第116話 3度目の選択 | |||||
元々疲れていた身体だけでなく、心にも重苦しい何かを感じながら、龍麻は謁見の間を出た。 「龍麻」 「あ……」 そんな龍麻の後を追って出てきたのは如月だ。相変わらず何を考えているのか分からない仏頂面である。龍麻は自分が責められているような気がして、そんな如月の顔をまともに見る事が出来なかった。 しかしその如月が。 「龍麻、話があるんだ。…少し一緒に歩かないか」 「え?」 それで龍麻はようやく弾かれたように顔を上げた。 ×××××××××× 「昔は綺麗な庭だったんだろうね……」 如月に先導されてやって来た場所は、王宮の外れにある薔薇園だった……が、その木々の殆どは枯れ果て、もう随分と前に手入れを放棄されたかつての庭園は、とても大帝国の王城にあるものとは思えないほどの荒涼ぶりだった。 それでも根強くぽつぽつと咲いている花もある。 龍麻はそんな最早野生花とも言ってよいものに近づき、そっと屈みこんでそれを見つめた。 その背後から如月が静かな声で答える。 「専属の庭師たちは全員解雇されてしまったからな。いずれはまた彼らも呼び戻されるだろうが、そちらへ気を回す余裕は今の王にはないだろう」 「うん…」 「官吏たちの人員整理も始まったばかりだ。地下の門を塞ぐ作業も、動揺した国内自体を立て直すのにも時間がかかる。……当分は慌ただしい日々が続きそうだ」 「そうだね…。でも、きっと大丈夫だよ。王様、今はもう、この国の人たちや、他の国の人たちの為にも頑張るって言ってたじゃない。きっとさ……」 「まぁ余計な事を考える間もないくらい忙しい方が、今のあの御方には良いのかもしれないな」 「翡翠……」 「龍麻」 ふっと名前を呼んできた如月は、これらの話題を打ち切るようにして口調を変えた。 「あの詩人のことだが」 「え……あ! 水岐さん!?」 「ああ、そんな名だったな。王の命もあって、今、彼は王城の一室で治療を施されて休んでいるよ。……彼のこと、君はとても気にかけていたようだったから、知らせておいた方がいいと思ってね」 「あ、ありがとう! 良かった、水岐さん、やっぱり無事だったんだ!? 外傷はないみたいだったけど、あんなモンスターの中にずっといたんだもん、大丈夫かなって思っていたのに、俺……じ、自分が寝ている間に……水岐さんのこともすっかり忘れてしまって……」 彼のことだけではない、如月はさらりと「門を塞ぐ作業」などと言ったが、地下の檀上門周辺にはまだ柳生が残した陰氣の珠が多く残っているはずだ。あれは龍麻にしか壊せないのだから、率先して地下へ向かい、早々にあれらを粉砕するべきだった。 それなのに5日も夢の中を漂っていたせいか、すっかり記憶が曖昧になっている。 「龍麻。水岐なる男のことも含めて、最早この国のことを君が心配する必要はないよ」 「……え?」 すると龍麻の意を読み取ったように如月が言った。 龍麻が驚いて立ち上がりながらそんな如月を見つめると、如月は依然として龍麻との距離を保ったまま、平静な様子で続けた。 「この国に掛けられていた呪いは消えた。あの異形が門の向こうへ消え、人々の陰氣への誘惑も断ち切られた今、あの珠も最早ただの石塊だ。……あの地下にモンスターを呼び寄せ、人々を魚人に変える手助けをしていた水岐も捕えてある。――しかも今や彼は完全に無力だ。もう何も覚えていないようだから」 「え? 水岐さんが?」 「浄化されたお陰で異形の毒を吸わずに済んだのは良かったが、そのせいか子どものようになっている。機嫌良く眠るか歌うか、そればかりだよ。呑気なものだ」 「翡翠……」 「……すまない。別に彼を責める気持ちはない。今はもう」 龍麻の悲しそうな顔で如月の態度に初めて異変が見られた。 自身も微かに辛そうな顔をし、ふと目線を逸らすと、如月は目を伏せたままぽつりと言った。 「龍麻……ありがとう。君のお陰だ」 「え……」 「この国を、人々を、そして王を、君は救ってくれた。君が目を覚ましたら1番に礼を言いたいと思っていた。………君の仲間たちがいてすぐには顔を合わせられなかったが」 「そ、そんな……えっと、そんな、お礼なんて、そんなの…っ」 まさか如月からそんな殊勝な言葉が出るとは思ってもみなかった龍麻は、ただただオタオタとして両手をぶんぶんと振った。 完全に嫌われたと思っていた。 勝手に姿をくらまし、その間に檀上門のモンスターは巨大化してしまった。そのせいで、如月をはじめとした四神や多くの仲間たちにも迷惑をかけた。この国の人々を余計不安にさせてしまった。 無論、龍麻は自分がいればあのモンスターがどうにかなるなどと驕った考えは持ち合わせていなかったが、それでも自分が勇者なのだという自覚はあったから、あの途中離脱は謝っても謝りきれないものがあるということは承知していた。 しかも、再びこの地へ訪れた時には、よりにもよって如月の宿敵である九角も連れてきていたし。 (あ……そういえば、あれから天童どうしただろう……) まさかここにいる如月に訊くわけにもいかない。 折角機嫌を戻してくれたような如月を再度怒らせる趣味は龍麻にはない。 とにかく、龍麻は自分に礼を言ってくれた如月に心の底から安堵した。 そして、胸の中にぽっと温かい何かが灯るのを感じた。 「龍麻。ここで次の旅支度を整える手伝いは僕がするよ。……それでお別れだ」 「………え?」 けれど、その直後に放たれた如月の言葉に、龍麻の理解は一瞬全く追いつかなかった。 それなのに如月は尚容赦なく繰り返した。 「君とはここでお別れだ。……僕は一緒に行けない。この国にはまだ僕が必要だ。僕はあくまでも徳川王に仕える身だから」 「ひ、翡翠…?」 「それに僕自身、この地でけじめをつけたい事もある。……君には他にも頼もしい仲間たちが大勢いる。僕などいなくとも、君は大丈夫だ」 「そ、そんなこと……そんなこと、ないよ、翡翠……」 「……いや。僕のような存在は、むしろ君にはない方がいい」 「何…言って…」 「お別れだ」と言われるまで、龍麻にはこんな事が起きるなど考えつきもしなかった。 如月はもう仲間だと思っていたから。実際、もう立派な仲間だ。それは間違いない。勇者に集う四神の一人として、如月の力はこれからも必要に違いない。 しかし如月が今この国から離れられないという気持ちも龍麻には分かった。 あの王を支える人間は絶対に必要だ。絶対に。 (………それでも) それでも龍麻は、何となく如月はこの先もずっと一緒にいてくれるものだと思っていた。 ふと、何だか、「あの時」と似ているなと思った。 あの時も、全く予想することなく、突然京一は龍麻の元から去った。 そう、そして壬生紅葉も。あの時も、龍麻は壬生を引き止めることができなかった。 この2人を引き止めなかった事は、結果的に「良い選択」であったと仲間たちからも認められているけれど……。 「翡翠……俺……」 龍麻は今、この旅を続ける上で3度目の、【究極の選択】を迫られていた!!
《現在の龍麻…Lv21/HP130/MP100/GOLD118050》 |
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【つづく。】 | |||||
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