第9話 呪い

「 うわー、すっかり遅くなっちゃったよ…。本屋は何処だ〜(汗)?」
  急ぎ足になりながら、夕暮れの街並を龍麻は歩いていた。
「 あの、すみません! 本屋は何処ですか?」
  いい加減、自力で探しきれないと感じた龍麻は、たまたま通りを歩いていた女性に声をかけた。
  その女性は右手にはペン、左手にはメモ帳を持ってきょろきょろと辺りを見回していたのだが、龍麻に話しかけられると、怪訝な顔をしながらも口を開いて言った。
「 キミ、人に物を尋ねる時に、まさか手ぶらってわけじゃあ、ないわよねえ?」
「 へ……」
「 あたしから何かの情報を得たければ1回につき10ゴールド。これ、この街の常識よ?」
  女性は気の強そうな顔をしていた。
  しまったと思う龍麻(でももう手遅れ)。
「 本屋を知りたいのね。この街には3軒の本屋があるわ。1つはここの町民が1番よく利用するオーソドックスな普通の本屋。1つは古本が中心だけど、各国から流れてきた海外版も多く置いている裏通りに面したマイナー本屋。最後は、あんまり利用する人のない、魔法使い専門の地下の本屋」
「 あの…普通のを」
「 じゃあ20ゴールド」
「 えっ! さ、さっき10ゴールドって…!」
「 今、3軒あるって教えてあげたでしょ。これで10ゴールド。これから有名書店の場所を教えてあげるのでもう10ゴールド。全部で20ゴールドよ」
「 …………」
「 何か文句ある?」
「 いいえ……」
  龍麻は渋々と女性に20ゴールド払った。
「 …………」
  すると女性は急に黙りこくり。
「 あ、あの…?」
「 キミねー! 駄目でしょ、そんな素直にお金出しちゃ!」
  いきなり女性は猛烈な剣幕で龍麻の胸を指で突付きながら声を張り上げた。
「 そんなこっちゃー、こんな大きな街だもの、良からぬチンピラだっているんだから、そいつらにいいようにたかられ騙されて悲惨な目に遭っちゃうわよ!?」
「 た、たとえばキミみたいな?」
「 もーう、あたしは違うわよ。人聞きの悪い!」
  女性はそう言って龍麻が渡した20ゴールドのうち、10ゴールドを返してくれた。(半分かよ!)
「 キミ、旅の人ね。気をつけなさいよ〜ホント。それに、キミは見た目も綺麗だから、絶対危ない! お姉さん心配!」
「 はあ…」
「 あ、それで本屋の場所だったわね。はい、これメモ! 大サービスでマイナーな本屋と魔術師専門の本屋の場所も教えてあげる! ふふ、今後とも何か情報を得たい時には、この遠野杏子に任せてね!」
「 あ……」
  そう言って爽やかに笑うと、情報屋という遠野杏子は去って行った。
  ちなみに、自分の名刺(あだ名まで書いてある)も龍麻の手に忍ばせて…。

  龍麻は貰ったメモに目を落とし、まあこれで何とか目的の場所に行けるのだし…と気を取り直した。


++++


  有名な本屋は、街の通りから一番外れた、港に面した一角にどんと建っていた。
  割と大きな規模だが、なるほど、ここなら初めて来た者は見つけづらいかもしれない。
  それでも店内は、そろそろ日も沈むというのに、本好きの町人で結構賑わっていた。
「 おっきいなあ…」
  龍麻は本と言ったら、時々父親が買ってきてくれるものか、親友の比嘉が貸してくれたものしか手に取った事がなかった。
  その読書家の比嘉も、普段は月に2回くらいの割合で来る商人にわざわざ頼んで何冊か取り寄せてもらうという方法を取っていたから、こんなにたくさんの本が並んでいる棚を見たのは初めてだった。
「 焚実が見たら喜ぶだろうなあ…」
  龍麻はゆっくりと店内を回り、整然と並んでいる書棚を見上げてため息をついた。
「 それにしても…どんな本、買っていってあげたらいいんだろ?」
  比嘉は龍麻に本を土産に頼むとは言ったものの、さしたる期待はしていなかったのか、具体的な書名まで龍麻に言ってはいなかった。龍麻もいきなり父に追い出されたから詳しくは訊かなかったし。
「 うーん、俺って本選ぶのよく分からないんだよな」
  ここまで来て今さらな龍麻である。
「 じゃあ、直感でこれって手を伸ばした先にあったやつにしよう! よっと!」
  けれど龍麻がそんないい加減方式でロクに見もせず腕を伸ばした時だった。
「 あ…」
「 駄目だよ」
  同じ先に手を伸ばした人物が、突然龍麻にそう言った。
「 あっ、ご、ごめんなさい!」
  龍麻が慌てて手を引っ込め、自分のやや後ろに立っていたその人物を振り返ると。
「 いや…僕の方こそいきなりごめん」
  そこには背の高い美しい顔だちをした青年が申し訳なさそうな顔をして龍麻を見下ろしていた。
( 美形ってのはこういう人のことを言うんだろうな…)
  龍麻は同じ男だというのに、思わずその青年に見惚れてしまった。
  しかしじっと見られてその青年の方は途惑ったのか、お互いに手にしようとした本をすっと取ると、そのまま龍麻に差し出した。
  その間際、その本が一瞬ぼうっと光ったように見えたのだが。
「 はい、これ」
  青年は無表情ながらもそう言って龍麻に本を譲ろうとした。
  龍麻は慌てた。
「 え…っ。い、いいんです!」
「 でも君…これが欲しかったんだろ…?」
「 ううんっ。俺、別に絶対それじゃなきゃいけないってわけじゃなかったから! 大体、それがどんな本かもよく分からないで取ろうとしたし」
「 ……? そうなの?」
「 うんっ。だから貴方が取って下さい、それ!」
「 ……僕はこれが欲しかったわけじゃないよ」
  しかし龍麻の言葉に青年は多少苦笑したように言った。
  龍麻が首をかしげると、青年は龍麻のことを不思議そうに見つめた。
「 君…僕が今この本に魔法をかけたから警戒してる?」
「 え…?」
  ではやはり今本が光ったのは気のせいではなかったのか。
  龍麻が驚いて声を失っていると青年はあっさりと言った。
「 君、呪いにかかっているよ」
「 え、ええっ!?」
「 気づいて…なかったの?」
「 の、ののの呪いって…俺、何で…っ」
「 ……ちょっと来て」
  青年はそう言うと、龍麻の手首を掴み、ぐいぐいと書店の外へと連れ出した。
「 …店で大きな話はできないから」
  本屋から少し離れた商船が見える通りに来てから青年は言った。
「 君、僕と同じ旅人だね。多分、何処かで君自身も気づかないうちに誰かにその呪いをかけられたんだ。君は今、金銭感覚ゼロっていう呪いにかかっているよ」
「 な、何それっ」
「 その名の通り、お金の感覚が鈍くなる呪いの事だよ。あのままあの本を手に取っていたら、あれだけじゃなくて他の本も欲しくてお金がなくなっても色々な物に手を出すハメになってたと思う」
「 あ…! だから魔法をかけてくれたの?」
「 あれだけを欲しがるようにね」
「 ………あ、ありがとう」
  茫然として何とか礼を言うと、青年は何でもない事のように言った。
「 いいよ。これが僕の仕事だから」
「 え…?」
「 僕自身、呪いにかかっている身だから。僕は世界にある色々な呪いを解くために旅をしているんだ」
  青年は翳りのある顔をして龍麻から目を逸らした。
「 君ももう行った方がいい。僕に関わっているとロクな目に遭わないからね」
「 な、何で…! そんな事ないよ! 俺、お陰で助かったし」
「 君の呪いは僕には完全に解くのは無理だから。教会に行けば解いてもらえるはずだから明日にでも行くといいよ。今日はまだ……」
  そう言って青年は龍麻の頭に手をかざし、何やら温かい光を降り注いだ。
「 これで1日は保つだろう」
「 じゃ、じゃあ君も一緒に行って呪い解こうよ!」
「 僕は……」
  青年は黙りこくり、それから龍麻をちらと見つめた。
「 僕のは無理なんだ。それじゃ、これで」
「 あ、待って…! お、俺、緋勇龍麻!」
「 …………」
「 き、君は?」
「 ……ここで名前を名乗るのは危険だよ。この町全体が…今、大きな呪いにかかっているようだから」
「 あ…!」
  そう言えば村雨がそんな事を言っていたっけ。
  龍麻ががっくりして肩を落とすと、青年は立ち去ろうとしていた足を止め、やや困惑した瞳を閃かせた。
  そうして。
「 壬生紅葉」
「 え……」
  青年は名乗った。
「 さよなら、龍麻。また…」
「 あ、あ、うん! ま、またな、壬生!」
  龍麻は去って行く壬生の背中に必死に声をかけた。
  壬生はもう振り返りはしなかったけれど。



  龍麻は旅の助言者、遠野杏子と知り合った!
  龍麻は旅の仲間候補、壬生紅葉と知り合った!ただし、壬生が仲間になってくれるかはまだ分からない!
  《現在の龍麻…Lv09/HP55/MP30/GOLD5290》
  《状態異常:龍麻は「金銭感覚ゼロ」という呪いを受けている! この呪いは教会でしか解く事ができない! しかし龍麻は呪いの存在に気がついた!》


【つづく。】
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