第5話 ボサツショップ

  新しい仲間・桜井小蒔も加わって、龍麻の旅はより賑やかになった。
  ……が。
「 よく考えたら、俺まともな旅の装備って一切してない……」
「 未だに素手だもんな、龍麻は」
「 ひーちゃん、ボクん所の村で装備整えなかったの?」
  桜井が龍麻の顔を覗き込むようにして言った。
  京一はそんな桜井の頭をぺしりと叩いた。
「 いったーい! こら、京一! 何するのさ!」
「 バカ、元はといえばお前のせいだろーが! あの村入った途端、お前が横からぎゃーぎゃー煩くしたから、俺らはペースを乱されて装備の整理どころじゃなかったんだ!」
「 ふん、心に疚しい事があるから村に長くいられなかったんだろ。巻き込まれたひーちゃんがかわいそう」
「 あ、あのなあ…! ところでさっきから何だよ、それ。その、ひーちゃんってのはよ」
「 ひーちゃんはひーちゃんだよ。ね、ひーちゃん?」
「 あ…俺さ、小さい頃はそう呼ばれてたんだ。小蒔ちゃんにそう言ったら、これから俺の事そう呼ぶからって」
「 ふうん。ひーちゃんねえ…」
「 かわいいあだ名だよね! 京一も今度からそう呼びなよ。ただし、馴れ馴れしくしていいのはそこまでだかんね!」
「 いちいちナマイキ、この男女!」
「 いてっ! 気軽に叩くな!」
「 2人ってホント仲いいなあ」
「「 何でそうなる!? 」」
  龍麻の微笑ましいものを見るような台詞に2人が同時にツッコミを入れた時だった。
  不意に先を歩いていた龍麻が立ち止まり、怪訝な顔をし前方を指差した。
「 なぁ京一…あれ、何…?」
「 ん…? テント…だな」
「 テント?」
「 あーホントだー。こんな荒野のど真ん中に1個だけ! 珍しい、何だろ!」
  3人の向かっている先にぽつんとあったのは、三角形の黒と白のコントラストが微妙に不気味なテントであった。龍麻はテントという物を初めて見たのだが、京一からあれを持って世界中を旅する民族もあるのだという話を聞くと、俄然あの中に入ってみたいという気持ちが強くなった。
  折畳式の家があったら便利だ!
「 しかし旅民族の移動にしちゃ、あれはどっからどう見てもアヤシ過ぎるな」
「 何てったって1個だけだもんね」
「 中、入ってみてもいいかなあ?」
  警戒する2人に反し、龍麻はそう言いながら1人でどんどんそこへ近づいて行った。
  すると、そのテントのすぐ傍には表札のようなものが一つ。

  ボサツショップへようこそ!

「 ショップ…? お店なのかな?」
「 おい龍麻、あんまり近づくな。何があるか分かんねーから」
  表札を不思議そうに眺める龍麻に、京一が自らもそこへ近づきながら注意した。
  しかし、京一が龍麻のすぐ傍に来た瞬間。
「 うふふふふふ……後ろの2人は、いらないわ……」
「 え…? …って、わああーッ!?」
「 龍麻!?」
「 ひーちゃん!?」
  突然。
  龍麻は何者かによってテントの中へと引きずりこまれた!
  そして2人の叫び声を嘲笑うかのように、テントの入口は龍麻を飲みこむとぴたりと閉まった。
「 く…! あ、開かねえ…!」
「 矢が弾き飛ばされるよ! ひ、ひーちゃん…!!」
  剣を振るう京一と弓を射る桜井にはびくともせず、テントは何事もなかったかのようにしんと沈黙するのみだった。


+++


  中は、真っ暗闇だった。
「 こ…ここ…何…?」
「 うふふふふふふ………」
「 !? だ、誰だっ!?」
「 うふふふふ…怯えなくても良いのよ、可愛い旅人さん…v」
  突然、仄かな光がぽうっと浮かび上がり、龍麻の前には1人の黒装束の女が現れた。
  細長いテーブルに椅子が1脚。その向かいに、その女は座っていた。
  ゆらりと揺れる蝋燭の灯りから、顔を上げた女の顔が浮かび上がる。
「 あ……」
  女はこの世のものとも思えぬほど美しかった。
( で、でも…何か怖い…!)←本能?
「 うふふふふ……。旅人さん。あなた、長い旅に出ようというのに、見たところ十分な装備をしていないようね。ここはボサツショップ。旅人の為のお店よ。おまけしてあげるから、良い買い物をしていくといいわ」
「 え…こ、ここ、お店なの? 武器屋? 防具屋? 道具屋?」
「 何でも揃っているわ。そう…必要な物は何でもね」
  女はにこりと笑いながら龍麻に椅子を勧めた。
  龍麻は逆らえず言う通りにしたものの、外で騒ぐ京一と桜井を心配そうに振り返りながら不満めいた風に口を尖らせた。
「 で、でも…急に俺だけ店に入れてさ…。どうして戸を閉じて…2人を入れないの? 俺に押し売りする気?」
「 まあ…そんなひどい事はしないわ。ここは狭いでしょう。お客様はいつも1人ずつ入ってもらう事にしているの」
「 そ、そうなんだ…」
「 それより龍麻。これなんかどう?」
「 な、何で俺の名前知ってるの!?」
  不気味に思って中腰になった龍麻に、女は相変わらずの笑みを浮かべたまま微動だにしなかった。
「 あら…外のお友達がそう呼んでいたからそうだと思って。ごめんなさい、違ったかしら?」
「 あ…そ、そうなんだ…。いや、俺こそ何かヘンに疑ってごめん」
「 それで龍麻。これ、オススメよ」
「 何それ? キラキラしてるね」
「 シルクのドレスよ♪ 防御力もなかなかv それ以上に美しさがアップする服なのだけれど」
「 ドレスじゃ俺装備できないよ、きっと。女の子用でしょ?」
「 龍麻は可愛いからきっと装備できるわよv」
「 へ……(汗)」
「 それじゃあこれは? プラチナシールドv 美しい青年向きね。セットでプラチナソードとプラチナヘッドを装備するとカッコ良さが上がるわよ♪」
「 あ、あの〜(汗)。俺、そんなお金ないんだけど」
「 あら…じゃあカードでいいわよ? うちは美しい旅人さんにはキャッシュじゃなくても商売させてもらってるから」
「 カードなんてヤだよ。俺、現金派だもん」
「 まあ…うふふ、堅実家なのね。素敵よ、龍麻」
「 あ、ありがとう…。(やっぱり、こ、怖い…!)」
「 あら…? あらあら…大変」
「 え、どうしたの?」
「 龍麻はプラチナソードが装備できないわ」
「 えっ!? それどういう事? あ、俺まだ弱いから強い武器は装備できないとか? じゃあこの銅の剣でいいよ。値段も丁度いいし…」
「 ダメよ龍麻。それも装備できないわ」
「 えええっ、何でっ? ま、まさかこの棍棒しか装備できないとか(焦)?」
「 ……どうやら龍麻。あなたには剣を装備する事ができないみたい」
「 えええええっ」
「 龍麻にはこれね。はい、鉄の手甲」
「 しゅ、手甲…。俺、無意識に素手で戦ってたけど、元々そういうタイプの戦士だったんだ」
「 そうみたいね…。意外だわ、こんなに可憐な龍麻が武道家タイプだなんて」
  女はそれでもにこにこしながら「でもそれも素敵」などと言い、その後もあれこれと龍麻に色々な品を勧めた。
  龍麻もそんな女の話を聞いているうちに、どんどんと神経が麻痺して訳が分からなくなっていき、言われるままにそれらの物を次々と購入してしまった…!

  そして。

「 あー!! ひ、ひーちゃん! 大丈夫!? 中で何があった……ぎゃ!?」
「 龍麻! 平気か、どこも怪我してな……」
「 あ、2人とも…。ごめん心配かけて…」(ボーッ)
「 ………ひ、ひーちゃん。それ…その格好…」
「 …………」
「 え…? 何……どうしたの……?」(ボーッ)
「 どうしたのって……」
「 …………」
  ぽかんとしてテントの前で立ち尽くす龍麻に、桜井は唖然、京一はすっかり固まってしまった。
  それもそのはず、中から出てきた龍麻は、それはそれは見事に大変身していたのだ!
  以前のボロボロの旅人の服は脱ぎ去られ、今はどこぞの貴族のような高貴な雰囲気漂うオシャレな服に様変わり!
  肩にかけていた鞄も、靴も帽子も全部全部新しく新品の物に変わっていて、またそれがただでさえ可愛い龍麻の事をより一層素敵に、そして受け受けしくしていたのだ!
「 あの…何かごめん。俺だけ好き勝手に買い物して…何か途中で自我が…」(ボーッ)
「 うふふふふ……。私の誘惑の魔法にかかって買い物をしないお客様はいないわ…v」
「 だ、誰…っ!?」
  ボーっとする龍麻の背後から、不意にテントが開いて中から黒装束の女が顔を出した。
  桜井が警戒したように後ずさりする。京一はまだ龍麻を見ている。
  女は笑った。
「 うふふふふ…。私はボサツショップのオーナー美里葵よ。龍麻のような素敵な旅人があんなみすぼらしい格好をしていてはいけないわ」
「 そ、そりゃそうだけど…。これはキミがコーディネートしたの?」
「 そうよ。うふふ、素敵でしょ?」
  美里はそう言って未だぼーっとする龍麻をうっとりと見つめた。
  桜井はそんな美里に更にじりじりと後退しながら言った。
「 す、素敵だけど…! こんな風にひーちゃんを可愛くしちゃったら、また京一や他のいやらしい輩がひーちゃんをつけ狙うじゃないか! ボクはそっちの方が心配だよ!」
「 あら…その心配は無用よ。これからは私も貴方たちに同行する事にしたから」
「 え…えええええええ!?」
  しれっと突然そんな事を言いのけた美里に桜井は絶叫した。

  この人、もしかすると京一より危険かもしれない…!

  桜井の動物的直感はしきりにそう訴えていた。
「 ひ、ひーちゃん。本当にこの人も仲間にするの…?」
「 え…あ……」
  桜井に必死の目を向けられ、龍麻はようやく夢から覚めたような顔をした。
  それからきょろきょろと辺りを見回し、最後に美里を見てはーっとため息をついた。
  桜井には申し訳なさそうに言う。
「 あ、あの…俺、知らないうちにほいほい色々な物買っちゃって…。美里に借金しちゃったんだ…。でも美里、お金は返さなくていいって…」
「 うふふ。私、前から思っていたの。私のようなか弱い女性がいつまでも1人旅なんて危険だもの…。だからこのお買い物の代金として、これからは龍麻に私を護ってもらう事にしたのよ」
「 ………さ、策士」
「 あら何の事かしら? うふふふふふふ……」
「 こ、こら、京一! キミも何か言う事…はっ!」
「 …………」
「 ……こいつはまだひーちゃんに見とれてるし(汗)」
「 あー…何かまだ頭がボーッとするよ……」

  こうして。
  龍麻は謎のボサツショップオーナー美里葵(自称職業・全ての人々を癒す僧侶)と新たに知り合い、共に旅をする事になったのであった。
  物には不自由しなくなりそうだが、桜井の心配の種は増えそうである。



  龍麻は旅の仲間、美里葵と知り合った!
  《現在の龍麻…Lv(レベル)02/HP(生命数)40/MP(魔法力)15/GOLD(お金)0》
  《ちなみに…龍麻は自分で気づいていないが、現在美里によって「金銭感覚ゼロ」という呪いを受けている! この呪いは教会でしか解く事ができない!》


【つづく。】
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