第112話 統べる者 |
貴様と、今までで一番の怒りが紅い男の身を包んだ。 「………ッ!」 それがゆらりと龍麻たちの側に近づいてくる。いけないと思い、龍麻はキラーパンサーに注意を向けている王の肩を再び激しく揺さぶった。 「行きましょう、さあ!!」 「行く……どこへ……?」 チビと呼んでいた子どもの獣を胸に抱き、王が初めてまともな視線を龍麻に向けた。 「うっ。どこへ…と、言われても」 しかし訊かれて龍麻も思わず口篭った。脱出できるというのは何となくパッと思った事だけれど、実際どのようにしてと問われると確証が持てない。大体にして、ここがどこかも龍麻にははっきりと分かっていないのだ。 『龍麻ッ!』 けれど、その時だ。 鬼気迫ったものではあるが、確かに聞き慣れた声が龍麻の耳に直接響いた。 「翡翠!?」 どきっとして片手を耳に当てると、「そうだ!」という、今度こそはっきりとした如月の声が返ってきた。 龍麻は心底ほっとした。 「翡翠、どこ!?」 『壇上門だ。今、君と王との意識が繋がったのが分かった! その糸と君の《力》を頼りに、今から僕たち四神の力でその空間を封じる! 君は僕らの意識を辿って走れ!』 「へ!? ナニナニ!? 駄目、言ってる意味が全然分かんない! 意識を辿るって何!? つーかここどこ!? 真っ暗で全然訳分かんないのに、どうやったら出られるの!?」 「みすみす逃がすと思うのか?」 「う、わあっ!?」 『龍麻!?』 紅い男の攻撃!! ミス! しかし龍麻は男からの攻撃でダメージは受けない!! 「むうっ…! こしゃくな……! ならば、これはどうだ!?」 「ぎゃあっ!!」 度重なる男からの攻撃!! ミス! しかし龍麻はダメージを受けない!! 「くあっ」 けれど威力のある炎を連続で放出され、無意識にでもそれを避けようとして龍麻はごろごろとその場を転がり、無駄に擦り傷を作った。龍麻に掴まれていた王やキラーパンサーの子どもも道連れだ。 「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか!?」 「あ、ああ……。君は?」 「俺は平気っ。チビ、君は!?」 《グウウゥ〜ン》 喉の奥をゴロゴロ鳴らしてキラーパンサーの子どもは龍麻に「平気」と答えた。龍麻がほっとして笑顔になるのを、側の王が不思議そうに見つめやる。 そうして、ふっと顔を上げ、果て無き闇の先をおもむろに指差した。 「あちらに、海があるはずだ」 「海?」 徳川王のその言葉に龍麻が怪訝な顔をすると、王はこくりと頷いて、チビを地面に置くとすっくと立ち上がった。 「はっきりとした事は言えないが……そんな、気がする。私は以前にもここへ来たような。異国から来た詩人の青年と出会ったのも、その場所だ」 「詩人の……水岐さん!?」 「そ…そうだ。ミズキ……確かに、彼はそう名乗っていた。そして、罪深き人間に、新たな白の世界を提供してくれると言ったのだ。その道はとても困難で危険も伴うが……そこで審判を受ければ、我々は……うぅっ」 「王様?!」 話している途中で徳川王は突然苦しそうにうめき、頭を抑えた。その拍子、彼の胸元にキラリと光る禍々しい首飾りを見つけて龍麻はぎくりとした。 それは形こそ違ったが、王城や地下の壇上門で見てきた不穏な玉。 「………貸して!!」 「な…っ!?」 咄嗟に、龍麻は言いながらもう王から首飾りを引きちぎる勢いで奪い取っていた。王はそれにぎょっとし、反射的に逆らう所作を取ったが、もう遅い。禍々しい光を放っていたその首飾りとなっていた石は龍麻の手に握られそして――破壊された。 「こんなの、持ってたら駄目です!!」 「……ッ!!」 龍麻が片手だけであっさりとそれを砕く様を王は驚愕の瞳で見やった。これには紅の男も目を見張って動きを止めていた。 龍麻はそんな2人に構わず、砕いた石をその闇の世界にぱらぱらと落としながら力強く言った。 「新しい世界なんて何処にもありません。今あるあの世界で生きるしかないんだ」 それから龍麻は、すっかり力を失い放心してしまったかのような王の手を無理矢理引っ張って、彼が先刻指し示した方向へ向かって駆け出した。 「貴方はちゃんと、あっちの世界へ帰らなくちゃ! ……そして生きて!! 異形に飲み込まれた水岐さんや他の大勢の人や……、あの玉でモンスターに変えられてしまった人たちの分も!!」 「………飲み込まれた」 王はただ龍麻が口走った言葉を反芻しただけのようだったが、確かにそう繰り返した。ずるずると半ば引きずられるような格好で足を動かしているが、未だ意識はあるようだ。 その王の傍らには、子どものキラーパンサーが龍麻を手伝うかのようにして、力ない王を後押しするように身体をぐいぐいと押し付けて少しでも前へ進めようとする。 「私は……」 徳川王が何かを呟いた。けれど龍麻も必死だからあまり聞こえない。向こうにあの夢に出て来た海があったとて、脱出できる出口があるかも分からない。ただ、この闇よりはきっとマシだ、そんな風に思う事でしか龍麻も身体を動かせない。 本当は心細くて堪らなかった。 「逃がすと思うのか…ッ!」 男は龍麻に攻撃が効かないと分かっても、更に烈火の如き火の玉を投げつけてくる。龍麻たちのように駆けたりはしないが、ゆっくりと、だが、確実に進んでくる。 そうしてふと龍麻が振り返った時、男は腰に下げていた刀をすらりと抜き放った。 「!!」 「……貴様をここから出すわけにはいかぬ。もしも我が思う器であるのならば……尚の事」 「ウツワ……?」 「この刀身に貴様の赤き血を吸わせよ!」 「ひっ……」 「ぐうぅっ!?」 けれど男が刀を閃かせていよいよ龍麻に接近し、斬りつけようとした時だ。 突如として、男の身体が青白く光った。男は立ち止まり、何か痛みを堪えるように額を抑えた。 「な、何……?」 「ぐうぅっ……。おのれ、くだらぬ干渉を……客家の末裔めがぁ……!」 「い、急ごう!!」 よくは分からないが、男は突然苦しみ出している。そしてその姿もぼやけ始めている。 と同時、不意に王が話していた青白い水際のようなものが視界に現れ始めた。 龍麻たちの前から闇が徐々に引いていく……!! 「覚えておれ……!」 その消えていく闇と一緒にぼやけていく男が、それでも遠くから龍麻に怒鳴った。 「我はこの世界を統べし者……! 貴様がどうあがこうが、無駄なことよ……!」 「……ッ!」 ちらりと振り返ったものの龍麻は答えなかった。恐怖で答えられなかったというのが、正しい。 しかし男は最後にはっきりとこうも言った。 「覚えておくがいい……! 我の名は、柳生。柳生、宗崇……! 統べる者だ!」 「や……ぎゅう……」 「忘れるな……呪われし血族よ……!」 龍麻はもう男を見ることが出来なかった。すぐに前を向き、そして依然として王を引きずるようにして手を掴みながら、目的の海へと辿り着く。 「あ!」 『来たか、龍麻!』 『龍麻!』 『アミーゴ!』 『龍麻パパ!』 「翡翠!? みんな……!?」 ピシャンと、その水の中へ足を踏み入れたと思った瞬間。 如月や醍醐、それにアランとマリィの声がはっきりと聞こえて、龍麻はそのままズブリと自分たちの身体がその水の中に沈むのを感じた。 「う、わ……!」 『大丈夫だ、そのまま、来い!』 「翡翠…っ」 ぼちゃんと確かに水飛沫の音がして、そのまま身体が濡れる感覚もする。それでも如月のその声を信じながら、龍麻は徳川王とキラーパンサーの身体を咄嗟に抱きかかえるようにしながらぎゅっと目をつむった。 そして、その直後。 「龍麻!!」 今度は直接聴覚に響いたその声。 ハッとし、目を開けると、そこは紛れもなく地下の壇上門。つい先ほどまでいた場所だ。 側には四方で巨大な異形を囲むようにして立つ4人―四神―の姿が。 「みんな!!」 龍麻は再び元のダンジョンへ戻ってきた!! 龍麻は徳川王の悪夢から王ともども、脱出に成功した!! 《現在の龍麻…Lv21/HP1/MP0/GOLD118050》 |
【つづく。】 |
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