第114話 戦い終えて

  龍麻は気づくととても白い空間に来ていた。
  それは以前、水岐や徳川王と出会った夢の場所と酷く似ている気がしたが、恐らくは全く違う所だろうと思えたのは、そこにいる人物が龍麻のよく見知った人で、それを認識した途端、周りの景色が変わったからだ。

「ここ……秋月国?」
「はい。城門からは少し離れていますが……ここから少し行くと、御門の隠れ家に着きます。貴方も行った事がありますよね」
「ああ! あのサイコロのような家! そうだ、確かにあの時の場所だ、ここ…。あの時は暗かったし、帰りも疲れて周りを見る余裕なんかなかったけど、何だか凄く気持ち良い…木漏れ日が…綺麗」
「はい。私の大好きな場所です」

  にこりと笑ってそう言う「彼女」に、龍麻は不意に違和感を覚えた。
  目の前に立つこの人物は、秋月国の若き王……兄の代わりに王となり、勇者を募った、あのマサキ王だと思っていたのだが。
  あの会いまみえた時は、儚く繊細な感じが如何にも女性を想起させたのに、今はそう見えない。

「あの……王様?」
「はい」
「マサキ王ですか?」
「………妹には辛い想いをさせています」
「!!」

  暫しの間の後、そう言った「彼」の物憂げな横顔に、龍麻はハッとなってその場に立ち尽くした。
  それから恐る恐る口を開く。

「もしかして……マサキ王の、お兄さんの……。本当の、王様?」

  龍麻の言葉に彼は薄っすらと微笑み、首を振った。

「今やあの国の真の王は紛れもなく、私の妹です。本当によくやってくれている。私は最早ただの夢見…。こうして力なく、この先の行方を辿ることしか出来ない」
「夢見…」
「しかし、その≪力≫にもこの頃では翳りが見えてくるのを感じていました。魔王の力は日々増すばかり。今や私には、私の大切な者たちとあの国の平穏とをかろうじて保つことしかできなかった。予見の力も、こうして夢を渡る力も、ただ弱まるばかりだったのです」
「夢を渡る…?」
「本来は貴方の種族の力ですね、緋勇龍麻」

  マサキ王とうり二つのその兄――元は秋月国を統べていたという柾希王――は、言いながらゆっくり龍麻に近づいた。龍麻が黙ってそんな王の姿を見つめていると、彼は静かな笑みを湛えたまま続けた。

「元々、緋勇の一族と我ら王家とは、古の時代より深き繋がりを有していました。それは徳川国や、あの九角国も然りです。ですが、いつしかその歴史は薄れ、掻き消されて、魔王の侵襲をただ許して。――それが、今回貴方たちが徳川国を解放して下さったことで、徳川だけでなく、私にもこの≪力≫が蘇り、こうして貴方に会いに来ることが叶いました」
「あ、あの……?」

  意味が分からず龍麻が狼狽えると、柾希王はふと息を漏らし、おもむろに龍麻の髪の毛にそっと触れた。身長は同じくらいだろうか、それでもその大人びた姿は、確かに龍麻よりは遥かに威厳があり、一国の王たりえる迫力があった。
  しかし発する空気からは優しさも感じられる。

「ここは何処なんですか?」

  それでようやく龍麻も肩に入っていた力を抜いてそう訊いた。景色自体は確かに秋月国の一角であるけれど、これが現実でないことはもう龍麻にも何となく分かっていた。
  自分が誰かの夢の中に容易に入っていけるらしいということも、薄々勘付いてはいた。

「王様の夢の中ですか?」
「確かに、このイメージは私の好きな場所に変えさせてもらいましたが……会いに来たと言ったでしょう。ここは貴方の夢の中です、緋勇龍麻」
「俺の?」
「貴方はまだ何色にも染まっていない。この≪力≫の自由な操り方を会得できていないのです。ですから私のような者にこうして中へ入りこまれると、好きなようにされてしまう。勿論、ここは貴方の夢の中、支配権はあくまでも貴方にありますが……それでも、これでは無防備過ぎる。この≪力≫は諸刃の剣です。そこを柳生に付け込まれてはひとたまりもありません」
「柳生!?」

  その言葉に龍麻が咄嗟に大声を上げると、柾希王は自らも眉をひそめ、一旦は目を伏せてから、次に傍の大木を何気なく見上げた。

「あの者の強大な≪力≫に対抗する為には、四神の≪力≫だけでは足りません」
「や、柳生って……。あの男は、あいつは一体何者なんですか!?」
「統べる者」
「統べる――」

  龍麻がその単語を何気なく繰り返すと、柾希王は再び龍麻の頬に触れ、それから慈しむような目を向けてから寂しそうに笑った。

「緋勇龍麻。私は貴方に力添え出来ない私の無力さを呪います。しかし、この先の旅路に光を灯すお手伝いは出来るでしょう。予見の力が囁きました。……四神は集った。他の多くの仲間たちも。後は貴方自身がさらに強くなる為、貴方の出自を知るのです。緋勇龍麻。生家へ戻りなさい。貴方を育んでくれたあの村へ」
「俺の村へ…?」
「戦いの時は近づいています。柳生に対抗する為に、夢の力を磨くのです。その為には、一度自分のルーツを知る事が――」


「起きろ!!!」
「痛ッ!!!?」


  柾希王の声が突然ぷつりと途絶えた。
  そして激しい痛みと、頭の上に降り注ぐ、酷く乱暴な怒声。
  龍麻はハッとしてばちりと目を覚ました。


「お、おン前〜〜〜! 龍麻サンに何っつー事してんだ!」
「ひっどーい!! きゃう〜ん、ダーリン、大丈夫〜!?」
「本当です、あんまりです、折角あの悪魔のような菩薩女がいないのに、こんな伏兵が…!」
「ひーちゃん大丈夫!? こら雪乃!! 君って人は、君って人は〜〜〜!! まさか本気でひーちゃんを殴るなんて!!」
「OH、ホントに酷いデス、ユキノサーン。乱暴ナ女性ハモテマセンヨ?」
「龍麻パパ〜! マリィ、ここにいるよ!? 大丈夫!?」
「龍麻、俺もここにいるぞ!!」
「「「龍麻、俺(私)たちコスモレンジャーもいるぜ!!」」」←めんどくさいから3人一緒くた(ひでえ)


「ええいっ! 黙れ黙れ、このトーヘンボクどもがッ!!!」


  バシーンと手にした薙刀を床に叩きつけて、織部雪乃が周囲の人間たちを一括した。

「……………」

  龍麻はベッドに横たわったまま、ただただその光景に唖然とする他ない。
  ここは何処だろう。
  ともかくもとても広い部屋の大きなベッドの上に、龍麻は横たわっていた。
  そしてその周囲をぐるりと囲んでいるのは、セリフを発した順に、雨紋、舞子、紗夜、小蒔、アラン、マリィ、醍醐、そして紅井、黒崎、桃香がベッドに張り付くように居座っている。
  さらに視線をその奥へ飛ばせば、心配そうに龍麻を見守る芙蓉、同じく、苦笑しつつ龍麻の目覚めに安堵したような村雨、それに紫暮の姿もあった。

「みんな……?」

  龍麻は声を出してみて自分で自分の声にびっくりした。とんでもなく掠れている。それに、気づけば喉がカラカラだ。

「お前は5日も目を覚まさなかったんだ」

  すると雪乃が嘆息してから言い、フンと鼻を鳴らしながら胸を張った。

「だから俺様がうちの神殿から代々伝わる眠りを覚ます魔法をかけてお前を起こしてやったってわけだ。どうだ! 実際こいつは目を覚ましたろーがッ!!」
「単にひーちゃんの頭を殴っただけじゃないかー!!」
「そうだそうだ、この野蛮女!」
「ヤバン!!」
「野蛮ってのはヒーローとはいっちばん無縁なもんだな!」
「そうだな」
「そうね」
「ええいっ、だから黙れっつーのに!!」

  ぎゃんぎゃんと抗議の声をあげる仲間たちに再び雪乃がかんしゃくを起こしてステリックに叫ぶ。
  龍麻はひたすらぽかんとしながらその様子を眺めるだけだったが。

「ああ……」

  ふっと、息を漏らして龍麻は少しだけ微笑んだ。
  そして言った。

「みんなごめん。……おはよう」

  その龍麻の挨拶と笑顔でその場にいた仲間の大半が激烈ラブショックを受けてそれぞれダメージを受けたことは……その場にいた者たち全員の秘密となるのであった。
  以下次号…!!



  《現在の龍麻…Lv22/HP150/MP120/GOLD123050》


【つづく。】
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