第104話 壇上門攻略2 |
その異形は、以前に見た時とはまるで違う形をしていた。 全く違う、そして更なる凶悪な力を身に付けた「化け物」と化していた。 《グオオオォォォ、ボオオォォォ……》 しかしその臓腑の底から発せられたような「音」は、どこか苦悶に満ちたような咆哮にも思える。 (犬神先生が言ってた…。元々、こいつはこっちの世界にいるべきモノじゃない…) 《グオオオオオォォォォ、フグオォォォォ…!!》 異形の発する禍々しい《氣》は、その波動に触れるだけで肉体に重大なダメージを与えるだろう。 それを本能で察知した龍麻は、その異形の意図せぬ攻撃をギリギリのところで避けながら、徐々にその距離を縮めて行った。 《こいつは……》 そして龍麻は考えていた。 《だからこいつは、扉の向こうへ還さないといけない。もうこれ以上、人の陰氣を食べさせちゃいけない…!》 辺りにまだ無数に転がる珠を視界の隅に留めながら、龍麻は焦燥に駆られつつ、しかし恐ろしいほど冷静に、異形との適切な位置関係を計っていた。 絶望的な危機の中において、龍麻自身も気づかぬ才能が目覚めようとしていた。 ―それよりも時を少し遡った、壇上門地下― 「うむッ! 龍麻も戻ってきたし、これで問題は直解決だな! はははッ! 本当に良かった!」 ごつごつとした拳をばちんとぶつかり合わせ、醍醐はとても嬉しそうな笑みを零しながらその場にどすんと座り込んだ。 しかしそれも一瞬で、醍醐はすぐに立ち上がると慌てたようにきょろきょろと辺りを見回す。 その場にいるのは現在結界の見張りをしている醍醐と、同じく四神のアラン。それについ先日知り合ったばかりの、神官雪乃である。 「そういえば……如月の奴はどうしたんだ?」 「さあね。まぁ、考えられる事って言ったら、1つじゃねえ?」 「アミーゴに会いに行ったんですヨ、きっと」 醍醐の質問に雪乃は興味なさそうに肩を竦めただけ。 アランは愛用の銃を磨きながらご満悦だ。醍醐同様、龍麻の無事を知って嬉しいようだ。 それでも自分ほどはしゃいでいる様子もない2人に、醍醐はじりじりとした様子を見せながら眉をひそめた。 「おい、そりゃないんじゃないか!? お、俺だって、本当はもっと龍麻の傍にいたいんだぞ! それを、マリィはともかく、如月が俺たちに断りなくここを勝手に離れるなんて…!」 「まあ。気持ちは分かるが、多目に見てやれよ。あの祠で緋勇の奴が消えて、一番ショックを受けてたのは…多分、アイツなんだからよ」 「な、何を言ってるんだ、俺だってなぁ…!」 「OH、醍醐。落ち着いてネ」 雪乃の言葉をフォローするようにアランがやはり視線を向けないままに声を投げる。 「今日、アミーゴが帰ってくるコト、ボクたち四神ミンナ分かってタ。ダッテ、ミンナで一緒にアミーゴの夢見タ。とてもとても、beautiful、ウツクシイ夢ネ。やっぱり、アミーゴはボクたちの守り神。特別なヒトだって…ボク、思った」 「そ、それは……まあ、俺も……」 実は醍醐にはアランほど「四神」というものに自覚がないのだが、それでもこの城で龍麻の帰りを待ちわびながら日々増大していく異形の禍々しいオーラを感じる度、己の中でざわめく何かがあること、それが全身で龍麻を呼んでいた事だけは分かっていた。 だからその「使命」を昔から強く感じていたであろう、如月が龍麻により思い入れるのは……ある程度、アランに言われるまでもなく理解しているつもりだった。 だが。だがしかし。 「なあ、織部の。龍麻が帰ってきた事はその…お前とお前の妹君が連絡手段として使っているその水晶で途中から分かって見えていたのだろう? そこから龍麻の姿を見る事は出来ないか? せめて声を聞くぐらい…」 「出来ねーな」 あっさりと容赦なく雪乃はそう言い、見るなとでも言うように手にしていた手のひら大の水晶に絹を包ませ、懐にしまった。 「これは俺たち双子だからこそ使える特別なアイテムだ。本当に分かり合ってる、血の繋がった者同士じゃなきゃ使えないし、互いの声しか聞こえない。…諦めろ。どうせ交替の時間が来たらまた嫌でも会えるだろ。明日になりゃ、龍麻自身がこっちへ来るし」 「うぅ、龍麻……。この消えていた期間に一体何が…話を聞きたい…。それに、どこか怪我などしていないといいんだが」 「ダイジョーブネ、醍醐! ボクのアミーゴが怪我なんかしてるわけナイ! ここの問題も解決出来たら、きっと元気ビンビンな様子でボクに『アラン愛シテル〜!』って、ハグしてくれるヨ!」 「おいちょっと待て! 何だその“ボクの”とか、“ハグ”とか! 誰がそんな事を許すか!!」 「……けっ。ったく、お前等の龍麻贔屓は、ホント、呆れて言葉もねえよ。あんな軟弱男のどこがいいんだか…。雛がイラつくのも、まあ多少は分かるか」 「ん!? 何か言ったか!?」 「何デスカ雪乃!? アミーゴの悪口!?」 「いーや。別に。お前等ら四神の忠誠心に頭が下がるって言っただけだよ」 「四神は関係ない!!」 「関係ナイネ!!」 「あ〜!! 分かった分かった、煩い煩い!!」 結局冷静に見えたアランも、気持ちは醍醐と一緒だったらしい。龍麻が戻ってきたせいで気持ちが昂ぶっているのか、醍醐と口調をあわせて、皮肉な言葉を零した雪乃をぎんと睨みつける。 雪乃と雛乃の姉妹は龍麻と知り合ってまだ間もない。否、雛乃に関しては直接会話をかわした事もなく、全て昔からの好(よしみ)であった如月からの伝聞だ。だから彼女(たち)には、何故周囲の《力》ある戦士たちがこうまで緋勇龍麻という男に入れ込むのか、イマイチよく分からない。彼が勇者だという実感も湧かない。 この国をここまで危機的状況にしておいて。 勿論、こうなった原因は彼ではないのだけれど。 けれど、まがりなりにも「勇者」を名乗るのならば、少しは「しゃんとしろ」と言ってやりたい雪乃なのだ。 「あーあ、俺も早く交代の時間になんねーかな…。印の見張りって結構疲れるんだよな」 けれど、雪乃がそう言って頬杖をつき、ため息をついた時だった。 「ん……?」 ふと、前方でしきりと龍麻の話をしていた2人の男の気配が変わった。 「お前ら…?」 「雪乃、サガッテ」 アランの声に雪乃はぎくりとして反射的に立ち上がった。 壇上門の方ではない。城の入口に向かう道の方からだ、何かが来る。 (何だ……?) 「ヒトの気配じゃない……」 醍醐が言って戦闘の構えを取った。四神と織部家の堅固な結界は、門からの異形を食い留めるだけではなく、地上からの侵入者を抑える役目も十二分に担っていたはずだ。 それでもその黒い影はゆっくりと、だが確実に3人に向かって近づいてきていた。 「ったく…。あと少しで勇者様が来てくれるって時に…」 厄介な事になりそうな予感を抱きながら、雪乃は傍に置いていた長刀を握りしめた。 その事を、徳川国に帰ってきたばかりの龍麻は知るはずもなかった。 《現在の龍麻…Lv21/HP130/MP100/GOLD118050》 |
【つづく。】 |
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