第4話 初めての宿屋

  龍麻はぶすーっとしている京一の顔を恐る恐る眺めた。
「 いてっ!」
「 あ…っ、ごめん、しみた?」
「 んー…平気。けど…くそ〜あのバカガキ男女〜!!」
  京一は怒りを再び甦らせたようになって悔しそうに顔を歪めた。
  ここはほのぼの村の桜井旅館。夕飯・朝ご飯付きで1泊6ゴールドのお得宿屋だ。
  けれど京一は宿に入って荷物を置き、夕飯を貰って部屋に戻る現在まで、本当に散々な目にあった。

  コラー! タツマくんの食べている姿をじっと見るな! 成敗!
  コラー! タツマくんの洗濯物に触るな! 成敗!
  コラー! タツマくんの手当てはボクがする! 成敗!

  ……という風に、宿屋の元気娘・桜井小蒔に何かといちゃもんをつけられては、背後から彼女特性の弓矢でぷすりぷすりと刺し貫かれ続けたのだ。(死ぬ)
  また、桜井は龍麻と京一が同じ部屋を取ると言った事に対し猛然と反対の意を唱え、2部屋借りても6ゴールドでいいからとまで言い張った。…が、しかし、当の龍麻が「1部屋でいいから」と言った事から、ようやく彼女も渋々とではあるが2人の前から引き下がったのであった。
  で、今は2人が借りた部屋。
  龍麻は自分の傷の手当てもそこそこに、逆に京一が作った(作らされた?)擦り傷の治療をしていた。
  部屋は広くもなく、狭くもない。
  ドアを開いて両サイドにベッドが二つ。その中央に手紙を書いたり本を読む為に設置されているのだろう木の机。それからその真正面に小さな窓が一つ。
  それが龍麻が生まれて初めて泊まる宿屋の一室だった。
「 あ、京一、ここもちょっと血が出てた」
  龍麻は京一をベッドに座らせて腕やら額やらとにかくあちこちにできた京一の傷を一つ一つ見つけては宿の主から貰った薬を丁寧に塗った。
  因みに、さすがに自分の娘がやった事だからなのか、主から薬代は請求されなかった。
「 んー…それにしても何で小蒔ちゃん。あんなに京一に乱暴したんだろ」←桜井から「小蒔ちゃん」と呼んでくれと言われたらしい
「 知るか! ったく、ほのぼの村だか何だかしんねーけど、初対面の人間に対してどうやったらあんなおかしな思考へ飛んで行くのか…! 俺には最近のガキは理解できねーよ」
「 ガキって言っても、彼女、俺たちと同じ年みたいだよ?」
「 何かの間違いだろー? お前にべたべたしているあのサマ、せいぜいご主人見つけて大喜びの子犬ちゃんってところだな」
「 子犬ちゃんって…。うーん。でもさ、この宿のメシは本当美味かったよな! 俺、何かすっごく嬉しかった。旅に出てからずっと野宿が続いていたしさ」
「 ん…。あぁ、そういや龍麻は宿屋に泊まるの初めてだって言ってたもんな?」
「 うん!」
「 はあ…初めてがこんなおかしな村のチンケな宿とはなあ。どうせならすっげえいい所に泊まれたら良かったのにな」
「 贅沢はできないよー。お金もそんなにあるわけじゃないし。それに…へへ、何かすっごく楽しい!」
「 ん…?」
「 きっと京一が一緒だからだな! 俺、1人で村を追い出されて、正直不安だったんだ。でも、京一に会えて助けてもらえてホント良かったよ! ありがとな!」
「 はは…何だよ、改まって。何度も言ってるだろ? 気にするなってよ!」
「 うん…。でも、ありがと、京一!」
「 龍麻……」
  龍麻が素直に礼を言って笑うと、京一はここでひどく真面目な顔になり、何を思ったのかじーっと真っ直ぐな視線を向けてきた。
  そうしてまじまじと龍麻の事を観察する。
  傷の手当てで正面に座っていた龍麻は、目の前の京一がどんどん自分に接近してきたので多少驚いて途惑った声を出した。
「 ど…したの、京一? そんな人の顔じろじろ見てさ」
「 え…? あ…いやぁ…。うーん……」
「 何? 何そんな考えこんでんの?」
「 ………いや、何でもねーよっ。気にすんな」
「 そう? あ、ところでさ! 小蒔ちゃんが言ってたんだけど、この宿屋、裏手をちょっと行った先におっきな泉があるんだって! 身体流しに行かないか? もうずーっと歩き通しで埃だらけだし」
「 何、泉…!?」
  龍麻の台詞に京一は突然突拍子もない大声を出した。
「 !! び、びっくりした…! どうしたの、京一?」
「 あ? あ、あぁ…いや、何でもねえ。そんじゃ、まあ…い、行くか…」
「 うん!」
  しかし、龍麻がそう言って自分のベッド脇に置いてある荷物を取ろうと後ろを向いた瞬間―。

  ガッツーン!!

「 いってー!!」
「 はっ!?」
  突然、もの凄い音が聞こえて龍麻が振り返ると、ドサリ、という音と共に京一がベッドから転がり落ちているのが目に入った。
「 きょ、京一〜!?」
「 さあ、龍麻くん、今のうちだよ!!」
「 こ、小蒔ちゃん…!?」
  不意にドアが大きく開いて、弓矢を持った桜井がどどどどと部屋に入ってきた。
  そして無理やり龍麻の背中を押す。
「 京一の奴はボクが見張っておくからねッ。その間に泉に行っておいで! 大丈夫、この時間は他に誰もあそこへは行きやしないから! それに……」
  桜井は京一の後頭部に見事に突き刺さった矢を見つめながら荒い鼻息と共に言った。
「 ここはほのぼの村。うちの村人はノゾキなんて不潔な行為は絶対しないから、コイツさえマークしておけば絶対大丈夫! さあ、気を失っているうちに早く!」
「 で、でも京一が…! 死んでない…?」
「 龍麻くん!!」
「 はいっ!?」
「 いい? キミは自分の事を何にも分かっていないね? 用心しないとダメダメダーメッ!! ヤられた後に何を後悔したってもう遅いんだよ?」
「 や…って何を?」
「 はっ!! いけない、ボクとした事が、村の掟第7条に記されている禁句を口にしてしまった!!」
「 あの…小蒔ちゃん? どうでもいいけど、京一から矢を抜いてあげて…」
「 いいからさっさと行ってきなさーい!!」
「 はいーっ!!」
  龍麻は元々が世間知らずのノンビリ屋なので、押しの強い女の子に非常に弱い(ってか、押しの強い奴には誰にでも弱い)。
  京一の事が気になりつつも、龍麻は仕方なく1人で泉に行き、旅の汗を流したのだった。

  そうして。

  部屋に戻ると、桜井に縛られた京一が先ほどよりもより一層むすーっとした顔をしていて。
  龍麻の言葉によってようやく桜井は京一を解放して自分の部屋へ戻って行ったが、その後も京一の不機嫌はずっと続いた。
  そんな夜の部屋。
  お互いのベッドで横になりながら、龍麻は窓から差し込む月明かりだけが頼りの部屋の中、隣にいる京一にそっと声を掛けた。
「 京一…寝た…?」
「 …………」
「 あのさ…。何か、ごめんな? 小蒔ちゃん、よく分からないけど、多分俺の為に何かしてくれたみたいだし…その、多分悪気はないんだと…」
「 悪気があって人の頭に矢を射られたんじゃ堪んねえよ」
「 う、うん…そうだよねっ」
「 …………」
「 …………」
「 けどよ」
  龍麻がどう京一に声を掛けようかと悩んでいると、しかし京一は不意に口を開いた。
  両手を頭の下に敷き、天井を見上げる京一の横顔が龍麻にも見えた。
「 けど、あいつ、結構やるな」
「 え……?」
「 俺自身ですら気づいてなかった俺のココロを見抜きやがったんだから……」
「 京一の心……?」
「 俺が危険な男だって事…」
「 京一……?」
「 へっ…。くだらねえ…。今夜はもう寝るぜ。この村でこれ以上の発言は危険だからな」
「 ………?」
「 おやすみ、龍麻」
「 あ…う、うん。おやすみ……」
  龍麻は京一の言葉の意味が分からなかったが、それでも隣で眠る仲間がひどく穏やかな顔をして目をつむったのを見て、ほっと安堵の息を漏らした。
  そうして、龍麻はようやっと久しぶりの寝床を確保して深い眠りについたのだった。


  翌日。


「 お世話になりました」
「 ああ。気をつけていきな。ここから東に真っ直ぐ進めば大国アキツキーはすぐだ」
「 はい! ありがとうございます!」
「 それから、あのおてんばを宜しく頼むよ」
「 へ……?」
  宿屋の主人に見送られ、龍麻が小首をかしげて外に出ると―。
「 あほかー! 何でお前がついてくんだよー!!」
「 煩いな! もう決まった事をごちゃごちゃ言うなよ!」
  宿屋の前では、京一と桜井が何か激しく口論をしていた。
  龍麻が近づいてそんな二人を途惑った風に見つめていると、その様子に逸早く気づいた桜井がにっこり笑って胸を張った。
「 龍麻君! ボク、キミと一緒に大国アキツキーまで一緒に行く事にしたから!」
「 え…ええええ!?」
「 へへへ…あのね。前からあそこへは行きたいと思ってたんだ。それに、今あそこの王様が腕の立つ勇者を募っているって聞いてたしね! 龍麻君もそれであそこを目指してるんでしょ?」
「 う、うん。それはそうだけど、あの…」
「 それに、龍麻君と京一の2人旅なんて絶対危険! 危険危険危険!」
「 お前なー!!」
  叫ぶ京一には構わず、桜井はにっこり笑って龍麻にぺこりと頭を下げた。
「 これから宜しくね、龍麻君!」
「 は…ははは。う、うん、よろしく…」



  龍麻は旅の仲間、桜井小蒔と知り合った!
  《現在の龍麻…Lv(レベル)02/HP(生命数)40/MP(魔法力)15/GOLD(お金)294》



【つづく。】
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