第40話 予期せぬ別れ 

  ハーレムタウン・アランの屋敷にて。朝。
「 ふわあ…昨夜は本当バタバタしてたなあ…」
「 よぉ。ひーちゃん」
「 え…あ、京一…?」
 龍麻が眠い目をこすりながら部屋を出ると、そのすぐ横の壁には京一がいた。座り込んだ格好のまま、何やら疲弊したような様子である。
「 どうしたの、京一?」
「 ……べっつに」
  問い掛ける龍麻に京一は言葉を濁したまま何も言おうとしなかった。ゆっくりと立ち上がり、ふわあと欠伸をしつつ大きく伸びをするだけだ。
「 別にって…あ!!」
  しかし龍麻はそんな京一の姿をしばらく見つめた後、ハッと気がついたようになって声を上げた。
「 も、もしかして京一、昨夜一晩ここにいてくれた…!?」
「 ………ん」
「 そうなんだろっ!? 昨夜、変な鬼道衆とかいうのが来たからっ? 京一、寝てないのか!?」
  奇妙な2人組・鬼道衆。理由は分からないがアランが持っていた青龍の鍵を狙っているようで、昨夜は龍麻の寝室の天井裏に忍び込み、何やらけったいなダンスを披露して訳が分からないうちに去っていった。
  後から部屋にやってきてくれた皆に彼らの事を話したが、京一はそれで心配して見張りをしていてくれたのだろうと龍麻は思った。
「 お、俺が妙に騒いだから心配させちゃったよな…!」
「 ……んな事ねーよ。ひーちゃんはンな余計な気、遣うなって」
「 す、するよ…! 大体こんな所にいるくらいならちゃんと言ってくれれば…!」
「 ひーちゃんの部屋では見張れねーだろ? ……ほら」
「 え?」
  京一が背後を指差すままに龍麻がそちらへ視線をやると―。
「 ハーイ、アミーゴ! グッモーニン♪」
「 よ、よお龍麻。よく眠れたか?」
「 醍醐…アラン…」
  そこには明らかに牽制しあって互いに眠っていないのだろう、2人の仲間の姿があった。
  京一がハアーッと大きなため息をつく。
「 まあ、昨夜現れたっていう鬼面の奴らも気になるが…。妙にサカッてるこいつら見張る方が大変だったかな」
「 こ、こら京一! 俺をこのアランと一緒にするな(焦)! も、元はといえばアラン! 貴様が龍麻を…よよよ夜這いするなどという冗談を言うからだなーッ!!」
「 OH、ヨバイて何デースカ? ボクはただアミーゴのベッドに潜りこみに行きたい言っただけデース!」
「 同じことだろうがっ」
「 そういう醍醐も興奮して顔赤クなってたネ。自分も行きたいって顔に書いてありましタ。自分に嘘ついちゃ駄目ネ?」
「 ななな何を…っ。おおお俺はそんな事は…っ!!」
  醍醐とアランの不毛な言い合いをしばらく眺めていた京一は、再度深く嘆息した後龍麻に言った。
「 そういうわけで、ひーちゃん。これからの旅は敵だけじゃなくて味方にも気をつけろよ?」
「 う、うん…(汗)」
  ぽんと肩を叩く京一に龍麻はごくりと唾を飲み込みながら、しかししっかと頷いた。





  そうしてアラン邸での早い朝食を終え、4人が外へ出ると―。
「 ウゴー!! ギャーギャー!!」
「 あ…ウゴー!!」
  外では昨日縮小化しておとなしくなった異形、盲目の者ことウゴーが……。
  1人の老人によって首を締められていた。←だから首はあるのか…

  ぎゅうううう……。

「 ウゲエエエー…ウ、ウギャー…ゼエゼエッ(涙)!!」
「 へっ、まだ暴れる力があるのか、化け物。さすが滅びてもすぐに復活するリビングデッド系なだけあるな」
「 あ…貴方は…!」
「 お。ようやくお出ましかい、勇者様ご一行」
  そこには昨日入国審査会場で出会った道心が立っていた。
  今日はほろ酔い状態ではないのか、比較的しゃっきりとした顔をしている。
  しかし片手でぎゅうぎゅうとウゴーを締め付けている様は悪酔い以上の悪意が感じられた。
「 見ろよこいつ。いっちょ前に苦しんでやがる」
「 ……ウゴーを放してあげて下さい」
「 ん……」
「 放してあげて下さい!」
「 ウ……ウゴォ〜……」←瀕死状態
  龍麻はウゴーをひっ掴んでいる道心に近づき、眉をひそめて抗議した。
「 こいつはもう悪さをしません。だから…っ」
  しかしそんな龍麻に道心は至って冷徹だった。
「 何故そんな事が言える。こいつは異形の者…破壊を好み、人間の人肉を貪る凶暴な輩だぜ」
「 そ、そんな事ないです、こいつは…!」
「 こいつは…なんだ? お前さんに懐いているから安心てか? じゃあ他の人間にはどうなんだ。絶対に安全だとはっきり確証を持って言えるのか? あ?」
「 ……あ、安全です…っ」
  道心の意地の悪い言いように龍麻はムキになって答えた。
「 へい、ドーシマシタ道心センセ? 貴方らしくもナイ」
  その時、道心に明るい声をかけたのはアランだった。
「 確かにこの子、今までボクたちの町壊したり人々怖がらせたりしてたネ。でもそれ半分、ボクのせい。それを鎮めたのはここにいる龍麻ネ。それ間違いナイ。何を怒ってるデスカ?」
「 アラン…」
「 へっ、おいアランよ。お前も随分と腑抜けた事言うじゃあねえか。誰よりも異形を憎んでいるお前がよ」
「 え…アラン?」
  道心の言葉に龍麻が隣のアランを見上げる。
  しかしアランは龍麻に優しい目を向けただけだった。
「 道心センセ。龍麻はボクの忠誠を奉げるにふさわしい人。龍麻の嫌がる事しないでクダサーイ」
「 ………へっ、分かった、分かったよ。それに俺ァ、別に怒っちゃあいねー。…ほらよ」
「 わっ!?」
「 ピギャ!」
  道心は言いながらウゴーを龍麻に向かって投げ捨てた。
  龍麻はそのウゴーを慌てて両手で受け取る。
「 ウゴーンウゴーン(涙)。すりすりすり……」←龍麻に懐く
「 ………ウゴー」
「 龍麻にこんなに懐いている…。道心殿、これこの通り、こやつはもう人間に危害を加えるとは思えませんが」
  ウゴーの様子に醍醐も龍麻の横に来てフォローを始めた。
  道心はそんな醍醐、そして龍麻やウゴーをじっと見やってから、やがてぺっと唾を吐いた。
「 はっ、どうやら悪者は俺のようだな。だがな小僧、覚えておけ。まものならしはどんな魔物にも通じるもんじゃあねえ。こいつ等を安易に信用してそれを多用すると…痛い目見るぜ?」
「 ………俺は別に」
「 危うげな勇者だ。俺はそれを心配してやってるのさ」
「 おい、じーさん」
  するとその時、今まで黙って後方にいた京一が初めて道心に声をかけた。
「 アンタが何を心配してくれようがよ。ひーちゃんには俺らがいるんだ。だからあんま遠回しな言い方して、こいつにヤな思いさせるのやめてくれねえ?」
「 京一…?」
  龍麻が途惑った声と共に背後の京一を振り返ると、その親友は随分と腹立たし気な顔をしていた。
  しかし当の道心はけろりとしたものだ。ただ静かな目をしてそう言った京一を見据え、それから再度龍麻を見、最後にアランを見やると急にふざけた物言いを始めた。
「 おいアラン。お前ともあろう男が、昨夜一晩お前ン所に泊まったこいつに何もナシか?」
「 は…?」
「 おい爺ィ…」
  きょとんとする龍麻、怒り気味の京一には構わず道心はにやにやと笑いながら続けた。
「 言ったろうが。アランは強いから気をつけろってよ? 俺はてっきりこいつが力に任せて夜這いでも仕掛けるかと思ったんだが…どうしたんだ、アラン?」
「 OH、ボクも狙ってたんだケド。ナイト2人のガードが固くてネ」
「 ははは、そうかい」
「 ちょっとアラン!!」
「 OH、アミーゴ」
  赤面しつつ焦ったように声を荒げる龍麻に、アランは苦笑してからかぶりを振った。
「 違う、アミーゴ、聞いてネ。ボク考えタ。これから一緒に旅をするんダカラ、何も焦る必要ナイテ! ボクの良い所、カッコいいところいっぱい見せテ、アミーゴにボクのこと好きになってもらウ! ダカラ、力任せにガバアッ!!てやるのは、3日に1度くらいにするネ」
「 十分危険じゃねえかよ…」
  アランの得意気な言いように京一が引きつり、龍麻が後ずさる中、道心は愉快そうになって急に甲高い声で笑い出した。
  そうして道心は突然こんな事を言った。


「 そうかい、そうかい、まあせいぜい頑張りな。……そこの赤髪もいなくなる事だしな」


  道心のその台詞は一瞬周りの全員を沈黙させた。
  最初に声を出したのは龍麻。
「 え……京一が…?」
「 ああ。そこの赤髪の剣士は俺が預かる」
  龍麻の問いに道心はすぐに答えた。ひどく真面目な目をしていた。
「 はあ? 何言ってんだ爺ィ?」
  ようやくぽかんとしていた京一が声を出すと、道心は尚も静かな声で続けた。
「 聞こえなかったのか、赤髪。テメエはここに残れ。パーティ離脱だ」
「 な…何で…?」
  龍麻が茫然として言う中、京一がずいと前に出てむっとした声をあげた。
「 おい爺。お前は一体何訳の分からない事言ってんだ? 何で俺がひーちゃんから離れてお前なんかとここに残らなきゃなんねーんだよ!」
「 このままじゃ、テメエはくすぶったままだろうが」
「 な……」
  京一が道心の声に詰まると、道心はにやりと笑ってから背中を向けた。
「 テメエ自身ももうとっくに勘付いていたはずだ。そこのヨワッチイ勇者に付き合っていたせいで、お前は今までずっとテメエのレベルより格下のモンスターとばかり戦ってきた。それでお前の目的は果たされるのか? 第一お前がそんなんじゃあ、来る戦いの時に…お前らはお仕舞いだよ」
「 何だと……」
「 きょ、京一…?」
  道心の言葉に急に黙り込む京一に、龍麻が不安そうな声をあげた。
  そんな龍麻に道心がすかさず言う。
「 大体、今度のイベントは4神を連れてかなきゃならないもんだろうが。いずれ集まるだろう朱雀、玄武を交えた時、どのみちこの赤髪は外すことになるんだ。それがちっと早いか遅いかってな差だ。だから
――お前らはここで別れろ」
  その容赦のない言葉に龍麻は胸の奥がズキリと痛むのを感じた。
  どうした事か、とてもとても痛かった。京一と別れろと言われただけでこんなに痛みを感じるとは。
  しかし混乱しているそんな龍麻の耳に、不意に京一の声がキンと響いた。
「 ………随分と知った風な口ききやがる」
  それはひどくくぐもった声ではあったけれど。
「 きょ……」
  京一の表情を見て龍麻は悟ってしまった。
  それは道心の言葉を受け入れる顔。
「 ふ…」
  道心にもそれが分かったのだろう、軽く鼻で笑うと挑発するように遠方の山を指差した。
「 今、俺の弟子がシンジュク山で修行してんだ。お前なんかより随分と強ェぜ? 試してみるか」
「 へっ、面白ェ…!」
  京一の眼が嬉しそうに閃いた。自分より強いと言う相手。その相手に会えることを喜ばしいと思う剣士の顔。
「 京一…」
  それが京一だと知っていたけれど、龍麻は思わず引きとめるように呼んでしまった。
  やっぱり寂しいのだと思った。
「 ひーちゃん…」
  しかし京一は龍麻のその声に一瞬は躊躇したようだったが、すぐに毅然とした目を向け、言った。
「 ひーちゃん、悪いな。俺は暫く外れる」
「 そんな、京一…!」
「 俺、もっと強くなって…。強くなんなきゃいけねーからよ」
「 あ……」
「 そんで…絶対、ひーちゃんの所に戻ってくるからよ!」
「 …………」
  もう止められない。龍麻にはそれが分かった。
  黙って俯くと、京一はそんな龍麻から視線を外し残りの仲間に目を向けた。
「 おい、醍醐。テメエ、ひーちゃんに変なことしたら承知しねえぞ」
「 な、何で俺に言うんだ! こっちのアランに言え!」
「 OH。キョーチ、だいじょぶネ。さっき言ったでしょう? ボク、正々堂々とアミーゴにアタックする!」
「 はっ、アラン。……信じたぜ?」
「 ………」
「 ひーちゃん。俺、すぐ戻ってくるから。……な?」
  こうして京一は道心と一緒にハーレムタウンに残り、剣の修行をする事となった。
  京一がパーティから離れた!!


+++


  ハーレムタウンを出た所で、醍醐がようやっとの思いでだろうか、心配そうな声を龍麻にかけた。
「 その…龍麻。京一はすぐに帰ってくるさ」
「 アミーゴ! キョーチの分、ボクがアミーゴをしっかと護ってあげるネ〜!」
「 そ、それをいうなら俺もだぞ、龍麻!!」
「 ウゴー!! ウゴー!!」
「 ありがと、みんな…」
  龍麻はしょんぼりとしつつも精一杯笑ってみせ、それからもう一度だけハーレムタウンを見返した。
  突然の別れ。
  何故だか京一とはずっと一緒にいられると思っていた。京一は旅の始めから、それこそ当然のように出会って、当然のように息があって、一緒にいると楽しくて。
  こんな風にいきなり別れるなんて考えてもみなかったから。
「 でも…俺も頑張らないとだよな…」
「 ソーネ、アミーゴ! それで今度は何処へ行ク?」
「 うむ。そうだな…」
  アランの問いかけと考え込む醍醐に、龍麻はあっと我に返ったようになってから口を開いた。
「 その、また一度秋月に戻ろうと思うんだ。マリィと美里を見つけなきゃならないし…ルイダンに行って2人を探さないと」
「 うむ…。俺の鍵の行方も気になるが、まずはそれだろうな。そうするか」
「 OH、アオイに会えるデースカ? 楽しみデース!!」
「 お前は一体龍麻と美里とどっちが本命なんだ(汗)」
「 どっちもデース!!」
「 はは……」
  龍麻は少しだけ笑い、それから後はもう真っ直ぐに秋月へと向かって歩き出した。
  ハーレムタウンを振り返る事なく。


  現在の龍麻のパーティは白虎の醍醐、青龍のアラン、それに盲目の者ことウゴーである!!
  龍麻は朱雀であるマリィを、そして青龍の鍵を持っているらしい美里を探して、秋月のルイダンへと向かう!!



  《現在の龍麻…Lv13/HP80/MP50/GOLD5242》


【つづく。】
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