第107話 壇上門攻略5

  如月とマリィの連続攻撃によって異形の動きは完全に止まった。

《グ……グギャアアアアァァァ!!》

  モンスターは150のダメージを受けた!!

「マダマダ行くヨッ! ファイアー!!」

  マリィの攻撃!!

《ピギャアアアァァ!!》

  モンスターは65のダメージを受けた!!

「す、すごい…! ようし、俺も…!」

  主な攻撃は2人に任せ、龍麻は如月の言われた通り、聖水を異形の身体全体に掛かるようにぐるぐるとその周囲を回りながら水を振り掛け、そうしてあの玉を投げつける作業を繰り返した。
  はっきり言って勇者とはとても思えない、実に地味〜な行為である。

《グギャアアアァァァ!!!》

  それでもモンスターの苦悶は凄まじい。確実に効いている。そして、もうこれ以上は膨れ上がれない様子の異形は無数の目を赤黒くギラギラに燃え立たせながら、どうしようも出来ない様子で夥しい数の触手を四方八方にぶつけ始めた。
  地下の岩がガラガラと音を立てながら激しい崩れを見せ始める。

「うわっ…これってまずいんじゃ…!?」

  上方から落下してくる岩を何とか避けながら龍麻が如月を見た。すると如月も同じことを思っていたのか、「門の方へ少しずつ誘導していこう」とマリィと共に相手が動ける程度に攻撃を弱め、うまい誘いこみを始める。
  龍麻もそれに倣って後について行こうとした……が。

「……あれ?」

  無数の岩が崩れ落ちて辺りが瓦解したせいだろう。これまではなかった空洞が突如としてぽっかりと顔を出していることに龍麻は気付いた。まるで隠し部屋のようだ。

「何だあれは…?」
「龍麻! 何をしている!?」

  既に門の方へと移動し始めている如月が怒ったように叫んだ。龍麻は「すぐに行く!」と叫びながらも、急いでその空洞の中へ足を踏み入れて――「あ!」と息を呑んだ。

「む…むー! むー!!」
「ぎぎぎ…ぐぐ……ふがーっ!!」
「ふごふご…っ!!」

  そこには口に猿轡をかまされ、両手を後ろ手に縛られて拘束されている雪乃、醍醐、アランがいた!!
  3人の意識はしっかりしているようで必死に自分たちを縛っている縄を解こうとしているようだが、怪力な醍醐でさえそれが叶わない。3人は龍麻の姿を認めると「もが!もがが!!」と呻いて、早くこの縄を解いてくれと訴えた。

「ど、どうしたんだ3人とも…! 一体誰に!?」

  龍麻は言いながら慌てて駆け寄り、まずは女性である雪乃の猿轡を急いで解いた。

「っっくしょー! あの赤髪野郎ッ!!」
「え?」
「もが! もががもがっ!」
「あ…今すぐっ」

  醍醐やアランが早くと訴えるので、口が利けるようになった途端悪態をつく雪乃に一瞬は動きを止めた龍麻も、急いで2人の口を自由にする。

「ふうっ。すまんな龍麻…! あとは、急いでこの縄も…!」
「う、うんっ。……あ、あれ? ん、んーっ。ふぐっ!? ふぬぬぬ…!?」

  しかし、龍麻が幾ら一生懸命縄を解こうとしても、それはまるで堅牢な鉄の鎖のようにびくともしない。どんなに引っ張っても無理矢理引きちぎろうとしても無駄だ。目に見える限りでは、それほど太い縄でもないのに。

「アホか、見て分かんだろ! これには魔法が掛かってんだ! 魔法で解け!」
「え? 魔法!?」
「あ〜もう何でもいいっ。メラでもギラでも、とにかくちっさい攻撃系のヤツでいい。多少ヤケドしても構わねェから! な!?」

  雪乃がイライラしたように早口でそう言う。醍醐はあからさま「メラか…(汗)」と引き気味だったが、アランが「OH、アミーゴの愛の炎なら甘んじて受け入れるヨ♪」と言ったら、慌てて「そ、それなら俺も!」とアホな漫才を開始していた。

「あ、あの…でも俺……そんな魔法、使えないけど?」
「は?」

  龍麻の恥ずかしそうにぽつりと言う言葉に雪乃の眉間に皺が寄った。

「俺…ホイミとかまものならしとか…。あ、つい最近、リレミトなんて高等魔法は覚えたけどね!」
「な…何っなんだ、その魔法法則を無視しためちゃくちゃな覚え方は!? そんでもって、今この時にそんなもん全っ然、使えねえ!!」
「ひいっ」

  雪乃の恫喝が鬼のように恐ろしい。龍麻は思わずびくんと首を竦めたが、それに醍醐とアランが一斉になって「「龍麻(アミーゴ)にきつい言い方するな(シナイデ)!!」」と叫んでいる。
  しかし今は状況が状況だ。ふざけた2人の大男を前に、意外にも常識人である雪乃は今にも血管ちぎれそうな勢いで、「だったら、誰か使えるヤツ呼んでこい!!」と叫んで足をばたつかせた。

「つ、使えるヤツ…?」
「雛はどうした!? お前が来てるって事はあいつも居るんだろ!? この魔法を掛けた奴からは闇の匂いがした! だから魔法に長けたヤツか、聖職者が必要だ。雛ならこんな縄すぐに解ける!!」
「え、えーと、でも……今ちょっと休んでて」

  龍麻の言葉に雪乃は剣呑な目を向けた。

「休んでる!? この切羽詰まった時に何考えて……って、テメエ! 緋勇! まさか雛に何かあったんじゃねえだろうな!?」
「いやっ。大丈夫、ちょっと悪い空気吸っただけだって翡翠が言ってたし!」
「翡翠!? あいつはいんのか、じゃああいつを呼んでこい! 結界のせいで俺らはこっから動けねえんだ!」
「結界……? それに、闇の匂いって……そういえば、さっき赤髪がどうのって言ってたけど、それって雪乃さんたちをこんな目に遭わせた…?」

  龍麻の問いに雪乃はきっぱりと頷いた。

「ああ、そうだよ! 見た事もねえ程危ない目つきをした長髪野郎だ! 頭の上で一つに結って、翡翠みてーな長い刀を持ってた。ありゃとんでもねえボスキャラだ! 俺ら3人をあっという間に捕縛しちまいやがって…!」
「う…すまん、龍麻。俺たちは、ここへやってきた意外な人物に少々油断していたんだ。そうこうしている間に、その侍風の男に、縄を…。というか龍麻、あまりに一瞬のことで俺は相手の顔をよく見れなかったんだが、あの男は、もしや龍麻と共に宿屋に来た―?」

  雪乃と醍醐の説明で龍麻は「やはり」と思ってたらりと汗を落とした。
  赤い髪にそれを一つに結っていて、刀を持ってる目つきの悪い男って。

「それって……もしかして……」
「だーっ! って、どうでもいいから、さっさと翡翠呼んでこいっての!!」
「あ! そうだ、こんな事してる場合じゃなかった! 俺行かないと! 今、翡翠とマリィの2人であのモンスターを食い止めてるんだよ! 門の方に誘導してて!」
「はあ!? って、ちょい待て! だったら尚更縄解いてけ!!」

  龍麻が無情にも3人をあっさり〜と置いて走って行こうとするのを雪乃が慌てて止めた。

「食い止められても2人じゃ無理だ! あのモンスターはテメエと、ここにいる青龍、白虎がいて初めて封じる事が出来るんだ! こいつらの縄を解かない事にはどうにもならない!」
「え、ええ〜」
「早く解け!」
「って、言っても…」

  龍麻は途方にくれ、オロオロと暫しその場を逡巡した。
  如月を呼びに行く事は不可能だ。かと言って、龍麻にこの縄は解けそうもないし、気絶した仲間たちの援助も今は期待できないだろう。
  とすると、ベストなのはこの縄を仕掛けた張本人に直接切ってもらうことだ。大体、何だってこんな真似をしたのかも謎だ。……龍麻が思う「彼」がこれをしたのなら。


《お前が呼べば、俺は分かる》


  彼は去り際、確かにそう言っていた。
  だったら呼んでみるしかない。本当は如月もいるこの場所に呼んだら、また何か起きそうで怖いのだけれど。

「て………天童…ッ!!」

  龍麻はしかし、悩んだ末、大声でその名を呼んだ。果たして仲間になってくれているのかもあやふやな、元は敵対していた男の名前を。
  けれど今では、「友」だと思っている男の名を。

「天童―ッ! いるんなら、来てよっ!!」
「とっくにいるがな」
「!?」

  至って冷静な声が後ろから響いて、龍麻がぎくりとしながら後ろを見ると。
  そこには呼びかけた相手、九角天童が実に偉そうな様子で立っていた。

「天童!」
「あ、あー! コイツだ! 俺らを縛り上げたヤツ!!」
「き、貴様!」
「OH、キミ、一体何のマネ!? どうしてこんなこと!?」

  すると未だ両手を拘束されたままの3人も一斉になって殺気立った声やら何やらをあげて騒ぎ始めた。

「や、やっぱり天童がやったのか、これ……」
「邪魔くさかったんでな」

  天童は何でもない事のようにそう言い放ち、それから心底面倒臭そうな声を上げた。

「で? 何の用だ」


  《現在の龍麻…Lv21/HP50/MP100/GOLD118050》


【つづく。】
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