
「 う……」
「 龍麻。どうなんだよ?」
  ぎゅっとより強く抱きしめられて、龍麻は一瞬息が詰まって咳き込んだが、顔の見えない京一の切羽詰まったような声には胸が痛んだ。
「 うん……」
「 ……何が『うん』なんだ?」
「 ごめん…」
「 ………」
「 ごめん、京一…」
「 ………」
「 ごめん。でも、俺……」
  そうして龍麻は一気にふっと力が抜けたかと思うと、そのまま京一にもたれかかるようにして自身もぎゅっと縋りついた。
「 京一…俺…俺、疲れたあ……」
「 ………はは」
  その時、京一が少しだけ苦笑したような気がしたけれど、龍麻にはもうよく分からなかった。
  ただもう京一に支えられ、安心してしまっていた。

  龍麻はその日、夕方まで目を覚まさなかった。



  《現在の龍麻…Lv12/HP73/MP40/GOLD6382》


【つづく。】
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