第42話 佐久間を捕獲せよ2! 

  秋月王国・浜離宮酒場―ルイダン―。その二階。
「 あ、れ……」
「 あ〜ダーリン、大丈夫〜?」
  龍麻がぼんやりと目を開いた先にはナース・高見沢舞子の心配そうな姿があった。
「 あれ? ここは…俺、一体…」
「 あんダーリン、まだ起き上がっちゃ駄目〜」
  舞子はそう言いながら龍麻の両肩を抑え、もう一度ベッドに直行させると、手にした体温計をさっと掲げてしかめっ面をした。
「 ダーリン、ショックが強過ぎてお熱出しちゃったんだよ〜? ゾンビさんに襲われちゃったんでしょ? マリィちゃんがダーリンの貞操が貞操が〜って言って泣いて皆を呼びに来たんだよ?」
「 ……思い出した」
  はあとため息をついて額に手をやる龍麻。
  マリィを突然攫おうとする鬼道衆・雷角の出現にも驚いたが、何よりも。
  あのリビングデッド佐久間の強烈な度アップが脳裏をよぎる。
  わさわさと這われ、まさぐられた半身がズキンと痛む。
「 あ。龍麻、どうよ具合は?」
  その時、階下に声を掛けた舞子に素早く反応して部屋にやってきた店主・藤咲が龍麻の顔を覗きこみながら声をかけてきた。表情はやや苦笑じみており、事の次第はマリィなり佐久間を知っている醍醐なりから知っているという風だった。
「 醍醐とアラン、マリィは奪われた鍵を取り戻しに佐久間捜索に出掛けてるわよ。あとの…まあ、話を聞いた残りの連中も大体は佐久間狩りに繰り出してんだけどね」
「 お、俺も行かなくちゃ…」
「 駄目〜! ダーリンはここにいて〜」
  しかし舞子が睨みをきかせてぶうと口を膨らませる。
  藤咲も起き上がろうとする龍麻に首を振った。
「 今日ばっかりはおとなしくしてなさい。そんな体調で皆の後を追っても足手まといなだけよ。大丈夫、醍醐が佐久間のよく現れてた場所に行ってみるって言ってたし…。きっと自分らの鍵も取り返してくるわよ」
「 でも……」
  皆に任せて自分だけ寝ているなんて。
  龍麻は尚も言いかけたが、しかし女性2人の言いようのない迫力の前には為す術もなかった。
  龍麻はおとなしくルイダンのベッドに身を沈めるのだった。


+++


  しかし、その夜―。
  龍麻は忙しく店を切り盛りしている藤咲、うとうとと寝入っている舞子の隙をつき、ルイダンから抜け出した!!
「 ごめん…。俺、やっぱり自分だけ休むなんてできないよ」
  鍵を取られてしまったのは自分だ。
  リビングデッド佐久間は確かに恐ろしい敵だが、しかしいずれは倒さなければならない敵である!!(死なないけどね)
  龍麻はぐっと拳を握り込み、気合を入れた!!
「 ウゴン…」
「 あっ」
  その時、不意に建物と建物の隙間、細い袋小路の影からふよふよと浮かぶ物体が…。
「 ウゴー!」
  盲目の者・ウゴーが現れた!!
「 ウゴー! お前…」
「 ウゴンウゴンvv」(すりすり…)
  龍麻は自分に会えてひたすら喜ぶウゴーを慌てて懐に隠しながらこそりと小さな声で囁いた。
「 駄目じゃないか、街に入ってきたら! ここの人に見つかったらえらい騒ぎになっちゃうだろ…!」
「 ウゴ…? ショ、ショボーン…」
「 さ、寂しかったのか? ごめんな…でも、ちょっとおとなしくしてろな?」
「 ひ〜ちゃ〜ん」
「 うわっ!?」
  不気味な声にはっとして振り返ると、そこには黒いマントに身を包んだ裏密ミサが立っていた。
「 う、裏密さん…!?」
「 いや〜ひーちゃん、ミサちゃんって呼んでって言ってるのにぃ〜」
「 ミ、ミサちゃん…(汗)。どうしたの、急に?」
  この人の登場の仕方はウゴーより心臓に悪い、と龍麻が心の中でつぶやいていると、その裏密ミサはにたりと笑ってからぬっと指を差した。
「 ひーちゃんの〜その胸に抱えてる物体は〜なあに〜?」
「 えっ!! べ、べべ別に…っ」
「 モンスターでしょう〜?」
「 ち、違うよ…!」(ぎゅうっと懐を掴んで否定する龍麻)
「 ウギャ!」(潰されて悲鳴をあげるウゴー)
「 隠しても駄目だよ、ひーちゃん〜。ミサちゃん〜おいしいものには敏感なんだ〜。何か〜タダモノでないレアな空気を感じるよ〜。御馳走だね〜?」
「 たっ…ウゴーは食べられないよっ!?」
「 ウゴーちゃんって言うんだ〜きしししし……」
「 ……!!」
「 ぶるぶるぶる…!」(龍麻の懐で怯えているウゴー)

「 おい、先生を虐めるのもそれくらいにしとけよ?」

「 あ…!」
  裏密に脅されまくって動けなくなっていた龍麻(とウゴー)の元に、その時軽快な声が聞こえてきた。
  振り返るとそこには無敵の遊び人・村雨祇孔が立っていた。
「 先生。仲間にしたって言っても、モンスターを街に放し飼いってのは感心しねえな。ちゃんとモンスター爺さんの所で登録して鑑札を貰わねえとな? それが飼い主の責任ってもんだぜ」
「 へ…」
「 今〜ミサちゃんが教えてあげようと思ってたのに〜」
  村雨に先を越され、裏密が悔しそうに歯をがちがち言わせる。
  しかし村雨の方は一切構わず背後を振り返った。
「 あ……」
「 龍麻様、お加減の方は如何でございましょうか」
  すると村雨のそれを合図とするように今度は月夜に照らされ妖しいまでに美しい芙蓉がすっと現れた。龍麻を認め、恭しく頭を垂れる。
  そんな芙蓉の両手には何やら大きな鳥かごのようなものがあった。
「 芙蓉さん。それは?」
「 先生は何だと思うよ?」
  芙蓉より先に口を開いたのは村雨だ。
  龍麻が訳が分からず首を捻ると、村雨は喉の奥でくくっと笑った。
「 ……モンスターってのはな。案外こういうチャチな罠に弱いのさ。エサが上等なら尚更だ」
「 村雨」
  村雨のその言いように芙蓉が思い切り嫌そうな顔をしたが、しかし何やら気まずい顔をして黙りこんだ。
  龍麻が尚も首をかしげると、裏密がきしししと笑って言った。
「 ひーちゃん〜。とにかくここは人が来るから〜。教会の裏手へ行こう〜?」
「 え…う、うん…?」
  龍麻は訳も分からずに頷いた。
  裏密が仲間になった!!
  村雨が仲間になった!!
  芙蓉が仲間になった!!
  ウゴーが仲間になった!!


+++


  浜離宮教会、裏手―。
  しんとした更地。大樹が一本ある以外、あとはぼうぼうとした緑の草がただ風にそよいでいる。
  月の光がいやに明るく見える。
  そして、その更地の中央には……。
「 嫌だ〜!!! 何でこんな事になってんだ〜!!!」
  龍麻は絶叫している!!
  龍麻は精神的ショックを受けている!! 龍麻は10のダメージを受けた!!
「 龍麻様…っ。申し訳ございません…!!」
  芙蓉も自責の念によりショックを受けている!! 芙蓉は10のダメージを受けた!!
「 ウ、ウゴ!! ウゴウゴッ!!」
  ウゴーもショックを受けている!! ウゴーは10のダメージを受けた!!
「 うふふふふ〜。ウゴーちゃん、動いちゃ駄目〜」(ぎゅうううう)
「 ウギャ〜!! ギャーギャー!!」(じたじた!!)
  裏密は暴れるウゴーを両手に抱え、何だか嬉しそうだ。
  村雨がそんな一同を見渡してから、やがて龍麻に近づいて声をかけた。
「 先生、あんま色気のない声で騒ぐなよ。これじゃ釣れるサカナも逃げちまう」
「 んなもん釣れなくていい〜!!」
「 何言ってんだよ、奴を捕まえようと1人こっそり抜け出てきたアンタが。本当は誰の手も借りずに奴をとっ捕まえて…取り戻したいんだろ。自分が盗られた4神の鍵をよ」
「 そ、そうだけど……」
「 だからそれの手伝いをしてやってるんじゃねえか。御門に作ってもらった特注もんだぜ? モンスターを引き寄せる特殊な香水も振りかけてんだ。奴もきっとここにまた姿を現す」
「 だ、だからって……」
  龍麻は言いかけて、しかし後は言葉を失ったようになると「ガチリ!!」と両手を鉄の格子に掛けた!!
  そう、巨大なトリカゴ…魔法の鉄格子に…!!
  龍麻は御門が作った《魔法のバードケージ》の中に閉じ込められている!!
「 うわ〜!! こんな状態でリビングデッド佐久間が来たら…俺、今度こそ奴に食べられちゃうよ〜!!」
「 龍麻様…! そうなる前にこの私が必ず奴の息の根を…!!」
  芙蓉が必死になって言葉を継ぐ。
  主の御門の意向とはいえ、龍麻を閉じ込める為の鳥かごを運び…更に魔法で龍麻が入れる位の大きさに変えてこの場のセッティングをした芙蓉。その苦しさは言外のものがあるのだろう。
  一方の裏密と村雨は、はっきり言って野次馬的にこの状況を楽しんでいたりする。
「 うふふ〜トリカゴに入ってるひーちゃんって〜何だかそそられる〜」
「 だな。可愛いお姫様が捕らわれの身で涙を浮かべる図ってのは…なかなかいいもんだな」
「 お前ら鬼かー!!」
「 お、鬼って言えば。鬼道衆が現れたんだってな」
「 え…っ?」
  村雨が突然思い出したように言ったその台詞に、叫んでいた龍麻がぴたりと黙った。
  村雨の方は相変わらず飄々としていたが。
「 まさか奴らも4神に用があったとはな。まあ、奴らが興味あるのは4神というよりは東の洞窟の封印なんだろうが…。何にしても、これでアイツも本格的に動くしかなくなったってわけだ」
「 な…んの、話?」
「 玄武だよ」
  きょとんとする龍麻の質問に村雨があっさりと答えた。
  それからちらりと流し目を送ると村雨は何気なく言った。
「 俺としてはあんま先生とアイツを会わせたくなかったがねえ…」
「 何…で」
  訳も分からず問い質す龍麻に村雨は軽く肩を上げて苦笑した。
「 先生はああいうのに弱いと思うからさ」
「 はぁ……」
「 向こうも曲がってっからよ。ま、先生も最初は苦労すると思うが…何か見えるんだよなぁ、その後のアンタたちの展開がよ」
「 村雨、一体何の話してんだ??」
「 ひ〜ちゃんは〜そのうち氷の亀さんとラブラブしそうだって話だよ〜」(ぎゅうぎゅう)
「 ……裏密さん、怖い顔で笑いながらウゴーを虐めないでよ(汗)」
「 きゅうぅぅ……」(瀕死状態)


  しかし、そんなほのぼの(?)な会話が交わされているまさにその時…!!
  もわっと。
  何やら不快な風が吹いた。


「 !!??」
  ガサガサガサ……!!
  伸び放題の草が揺れた!!
  くんくんくん…ガサガサガサ…! ごそごそごそ……!!
「 あ…あわわわわ、まさか…!!」
「 おい、お前ら隠れるぜ」
  村雨が芙蓉と裏密を促し、大樹の陰に消えた!!
  龍麻がぎょっとして皆の姿を追う!!
「 ちょ…みんな、何処行くんだよ…っ!!」
  しかし返事はない!!
  龍麻は囮なので、囮と口をきくわけにはいかないということだろう!!(ひどい)
  ごそごそごそ…!!
  ガサガサガサ……!!
  そうこうしている間にも草は揺れている!!
  何者かが明らかに街の外、垣根を越え地を這って急接近してきているのだ…!!
「 く、くそ、来るなら来い…! 返り討ちにしてやる…!!」
  龍麻は覚悟を決めた!!
  龍麻はごくりと唾を飲み込んだ…!!


  ガサガサガサ……!!


「 でも…でもやっぱり怖い〜!!!」
  龍麻は弱音を吐いた!!
  龍麻はやっぱり戦意を失った!!

  勇者への道のりは遠い……!!



  《現在の龍麻…Lv13/HP70/MP50/GOLD5555》


【つづく。】
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