第7話 秋月王国

  故郷の外れ村を出てから、一体何日経ったことだろう。
  龍麻は遂に目的の国・アキツキーにたどり着いた!
  大国の周辺には小さな村や町が数多く点在していたが、その中で龍麻たちが足を向けたのは、近辺の中では交易の中心地として最も栄えているという町、浜離宮であった。
「 うわーうわー大きいなあ」(龍麻)
「 うわーうわーすごいなあ」(小蒔)
  田舎育ちの龍麻と桜井は見るもの全てが珍しく、きょろきょろと辺りを見回しては頭をくらくらさせていた。
  京一と美里、それに醍醐は旅慣れているせいか、2人のそんな姿に苦笑気味だ。
「 大国・秋月の城下町、浜離宮へようこそ!」
  そこへお決まりのごとく、町の入口付近に立っていた女性が龍麻たちににこやかに挨拶してきた。
  けれどそこで龍麻はあれ?と思って女性に不思議そうな目を向けた。
「 ここはアキツキーって名前の国なんだよね? 発音の違いかなあ? あ、でも、あそこのお店も秋月って字で書いてある」
「 あ…それはね」
  女性は少しだけ困った顔をしてから苦笑いした。
「 本当はアキツキーという名の国だったのだけれど、先日改名して秋月国になったのよ」
「 か、改名〜?」
「 アキツキーほどの大国が名を改めるとは…何かあったのか?」
  呆れたような声をあげた京一の後、醍醐が冷静にそう訊ねた。
  すると質問された女性はやや神妙な顔つきになって答えた。
「 何かが起きる前だからこそ改名したのよ。国王様の信任厚い夢見様がこの間偉大なる予見をされてね。名を変えなければこの国に大いなる災いが起こるからって」
「 夢見って何?」
「 未来に起こる出来事を夢に見る人のことよ、龍麻」
「 え、未来が見えるの、その人?」
「 当てにならねえよ、んなもん」
  驚く龍麻に、京一は冷めた返答をした。
  けれど街の女性は首を左右に振った。
「 いいえ、この国の民衆は皆、夢見様のことを信じています。お顔を拝見したことはありませんが、彼の方の予見された事が違えた事は今の今まで一度としてありませんもの」
「 へーすごいねえ」
「 まあ…何か特別な力のある者なのかもしれんな」
「 今、我が国は各国から力のある勇者を募っているのですが、それも夢見様が国王様に進言なさった事だとか」
「 ふうん」
  龍麻は分かったような分からないような返答をした後、すっと視線を前方の通りへやった。
  遥か先に、大きな城壁が見える。あの先が秋月城だろう。
「 勇者って人、たくさん来てるかな?」
「 来てるわけないよ。だってここにひーちゃんがいるんだから!」
「 うふふ。そうよ、龍麻。早いところお城へ行って王様から軍資金を貰ってもっと素敵な装備をそろえましょ」
「 え…(汗)。あの、でもまだ俺が勇者って決まったわけじゃあ…」
「 決まってるよーひーちゃんにさ!」
「 うふふ、そうよ、龍麻」
  女性陣はすっかり乗り気である。龍麻が縋るように京一と醍醐に視線をやると、京一が軽くため息をついてから言った。
「 さっき街の入口ン所で別の奴に訊いたら、名乗りをあげた勇者たちと王が謁見するのは三日後だとよ。それまではこの街でくつろいでよーぜ?」
「 三日後! 何だすぐ会えないの?」
  桜井が不満そうな声を出す。これには醍醐が答えた。
「 王も執務で忙しいのだろう。随時勇者を騙る者がこの街に来ているから、決まった日時にしか会わないと決めているんじゃないか?」
「 じゃあ龍麻。それまで何をしましょうか? うふふ…私と2人っきりで街の探索でも…」
  しかし美里がご機嫌でそう言ったところを、桜井が慌てたように口を挟んだ。
「 えーひーちゃん! みんなでご飯食べに行こうよ!」
  これに援護を出したのは醍醐。
「 む、そうだな。皆で食卓を囲んだ方がメシもうまいというものだ!」
「 俺はちょいと離れるぜ」
  しかし意外にもそう言ってグループから離れたのは京一だった。
  これには龍麻が慌てた。
「 え、京一何処行くの?」
「 武器屋やら何やら覗きたい所があるしよ。宿屋さえ決めておいてもらえたら夜にはそこへ戻るから、俺は別行動を取らせてもらうぜ」
「 そ、そうなんだ」
「 じゃ、龍麻。京一クンは置いて(本当は後の2人もいらないけど)食事に行きましょう?」
「 ………」
  しかし龍麻は去って行く京一を見送った後、申し訳なさそうに3人に言った。
「 あの…悪いけどさ、俺も別行動取らせてくれる? 俺、まだ食事はいいし、ちょっと1人で街見て歩きたいから!」
「 え〜そんな、ひーちゃん〜!」
「 何なら俺だけでも一緒に行くぞ、龍麻?」
「 龍麻…私と2人きりになれないからいじけたの? だったらやっぱりこの2人には遠慮してもらって…」
  しかし3人がそれぞれの台詞を喋っている間に。
「「「………もういない」」」
  龍麻は1人でさっさといなくなってしまっていた。

  龍麻は一旦、仲間たちから離脱した!


++++


「 俺の故郷とは大違いだなぁ…」
  1人になり、街中を散策する龍麻。
  道中、龍麻なりに皆には気を遣い続けていたせいか、今、1人の探索が結構楽しい。
  恐らくは京一も自分と同じ気持ちでパーティから離れたのだろうと龍麻は思う。
「 きゃっ!」
「 わっ!?」
  と、その時。
「 あ…ご、ごめんなさい。私…!」
  突然、龍麻にどっかーんとぶつかってきた少女がいた。龍麻は思いきり面くらい、1人でぶつかり1人で尻餅をついた人物を見つめた。
  明るい茶系の髪を二つに結った、可愛らしい女の子だ。
「 あ、大丈夫…!? 俺の方こそ、ぼーっとしててごめんっ」
  龍麻がそう言って手を差し出すと、少女は最初びっくりしたような顔を見せたが、すぐにぱあっと明るい笑顔になった。
「 はいっ、大丈夫です! えへへ、私、おっちょこちょいだから…」
「 君、この街の人?」
「 いいえ。私、旅の踊り子なんです。ステージでは歌も歌うんですけど」
「 へえ! すごいね!」
「 あの、私、比良坂紗夜っていいます! お名前、訊いても宜しいですか?」
「 あ、俺。緋勇龍麻」
「 緋勇さん…」
  比良坂嬢は何やら考えこむようにして龍麻の名をつぶやいた後、またにっこりとして龍麻の差し出した手を両手でしっかと握った。
「 あの! あの、緋勇さん! 私、この先の酒場・死蝋館という所で夜ステージをやってるんです。良かったら是非見に来て下さい!」
「 あ…う、うん、分かった。行けたら行くよ」
「 ……是非来て下さいねっ!」
「 え? あ、う、うん。行けたら……」
「 来て下さいねっ!」(ぎゅうぅ〜と握る手に力を込める比良坂嬢)
「 ……(汗)。分かった。行くよ」
「 ホントですかっ!? えへへ…とっても嬉しいです!」
  半ば強引に龍麻と約束を取り付けると、謎の歌姫・比良坂嬢は嬉しそうに去って行った。
「 踊り子さんってやっぱりああいう風にお客さんを引っ掛けないといけないんだあ…。大変だな」
「 よ!」
「 え…?」
  龍麻が比良坂嬢を思ってぼうっと通りに立っていると、今度はまた背後から明るい男の声が投げかけられた。
  振り返ると、そこには金髪のツンツン頭をした精悍な顔だちの青年が立っていた。
「 アンタ。死蝋館なんてやめておけよ」
「 え…? あの、君は?」
「 おっと、名乗り遅れたな。俺様は世界中の国を渡り歩く気ままなロッカー詩人・雨紋雷人サ」
「 は、はあ…?」
「 盗み聞きするつもりはなかったんだぜ? けど、今の踊り子サンとの会話、偶然聞いちまってな。あそこはタチの悪いぼったくりバーテンダーがいるから気をつけた方がいいぜ」
「 え、そうなんだ」
  龍麻が驚いて目を見開くと、雨紋は嬉しそうに頷いた。
「 ああ。だから情報収集や飲みに行く場合はあっちの地下酒場じゃなくて、俺がライブやってるクロウへ来いよ。アンタならサービスしてやっからさ!」
「 ら、らいぶって…?」
「 へ? アンタ、音楽って聴かないのかい?」
「 お、俺の村…音楽って言ったらお祭りの時に笛と太鼓をちょっと……」
「 ハハハ、そっか! ならこの街にいる間に一回は俺様のミュージックを聴きに来てくれよ! アンタに絶対的な衝撃と興奮と最高のロックンロールを提供するゼ!」
「 ……???」
「 俺様、アンタみたいな別嬪を見ると、こうメラメラと創作意欲を掻き立てられるんだよナ! へへ…ちょいと早めに宿屋を出て来てラッキーだぜ!  アンタ、あ、タツマサンって言ったっけ? 俺様、三日後の王様謁見日まではこの街にいると思うからサ。何か困った事とか知りたい事があったらいつでも訊いてくれよ!」
  雨紋の軽いノリというかテンポの良い話し方に多少の途惑いを感じつつも、龍麻は秋月王の謁見日の事を持ち出されてそれには素早く反応を返した。
「 君も王様に会いにこの街に来たの?」
  すると雨紋の方は龍麻の台詞に興味深気な目を向け、背中に差していた自分の武器…長槍をかざして見せた。
「 って事はタツマサンもそうかい? 俺様、普段は歌や詩で生計を立てちゃいるが、戦いの方にも…へへ、ちっとは自信があるンだゼ!」
「 うん。何か強そうだもんな」
「 へっ…そういうタツマサンもな」
「 え? お、俺のどこが…?」
  龍麻が驚いて訊くと雨紋は可笑しそうに笑った。
「 謙遜するなって。アンタの《力》くらい、一目見りゃ分かるゼ。…ま、何かあったらホント声かけてくれや。じゃな!」
  言いたい事だけを言うと満足したのか、金髪ロッカー雨紋は龍麻の元を去って行った。
  ただし、いつの間に滑りこませたのだろう、龍麻の上着のポケットには雨紋が泊まっている宿屋と、ライブをしているという酒場「クロウ」への地図が描かれたメモがしっかと入れられていた。
「 でも酒場ってなあ…俺、未成年だし」
  龍麻はいきなり2人もの人間に酒場への招待を受けて困ったように首をかしげた。
  しかしとりあえず、王との謁見日まで退屈だけはしなさそうだと思う。
  龍麻は街の通りに突っ立ったまま、城の見える方向へ目をやり、まだ見ぬ秋月城へ思いを馳せた。



  龍麻は旅の仲間候補、比良坂紗夜&雨紋雷人と知り合った!
  《現在の龍麻…Lv09/HP55/MP30/GOLD5300》
  《状態異常:龍麻は「金銭感覚ゼロ」という呪いを受けている! この呪いは教会でしか解く事ができない!》


【つづく。】
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