第101話 強引な男

  眠れるわけがなかった。
( 本当にごめん……)
  心の中で謝りながら、龍麻は独りこっそりと宿屋を出た。堂々とドアから出ては誰かと鉢合わせした時にマズイと思い、わざわざ窓の外から屋根をつたって下へ降りた。
  如月にただ《力》を持つ者として必要とされているという事実が龍麻をひたすら傷つけていた。仕方がないと何度思っても、理屈ではどうしようもできない気持ちの部分で駄目だった。
  早く終わらせてしまおう。こんな「仕事」。
「 静かだな……」
  夜でもあれほど賑やかだったはずの徳川の街並を、龍麻は早足で急いだ。呪いのせいか、はたまた地下の異形が暴れる気配に怯えているのか。しんとした通りは、まるで早く自分に城へ向かえと急かしているようだとも思った。
「 おい。小僧」
「 え…」
  その時だ。不意に前方から伸びる大きな影に気がついて、龍麻は俯きがちだった顔をあげた。
  そこには道の真ん中で腕を組み、仁王立ちしているそれは大きな男の姿があった。よくは分からないが、見慣れない白い服に黒い帯を腰に巻き、実に強そうな面持ちをしている。
「 何…ですか」
「 こんな夜更けに何をしている」
「 え…何って」
  城へ行く事を素直に言ったらどうだろう。この男が何者かは分からないけれど、素直に本当の事を言って良い事など何もないように思われた。ただでさえここの国では余所者が城へ近づくことを好まない。
  龍麻はしどろもどろになりながら見え透いた嘘をついた。
「 ちょっと散歩を……」
「 フン、散歩か。何者かが発し続けている呪いのせいで、今この国の人々は皆不安に陥っている。異形は横行し、病んだ人々による盗み、暴力…。耐性のない者には病が流行っているようだ。そんな時に、散歩か?」
「 あ、貴方には関係ない…」
「 そうはいかんな」
  大きく鼻を鳴らして、腕を組んでいた大男は気合を入れるようにカッと大きく目を見開いた。
  その瞬間、夜なのに、月の隠れた暗い通りなのに…何故か男の周りには金色のオーラが浮かび上がった。
( この人にも《力》があるんだろうか…)
  龍麻が思っていると、男はずんと一歩歩み寄って言った。
「 いざ、尋常に勝負ッ! 貴様がこの街に巣食う悪の化身か、それとも単なる旅人かは、この俺と拳を交えれば分かる事っ。そう、この義賊の長である紫暮兵庫とな!!」
「 義賊…?」
  龍麻が眉をひそめると紫暮と名乗った男は既に拳を構えながらニヤリと笑った。
「 そうだ。俺たちは貧しい者からは盗らん。いつも正当な闘いによってのみ、報酬を受け取る山の荒尊(アラミコト)よ。この国で理不尽な力が振るわれていると知り、単身乗り込んできたのだ」
「 あ、あの…」
  どうやら敵ではないらしい。
  しかし龍麻は急いで回れ右をした。今はこんな余計な事で体力を消耗したくはないし、かと言って事情をいちいち説明する時間も惜しい。
「 俺は貴方の敵じゃないです! 俺の事は放っておいて下さい!!」
「 そうはいかんな」
「 !!?」
  しかし、龍麻が紫暮から背を向けて反対方向へ駆け去ろうとした瞬間。
「 な……?」
  目の前に、紫暮はもういた。
「 はっ…!」
  そして、慌ててまた反対方向へ踵を返した龍麻は、更に度肝を抜かれる事になる。
「 何で……」
  そこにも紫暮は、やはり依然として腕を組んだまま存在していたのだ。
  龍麻の前後方に2人の紫暮がいる。分身の術とか、双子とか、そういう感じではない。
  紛れもなく、同じ人間である紫暮が……。
「 はははッ、驚いたか!! 俺から逃げようとしても無駄だ!! お前も感じているようだが、どちらの俺もこの俺自身だ!! さあ、構えろ!! 貴様の力、見せてみろ!!」
「 ど、どうして戦わなくちゃいけないんだ…!? 俺、俺は何でもないんだから…!!」
「 なら何故あの城を目指す」
「 !!」
  紫暮の言葉に龍麻は息を飲んだ。完全に見透かされていた。何故と思っていると、意を読み取ったように紫暮はまたふっと笑んでみせた。
「 向こうの通りから足元ばかり見て走っていたようだが、お前の意識は完全にあの徳川城へと向けられていた。今、もっとも陰氣の強いあの城へ…な。あそこへ行く事がどういう事か分かっているのか? お前が何者かは知らないが、あそこへ行くという事はあの強力な陰氣に飲み込まれ二度と帰ってこられないか、ここで悪さをする異形どものようになるか…どちらかだぞ」
「 ……知ってる。そんなこと」
「 ほう?」
  龍麻のくぐもった返答に紫暮は好奇の目を向けた。
「 なら何故行く? お前のような子どもが行く場所ではない。お前にはまだ危険というものがどういうものか分かっていないのだろう。火遊びをして取り返しのつかん事になる前に―」
「 そんなんじゃないっ!!」
  地面に叩きつけるようにして龍麻は叫んだ。
  瞬間、感じた。この人は恐らく悪い人どころかとても良い人なのだ。迷った人々がこれ以上あの地下へ誘いこまれないように、ここで仁王像のように立ちはだかって道を塞いでいる。荒っぽいけれど、こうして犠牲者を出さないようにしてくれているんだ。
「 俺がやらなくちゃいけないのに…」
「 ん……」
「 ここは! 俺がやらなくちゃ駄目なんだ! 翡翠でもない、4神でも、織部さんたちでもない! 俺が行って片をつけなくちゃいけないんだから! だから、貴方と戦わなくちゃ通っていけないなら、俺は貴方をぶっ飛ばしてでもここを行く!」
「 ………そうか」
  すうと目を細め、紫暮と名乗った男は改めてさっと闘いの姿勢を示した。両方の紫暮が全く同じ体勢を取り、実に静かに攻撃のチャンスを窺っている。
「 ……俺だって!」
  龍麻は双方の紫暮を視界に留めようと彼らを左右に配するように立ち位置を変え、目を瞑った。どくんどくんと心臓の音が激しく高鳴る。
  出せる。かつてない、自分の《力》が出せると思った。
「 行くぞ、小僧ーッ!!!」
  2人の紫暮が先に叫び、だっと龍麻に襲いかかった!!!

  紫暮の攻撃!!


「 ……ハッ!!!」


  しかし龍麻はその瞬間、かっと目を見開き、両腕をさっと横に伸ばして開いた掌から気功を放った。

  龍麻の攻撃!!
「 ぐはあっ!?」
  両方の紫暮は57のダメージを受けた!!
  紫暮はもんどり打って倒れた。
「 ……はあ、はあっ」
  すかさず龍麻は拳を構え、尚片方の紫暮に襲いかかる!!
  倒れて攻撃できない紫暮に龍麻の更なる攻撃!!
「 はあっ!!」
「 ぐあっ…!!」
  紫暮Aに80のダメージ!!
  紫暮Aを倒した!!(はやっ)
  550の経験値を獲得、50ゴールドを手に入れた!!
「 もう1人…!!」
  龍麻の攻撃!!
  紫暮Bに85のダメージ!!
「 ぐああーっ!!」
  紫暮Bを倒した!!(またまたはやっ)
  550の経験値を獲得、50ゴールドを手に入れた!!
  チャララッチャッチャッチャ〜!!!
  龍麻はレベルが上がった!!
  龍麻はリレミトを覚えた!!
  戦闘終了――。



×××××



「 はあはあ……」
  荒く息を継いで、龍麻はその場に倒れ伏して既に1人の身体に戻っている紫暮を見下ろした。
「 ……俺の負けだ」
  するとやがてむくりと立ち上がった紫暮が低く唸るようにそう言った。
「 先ほどは小僧などと子ども扱いをしてすまなかった。その熱い拳に誰よりも強い意志の力を感じたぞ。是非、名前を聞かせて欲しい」
「 ……緋勇龍麻」
「 緋勇…? 古の動乱の折、現れた勇者の名だ…。ふうむ……」
「 俺、もう行くよ…」
  何事か考えこむ紫暮の横を通り過ぎながら龍麻はぼそりと言った。急がなければ。ただその想いだけが頭の中全部を支配していた。
「 待ってくれ!! 緋……いや、龍麻!!」
  すると紫暮が慌てたように龍麻の肩をがしりと掴んだ。
「 本当にあの城へ行くのか? 確かにお前の力は分かったが、あそこは…」
「 分かってる。でも、行かなくちゃいけないから」
「 ………」
「 だから、その手を放し……」
「 分かった。ならば俺も共に行こう」
「 え…」
  龍麻が聞き返すと紫暮はぐいと胸を反らした。
「 たった一瞬拳を交えただけだ。しかし、俺はお前の力にすっかり魅せられてしまった。そんなお前をみすみす危険な場所へ1人でやる事など、俺の正義が許さない」
「 あの…でも……」
「 お前が断ろうが俺は無理にでもついて行くぞ!! なあに長い夜だ、龍麻も1人よりこのデカイ道ずれがいた方が良いだろう、わっははは!!!」
「 ………」
  気が進まない……。
  今までどんな苦難も多くの仲間たちに支えられ、頼りきってきた事で乗り越えてきた龍麻である。それを感謝しない日はなかったけれど、こうしてまた誰かに助けてもらう事に、心のどこかで抵抗する気持ちがあった。
「 あの…俺は…」
「 わっははは!! さあ、行くぞ龍麻!! さあさあさあ!!」
「 ……っ!? あ、あの、ちょっ……」
  しかし紫暮をパーティから外す事はできない!!
  紫暮は強引に龍麻にくっついている!!


  ……こうして龍麻はまたその意思に反して、仲間を作る事になった。


  紫暮兵庫が仲間になった!!!



  《現在の龍麻…Lv21/HP130/MP100/GOLD118050》


【つづく。】
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