第118話 旅立ちの前1

  龍麻が目を覚まし、王との謁見を済ませたその夜。
  徳川国王宮では、勇者龍麻ら一行をもてなすべく、賑やかな宴が繰り広げられた。

「しっかし、この食いもんは確かに上等だけどよ。世界にも名だたる徳川王国ともあろうものが、勇者様を送り出すパーティとして行うには少し地味なんじゃねえか?」

  もしゃもしゃと出された物をがっくついているのは、とても高名な神殿に籍を置いている聖なる神官とは思えぬ織部雪乃である。

「仕方ないよ、だってあんなモンスターにずっと王城支配されてて、これからやっと国政を立て直していこうっていうところでしょ? それに、あんまり派手に騒いだら国民だって反発するかもだし。……でもこのお料理、ホント美味しい♪」

  同じく隣でぱくぱくと食を進めつつそう応えるのは元気娘・桜井小蒔である。
  他の仲間たちも嬉々として出された食事を次々とたいらげているようだ。また、コスモレンジャー自らが名乗り出て始まった即席ヒーローショーに場も段々騒々しくなっていく(しかし王城の人々には人気のそれも、仲間たちはガン無視)。

「で、龍麻はどこへ行ったんだ? さっき少し席を離れると言ってから戻ってくる様子がないが?」
「龍麻パパドコ? マリィも、コノ美味シイデザート、龍麻パパニ食ベテモライタイカラ待ッテルノニ!」
「OH、アミーゴ、モシカシテボクガオ城ノレディタチ相手ニシテイタカラ、嫉妬シテシマッタ?」

  雪乃らの近くにぞろぞろとやってきてそう言ってきたのは、四神のうちの3人。白虎の醍醐、朱雀のマリィ、そして青龍のアランである。
  アランのとぼけた冗談にはこの時誰も応えなかったが、龍麻がいないという事自体は、実は他の仲間たちも気になっていたようだ。
  それで皆が一斉に会場の端、どこかよそよそしく立ち尽くしていた如月に視線を向けた。
  如月はそれを受け、途端むっとしたような顔で柱に寄りかからせていた背中を浮かせた。

「何だい?」
「如月サンは知ってるんじゃないスか? 龍麻サンの居場所」(by雨紋)
「そうそ。なんてったって、【固定パーティ】だもんねぇ! ひーちゃんとずーっと一緒にいたボクたちを差し置いて!」(by小蒔)
「そうだな。如月、龍麻をどこへ連れて行ったんだ?」(こちらもむすっとしながら、醍醐)
「龍麻様は皆様の勇者様ですから、こういう時くらい全員で愛でたいですわよね」(by雛乃)
「あ〜ん、ダーリンと一緒にお酒飲みたいのにぃ!」(by舞子)

  口々にそんなことを発する仲間たちに如月は少々引き気味である。
  また自分に向けられる【嫉妬の炎】にも多少なりウンザリしているようで、生来の不器用さも相俟り、ふいと視線を逸らし、無愛想に受け答える。

「僕は龍麻の保護者じゃない。こういう休息の時くらい、彼がどこへ行こうが好きにさせたらどうだい? ……そういう君たちの過干渉が鬱陶しくて、彼もどこかへ避難したんじゃないのか」
「うわ〜、何それ〜! ブーブー!」(by小蒔)
「ひどいですー! ブーブー!」(by比良坂)
「ホントですね! その余裕の態度がまた何か“僕と君たちとは違う”って感じがして厭味な感じです!」(byさやか)
「そうだそうだ……って、あれ!? さやかちゃん!?」(by小蒔)

  (主に)女性陣から如月へ向けた一斉ブーイングに何故か突然混じっているさやか姫。
  小蒔がぎょっとして動きを止めた。
  見ると、後からゼエゼエと息を切らせて後を追ってくる霧島王子の姿も。

「あっれー! 2人とも、いつ徳川国に!?」
「今さっきです。お邪魔したらこちらが明るくて賑やかでパーティやっているのが目に入ったのでさり気なく参加してました♪ あぁ〜残念です、うちの音楽隊が来ていたらこちらの演奏隊の皆さんとコラボも出来てきっと素敵な音楽を作れたと思うのに」
「そうだね。でも、今流れている音楽もとても綺麗だよ」
「あぁ、うん。即席だけど、お城を追い出されていた音楽隊の人たちを急いで呼び戻して、ボクたちの為に演奏してくれているみたい……って、それはいいんだけど! さやかちゃん、もう体調は大丈夫なの!?」
「勿論です、この国にもう禍々しいものは感じませんし。それにほら、秋月国で退魔グッズいっぱい購入しちゃいましたし!」
「す、すごいね…。(お姫様っていうより、怪しい占い師みたい…)」←後半小蒔の心の声
「それより、龍麻さんはどこにいらっしゃるんですか? 実は僕たち、ここへ来る前に天童さんに会いまして。龍麻さんに渡して欲しいって物も預かっているんですけど」
「えー、なになに!? ……わぁ、綺麗!」
「それは―…!?」

  霧島が差し出したものに興味津々の仲間たち。
  そして如月がハッとしてそれに近づき、目を見開いた。


××××××××××


  一方、龍麻は1人、王宮の裏庭の一角に座り込み、ぼうっとしながら月を眺めていた。
  実は如月の言う通り、パーティの間中、あまりに仲間たちからやれ、あれを食べろ、これを食べろとやいのやいのと構われて、龍麻はすっかり疲れてしまい、その場をこっそり抜け出したのだ。
  因みにそれを逸早く察した如月が、龍麻に「レムオル」の魔法をかけてくれ、ここまで連れてきてくれたことは2人だけの秘密である。(※レムオル…アイテム「きえさりそう」と同様の効果があり、姿を消して街の人から気づかれなくする魔法。)

  ……が。その魔法の効力が切れる頃、偶然のタイミングでそこへ現れた運の良い男がいた。

「ん? ――あぁ、何だ先生。あんた、こんな所で何してるんだい?」(酒瓶を片手に散歩していたらしい)
「え!? あ、村雨! あ、あれ? 俺、姿見えてる?」
「ああん? ははあ……フッ。そうだな、先生も勇者様だ何だって接待ばかりさせられちゃあ堪らねェよな?  俺がここへ来ちまったのもお邪魔だったかい? 一人で息ついてたんだろ」
「あ、い、いや、いいんだよ。ちょっと…ほんのちょっとだけ、休憩したかっただけだからっ。もう、皆の所へ戻ろうと思っていたところだし…」
「まぁまぁ、いいじゃあねえか。久しぶりの2人っきりだ。ちょいとここで月見酒と洒落こもうぜ」
「俺、お酒飲めない。村雨は幾つなの?」
「まぁ細かい事は言いっこなしだ。じゃあ先生にはこいつをやるよ」

  村雨は言いながら、懐から何故かぺろぺろキャンディを取り出した。

「な、何で村雨がこんなもの……」
「疲れた身体にゃ甘いもんが必要になる事もある。糖分摂取には気を配らねェとな?」
「本当にそんな目的で持ってたの〜? はは……まぁいいか。ありがたく貰うよ。ちょっと口寂しくなっていたところだし」

  龍麻がそれを素直に受け取ってぺろぺろし始めると、村雨はそれを微笑ましい眼差しでちら見した後、隣に座りこんですっと上方の月を見上げた。

「今夜の月は神々しいな。知っているかい、先生? 月が真円を描く夜はな、狼男が出るんだ。そりゃあ凶暴なヤツがな」
「あ、それ知ってる。子どもの頃、家に狼男の絵本があって、よく読んでもらったんだ。……ん? 父さんは絵本なんか読んでくれなかったから……あれ、誰に読んでもらったんだっけなあ? 焚実かな?」
「まぁ今日の月はまだ真円ってとこまでにゃいかねぇがな。ともあれ、月が何らかのパワーで人や獣に尋常じゃない力を与えるって説は昔からよく言われていることだ。それは、神の化身とされる≪龍≫もな」
「竜も?」
「……先生は、竜は見たことあるかい?」
「俺? 俺は……絵とかでなら何度かあるけど、実際に見たことは一度もないよ。村雨はあるの?」
「そりゃ、あるさ。これから先、先生が進む道にはわんさかいるぜ。何せ、こっからはレベルの高いモンスターがうじゃうじゃやってくるからな」
「えっ!! そ、そうなの!? っていうか、竜って……モンスターの竜もいるの? あの神様の竜だけじゃなくて?」
「竜と一言に言っても色々な種類のやつがいる。先生は、これからまだ知らなきゃいけねェ事が沢山あるな。モンスターのこと然り、魔法のこと然り、そして……この世界のこと然り」
「……うん。それは、本当にそう思うよ」

  一瞬しん、とした沈黙が訪れ、それから龍麻はハッとして隣の村雨を見やった。

「そういえば俺…。次は、自分の村へ帰ろうと思うんだ。あ、その通り道で一度秋月にも寄ろうとは思っているけど」
「そうかい」
「あのさ。王様が……あの、秋月の王様が夢に出てきて、言ったんだ。俺はこれからの為に、一度自分の村へ帰った方がいいって」
「へえ?」
「……あれ? 何か全然驚かないんだね?」
「まぁな。如何にもあの人がやりそうなこった。ここでの呪いが解けて動きやすくなったんなら尚更だろうぜ」
「そうか、村雨は秋月の王様とは古い付き合い…なのかな? 何というかその…村雨って、王族の人と知り合いって感じは全然しないけど」
「フフッ。俺みたいな奴は裏街道でカードを切っているのがお似合いってか?」
「あ、わ、悪い意味じゃないよ、そうじゃなくてさ(焦)」
「ああ、分かっているさ。ちょいと意地悪だったな? けどなぁ、先生。俺に言わせりゃ、先生だって最初はとても勇者様って感じにゃ見えなかったぜ? 今も、大して見えねぇけどな」
「ひ、ひどいな! って、まあ……実際そうだけどね。見えても困るけどね」
「困るかい」
「そりゃそうだよ。俺まだ自分にそんな自信……全然、ないし」
「そうかい」
「……何か。村雨とこうやって話すの、久しぶりというか、初めてみたいな気がするなぁ」
「ん? そうかもな。あのローゼンクロイツの時も何だかんだでバタバタしてたしなぁ」
「でも村雨って結構話しやすいっていうか、一見恐い顔してるけど、実は優しいよな」
「ああん? フフフ……まぁ、それじゃあ、今はそういう事にしておこうかい? その方が俺も都合が良い」
「え? 何?」
「いいや、何でも。それより、明日から早速出発だろう? もう休んじまったらどうだい? 何なら俺が先生を部屋まで送ってやるぜ? 一人で寝るのが寂しきゃ、添い寝しても――」
「って、村雨、何か顔が近…っ……あ?」(村雨に覆いかぶされそうになるも、目をぱちくりしてその背後を見やる)
「……いや待て。冗談だろが。ほんのちょっとした冗談だ」(龍麻に迫ろうとして、しかし直前で降参のポーズをとる村雨)
「とても冗談には見えぬ。村雨、お前は本当に少し目を離すとろくなことをしない…!」(殺気立ち、いつでも攻撃できる臨戦態勢)
「芙蓉さん」
「龍麻様。お1人になられたいという場合でも、どうかこの芙蓉だけは傍に置いて下さい。式神の姿で龍麻様の懐に潜むことも出来ます故、このような不埒者がいた場合、速やかに成敗することが出来ますから」
「え?? え、えーっと、何だろ、何か今芙蓉さんが怒るような事があったの??」
「何もねぇよなあ先生?」(天然龍麻にニヤニヤする村雨)
「全く……。皆様方が龍麻様をお1人にしてはおけぬという心労が、心のないはずの私にもよく分かります」(深々とため息をつく芙蓉)
「え? ――あ、ところで。ちょうど2人来てくれたし、それじゃあ2人にお願いしようかな。ちょっと一緒に来て欲しい所があるんだ。一人で行ったらまた翡翠に怒られそうだし」
「王宮の中でかい?」
「うん。王宮の中なんだけど……やっぱりもう1回、色々見て回っておきたいんだ」
「お安い御用だ、先生。それじゃあ、久々のパーティ編成だな」
「この芙蓉も、微力ながら喜んで龍麻様の御伴をさせて頂きます」

  村雨と芙蓉がパーティに加わった!!
  龍麻は徳川王国の王宮を探索することにした!!
  以下、次号…!!

  (※村雨がくれたぺろぺろキャンディは龍麻の魅力を5引き上げた!!)


  《現在の龍麻…Lv21/HP130/MP100/GOLD118050》


【つづく。】
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