第120話 勇者の仲間

「ふわあ……。よく寝たぁ……」

  龍麻は徳川王宮の一室、ふわふわのベッドの上で目が覚めた。
  明るい陽射しがキラキラと部屋の中に流れ込んでくる。どうやら外は快晴のようだ。

「随分陽が高いな…。寝坊しちゃったかも」

  何せ昨夜は王宮の人々や仲間から随分遅くまでどんちゃん騒ぎの大宴会に付き合わされ(結局派手なパーティになってしまった)、部屋に戻らせてもらえたのも朝方近くだったのだ。
(※とはいえ、その中に何故か如月と男たちの面子は(村雨以外)いなかった。)

「いけないいけない、こんなことじゃ! 俺は勇者なんだから、ちゃんとしなくちゃ!!」

  真面目で良い子の龍麻はぱしぱしと両頬を叩いて気合を入れると、急いで身支度を整え、部屋を出た。

「おはよう龍麻」
「わっ、びっくりした!!」

  部屋を出るとすぐ目の前には如月がいた。如何にも不機嫌そうなしかめっ面だ。
  寝坊してしまったことを怒っているのかと思い、龍麻は途端オロオロした。

「ご、ごめん、早く起きられなくて!」
「疲れはとれたかい」
「え? あ、うん、もちろん。あのベッド凄く気持ち良かったし…。昨日はご馳走もたくさん食べられたし」
「それは良かった」
「……? 翡翠、怒ってないの?」
「怒る? 何故?」

  怪訝な顔で如月が龍麻を見る。
  それで龍麻も不思議そうに首をかしげた。

「だって何か…眉間の皺がいつもより深いし。俺が寝坊したから怒っているのかと思ったよ」
「……っ。それは悪かった。別に怒ってはいないよ、君には」
「俺には? ――あ、ところで、皆は? もう起きているのかなぁ?」
「さぁね。男連中はまだ寝ていると思うが」←不快なことを思い出したらしく、ムスッ!
「ん? ……あのさぁ、翡翠。ところで、翡翠の方こそ凄く疲れているように思うんだけど、大丈夫か? 昨日のパーティも結局ずっといなかったし…それは醍醐たちもだから、皆でどっかで飲んでいるのかと思っていたんだけど」
「誰があんな連中と…! とにかく、僕は大丈夫だ。手持ちの上薬草と魔法の聖水でHPとMPも全快したしね」
「は? ……何でそんな体力減ってたの? 魔法も使ったの?」
「〜〜〜、何でもないよっ。龍麻は気にしなくていいことだ! それより、今日は徳川を出るのだろう? パーティ編成はどうする?」
「あ、うん。…でもその前に…あの、やっぱりもう一度檀上門の様子を見ておきたいんだけど」
「あそこはもう王宮の兵士と魔法使いらが強固な柵と結界を作って、今も厳重な見張りを立てている。君が見るべきものはないと思うが」
「そうなの? でも…どうも気になるんだよな」
「どこが気になる?」
「うん何か…。やり残したことがあるような、ないような…うまく言えないけど、モヤモヤするんだよ。俺、あの時、気絶しちゃって、気づいた時にはお城に運んでもらってただろ? そのせいかな、本当にあの戦いは終わったのかなって」
「龍麻がそんなに気になるのなら行っても構わないが……あそこでの戦いが終わったのは間違いないよ。その証拠に僕や他の四神は全員君の下に集ったし……それから……」
「それから?」

  如月はふと躊躇ったように言葉を止めた。それにやはり、どこか不機嫌そうだ。
  けれど間もなく意を決したようになり、如月はぐいと「ある物」を差し出してそれを龍麻に握らせた。
  それは小さな赤い石のついた、綺麗な指輪だった。

「何? うわぁ…何かこれ…凄くキラキラ光ってる。凄いね…!」
「鳳銘国の王女たちが預かってきた物だ」
「ん? あぁ、さやか姫と霧島王子のこと? 預かってきたって、誰から?」
「………角だ」
「え?」
「九角天童だッ」
「えっ!?」

  龍麻が驚いて反射的にのけぞると、如月はさらに一層眉間の皺を刻んでふいと顔を横へ向けた。

「奴は、君が要らないと言うようであれば捨てても良いと言っていたそうだが。……とんでもない話だ、それを捨てるなど許されない。例え奴が持ってきた物だろうと……それは君に必要な物だ」
「天童が…」

  ちらちらと、龍麻は指輪と如月とを交互に見やった。
  如月と九角天童との確執はもう嫌というほど分かっている。如月が未だ九角をよく思っていないことは疑いようがない。それはもちろん九角の方とてそうであろう。長く続いてきた両国間の溝がそう簡単に埋まるものではないことは龍麻にもよく分かっているし、またそれは龍麻1人の力ではどうしようも出来ないことだ。
  それでも龍麻は如月とはもちろん、九角とも、またあの憎めない鬼道衆たちとも仲良くしていたかった。
  だからすでにこの国から出て行ったらしい九角が自分に何かを残してくれたことが嬉しかった…が。

「これ、どういう効力があるアイテムなの?」
「……それは≪勇者の指輪≫」
「ゆ……勇者の指輪!? 名前からしてそれって…もしかして凄いアイテム?」
「徳川にある古文書には、その書物によって以前の戦いの記録が異なるが、これもその逸話の一つだ。……古の動乱の折、世界を混沌に陥れた暗黒竜を鎮める為に、勇者は世界に名だたる4人の戦士を従えてその戦いに身を投じた。そして世界を平穏に導いた後、勇者は忽然と姿を消したとされているが…共に戦った4人の戦士たちは世界中に散って、それぞれ自分たちの国をつくったと言われている」
「へえ……勇者って一人で戦ったんじゃなく、仲間がいたんだ。今の俺みたいに。あ! もしかして、その4人の戦士の1人がつくった国ってこの徳川国? だって勇者の伝説がいっぱい残ってるんだもんな!」
「そうだな…。4国のうち1つは、この徳川国だと言われている」
「やっぱり! それで、あと3人がつくった国って……あ! も、もしかして…!」
「……あぁ。その書物の中では、もう1つの国は、九角国ということになっている」
「そうなの!? じゃあ…以前の戦争では、徳川と九角は協力していたってこと!? でも――」
「逸話だと言っただろう、真実は分からないさ。……だが、ともかく。その本によれば、勇者はその戦士たちと別れる際に、協力してくれた感謝の念と永遠の友情を誓う証として、自分が身に着けていた物を仲間のそれぞれに贈ったとされる」
「自分の物を?」
「ああ。だがもしもまた、いつか同じような脅威が世界に訪れた時……その戦士たちに授けられたアイテムは再び彼らの末裔から今の勇者のもとへ返されるだろうと書物には記されている」
「ふ、ふうん…………え? え、あ、あのさ、つまり?」
「何だい」
「あの、もしもその逸話っていうのが本当だったのならさ。やっぱり、天童は勇者と戦った戦士の末裔ってことになるのかな?」
「その伝説が本当ならね」
「それで……それで、つまり、その戦士の末裔の天童からその……勇者の指輪を渡された俺って……その、本当の勇者ってこと?」
「何を今さらそんなこと?」

  如月が怪訝な様子で顔をしかめた。
  龍麻は慌てた。

「あ、ああ、いや、うん! 俺も自分が勇者として頑張らなきゃって自覚はあるんだよ? 自覚はね? けど…これってつまり、天童が俺を勇者と認めたってことだよね? それが何か…凄く不思議だなあって」
「何も不思議なことじゃない」
「だって」
「君はあの地下神殿に押し込められていた九角一族の英霊を解放し、あの九角自身の呪いも解いた。そして今度は僕たち四神を集わせ、徳川国を救った。君は立派な勇者だ」
「え〜…へへ……翡翠に褒められると、何か調子狂うなぁ…」
「これで檀上門へ…すでにイベント解決済みの場所へ戻る必要がないことが分かっただろう」
「え?」
「君はここへ来るまでの間に、一つ一つの試練を確実にクリアしてきたってことさ。勇者の指輪はその証でもある。君がこれまで選択してきたことに無駄な行いなど一つもないというね。――あの時は随分冷たいことを言ってしまったが……あれは僕の個人的な感情を君にぶつけたに過ぎない。すまなかった」
「え、そ、そんな!」

  「あの時」のこととは、徳川へ戻ってきた直後に起きた九角とのいざこざの件だろう。確かに龍麻はあの時、如月が発した言葉にひどく傷ついて落ち込んだ。それで檀上門へも何の準備もなしに突っ込んで行ってしまったのだ。

「でも今は…もう、翡翠は俺と一緒にいてくれるわけだし」
「龍麻…」
「俺が天童の所へ行っている間に、この国が余計大変になってしまったことも確かなわけだし。俺はやっぱり、そのことについては反省してる。だからもう二度と同じ過ちを繰り返さない為に、今度からは困ったことがあったら一人で抱え込まないで、ちゃんと翡翠やみんなに相談しようって思うんだ」
「……ありがとう龍麻」
「わ、わ、だから翡翠にそういう風に言われると調子狂うって【焦】」
「ふ…。――ところで龍麻。その指輪と共に、もう1つ受け取って欲しい物がある」
「え…? その石は……この指輪と正反対の青……」
「これは勇者の石」
「え」
「これを君の靴に近付けると……」
「わ!? くっついた!? え、何、飾りみたいになった!?」
「これでこの靴は≪勇者の靴≫になった。本来ダメージを受ける沼地や毒にも耐性がある。どこを歩いても大丈夫だ。実は昨日、君の装備を点検させてもらったら、何故か君は今のレベルにしてすでに最高位の物を身に着けていたから、この石はそのままこの靴につけるだけで良かった」
「あ…、それは美里が菩薩ショップでいろいろ完璧に揃えてくれて……って、それより、この勇者の石って…」
「僕たち飛水の一族が代々守り抜いてきた物だ。さっき言っただろう、勇者の仲間の1人が築いたのはこの徳川国だと。恐らく戦士の末裔が僕ら一族へと託していたのだろう」
「へえ…翡翠の御先祖様がその戦士なんじゃなくて?」
「さあね。ただ僕が読んだ古文書には、4人のうちの1人は徳川の末裔だと書いてあった。僕たち一族は代々徳川国につき従う者。それで十分さ」
「そっか……。ね、ねえ、じゃあさ。翡翠も俺を勇者と認めてくれたってこと?」
「龍麻」
「わ、別に、だから、俺も勇者だって思うようにはしてるんだけど、でもさ、やっぱりさ」
「勇者だと思っているよ。この世界を救えるのは、君しかいない」
「……そこまで言われるとプレッシャーだけど(汗)」

  ぽりぽりと頭をかく龍麻は、しかしはたと思い立って顔を上げた。

「ちなみにさ。その4人の戦士の末裔がいる国って、あと2つあるわけだろ? それは何処なの?」
「1つはサクラ王国。女王が治める国だ」
「へえ…女の人が。どんな国なんだろ」
「とても豊かで大きな国だよ。医療技術が進んでいる」
「そんなんだぁ。で、もう1つは?」
「……客家国」
「きゃ…発音が難しいな。そこはどんな国?」
「武術と剣と魔法。戦闘に優れた強い戦士を多く輩出していた国だ。……大きくはないが、とても強い国だった」
「……だった?」
「客家国は約1年前に、何者かによって滅ぼされた」
「え……」
「客家王の末裔も行方不明だ。噂では、もう亡くなったと言われている」
「そ、そんな……」
「龍麻、長話が過ぎたようだ。そろそろ皆も起き出すだろうし、朝食にしよう。そしてパーティ編成も決めて秋月へ向かおう。この話はその後でもいいだろう」
「う、うん…」

  如月が話を締めてしまったので龍麻は口をつぐんだ。
  訊いてはいけないような雰囲気も感じられた。

(あ……でも………)

  如月の後を歩きながら、龍麻は不意にその単語を反芻してハッとした。

(あの“客家”って名前……俺、以前にもどこかで聞いたことがあるかもしれない……)



  《現在の龍麻…Lv21/HP130/MP100/GOLD118550》


【つづく。】
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