第106話 壇上門攻略4

  龍麻は咄嗟に自分の背後で倒れる仲間たちを見やり、急いで駆け出した。

《グオオオオォォォォォ!!!》

  異形が怒り狂ったように方向転換し、龍麻の方へと攻撃を仕掛ける。
  モンスターの攻撃!!
  ミス! 龍麻はうまく攻撃をかわした!!

「よぉし…! そうだ、こっちへ来い…っ!」

  異形の大きな姿を逆手に取り、龍麻はその横をするりと抜け切ると、仲間たちがいる所からなるべく遠ざかるように、奥の方へと歩を進めた。実はHPがさり気なく50となっている龍麻。モンスターから受けたダメージも侮れず、既に額には悪い脂汗が浮かんでいる。

(考えろ…! どうしたらあいつを倒せるのか…! 皆を救えるのか…!)

  それでも龍麻は以前のように逃げたいとも、怖いとも想わなかった。
  必死になっていたというのもあるかもしれない。
  けれど、ここへ来る前に龍麻は自分が「彼」へ言った言葉を頭の中で何度も何度も反芻していた。

  ちゃんとするから、と。

「翡翠に……俺、言ったんだから…!」

  龍麻はぐっと唇を噛みながら己を叱咤するように声を出した。

「あっ!」

《グオオォォォォ!!》

  けれど龍麻は無我夢中で走っていた事と怪我によるダメージで視界も定まっていなかったせいでその場に転倒した。足元にあった丸いモノにまるで目がいっていなかったのだ。

「うっ……ち、くしょ……いてて」

  龍麻は痛みにうめき、捻ってしまった足首を庇うように身体を丸めた。

「……あ!」

  けれど薄っすらと目を開いた直後。龍麻は驚きにその目を大きく見開き、刹那ぞっと背中を震わせた。

「これ……」

  龍麻の傍には、龍麻を転ばせた原因である丸いあの玉が。
  そして更にその周辺には、ここへ下りてきた時に幾つも破壊したそれよりも更に多くの玉が辺りにひしめくように転がっていた。

「な……なんだ、これ……」

《グオオオオオォォォォォ!!!》

  けれど異形はそんな龍麻の驚きをいちいち待ってはくれない。転んでうずくまったのを良い事に、激しい触手攻撃を仕掛けてきた。
  モンスターの攻撃!!
  龍麻はハッとして素早くそちらへ視線を上げたものの、立ち上がって避ける余裕がなかった。

「くっ……」

  だから思わず、殆ど条件反射のように、傍にある玉を掴んでそれを投げつけた。
  こんな小さな玉をこの大きな異形にぶつけたところで、それがどうなるものでもないのに。

《グ……グオオオオオォォォォォ!!!》

「え!?」

  けれどモンスターの動きはそれによってぴたりと止まった。

《グオオォォ……ギ……ギオォォォォ……!!》

「き、効いてる……!?」

  玉は異形によって何ほどもないというように、まるですうと自然に吸い込まれ中で溶け込むようにして異形の体内へ潜り込んで消えていった。しかし、何故かそれによって異形がダメージを受けたように苦悶し、龍麻への攻撃を止めたのだ。

「な、何で……?」

  この玉は、良くないもの。
  人々の陰気を高め、時にはヒトをヒトならざるモノに変えてしまう事すらある、恐ろしい物だ。
  咄嗟にやった事とはいえ、そんなモノを恐らくは同じ属性であるこの異形にぶつければ、余計なパワーを与えてしまいかねないと瞬間後悔したくらいなのに。

「も、もう1個投げてみよう……」

  龍麻は立ち上がると、試しにもう1個の玉を目の前で絶叫する異形に投げつけた!!
  異形の身体は先ほどと同じように玉をすうと吸い込んでしまう。まるで好物をそのままぱくりと食べてしまうように。

《ギアアアァァァァ――!!!》

「ひっ!?」

  しかし、異形はそれによってより悲痛な呻き声を漏らし、苦しそうにその大きな身体をぐねぐねと折り曲げ、苦悶した。明らかに、あの玉を身体に入れる事によってとんでもないダメージを被っているのだ。

「一体何で……?」
「腹痛を起こしたんだろう……」
「え? ……あ!!」

  突然聞こえた声に龍麻は驚いて飛び退った。

「ひ……」
「どんな好物でも、量を過ぎれば毒になる。既に十分肥大化したコイツに、これ以上の陰氣は却ってマイナスだったんだ」
「翡翠っ」

  如月の呟くような説明をまるで聞こうとせず、龍麻は思わずその名を呼んでいた。
  一体いつ現れたのか、龍麻のすぐ傍に立つその男は相変わらず仏頂面で明らかに「不愉快だ」という顔をしてそこにいたが、龍麻にはとても嬉しかった。
  怖かったけれど嬉しかった。やっぱり一人きりで心細かったから。
  自分一人であの倒れてしまった皆を護れるのか。本当はとても自信がなかったから。

「君って人は……」

  けれど龍麻のそんな感慨をよそに、如月はさっさと龍麻に近づいてぐいとその腕を取ると、己の顔もより近づけて非常に珍しい怒鳴り声を上げた。

「何故、こんな勝手な真似をした! どうして一人で来たりしたんだ!!」
「あ……」
「君が部屋から消えていて、どれだけ心配……っ」

  言いかけて如月はハッとし、口を噤んだ。
  龍麻はそんな如月をじっと見ながら不意に泣き出したくなって目を潤ませた。
  ぎゅっと拳を握り締めて俯く。

「ごめん……」
「………別に、僕に謝る必要はない」
「じゃあ、皆にごめん」
「今ここには僕と君しかいない」
「うん。……でも、雛乃さんも後を追ってきてくれた。マリィや小蒔ちゃんも。紫暮って奴も会ったばかりの俺に手を貸してくれるって。俺のせいで倒れちゃった」
「彼らなら大丈夫だ。少し悪いガスを吸って意識を混濁させただけだから。それに……」
「た…龍麻、パパ…」
「マリィ?」

  こしこしと目を擦りながら「今起きました」とでも言うべき様子で、不意にマリィが異形の横を通り抜けながら龍麻たちの元へやってきた。どうやら如月の言うように無事らしい。寝惚けたような顔をしていたけれど、「エヘヘ」と可愛く笑って首をかしげる。

「龍麻パパ、どうしたノ? ……泣いてたノ?」
「えっ…や、そんな事ないよっ。それより、マリィ、大丈夫?」
「ウン…エヘヘ。マリィ、如月のオ兄チャンに怒られちゃった……」
「え?」
「当たり前だ。四神としての務めも果たさないまま居眠りなどさせられない」
「ひ…翡――」
「ウン! マリィ、もう大丈夫! 翡翠のオ兄チャンが起こしてくれたし、マリィは闘えるよ!? レッツバトルネ!!」
「………っ」

  大袈裟なファイティングポーズを取って異形に向かう仕草をするマリィを龍麻は呆気に取られながら眺め、それから如月を見やった。
  自分の従者だという割に、相変わらずこの男は不遜な態度のまま不機嫌そうに腰の刀に手をやっている。
  そうしてジロリと龍麻を睨みつける。

「龍麻」
「はいっ」
「言いたい事はたくさんある。だが今は……こいつを倒す事が先だ」
「……うん」
「これを」
「え? あ……」

  如月が不意に渡してきたものは、先ほど全て使いきってしまった聖水だ。龍麻は途惑うように「これは効かない」と返そうとしたが、如月はまるで聞く耳を持たないという風に未だ苦悶を続ける異形を見上げて言った。

「僕とマリィは奴に攻撃を仕掛け続ける。龍麻、君は……それと、傍にあるこれらの玉を奴に」
「え……でも」
「早く片付けよう。――青龍と白虎のことも気になる」
「……っ!?」

  龍麻はどきりとして如月を凝視した。
  そういえば、マリィたちはこうして来てくれたのに、先ほどからアランと醍醐の姿はない。確か2人は雛乃の姉である雪乃とここの結界を護るために先に地下へ潜っていたはずだ。

「まさか……」
「サア、マリィが攻撃するヨー! ファイアー!!」
「!!」

  けれど躊躇している暇はない。
  先に元気良く攻撃を仕掛けに飛び出したマリィを援護すべく、龍麻は急いで傍の玉を拾った。よくは分からないが如月の言う通りにしよう、今はこいつを倒すことに全力を注がなければ……そう思った。

「……不思議な。何故君だけはその玉に触れられるのか」

  だから如月がぽつりとそう発した声を、龍麻は聞く事が出来なかった。


  玄武の如月翡翠と朱雀のマリィ・クレアがパーティに加わった!!



  《現在の龍麻…Lv21/HP50/MP100/GOLD118050》


【つづく。】
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