第122話 故郷

  御門の言のまま村雨を秋月へ戻し、龍麻は如月、御門、マリィ、それに芙蓉の5人で≪東の洞窟≫へと向かった。……否、正確には「元」と言った方が良いのだろうが。

「ど、洞窟が消えてる…!?」

  龍麻の目の前にあるのは白く小さな祠。御門は「あれはもう必要ないので本来の姿に戻しました」とあっさり言い、自らが先にその中へと入って行く。

「本当にあの洞窟って御門が作ったものだったんだ…?」
「彼は腕の立つ魔法使いだからね。先祖は名のある陰陽師だったと言うし、幻影も交えたああいう細工を作り上げるのは得意中の得意さ」
「おんみょうじ?」
「マリィ、ソレ知ってるよ龍麻パパ! アノネェ、占い師のミサお姉チャンが、ウサンクサイテジナシだっテ!」
「は?」
「……その言葉は私がそっくりそのままあのロクでなしに返してさしあげましょう。まったく、我が国に店を構えさせてやっている恩も忘れて、子どもに嘘を教えるとは【怒】」
「?マリィ、何カ悪イコト言っちゃっタ…?」
「朱雀、君のせいではないさ。あの2人は昔から相性が悪いんだ」

  しれっとそんなことを囁いた如月に御門は再び不機嫌そうに眉を吊り上げたが、それ以上は特に何も言わなかった。
  龍麻はそんな微妙な空気に翻弄されつつ、とりあえずは御門の後を追って祠の中へ足を踏み入れた。

「あ…!」

  以前にも見たことのある光景。

「青い渦…。旅の、扉…?」
「あぁ。龍麻さんは、ゆきみヶ原の神殿にも行ったことがあるのでしたね。そこにこれと同じものが?」
「あ、うん。よく似てる。そこには凄く綺麗な女の人がいて…確か、比良坂って…」
「なるほど」
「龍麻、君は時の女神と会ったのか」
「時の女神?」

  驚くように呟いた如月に、龍麻は不思議そうに首をかしげた。
  御門が渦の前に立ちながら平静と言う。

「時の女神は≪旅人の泉≫がある祠、それも神聖な浄めの施された特定の神殿にしか現れない……しかも、いつでも、誰もが会える者ではありません。彼女は何をも見通しますが、今の時代を生きる我々人間の殆どは、そんな彼女を見据える力を失っていますから」
「彼女は……神様なの?」
「良く言えばそうでしょうが、悪く言えば過去の亡霊」
「いっ…!?」
「そのように恐れなくとも宜しい。悪いものではありません。現に貴方は彼女に導かれ、貴方が必要な力を手に出来る場所へと誘われたのでしょう」
「あ…うん…」
「これはその泉と似たようなものです」

  今一度眼前の渦を指し示して御門は言った。

「秋月に渦巻いていた呪いが徳川国での解呪と共に弱まり、枯渇しかけていたこの泉も元の力を取り戻しました。だからこうして祠を建て、私の新たな結界を張ることも出来た。この≪旅人の泉≫から、貴方は新たな場所へ向かうことが出来ます。無論、貴方の故郷である外れ村へ戻ることも」
「本当に!?」
「貴方が強く望む時、泉はその望む場所へ貴方を誘います」
「あ…あの時も、比良坂さんはそう言っていた…。凄いんだね、この泉…」
「ただしこの泉はどんな人間、どんなモンスターをも通してしまうので、貴方がこれを利用した後はまたその場所を閉じなければ。良からぬ輩に後を尾けられては大変ですからね」
「どうやって閉じるの?」
「無論、私の魔術で」
「あ、じゃあ…俺がここを通った後、ここに魔法をかけてくれるんだ?」
「……? いいえ、ここは既に私の結界、祠で守ってあるのですから大丈夫です。閉じなければならないのは、貴方が行った先で開けた穴のことです」
「そ、そうなんだ…? あれ…でも…。この泉って1人しか通れないんじゃないの? 比良坂さんが、あの時は仲間を連れて行く事は出来ないって」

  龍麻が過去のことを思い返しつつそう言うと、御門は怪訝な顔で首をかしげた。

「そんなはずはありませんが…。もしも彼女がそう言ったなら、その時の貴方は、そうすべきであると彼女が判断したのかもしれませんね」
「………」

  確かに、あの時龍麻が選んだ先は九角天童の城だった。あそこに仲間を連れて行ったとしたら、九角は無駄な疑いを掛け、龍麻をすぐに自分の配下に置くとは言い出さなかったかもしれない。仲間にも危害が及んだ可能性もある。
  龍麻は不思議なあの女神の姿を想起した後、ハッとして御門を見つめた。

「それじゃ…えーっと、御門も俺と来てくれるの? 俺の故郷に」
「私が一緒で何か不都合なことでも?」
「わ、そんなわけないよ、だからそんな怒った顔しないでってば!」
「怒っていません。ですが、私が貴方のパーティに入るのはあまりに当然のことでしょう。確かに今の貴方にはお仲間がたくさんいらっしゃるようですが、その中で私ほど魔法の腕が立つ者がいるとは思えませんからね。今のベストなメンバーで臨むのが当然かと」
「す、すごい自信だね…。ある意味羨ましいというか」
「龍麻、僕もこのままこのメンバーで行って良いと思うよ。……正直、またルイダンに戻って編成のし直しを検討し始めでもしたら、黙ってここまで来た僕たちに、またあの連中が何を言い出すか分かったものじゃないからね」
「あ、あの連中って…醍醐たちのこと?」
「小蒔のオ姉チャンタチも怒ってるカモネ」
「マ、マリィ、脅かしっこなしだよ…。だって村雨が急にルーラかけるからさ、俺だってまさかこんな急に秋月に来られると思ってなかったから…。徳川の王様にも挨拶なしで来ちゃったし」
「そのような些末な事に気を取られる必要はありません。それで、どうするのです? 行くのですか、行かないのですか」
「い、行くよ行く…。もう、御門はせっかちだなぁ」
「龍麻さんがのんびり過ぎるのですよ。それでは龍麻さん、泉の前へ。貴方達もその周囲に立ちなさい」

  御門の指示するまま、龍麻、如月、マリィ、そして芙蓉は泉の周りを囲んだ。
  青い渦に目をやるとそのまま吸い込まれそうな気持ちになる。龍麻は不意にドキドキとした気持ちになった。

「それでは龍麻さん、故郷を思い浮かべ…強く念じなさい。その場所へ我らを誘うように」
「うん……」

  静かに言う御門の声に頷きながら、龍麻はもう既に泉から目を離せなくなっていた。
  そのぐるぐると回る渦の向こうに故郷を想う。父が、親友の焚実が、優しい村人たちが、そして美しい村の風景が頭を過ぎる。
  帰りたい、と。
  龍麻は強く願った!!

「……ッ!!」

  あの時と同じ感覚が蘇る。
  龍麻は渦に引き込まれて行く。それに続いて、御門、如月、マリィ、芙蓉が共に泉の中へと身を投じた!
  龍麻たちパーティは≪旅人の泉≫から龍麻の望む場所―外れ村―へと旅立った!!


  そして。


「……ん……」

  微かな振動を感じた後、龍麻はゆっくりと目を開いた。いつの間にか何処かに横たわっている。生温い風に揺られて青緑色の草木がすぐ傍でカサカサと揺れていた。龍麻はそれを横目で認めた後、仄かな頭痛を感じながらゆっくりと上体を起こした。

「……? みんな……?」

  周りには誰もいない。
  一緒に来たはずの御門も、如月も、マリィも、芙蓉も。
  そこには龍麻しかいなかった。
  そしてその眼前には。

「………な、に……?」

  見覚えのある木だ。間違いない、あれは龍麻が子どもの頃焚実とよく上り、遊んだ大木。
  その傍には水車小屋があって、近くにはよく美味しいパンを捏ねてくれた老婆の家があったはず。

「何で…?」

  けれどそこに見えるのは、何故かボロボロに破壊され、動くことの叶わなくなった水車の残骸。
  老婆の家は跡形もない。

「嘘だ……」

  早まる鼓動に龍麻は一瞬息も出来なくなった。ぐっと胸を押さえ、よろめきながらも何とか立ち上がり、改めてその故郷であるはずの土地を見渡す。


  何もない。あるはずの場所にあったものが。壊されるか、消えているか。
  人の姿も、家畜の姿も、生きているモノの姿がない。
  その場に立ち尽くす龍麻以外。



  龍麻の故郷はなくなっていた。



  《現在の龍麻…Lv21/HP130/MP100/GOLD118550》


【つづく。】
121へ123へ