第102話 クレバーになれない |
城の前にまで辿り着き、龍麻は思わず息を呑んだ。 間近だとより一層その陰氣が目に見えて濃くなっているのが分かる。 そして城への門は堅く閉ざされ、数人の見張りの兵以外は人の通りもなく、辺りはしんと静まり返っていた。 「 今、この城の周囲にはかなり強固な結界が張られているらしいぞ。どこぞの偉い神官長が誰も入り込めないようにと施したのだそうだ」 「 こ、こんなに怪しい氣が渦巻いてるんだもん…。誰も入ろうとはしないでしょ」 「 それがそうでもないらしい」 紫暮が龍麻の言葉を受けて大きくかぶりを振った。 「 不穏な空気に吸い寄せられて集まってきている外のモンスターたちを倒す為、今城の兵士の大半はここを留守にしている。それに残っていた女官や学者連中も、先王の命令だとかで城から出ているようなのだ。つまり、今この徳川城は相当手薄な状態だ。この結界の向こうに国宝がたんまり放置されていると思えば、心に隙の出来た者なら幾らでも危険を冒そうとするだろう」 「 そんなバカな…。宝より命だろ? こんな所に入ったら危険だって何故分からない…」 「 もしかすると≪力≫ない普通の者たちには見えないのかもしれん。俺たちには脅威の、この陰氣がな…。それに 、そもそも王がこの城にいる事を思えば」 「 なっ…」 「 誰もが、この城が一番安全な場所だと思うだろうよ」 俺は微塵も思っていないがなと、紫暮は腕組をしたまま素っ気無く続けた。 「 ここの王の事は俺もよくは知らないが、これだけの騒ぎが起きていてただの1度も国民の前に姿を見せないというのは明らかにおかしい。病気という事になってるらしいが、一方で王はもう死んだのではないかという噂も立っている。実際、俺もそう思う」 「 ………」 「 事実、現在兵を動かしているのは老齢の先王だというからな」 紫暮の言葉に龍麻は思わず俯きがちになっていた顔をあげた。 霧島たちと1度この城に潜入した時に出逢った塔の老人…徳川国先王の寂しそうな瞳が脳裏を過ぎった。 「 その先王は今…?」 「 兵たちに指令を出しやすい公爵家の城へ移ったというが…さすがに近侍の者が退避させたのだろう。当然だ、このような暗き城に…」 「 でも今の王は…まだここに…」 「 いるならば、の話だがな」 「 ………」 紫暮の話に龍麻はぐっと唇を噛んだ。 桜井や醍醐たちは地下のモンスターは自分たちが足止めしているからまだ大丈夫だなどと言っていたが、事態は思った以上に緊迫していた。人々の陰の部分を食って更に巨大になっているだろう地下の「あれ」は、その増大させた力によって更に周辺のモンスターをも呼び寄せ、徳川国に破滅をもたらそうとしている。 一刻も早く行かねばならない。地下へ下りて陰気を生み出す珠を破壊し、そしてあのモンスターを倒すのだ。 「 龍麻。本当に行くのか」 すると龍麻の決意を読み取ったのだろう、紫暮が声を掛けてきた。 「 どういう意味?」 龍麻がピリピリとした神経のままキッとして問い返すと、しかし当の紫暮はそんな相手の顔にも何とも堪えていないというような様子で答えた。 「 俺はこういう混乱に乗じて盗みや破壊を楽しむ輩が許せない。だから仲間たちが止めるのも聞かず、単身この国へやってきた。しかしどうだ、ここはそんな連中だけがただ単純に≪悪≫という図式で成り立っているわけではない。その者たちに呪いを振りまいた、何かもっと巨大な者の影が在るのを…感じるのだ」 「 だから…!」 「 だから、そのような姿の分からぬモノを相手に今のお前が闇雲に立ち向かっても、勝機はないように思える」 「 何…言ってんだよ。そうだとしても…!」 驚いて言い返そうとする龍麻を制し、紫暮は尚も続けた。 「 無駄死にと分かっていて立ち向かうなど最も愚かな行為だ。龍麻、お前の決意はよく分かったが、そもそも戦う上で何らかの作戦は立ててあるのか? 装備は? アイテムは? 見たところ手ぶらなようだが」 「 俺の武器はこれだ!」 龍麻は自らの拳を掲げて見せて紫暮に声を荒げた。 しかしやはり紫暮は動じない。 「 回復薬は? 戦いを補助してくれる最低4人の仲間は? 1人は俺だとしても、まだ足らない。それでは、やはり無謀な戦いと言わざるを得ない」 「 ならお前は来なくていいよ! 元々頼んで来てもらっているわけじゃない!」 「 龍麻」 「 もう邪魔しないでくれ! とにかく俺は行くんだから…!」 「 やれやれ…。冷静さを欠いた勇者ではな……先が思いやられる」 その時、不意に暗がりの中から龍麻たちに向かって声が掛けられた。 「 !?」 それに2人がぎくりとして動きを止めると、闇から浮かび上がってきたかのようなその人物は、何の気配も感じさせぬままに月下に姿を現した。 「 あ……」 「 あの騒がしい夜から既に大分経つ。再び静寂が訪れるどころか、騒ぎはますます広まっている。だから仕方なく覗きに来てみれば…」 「 先生…」 思わず呟いた龍麻にその人物―いつぞやもこの場所で出逢った犬神と名乗る男―は、多少驚きに見開かれた眼で「ほう?」と笑んだ。 「 驚いた。俺の事を覚えていたのか」 「 やっぱり…。やっぱり、何度か村に来ていた犬神先生なんですね! どうして…何でここに? いや、それよりもどうしてあの時言ってくれなかったんですか!」 「 何をだ。お前に語る過去など俺には持ち合わせておらんよ」 「 でも、先生は父さんの友達じゃ…」 「 今の俺には関係ない」 犬神はきっぱりと言い捨て、横に立つ紫暮をちらと見た後表情を変えぬまま続けた。 「 それより、お前は結局あの時から何もしていないのだな。4神を集め、地下のあの化け物を倒すのはそんなに難儀か? 俺が渡した物は?」 「 え…」 訊かれて龍麻ははっとし、黙り込んだ。 確かにあの時、犬神からは「魚人にくれてやれ」と何か小さな…そう、聖水の入った瓶を貰った。 しかしあれはあの時使わず、今も宿屋のカバンの中。 「 持ってきていないのか」 犬神にあっさりと見抜かれ、龍麻は項垂れた。 「 ……すみません」 紫暮の言う通りかもしれない。幾ら何でも考えがなさ過ぎなのだ。みんなも言っていたではないか、今日は1日ゆっくり休んで体力を回復させろと。そうして十分に休息を取った後、装備やアイテムを万全にして、それから挑むべきだったのだ。 ただ、焦っていた。バカにも程がある。ただ先走り、ただ早くこの重責から解放されたくて。 そんな自分は本当にこの国の人たちの事を想っているのだろうか? 「 ……龍麻」 考え込む龍麻に犬神が嘆息した。 そして力なくも素直に視線を向けてくる龍麻にキラリと光る何かを投げて寄越した。 「 あっ…」 慌ててそれを両手で受け取った龍麻は、手の中に納まったそれに目を見張った。 あの時に貰ったものと同じ、それは小さな銀の瓶に入った聖水だった。 「 いいか龍麻。ただ≪力≫だけで倒そうとするな。それでは壊せても、救えはしない」 「 え……」 「 あの異形は人々を食って成長している。しかし逆に言えば、人の陰氣がなければこの世界ではまともに動く事すら叶わんのだ。元々奴らはこちらの住人ではない。あの扉の向こうにいるべきモノだ」 「 ……それは」 「 いいか、お前が救いたいと想う気持ちがその水をより強力なものにする。……今の気持ちのまま、下へはおりるな。だがな……」 水を見つめ続ける龍麻に、犬神は一旦は声を切ったもののすぐに発した。 それはひどく厳しい声色だった。 「 だが……引き返す事も最早許さん」 「 先生…?」 「 何を言われる。どなたかは存じぬが、貴殿はこの龍麻の状況を読み取って尚、彼を危険に晒すと仰るのか!」 2人のやりとりを黙って聞いていた紫暮が初めてまともな言葉を発した。犬神をタダモノではないと感じて様子を窺っていたものの、龍麻を戦いへ促すような態度には承服できなかったのだろう。 しかしそんな紫暮にも犬神はただ薄く笑うだけだった。 そしてちらと背後を見た後、更に素っ気無く続けた。 「 門付近までならその男を連れて行く事も良いだろう。……それと後をつけてきたのだろうこの者は、ありがたくもお前の荷物を持ってきてくれたようだぞ」 「 え……!」 「 緋勇様」 犬神が顎でしゃくった先には……龍麻たちの眼前には、宿屋にいるはずの織部雛乃がいた。 「 ひ、雛乃さん…?」 「 困ります、このような大事な物を置き忘れ…。そして、勝手にお1人で行くなど」 「 雛乃さん、俺…」 「 言い訳は結構です」 雛乃はきっぱりと言った後、龍麻のカバンをぽいと投げて寄越した。そうして龍麻がそれを受け取ったのを確認すると、彼女は犬神に目だけで挨拶をし、手にしていた弓を手に毅然とした様子で言った。 「 さあ緋勇様、参りましょう。まずは一の層から、辺りに飛散している珠を粉砕せねば」 「 あ…? え、う、うん」 「 その際の援護はお任せを」 「 お、おいお前たち、一体…!」 焦る紫暮には一切構わず、雛乃は弓を一振りすると、龍麻の前にまで来て恭しく礼をした。 「 ……うん、行こう」 その雛乃の姿でようやく龍麻も改めて意を決し、力強く頷いた。 「 先生…」 「 ああ。俺はここにいる。行ってくるがいい」 「 ………」 黙って頷き、そして城へと向かう龍麻を犬神はただ1人、見送った。 紫暮と雛乃を従え聖水も手に、龍麻は徳川城の地下へと向かった。 織部雛乃がパーティに加わった!! 《現在の龍麻…Lv21/HP130/MP100/GOLD118050》 |
【つづく。】 |
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