第35話 束の間の休息

  ハーレムタウン、篠崎亭。
「 ったく、重ェ!!」
  龍麻のメイド服にやられ、戦闘不能状態に陥った(というか眠りこけてしまった)醍醐を肩に抱えて宿屋にまで来た京一は、そのロビーに着くや否や仲間の巨体をその床に思い切り投げ捨てた。
  ズズン、と大きな地響きがしたが、それでも醍醐は目覚めない!!
「 魔法使える奴がパーティにいりゃ、ザメハで起こすんだが…」
「 何それ?」
「 ……ひーちゃんはもちっと、魔法の種類の勉強した方がいいぞ」
「 うっ…。分かったよ」
  京一に呆れた顔をされつつ、とりあえず龍麻は死人醍醐(死んでない)は放っておいて、偶々目に入って駆け込んだ宿屋「篠崎亭」を見渡した。
  名前の割にいやに煌びやかな宿である。
  開かれたロビーは真っ赤な絨毯に天井にはシャンデリア、色取り取りの花や絵画が周囲を飾り、いつかほのぼの村で泊まった小蒔の家の民宿とは大違いである。
  泊まり客も金持ちが多いようだ。龍麻は途端、オドオドとして傍の京一を見やった。
「 何か…俺たちって場違いな客じゃない(汗)?」
「 あ? 何言ってんだよ、金払えば何処も同じだって」
  京一はさすがに旅慣れているせいか、別段何も感じていないようだ。
  すたすたとフロントに行き、宿屋の男に挨拶する。
「 よぉ、部屋は空いてるか?」
「 篠崎亭へようこそいらっしゃいました」
  蝶ネクタイをした中年の男はぺこりと丁寧に頭を下げてからにこりと人好きのする笑顔を向けた。
「 お一人様600ゴールドになりますがお泊まりになられますか」
「 ろっ…!?」
「 ろっぴゃく〜!!!!」
  京一がぎょっとして声を上げる前に龍麻が声を張り上げた。
「 ろろろ…ろっぴゃくって600って!! 1人分が!? 1泊で!?」
「 はい。さようでございます」
  男は笑顔を崩さない。
  龍麻はあんぐりと口を開いたまま、その場から動けなくなった。
  龍麻は精神的ショックを受けた!! 体力にも影響、5のダメージを受けた!!(ヤバイ死ぬ…)
「 ……なあ。この町の宿屋は何処もあんたんとこくらいするのか?」
  京一がややひくつきながら訊く。
  男はいいえと答えてから、龍麻が手にしている「ハーレムタウン通行証」を指し示して言った。
「 当方と違って通行証を必要としない宿屋がこの町の外れにあるのですが、そこでしたらお1人様60ゴールドでご宿泊できると思います」
「 おいおい全然違うじゃねーかよ…」
「 60だって高いよ…(ぼそり)」←貧乏性龍麻
「 ただ設備は最悪、入国を拒否され荒れている乱暴者が多く溜まっているので…。お客様のお連れ様のような可愛らしい方には危険かと存じます」
「 へ…お連れ様……」
  宿屋の男の発言に龍麻がきょとんとしていると、そう言われた京一の方は舌打ちをしてから渋々頷いた。
「 くっそ、分かったよ! ここにする、ここに!!」
「 え…えええ!? ちょ、京一、600ゴールドだよ!! 3人でせんはっ…!!」
「 金なんかすぐ貯まるだろ! それよりひーちゃんの身の安全優先だろが!!」
「 身の安全って…!!」
「 いいからここに決定!! あ、醍醐は外で寝かしておくか!? そうすりゃ1200ゴールドで済むし!!」
「 ……何ひどい事言ってんだよ〜」

  結局、龍麻たちは豪華篠崎亭に宿泊する事にしたのだった。
  チャリーン!!!(金が消えていく音)


+++


  さすがに強行軍で疲れたのか、龍麻は夕食も摂らずにそのままベッドに突入した。
  京一や醍醐もそうだ。醍醐の場合はずっと寝たままだが……。
「 ん……」
  ところが、喉の渇きを覚え、龍麻はふと目を覚ました。
「 何時…だろ…?」
  窓から月の光が差し込んできているせいか、灯りはなくとも部屋を見渡せた。
  龍麻はゆっくりと上体を起こしてから壁際のベッドで眠る京一、それとは反対側の窓際、補助ベッドでぎゅうぎゅうになりつつも眠りを貪る醍醐に目をやってから、そっと部屋から抜け出した。
  螺旋階段を下りていくとすぐにフロントだ。
  深夜もそこの電灯は消える事なく、宿屋の人間もまだ数人働いているようだった。
  それで龍麻が彼らに水を貰おうとそちらへ向かって行くと―。
「 よ。お兄さん!」
  背後から突然明るい声が掛けられた。
「 え…?」
  振り向くと、ロビーに設置されている椅子に腰を下ろしている青年がにこりと笑いかけているのが見えた。
  黒髪を有した、切れ長の涼しげな目が印象的だ。年齢は龍麻と同じくらいだろうか。
  剣士なのか、彼は椅子に座って自らの刀剣の手入れをしていたようで、龍麻に笑いかけてからも尚そちらに目を落とし、熱心にそれに視線をやっていた。
  そんな青年は、左眼にひどい切り傷があった。
「 えーと…?」
  声をかけられたまま放っておかれたようになっている龍麻がぼんやりと声を出すと、青年は思い出したようになって再び顔を上げ、それから気さくな声で言った。
「 兄さん、これ飲む? これなぁ、さっきここの宿のお姉さんに貰ったんや。果物絞ったジュースやて」
「 え…あ、美味しそう…!」
  傍のテーブルに置いていたグラスを掲げて青年が龍麻にそう言うと、龍麻はそれにつられてまんまとフラフラ向きを変え、自分もその青年の隣に腰を下ろした。
「 ほい、あげるわ」
「 いいの?」
  青年が自分の隣に来た龍麻にグラスを渡す。
  龍麻が一応遠慮したように相手の顔を見やると、青年は細い目を更に細めて再びにっこりと笑った。
「 ええよ。わいはさっきもぎょうさん貰ったもん。ここの宿はええなあ。ほんま高いだけの事はあるわ。サービス満点」
「 そうなんだ。俺、ここに来てからすぐに寝ちゃったから、夕飯も貰ってないよ」
  ジュースを受け取りながら龍麻がそう言うと、青年は「あっちゃ〜」と大袈裟な声を上げて髪の毛をむしった。
「 そら惜しい事したなッ。ここの晩飯はほんま最高なんやでっ? 明日ここの主人に言って、代わりにお弁当作ってもらわな損や損ッ。それは、絶対ちゃんと言うた方がええよ?」
「 う、うん…」
  慣れない言葉に少々翻弄されながら、それでも龍麻は貰ったジュースでほんわかりラックスした気分になっていた。
  龍麻は【新鮮果物ジュース】で最大HPが5アップした!!
「 ところで兄さん、昼間はほんま別嬪やったなぁ」
「 え…?」
  青年は言いながら、ようやく満足したのか磨いていた剣を鞘に収め、改めて龍麻を見やった。
  それは害のない笑顔だったが、龍麻は嫌な予感を覚えて途端顔を引きつらせた。
「 ひ、昼間って…?」
「 そら、ここの名物、別嬪さんコンクールの事に決まっとるわ。会場の人みーんな魅了してもうて、ほんま、兄さんも罪なお人やで」
「 み、み、見てたの、あれ…!!」
「 見てたで。わい、審査員長やってたあの爺っちゃんと知り合いでな。お使い頼まれてたさかい、偶々あそこ入ったら丁度みんなぶっ倒れてたとこで。まったく、おっとろしいモンスターでも現れたのかと思ったわ」
  けらけらと楽しそうに笑ってそう言ってから、青年は小首をかしげた。
「 で、兄さん、あの格好はもうせえへんの?」
「 す…するかよっ!!」
「 そら惜しいなあ。わい、あとちょっとで恋に落ちるとこやったのに」
「 は、はあぁ〜!?」
  青年の言葉にずりずりと身体を仰け反らせる龍麻に、青年は益々可笑しそうになって笑った。
「 冗談や冗談っ。……さってと。そろそろ行くかな」
「 えっ…? 行くって?」
  手にした剣を背に背負い突然立ち上がった青年に龍麻が驚いて顔を上げた。
  青年はもう笑っていなかった。ひどく真面目な顔で宿の外、窓から見える夜の景色へ目をやっている。
「 夜はモンスターが多いよってな……」
「 え?」
  意を飲み込めず茫然としている龍麻に、青年はまた優しい目をして笑った。
「 修行にはうってつけってわけや! さて、と。兄さん、お話できてほんま嬉しかった。またどっかで会ったら声かけてな?」
「 あ、あの…!」
「 ん…? あ、そうや。わい、まだ名前名乗ってなかったよな。わいな、劉弦月て言うんや」
「 劉…弦月……?」
「 そ。兄さん、発音うまいな〜。みんな、うまく名前呼んでくれんのに。感激や〜」
  青年は本当に嬉しそうにそう言ってから、また不意にどことなく思い詰めたような顔をした。
  そして。
「 この名前は……わいの誇りやからな」
「 …………」
「 兄さんも、名前教えてくれるか?」
「 あ…俺、緋勇龍麻」
「 ………緋勇? へえ……緋勇、龍麻?」
「 う、うん……?」
「 …………」
  劉は何故か心底驚いたように目を見開き、そう言った龍麻の顔をまじまじと見やった。
  けれどもすぐに気を改めると、劉はそのまま龍麻に背を向け、去って行った。
「 ………劉弦月、か」
  龍麻はそんな劉の後ろ姿を見つめたままぽつりとつぶやき、やがてはっとなって部屋へと駆け戻った。
  カバンを探る。
  龍麻は不思議なカードを取り出した!!


  カードには新たな種類が追加されていた。灰色のカード。
  図柄は………とってもかわい〜いヒヨコだった。



  龍麻は旅の仲間候補、劉弦月と知り合った!ただし劉が仲間になってくれるかはまだ分からない!
  《現在の龍麻…Lv12/HP75/MP40/GOLD4836》


【つづく。】
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