第50話 闇夜の記憶

  名もない村。その外れにある空家にて。
「 龍麻。どうしマシタ」
  醍醐たちと上の階の部屋で休んでいたはずの龍麻がやってきた事で、アランは手入れしていた銃を下げると驚いたような声をあげた。交替で寝ずの番をしようという事になり、最初にその役を買っていたアランは灯りを消した小屋の中で、窓から差し込む月の光だけを頼りに外の様子を伺っていた。
「 うん。ちょっと眠れなくてさ」
  龍麻は少しだけ笑ってそう言ってから、アランの座る窓側に自分も椅子を引っ張ってくると向かい合わせになり腰をおろした。窓から見える外の様子に意識を集中させてから、「静かだね」と呟く。
「 そうですネ。今のところ怪しい気配はありまセン」
  アランもそう言ってから、再び銃の手入れを始める。
  龍麻はそんなアランの様子をじっと見やってからようやく思い立ったようになって言葉を出した。
「 ねえ、アラン」
「 さっきはスミマセン」
「 えっ」
  言葉を制されるように先にそう言われ、龍麻は思いきり面食らった。アランはそんな龍麻の方を見ていない。ただ薄っすらと笑みを浮かべたまま、銃にだけ視線を集めている。
  静かな声でアランは言った。
「 ボク、龍麻の優しいトコ、好きデス。龍麻の誰にでも優しいトコロ、信じるココロ…全部好きネ。でも、そんな龍麻を護りたいからこそ、譲れないところもアル」
「 アラン…?」
「 ボクの故郷、ハーレムタウンじゃないデス。あの町からもっとずっとずっと先ニ行った、山間の奥まった所にある小さな村で暮らしてマシタ。パパもママも兄弟も…ウウン、村の人ミナ、ボクを愛してくれタ。ボクもミナを愛してタ」
  言葉を挟めず龍麻は黙っていた。ただアランを見つめた。
  アランは続けた。
「 そんなボクたちの村に、アル日1人の男来ましタ。ボクたちの村にお客珍シイ。だからボクたち彼を歓迎シタ。旅人ハ手厚く歓迎するのが村の慣わしダッタ。ミナで…ミナで彼ニ親切シマシタ。デモ……」


  奴は悪魔だった。


「 アラン…?」
  先を言わずに黙りこくってしまったアランに不安で胸がいっぱいになり、龍麻は思わず口を開いた。ドキドキとする鼓動を感じながら龍麻はアランの返答を待った。
  どれくらいしただろう、アランはようやっと口を開いた。
「 ……夜中、スゴク大きな音がして目覚めましタ。ボク、まだ小さかっタ。怖くて泣いてしまうト、すぐにママ来てくれたネ。デモ外にはモンスターがたくさんイル、危ないから絶対に出てはいけナイ、待っていなサイ言われテ、ボクは地下の狭い食料部屋に入れられマシタ。ボク1人で怖かっタ。外はずっとスゴイ音だっタ。一晩中、ボクはそこにいて震えてタ」
  アランの銃を握る手が微かに震えたように見えた。それで龍麻は無意識のうちにそんなアランの手にそっと自らの手を添えた。
「 龍麻」
  するとアランは意表をつかれたような顔になるとぴたりとその動きを止め、それから無理に笑ってみせた。
  もう大丈夫というように。
「 ボクの村、その男が放った化け物たちに滅ぼされタ」
  そしてアランは言った。
「 ボク、一晩でミナをなくした。ミナ死んでしまったネ。ウウン、ボクの兄弟…1人だけ助かっていたケド、ボクを知人のいるハーレムタウンヘ連れて行ってくれた後、スグニ天国行ってしまっタ」
「 あ…」
  不意に龍麻は以前、道心がアランに言っていた台詞を思い出した。

『 誰よりも異形を憎んでいるお前が―…』

「 アラン…」
  龍麻がどうして良いか分からずに口許を歪めると、アランはすぐにまた優しい笑顔になって首を振った。
「 龍麻、ゴメンナサイ。龍麻を困らせる為に話したンじゃないネ。ただ龍麻に分かって欲しかっタ。この村の人たちがボクたちを警戒するのは当然、そしてボクたちも、気をつけなくちゃいけナイ。世界は危険なんデス。とても…危険なんデス」
「 うん」
「 それにボク、静かな夜が苦手ネ。ついお喋りしたくなっタ。ホントにゴメンナサイ」
「 ううんっ! 俺こそ…。あの、そろそろ交替しようか? アラン、ちょっと休んできなよ…」
「 OH、アミーゴが一緒に添い寝してくれないと眠れそうもないネ。ボクが休む時はアミーゴも一緒。醍醐クン起こしてきまショーカ?」
「 は…はは、もう…駄目だよそんなの」
  いつものアランの口調になり、龍麻はほっとして自分も笑った。
  アランが荒野でモンスターに容赦がなかった訳、隙を作らず常に気を張っていた訳が分かり、龍麻はちくちくとする胸の痛みを感じながら、ふと自らの故郷の事を思い浮かべた。
  父は、比嘉は元気だろうか。
「 アミーゴ!」
「 え」
  しかしその物思いもものの数秒に過ぎなかった。
「 誰かイルネ」
  アランが張り詰めた声で囁いた。窓から身を引き、銃を構える。龍麻も慌てて窓際から身を隠して外の様子を伺った。


  ヒタヒタヒタ……


「 足音…」
「 シッ」
  アランに指で唇を抑える仕草をされ、龍麻は慌てて頷いた。
  暗闇でよくは見えない外の景色。しかし、明らかに何者かの動く影があり、また耳をすますと何か重いものを引きずるような音が暗闇の向こうで確かに聞こえた。
  村の者のわけはない。あれほど警戒して閉じこもっているのだから。
  龍麻はごくりと唾を飲み込み、再度外に意識を集中させた。


  ヒタヒタヒタ。ヒタヒタヒタ……


( 何だろう、この足音…。まるで…)
  龍麻は眉をひそめ、もう一度目を凝らして窓の外の様子を伺った。動いている影は龍麻たちがいる小屋の前を移動し、どんどん村の外れへ向かっている。
  音も立てずにアランが椅子から立ち上がった。
「 龍麻。ボクはあの影を追うネ」
「 俺も…!」
「 龍麻は駄目デス。醍醐クンとマリイちゃんを起こしてキテ」
「 そ、そんな、じゃあアランも待って…」
「 アレを見失いマス。ボクは先に行く」
「 そっ、アラン…!」
  しかし龍麻が止める間もなく、アランはそう言うともう外へ飛び出て行ってしまった。

  アランがパーティから離れた!

「 アラン…ッ」
  やはり今夜のアランは何処か冷静でないのかもしれない、その殺気を押し殺したような去り際発した眼に、龍麻は無意識に身体を震わせた。
「 とにかく醍醐たちを起こしてこなきゃ…!」
  しかしそう言って2階へ行こうとした瞬間、龍麻は何故かゾクリと悪寒を感じて咄嗟に振り返った。窓の外、もうあの影とそれを追ったアランはいなくなっているはずだった。
  けれど、その窓の向こうで、更にまだ何か動く影が。
「 何だ…?」


  ヒタヒタヒタ……


「 な…何でまだあの音…っ!?」
  龍麻ははっとし、しかしその後にはもう反射的に外へ飛び出していた。自分を心配してくれるアランの為にも単独行動がいけない事は分かっていた。けれど今このタイミングを逃がしては、あの足音の正体を掴む事はできないかもしれない。アランが追っていった影がこの音の主ではなかったのなら、尚更こちらは自分が追わねば、そう思った。
「 ごめん、アラン…!」
  謝りながら、龍麻は音のする方をもう一度探ってから、すぐにそちらのする気配へ向かってまた駆け出した。暗い。しかし月の光が雲にかかっていないお陰で、何とか視界を定める事はできる。
  龍麻は誰もいない村の通りを必死になって走り続けた。



  《現在の龍麻…Lv13/HP65/MP50/GOLD6940》


【つづく。】
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