第109話 壇上門攻略7 |
徳川王国地下――。そこはヒトの世と異形の住まう世とを繋ぐ門がある場所。 その門の名は、壇上門。 「翡翠! マリィ!!」 「ア! 龍麻パパ!!」 ようやっと駆けつけた龍麻たちの姿を認めて、マリィが声をあげた。側を離れたのはほんの数分に過ぎなかったが、マリィの姿は一見しただけで大分疲弊しているのが分かる。如月と2人だけでこの巨大なモンスターを抑えていたのだから無理もない。 「ドウシヨウ龍麻パパ! 翡翠のオ兄チャンが!」 「!?」 けれどマリィの悲痛な様子は「それだけ」が理由ではなかった。マリィの対角線上、異形を挟んで門のすぐ前に如月の姿はあったが、彼は自分のすぐ側にいる異形をちらとも見てはいなかった。 「翡翠!?」 「何をやってるんだ如月!?」 醍醐も異変を察知して如月に声を張り上げる。それでも如月は微動だにしない。そのせいで異形が悶えながら動かしている触手の攻撃をまともに受け、相当のダメージも受けているようだ。 如月の残りHPは何と10を切っている!! 「どうして翡翠!? 何で攻撃……あ!」 けれど龍麻が再度駆け寄って如月に声を掛けたその時、だ。 「来るな龍麻!!」 「わあっ!?」 不意に如月の肩越しを通りぬけ、何かが物凄い勢いで龍麻目掛けて飛んできた。咄嗟に避ける。 ミス! 龍麻はダメージを受けない!! 「メラゾーマだよ、龍麻パパ! 強力な炎の魔法! 絶対に当たっちゃ駄目!!」 「んな事言っても…!」 けれどマリィの叫びと龍麻の躊躇いを嘲笑うかのように、その謎の攻撃は更に連続して行われる。これでは如何な逃げ腰すばしっこさナンバー1(!?)、しょっちゅう色々な攻撃をかわしているラック度MAXの龍麻とてひとたまりもない!←実はさり気なくラック(幸運)度MAXだったらしい 「うわっ…」 謎の攻撃が容赦なく龍麻へ向かって放たれる! もう駄目だと、龍麻はその場でぎゅっと目を瞑った。 「…………?」 けれど想像していた熱さや痛みは龍麻を襲うことはなかった。恐る恐る目を開けて、龍麻は目の前に現れたその背中を見て思わずハッとした。 「翡翠…っ」 「来るなと……言っただろうッ!」 どうやら如月は龍麻の前にリフレクト(魔法を跳ね返す術)を掛けたようだ。……けれど、相手の術は如月の防御を受けても跳ね返りはせず、そのまましゅうと萎んだ風船のように立ち消えた。 「………どういうつもりだ。飛水よ」 そしてその数秒後、不意に発せられた、威厳ある声。 「あ…?」 龍麻は如月の背中越しに見えた「その人影」に小さく声をあげた。その人物はゆらゆらとまるで陽炎のように頼りない。けれど徐々にその姿をくっきりと浮かび上がらせ、遂にその原形を確固たるものにする。龍麻たちの数メートル先にてじっと佇むその姿はどこか厳かで高貴なものがあり、そして――酷い「魔」の匂いがした。 「……翡翠?」 その時、如月が後ろ手にぎゅっと龍麻の手を握るのが分かった。龍麻は驚いたが、如月は何も答えない。ただ黙って目の前の人物を凝視している。酷く辛そうに。 「龍麻! 如月! 大丈夫か!!」 そうこうしている間にも異形は尚鈍い動きながら身体をうぞうぞと蠢かせ、周囲の岩を叩き潰そうとしている。マリィと、新しく加わったアランがその動きを止めようと連携プレイを開始したが、2人ではそれも数分と保つかどうかだろう。醍醐は如月と龍麻を動かすべく、自らも門の近くへ歩み寄ったが、その醍醐が目の前のその人物を改めて認め、声を上げた。 「徳川王…!!」 「え!?」 龍麻が驚いて醍醐を見ると、醍醐も焦った風に頷いた。 「実は俺も実際にその姿を見たのは今日が初めてだ。だが、俺たちが織部の神官長とここの結界を守っていた時、彼が突然現れて……」(※注:雪乃は王の顔を知っていた為、醍醐たちにも知れたのです) 「さっき言ってた意外な人物って……徳川の王様のことだったんだ」 「如何にも。勇者・緋勇龍麻よ」 「!」 不意に高らかな声が掛かって龍麻は再びびくりと身体を揺らした。すうっとその人物―徳川王が更に3人に近づいてくる。その姿こそどこか騎士のように戦闘装束を纏っていたが、言われてみればなるほど、王と言われるだけの迫力を感じた。 先刻は咄嗟に「魔」というものを感じ取った龍麻ではあるが。 「勇者……勇者、か。古の折、世界を混乱に陥れた黒竜を滅した真の救世主。長きを経て再びこの地へ舞い降りたのは何故だ。我が徳川を滅ぼしにきたのか?」 「な、何を……」 王とは言え、目の前の人物はとても若く見えた。即位してまだ数年と言うからそれももっともなのかもしれないが、その憂いの含んだ翳りある表情は何故か龍麻の胸を締め付けた。 「我らは罰せられるべき存在なのだろうな」 そんな龍麻に構わず、独り言のように王は言った。 「だが、我はまだ死ぬわけにはいかぬ。何故なら、真に滅すべき人間がまだこの世界には腐るほどに溢れているからだ。粛清せねば。元は美しきこの世界を、新しい白の世に塗り替える為にも。失った白の竜を蘇らせるためにも!」 「な、何を言っているんですか? 全然…っ。意味が分かんないよっ。こんな…翡翠も、こんな目に遭わせて!!」 確か徳川王は如月の主ではなかったのか。それなのにどう見てもこの徳川王は異形を使って如月を追い詰め、そうして今も主人に逆らえない如月を好き勝手に攻撃している。異形からダメージを受けていたと言っても、所詮はこの人のせいだと思った。 許せない。龍麻は瞬時、そう感じた。 「龍麻」 けれど龍麻のその負の波動を素早く察知したのだろう、如月が諌めるように掴んでいた手をぎゅっと強く握った。 「あ……」 「君が救いたいのは、ここへ誘われた人間だけか。あの人は例外か」 「え……」 「あの人が……王が、憎いか?」 「翡翠……」 如月の言わんとしていることが何となく分かり、龍麻は黙りこんだ。 けれど……よくは分からないけれど、この大国を掌握すべき王がこの目の前で暴れる異形と共に破壊を望んでいるのは確かだ。そして、如月や自分たちを傷つけようとしていることも。 この人を止めなければ異形は……。 (どうしよう……俺、どうして良いか分からない……っ) 龍麻が葛藤している間にも異形の怒りは増していくようだ。 そうして目の前のこの「ヒトたる王」もまた、何も出来ずに立ち尽くす龍麻にふっと歪んだ顔を見せた。 そして言った。 「飛水よ……。長きに渡り、この徳川を支えてきた一族の血を引くお前だ。我の望みは分かっていよう?」 「……分かっております」 「ならば、そこの勇者を名乗る者をお前の手で葬れ」 「なっ…」 これには醍醐がびくりと反応し、咄嗟に龍麻を如月から奪おうとする所作を見せた。 けれど如月はそんな醍醐を一睨みすると、何の呪文を使ったのか彼の動きを封じてしまった。 「うっ……か、身体が!?」 「醍醐っ!?」 龍麻が驚き仲間の姿を振り返り見ると、王が高らかな笑声をあげた。 「勇者殿。……いや、勇者を名乗る無力な少年。仮にお前があの緋勇の血を引く者だったとしても、だ。全ては遅い。そもそも、その血の繋がりとやらが一体何をしてくれるというのだ? 今はただ、望みもしない宿命を背負わされた事を呪うがいい。……この私のように、な」 王はそう言って不意に手をすうっと挙げた。 すると、既に開いていた壇上門が更にギギギイと低い音を立ててより大きく開き出す。 「うっ……」 その向こう側には、無数の異形の姿がちらほらと見えている。もしもあれ全部が一斉に外へ出てきたら大変な事になる。 「龍麻」 如月が小声で言った。 「あれらがこちらに来て暴れ出す前に、僕たち四神はまずこの異形を倒さねばならない。……それまであの人を…王を、頼めるか?」 「えっ…?」 「君にしか出来ない。彼を救ってもらえるだろうか」 「俺が……?」 「それから、僕のことを信じて欲しい。……決して君を裏切ったりはしないから」 「………翡翠」 決意の篭もった声に龍麻はごくりと唾を飲み込んだ。そして瞬時に自分自身を嫌悪する。 醍醐に先に驚かれてリアクションが出来なかったけれど、龍麻とて徳川王が如月に言った事―龍麻を殺せ―という言葉には衝撃を受けていたのだ。如月が自分にそんな真似をするはずがないと分かってはいるけれど、徳川王は如月の主だ。一瞬でも如月を疑わなかったかと言えばそれは嘘になる。龍麻は怖いと思っていたから。 「翡翠……俺……」 しかし龍麻が項垂れて如月に謝ろうとした時、だ。 「承知致しました。この緋勇龍麻の命は、私のこの手で」 「え!?」 どん、と。 いきなり如月が龍麻の背中を押した。 「わ、わわ…!?」 それでよろけた龍麻が前のめりになりながら二歩、三歩とよろめいて徳川王に近づく。 そんな龍麻目掛けて、如月は魔法攻撃を放った。 如月が龍麻に攻撃した!! 「う……うわあっ!?」 白くて熱い光が自分の身体全部を覆い尽くしたことが龍麻には分かった。物凄い圧迫感が掛かり、視界が不明瞭になる。頭がキーンと痛くなって、身体が粉々になるのではないかという感覚が徐々に徐々に脳全体に広がっていく。 「うわああああああ!!!」 そうしてヤバイ、と思った刹那。 すぐ目の前に徳川王の驚愕に見開かれた顔があったと思った。 「あ………」 そうして龍麻は、その広い光に包まれたまま、不意に意識が遠のくのを感じた。 龍麻は如月の魔法攻撃によって49のダメージを受けた!! 《現在の龍麻…Lv21/HP1/MP0/GOLD118050》 |
【つづく。】 |
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