第43話 佐久間捕獲のはずが? 

  浜離宮教会・裏手の草原―。


  ガサガサガサ…!!


  しきりに揺れる草むら。そして徐々に近づいてくる何者かの気配。
「 うう…っ」
  それが明らかにこの《魔法のバードケージ》に入っている自分目当てで接近してくるのを龍麻はひしひしと感じていた。
  しかもその何者かはリビングデッド佐久間である可能性が非常に高い。
  何故か奴は龍麻の唇を執拗に狙い、その野望を成就するまでおぞましい攻撃を続けるつもりらしいから。
「 くそ…! 襲ってきた瞬間、俺だって反撃してやる…! 鳥かごの中だけど!」
  震えながらも龍麻は無理に自らを鼓舞する為、そう言って拳を握り締めた。

  そして、ついに「その何者」かは潜めていた身体を草むらから浮き上がらせてきて―。


  ガササササー!!!


「 メメメ、メシ〜〜〜〜〜!!!!!」
「 うわあああああ!?」


  「その者」は突如龍麻がいる鳥かごの前に現れ、両手を広げて襲いかかってきた!!
  しかし、そいつは佐久間ではなかった!!
「 メシ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「 な、ななな何なんだあああ!??」
  互いに絶叫しあい、場は一瞬で騒然となる!!
  龍麻の前に現れたのはただひたすらに巨漢な大男だった。仲間のアランや醍醐もがたいがあり大きい方ではあるが、目の前の男はそれの比ではない。


  ガッシャーン!!!


「 わあああっ!!」
「 ううううまそうだど〜〜〜〜〜!!!」
  大男はよだれを撒き散らしながら鳥かごを押し倒し、檻の中の龍麻めがけて猛烈に大きなだみ声で「メシ!!」だの「食いたい!!」だの「うまそう!!」だのという単語を連呼した。男が頭のおかしい奴だというのは明らかだった。しかしその者がどんな顔でそう言った言葉を吐いているかは分からなかった。
  暗いからではない。
  大男は黒装束に、何やら鬼の面をかぶっていたのだ。
「 メシが食いたいど〜〜〜〜!!」
  そうしてその巨漢はガシャンガシャンと力任せに倒した檻を叩き続け、龍麻に向かって尚も汚いよだれをたらしまくってそう叫んだ。
「 ………!!」
  最初こそわめいていた龍麻はその一種異様な光景にすっかり根負けし、今は恐ろしさ故に声を失ってしまっている。鳥かごを倒されたせいで自らの体勢も倒されたままだ。
  しかし強力な魔法でもかけられているのか、檻はびくりともしなかった。
「 そこまでにしな」
「 龍麻様から離れなさい!!」
「 グオーガー!!」
  その時、止めに入るのが遅いんじゃねえか…?―な、村雨、芙蓉、盲目の者ことウゴーが大樹の影からやっと姿を現した!
  ちなみにミサちゃんこと裏密は何故か木の陰からきししと笑っているだけだ!
「 ふえ…?」
  尚も檻を破壊しようと暴れていた大男は、不意に現れた村雨たちに意表をつかれ、ぴたりとその動きを止めた。
  ガシャンガシャンと鳴っていた金属音がやみ、辺りは再び沈黙の闇に包まれた。
  最初にそれを破ったのは村雨だ。
「 佐久間を釣るつもりがとんでもねえ野郎が現れたもんだ。先生から離れな」
「 それ以上の乱暴を働くと容赦しません!」
  芙蓉も怒りに満ちた目で鋭く言い放つ。芙蓉は鳥かごの中で呆然としてしまっている龍麻がひたすら気がかりなようだ。芙蓉は再び精神的ショックで密かに5のダメージを受けた!
「 お、お、お前らは…何なんだどー?」
  大男は自分にすごんできている相手に明らかに怯んだようだった。
  戸惑いながら、じりりと後ずさる。しかし龍麻のことはやはり気になるのか、未だちらちらと視線を向けている。
「 俺らが何者かって? そりゃあこっちの台詞だぜ。どう見てもこの状況、怪しいのはお前の方だと思うがね?」
「 お、おでは…おでは鬼道衆が1人、岩角だど〜」
  大男…岩角はそう名乗り、それからだらりと両肩を下げて泣きそうな声を出した。
「 おでは…おでは、もうずっと満足にご飯を食べてないんだど。任務をきちんと果たせなくて、御屋形様から怒られで、ターゲットも見失ってしまっだから…ご飯が貰えないんだど。そしたらすげえ好い匂いがしだんだど! うまそうだど!」
「 そりゃ…先生の事を言ってるのかい?」
「 そうだど! こいつ、すげえうまそうだど!」
  村雨の問いに岩角は嬉しそうに頷き、びしりびしりと檻の中で倒れている龍麻を指差した。
「 俺、こいつが欲しいど! 食わせてくで!」
「 この痴れ者が! そこを動くな、今すぐその口を塞いでやる!」
「 嫌だど! 口を閉じたら食べられないど!」
「 き…貴様…!」
「 まあ、落ち着け芙蓉」
「 どきなさい、村雨!!」
「 だから待てって」
  村雨は激昂する芙蓉を片手で抑え、それからすっと岩角の前…つまり龍麻のいる檻の前にまで歩み寄った。
  それからきょとんとしている岩角の前にすっと。
  《きのこの山》を差し出した。
「 おおおおおおお!! おおおおおでの大好物だどー!!!!」
  その瞬間、岩角は狂ったような咆哮をあげ、村雨に突進してきた!!
  ミス! しかし村雨はダメージを受けない!!
「 おっと、落ち着けよ? 静かにしてりゃあ、これはお前にやるぜ」
「 くくくくくで〜〜〜!! それをおでにくで〜〜〜!!」
「 くくっ。こいつがそんなに好きなのかい? 俺のダチもこれが好きでな、今日は偶然持っていたんだが」
「 くで! それ、くで!」
「 ああ、いいぜ」
「 村雨! お前、それはマサキ様への…!」
「 んなもんは後で幾らでも買うからいいだろが」
  村雨は尚も食ってかかる芙蓉と再度自分に飛び掛ってきそうな岩角をけん制しつつ、尚涼しげな顔をして笑った。
「 しかし岩角。その前に教えな。お前ら鬼道衆が今やろうとしていることを」
「 んあ…?」
  村雨の問いに岩角の動きがぴたりと止まった。
「 随分有名だぜ。お前たち鬼道衆が各地で妙な呪いをかけ、騒動を起こしているって事はな…。お前たちの目的は何だ?」
「 …………」
  村雨のその質問に、けれど岩角は何も言葉を発しようとしなかった。
  様子がおかしい。
「 ん…?」
  その時、半ば放心状態だった龍麻がぱちりと目を開いた。
  傾いた檻の中で必死に身体を起こし、目の前で何やら固まっている岩角を改めて見やる。
「 あ…れ。その、君は……」
「 ………うまそうなひど」
「 へ…っ(汗)?」
  岩角のつぶやきにぎくりとして龍麻がびくりと肩を揺らすと、岩角は完全にぐるんと向きを変えた。仮面の奥から龍麻を見ているようだ。
「 な、何…?」
「 おい。俺の質問の答えは? これがいらねえのかい?」
  村雨が龍麻に意識を向けた岩角に向かって《きのこの山》を振って見せる。
「 いらないど」
  しかし瞬間、岩角はぼそりとそう言った。
  そして。
「 おでは鬼道衆が1人、岩角。おでは御屋形様の忠実な僕! おでは御屋形様との約束は決して違えない! おでは何も喋らない!」
「 ほう…?」
  案外バカでもないらしい、とつぶやいた村雨の声が聞こえたのか否か。
  瞬間、岩角はだっと後ずさり、それから龍麻に向かって言った。
「 おでは岩角! うまそうなひど、またな! おで、おで、あんたを食べるのはやめる!」
「 え…?」
「 おで、任務果たす! おでは行く!!」
「 ちょ…ちょっと…」
  しかし龍麻が声をかけた時、巨体・岩角は意外にも身軽な動きで、辺りに吹く風と共にさっと夜の闇の中へと消えて行った。
「 何…なんだ…」
  あとに残された龍麻たちには再び静寂が戻った。
「 鬼道衆…」
  ぽつりとその名をつぶやく龍麻。

  結局、その夜リビングデッド佐久間が龍麻の前に現れることはなかった。



  《現在の龍麻…Lv13/HP70/MP50/GOLD5555》


【つづく。】
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