第8話 秋月王国2

  1人になって秋月王国を探索している龍麻。
  様々な場所を巡っていると、世の中には本当に色々な人間がいる事が分かる。
  龍麻の村には畑を耕し家畜を育てる百姓、それに教師を兼ねた神父くらいしかいなかったのに。
  ここには戦士や武道家、魔法使い、僧侶だけでなく、物を作る職人からそれらを売る商人、薬屋、食べ物屋。医者や花屋、それに最初に出会った比良坂や雨紋のような音楽家や踊り子もいる。彼らや自分のような旅人が利用する宿屋や酒場もたくさんある。一方、貴族という、何も働かないで偉そうにしている人もいる。
  それらの人がいる建物を1つ1つ回り、観察しているだけで日は暮れた。
「 はーい、こちら東の国からやってきた高級墨と硯だよー。どう、そこのお兄さん、見ていかない?」
「 あ…お、俺、いいです…っ」
  しかし龍麻は、街の探索は十分にしたが、実際どの店にもその中にまでは入っていなかった。
「 あーそこのお兄さん、どうこの壺? 珍しい柄だろー見てってー」
「 あ…い、いいです…!」
  店の通りに立つ商売人たちからは四方八方で声をかけられた。
  それでも龍麻は、道中美里によってめちゃくちゃに買い物をさせられた経験から、店の中には1人で入るのはやめようと思っていた。
  また何を衝動買いするか分からないと心配だったからである。
「 あ、でも…。焚実に本を頼まれてたんだ。…宿屋に戻る前に最後一件だけ本屋さんには寄ろう」
  どうせここの王様に会えば、自分は勇者ではなかった事が分かって村に帰る事になる。
  きっと帰りはばたばたするだろうし、お土産の事なんか考える余裕はないかもしれない。
  忘れてしまわないうちにそれだけは買っておこう。
「 えーと、本屋は何処だろ…?」
  そういえば街の中をぐるりと一周したはずなのに、本屋はなかった。
「 こんなに大きな街だし、あると思うんだけどなあ…」
「 きゃ〜、あっぶな〜い!!!」
「 え…?…って、わあっ!?」

  ごっつーん!!

「 いって〜…」
「 いや〜ん、ごめんなさーい!! 大丈夫ですかあ!?」
  突然甲高い声が背後からしたと思った瞬間だった。
「 こ、これ…は、一体……?」
「 これ〜舞子の治療グッズが入ったカバン〜。うっかり〜振り回していて手を離しちゃったのう〜」
「 …………」
  龍麻は自分の後頭部に思い切り直撃した大きなごつごつしたカバンを恨めしそうに見つめた。
  それから自分にそう言って「きゃーんきゃーん」とか何とか言っている白い服を着た女性も…。
「 ……貴女は、何の職業の人?」
「 ええ〜? いや〜ん、貴方〜ナースを知らないの〜?」
「 なあす?」
  龍麻が首をかしげると、「舞子」と名乗った白い服の女性はにっこり微笑みながらぴょこりと首をかしげ、指先を立てた。
「 舞子は〜。怪我をしたり具合が悪くなった人を助けるお仕事をしているんだあ」
「 へえ…そうなんだ?」
「 あー君、頭にたんこぶできてる〜!」
「 いやそれは…多分君のカバンが飛んできたからで…」
「 舞子が撫で撫でしてあげるね〜! 痛いの痛いの飛んでけ〜!!」
「 ………それ、治療?」
「 あっ、いっけなーい!! 舞子、お使いの途中だったのう!! もう行かなくっちゃ!! えーと〜、貴方のお名前訊いてもいいですかあ?」
「 お、俺…緋勇龍麻…」
「 きゃーん、カッコいい名前〜!! 舞子はあ〜高見沢舞子ッ。えへっ、龍麻クン、舞子のこと、お友達にしてくれる? 仲良くしてくれる?」
「 え? え? …あ、あの〜うん、それは…」
「 きゃーん、うっれしいー!! 舞子、龍麻クンの為ならいつでもどこでも治療に飛んでくるからねッ。それじゃあ、またね〜!!」
「 あ…あの……」
  自分の言いたい事だけ言って、弾けたナース高見沢舞子は去って行った。
「 ……やっぱり大きな街は違うな」
「 おっと、ごめんよ」
「 わ…っ」
  呆けていると、今度はまた、横の通りから人が突然やってきた。
  龍麻はがたいの大きなその人物にぶつかってよろりとよろけた。
「 ぼけっとしてると怪我するぜ?」
「 あ…すみません……」
  龍麻は何とか体勢を立て直してから、初めてそう言ってきた人物のことを見上げた。
  今度は男性。しかも彼も白い服を着ていた。
  《なあす》というのとは違うようだが。
「 ふっ…。そうやって素直に謝るなよ。俺だって余所見しちまってたんだからな」
「 はあ…」
  龍麻がぼーっとしていると、その男は被っていた帽子をくいと上げて鋭い、けれどどことなく楽しそうな眼を向けてきた。
「 ……アンタ、見かけない顔だな。その格好からすると旅人かい?」
  男は言った。
「 最近は王の奴が妙なお触れを出したせいで、エセ勇者どもがわんさかこの街に押し寄せてくる。まぁお陰で俺は…儲けさせてもらっているがね」
「 儲ける?」
「 俺はギャンブラーでね」
  男はそう言って不敵な笑みを見せた。
「 良かったらアンタ、俺と賭けをしないかい?」
「 か、賭けって…?」
「 なあに、簡単だ。見るからにお子様なアンタを危険な賭場に連れて行く気もねえよ。ここで簡単にできるゲームさ。よっと…」
  そうして男は手にしていたコインをピンと指で弾き、宙に高く上げ、それをばしんともう一つの手で隠した。
「 さあこのコインは表か裏か。簡単だろ?」
「 あ…う、うん……」
「 賭ける物は名前だ」
「 名前?」
「 負けた方が名乗る。どうだい?」
「 ……別に勝っても名乗っていいよ?」
「 ふ…。アンタ、本当に見たまんま、世間知らずのオボッチャンなんだな。テメエの名前は簡単に名乗るもんじゃねえ。でないと呪いをかけられるぜ? …この国のようにな」
「 え?」
「 さあ、表か裏か。答えな」
( 呪われるんなら負けたくないーッ!!)
  というか、そもそもそんなら賭けなどしたくないのだが。
  しかし押しの強い人にはとことん弱い龍麻である。(※第4話参照のこと)
「 じゃ、じゃあ…表……」
「 ………それなら俺は裏だな」
  男の手がゆっくりと開かれる。
  龍麻はそろりとそんな男の手元を見やった。
「 ……表、だな」
  男は言った。龍麻はほっと胸を撫で下ろした。
「 負けたぜ。アンタ、やるな」
「 偶然だよ」
「 俺の幸運に勝る運を持つ男か…。悪くねえ。俺の名は村雨祇孔」
「 俺、緋勇龍麻! …って、あ! な、名乗っちゃった…!」
「 ……くくっ」
  男は龍麻の慌てたような言いように喉の奥で小さく笑った。
  それからぽんぽんと龍麻の頭を軽く叩く。
「 今日はちょいと外せねえ用があってな。俺は行かなきゃならねえ。けど、龍麻。アンタとはまた近いうちに会えるだろうよ。その時はまた違う事を賭けよう」
「 何賭ける?」
「 負けたらアンタに俺の力を貸すぜ」
「 え?」
「 アンタ、世界を救う勇者様なんだろ? 旅の仲間はできるだけここで集めていきな。……それじゃあな」
「 あ……」
  まだ、決まったわけじゃ。
  そう言おうとしたけれど、村雨はあっという間に通りの細い路地を曲がると、その姿を消した。
  龍麻はまたぽつんと通りの道に佇みながら、何だかこの街に来てからヘンだ。そう、感じた。


  龍麻が望むと望まないとに関わらず。
  宿星(ほし)は、集い始める―――。



  龍麻は旅の仲間候補、高見沢舞子&村雨祇孔と知り合った!ただし、村雨とは今後もう一度出会って勝負をし、勝たなければ仲間にはなってもらえない!
  《現在の龍麻…Lv09/HP55/MP30/GOLD5300》
  《状態異常:龍麻は「金銭感覚ゼロ」という呪いを受けている! この呪いは教会でしか解く事ができない!》


【つづく。】
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